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9話目 休日の過ごし方 下

 食後になると、最近は妃紗ひさとあーちゃんが通信プレイのブツ森を遊びだす。


 ソファに並ぶ2人は姉妹みたいで微笑ましい光景だが、2人の会話は穏やかとは対極な物騒な内容だった。



「ひーちゃんのキャラにマッポむかったよー」

「わわ、本当だ、どうして網にかかったんだろう」

「チンコロでもいたのかもねー」

「どこの組のモンかなぁ。ここでイモ引いてたらシャブ捌けないしなぁ」

「いちどとんでべつのばしょでしのぎすればー?」

「それだとみかじめ料払えないし、エンコ詰めてゲームオーバーになるよ」




 ヤバイヤバイ、ブツ森がどういうゲームシステムか知らないけど会話がもう筋モン。


 動かすキャラの初期設定でも、「好きな紋紋(もんもん)を選んでね♪」みたいな項目あるしブツ森どうなってるの?


 これ以上あーちゃんの口から反社会の隠語を聞きたくないので、タンパクな食事を終えて少し休憩した僕は、いそいそと午後のランニングの支度をしてそのまま家を出た。




 4月末となると桜の花弁も全て散り、桜の木は早くも衣替えの準備を始めているようで、新緑の子供の葉が顔を出し始めていた。



 街路樹を走りながら、僕は先程の妃紗ひさとの会話を思い出す。



 先程「彼女ができたら~」と妃紗は口にしたが、実は僕からモテたいとは一言も口にしてないんだ。「デ部」は純礼すみれに肥満でフラれたコンプレックス()を塞ぐことにあると考えていた。けど、妃紗はその先の構想を僕の許可無しに描いていた。


 だから、「モテる」と「痩せる」の意味は異なってくる。何が違うの、って思われるかもしれないけど全然違うんだ。河と川くらい違う。え、同じ?


 

 とにかく、この前の先輩との競争で僕は完全に傷が癒えたと自負している。もう、あの頃の僕じゃないことを、純礼すみれがちゃんと見届けてくれていたから。



 だから、今の僕は正直言って目標という目標がない。


 富士山の頂上を目指し、ようやくたどり着き、そこからの景色を眺めて満足し、そこから先は?


 心境を例えるならまさにこんな感じ。

 だから、すぐに彼女云々と言われても困る。


 そもそもの「理想の男」の目標の終着点に違いがあると、違和感を覚えた。




 数時間して家に戻ると、物騒な会話は止んでいてリビングには静寂が広がっていた。2人はソファに腰を下ろしたままだけど、妃紗の太ももに頭を乗っけたあーちゃんが「スーピー」と犬キャラクターの名前みたいな寝息を立てていた。


 僕の視線に気づいた妃紗が控えめに微笑むと、人差し指を唇にあてがった。静かにしろってことね、わかってる。


 それにしてもなんと羨ましいものだ、けしからん。是非とも僕と代わってほしい。僕もあーちゃんに膝枕したいのに。


 あーちゃん曰く、「お兄の大腿四頭筋はゴツゴツしてやーなの」とのことで、太ももに頭を預けてくれない。なので、僕はグスンなのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆



 あーちゃんの寝顔をヤバい目で・・・愛おしそうに見つめる酉水すがいに、そもそもの疑問を投げかけた。



「そういえば、陸上部の件だけど」


「え?あ、うん、今更どうしたの」 


「家の事情で断ればあんなに事が大きくはならなかったんじゃない?あーちゃんの事とか」


「まぁ、そうだけど」


「そうだけど?」


「あーちゃんを断るダシに使いたくなかったし、それだと負担になってるってことになるよ。僕はね、あくまで自分の意思であーちゃんに奉仕をさせて頂いてるんだ」


「シスコンって再認識させられるご回答ありがとうございます」


「少し愛が偏ってるって言ってくれ」



 そう、コイツにはとんでもなく優しい一面がある。

 随分と勝手な憶測だけど、虐げられた経験があるためか他人に凄く優しい。

 それが親族であれば、その愛情はどこまで深いんだろう。

 その優しさをこれから注がれる人物とは一体どんな子なんだろう。



「でも残念。もし陸上部に入部して大会に出たら、私があーちゃんを連れて『お兄ちゃんの格好いい姿』ってのを見せられたのに」


「そ、その手があったとは・・・」


 わなわなと唇を震わせて戦慄している酉水すがいに、「バーカ」と言い放ってやった。



◇◆




 私は夕方5時手前の時間にいつも酉水すがい家を後にする。


 私の家はここから自転車で10分程の距離に位置していて、そこそこに近い。


 だからこうして通えるのだけれど、あの幼馴染の自宅は酉水家のマンションを通り過ぎた駅前方向に徒歩数分程度にあるらしい。


 私の家は駅から反れた場所にあるので、3つの家を線で繋げると一箇所の角だけが異様に長い歪な三角形ができあがる。

 

 帰り道は犬爪いぬづめ某と遭遇しないようなるべく注意を払う。私の家の進行方向はお店が無く住宅地になるので、何かしらの用事が無い限りは出くわすことはない。


 でも、中学2年の秋口にたった一度だけ近所を歩く姿をみた。犬爪某は苗字の如く犬を飼っているらしく、犬種はわからないけど小型犬の散歩をしている彼女とすれ違った。



 酉水すがい家を出て数分自転車を漕いだ時点の場所だったから、ああ、やっぱりアイツと家が近いんだな、という実感以外に感想は特に湧かなかった。



 でも、今日、久々に見かけた。


 いつもは下ろしている黒髪を後ろに束ね、老いた様子のない小型犬のリードを手にして歩いていた。


 なぜか心臓を小突かれたみたいにドキンと跳ねた。油断というか、そんなんじゃないけど、明らかに動揺している自分に驚く。


 学校で遭遇するのと近所で見かけるとはこんなにも意味とリアリティが違うんだね。


 一瞬だけ、彼女が私をチラッと見た気がした。その時だけ心臓が掴まれた気がしたけど、自転車のスピードのおかげで彼女とはすぐに離れて解放された。



 やっぱりいつ見ても綺麗だなぁ・・・今の酉水ならあの幼馴染の隣に並んでも遜色ないんだけどね、ワシが育てたんだし。



 なんて思っていると、物事を深く考えすぎる私の悪い癖が顔を出す。

 思考がぐるぐると巡っていくのがわかる。



 仮に犬爪某が今の「理想の男」のアイツを見て、好意的な態度を示したら?


 それはやっぱり都合が良すぎる。

 でもそれは、私が今までアイツと一緒にいた時間を否定することにもなる。


 やっぱり一番の変化は「見た目」だから。


 余計な体脂肪を削ぎ落とし、弛緩した筋肉を叩き起こし、私は彼の見た目を別人へと仕上げた。


 だから、例え見る目が変わっても私が私情を挟むのはお門違い。



 じゃあ、あれだけアイツに「彼女作れ」みたいに言ってたけど、犬爪いぬづめ某以外の人と付き合うことになったら?


 それはそれで気に食わない。


 ああ、そっか。気に食わないんだ、私は。


 私の努力の結晶である「酉水東」という作品を赤の他人に譲るのが。


 せっかく苦労して開花させた花を譲るのが惜しいように。

 長年費やして描いた美術作品を手放すのが惜しいように。


 

 

 あーちゃんやご両親とも面識ができた。その培ってきた場所が取られるのが怖いんだ。だから取られる前に自分から手放そうとしているのかもしれない。



 小さいなぁ、私は。日の入りの橙色の夕陽を見て、眉間と口元が歪んだ。眩しさに顔をしかめているのか、自嘲気味に笑っているのか私自身もわからない。



 "言っておくけど、私はただの馴れ合いで終わらせる気はないから"


 あんな偉そうな事を口にしておいて、これじゃ本末転倒じゃない。


 とりあえず、仕方ないからこの連休中は、アイツのご両親に代わってあーちゃんの面倒・・・ご奉仕をさせて頂くとしますか。


 悩めるお年頃の心境は、万華鏡よりも簡単で複雑に模様を変えるものだ。


いつもありがとうございます^^

今後は完結までの土台作りで進展が遅いかもしれませんがご了承下さいm(_ _)m



また、沢山の評価頂きありがとうございます。

おかげさまで執筆の励みになっています。

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