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プロローグ

 "私がアンタを高校までに理想の男に育ててあげる"




 私、庚申 妃紗(こうしん ひさ)酉水 東(すがい のぼる)と初めて会話をしたのは中学に進級して間もない頃。


 たまたま同じクラスの配属になって、たまたま席が隣で、大きな身体をだんご虫みたいに小さく丸めていていたから、つい声をかけた。



「どうしたの?」



 酉水とは小学校も一緒だったけど、一度も同じクラスになったことがないから会話をしたことはなかった。

 でも、彼はよく目立つから存在はよく知っていた。すごくデ……ふくよかだったから。

 彼は腕で隠した顔を私に向ける。真っ赤に腫らした目は涙と油でテカテカに光っていて、ちょっと「うわ」っと思った。

 けど、すぐに視線を机に戻して声を殺して泣き始めた。



 クラス内では新学期早々授業中に泣き始めた彼に、「泣き虫デブ」というあだ名をつけて笑った。

 数日が経過してもしょげた様子の彼にしびれを切らした私は、うんざりしながら何があったのかを問い詰めた。

 すると、太っているのが理由で幼馴染にフラれたと彼は口にして、乾いた田んぼに水を引くように、また目に涙を溜めた。



「幼馴染って?」


「……純礼」


「あぁ、なるほど」



 当時12才の私ですら、その名前を聞いて思わず天を仰いだ。犬爪 純礼(いぬづめ すみれ)は小学の時から目立っていたので、彼女の事も酉水と同じように良く知っていた。

 有名な2人だけど、理由は対照的で、犬爪は年生詐欺じゃないかというくらい発育が良くておまけに容姿端麗。美女と野獣みたいな犬爪と酉水が幼馴染同士だったなんて知らなかった。

 ついから笑いが出る。高嶺の花と幼馴染というステータスだけで満足してればいいものを、いくらなんでも高望みしすぎだ。



「それで、どうしたいわけ?」


「どうしたいって?」


「隣でいつまでもメソメソ泣かれるの、迷惑なんだけど」


 咎めると、「ご、ごめん、庚申さん」と彼は謝ったが、その時は私の名前知ってたんだ、という気持ちが強かった。




 教室は部活動の話題があちこちで咲いていて、私も悩んでいた。運動は苦手じゃないけど、運動部に入って3年間頑張れるビジョンが思い浮かばない。文化部もイマイチぱっとこないし、無理して部活動に入るなら帰宅部でもいいかな。



「妃紗は部活決めた?」


 小学校からの友人が訊いてくるので首を横にふると、「なんかさ、バスケ部でマネージャー募集してるらしいよ、珍しくない!?」と友人が言った。

 マネージャーかぁ。確かに、自分が頑張るよりも頑張る人を支える方が好きかも。そういえば、ゲームだって育成ゲームばっかプレイしてるし。



 横から声が飛んできた。酉水が早くもカースト上位の地位を得た男子にバカにされる不愉快な声。



「よう、泣きデブ、部活どうすんだ」あ、泣き虫デブから泣きデブに省略されてる。


「ははは、決まってんじゃん!『デ部』だろ?」



 デリカシーがなくてくだらないジョークに、男子集団が壊れた蓄音機みたいな声を出して笑う。

 まったく、どうしようもない。人をバカにして優越感に浸る馬鹿も、その馬鹿にバカにされてヘラヘラと笑う酉水(馬鹿)も。



「私、決めた」


「もしかして、マネージャーやる気になったの!?」



 期待の眼差しを向ける友人に、私は目尻を下げながらこう口にする。



「マネージャー、うん、マネージャーやる。でも、バスケ部じゃないけど」



 友人のポカンとした顔に私は笑った。そう、これは私のただの気まぐれ。

 枯れた花に水をやるのと一緒。それに、酉水(馬鹿)をバカにした馬鹿達を見返したかったし。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 高校一年になり、僕は新しいブレザーに袖を通す。

 胸元の裏には「酉水 東」と金の刺繍がされている正真正銘僕の制服。

 姿見鏡を見ると、3年前のまん丸の身体をした少年とは別人の細身の少年が映っている。

 3年前は服を着るのも脱ぐのも随分と苦労したものだが、今となってはスルリと袖や裾に手足を通すことができる。



 これも全て友達の妃紗のおかげだ。

 あの一言があって、ここまで変わることが出来た。



 3年前、中学に入学して間もない日の放課後、この日もクラスの人にさんざん誂われた僕は、これからの灰色をした学校生活に陰鬱した気持ちでいると、妃紗が話しかけてきた。



「あのさ、部活どうするの」


「……デ部にでも入部しようかな、なんちゃって」



 渾身の自虐に、庚申は表情を冷たくした。渾身なだけに。



「真面目に答えろ」


「ひぇ」今まで会話すらしてなかったのに随分と踏み込んでくると当時は困惑したけど、「まだ何も予定はありません」と答えた。敬語で。



「うん、それじゃ私と一緒に非公式の部活に入らない?」


「非公式の?」


「そう、非公式」妃紗は視線を宙に彷徨わせ、ふと僕に戻して勝ち誇ったような顔でこう言った。「アンタの言葉を借りるなら『デ部』ってところかしらね」



 話しを聞くと、要するに僕を痩せさせて女子からモテるようにする活動らしく、庚申はそのための栄養や運動の管理などを行うマネージャー的役割を担うとのこと。

 提案を持ち出すだけ持ち出して、僕の有無は聞かずに翌日から活動は始まってしまった。



「私がアンタを高校までに理想の男に育ててあげる」


 放課後のランニングから始め、僕の家族とも協力をして食事面の改善に努めた。

 一言で表すのであれば地獄のような3年間だったが、その甲斐あって今では見違える程になった。



 今日が高校の入学式。この日のために血が滲む努力をしてきた。

 僕は意気揚々と家を出てこれから3年間通うであろう高校へと向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆




 (のぼる)が駅に到着すると、先に到着していた妃紗が声を上げた。



「遅い!女性を待たせるのは厳禁」


「でも、時間通りだし」


「アンタねぇ」ため息交じりに妃紗は続ける。「これじゃ何のために痩せたかわからないじゃない。もっとしっかりしなさいよ」


「す、すみません」思わず東は頭を下げた。こうして見違えるほど変われたのは妃紗あってだから彼は頭が上がらない。


「まぁいいや。乗り遅れる前に行こ」



 2人は改札を通り、駅のホームへと向かった。これから通う高校は、互いの家から電車で1時間はかかる。

 なぜそのような遠い高校を選んだかと言うと単純で、東を知る人物がいない環境で一から新しいスタートを切るためだ。

 そう提案したのは妃紗であり、高校でもマネージャーを継続すると宣言した彼女も同じ高校を受験したのだ。



 2人は違うクラスになった。東は1組で妃紗が3組。「だと思ったけどね」とあっけらかんとする妃紗に対し、東は不安そうにしていた。



「どうしよ、僕、妃紗がいないと何もできない」


「そんなわけないでしょ、昔のアンタとは違うんだからビクビクする必要なんてないの」


「でも──」


「──『でも』じゃない」


 確かに東は変わった。しかし、それは見た目だけの変化に特化しており、3年という時間をほぼ毎日過ごした功罪で、中身に関して東は妃紗に依存している傾向にあった。



 迎えた入学式。

 恙無く式は進み、眠気をかみ殺しながらやり過ごしていた東だが、司会の言葉に耳を疑った。



 "それでは新入生の答辞に入ります。新入生代表、犬爪純礼"



「はっ!?」


 素っ頓狂な声が東の口から洩れる。数人の生徒が彼を訝しげに見たが、構わず目を剥いて壇上へ歩み寄るその姿を追った。

 彼はその姿をよく知っていた。タンスに油性ペンでイタズラ書きをして親に怒られた事や、自分のおやつをこっそり野良猫にあげていた事も知っている。



「時折吹く冷たい風が春の訪れを遠ざけますが、それでも一歩づつ──」


 彼女の凛とした声が会場の体育館へとしっとりと響く。蕾のままの桜も開花を始めるんじゃないかと思う程に、温かく聞き心地の良い声。




 ──あれ、僕の幼馴染だ。




 肥満を理由に幼馴染の純礼にフラれた東が、妃紗との努力の末理想な体を手にして華やかな高校生活を謳歌する。

 

 そんな物語のはずだった。


複数の掛け持ちでなので、更新日が開く可能性もありますがこれから頑張っていきます。


また、あまり文字数が多いと読みにくいかと思い、1話につき2~3000文字程度にしていくつもりですが、何かご意見ご要望があれば宜しくおねがいします。


モチベ維持のため、ブクマと評価にてご支援下さい^^

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