週に一度の異世界グルメ『短編版』
この私『ブラド・グラハム』には秘密の趣味がある。誰にも言えないような、そんな秘密だ。
だが、勘違いはしないで欲しい。その秘密は特段やましい事では無い。剣に誓っても良いくらいだ。
・・・まぁ、現在は剣を身につけてはいないがな。
「ブラドは何頼む?」
「うーむ、迷うな。」
目の前の席に座るのはシンイチ。
何も分からない私に見返りを求める事なく、この世界の事を教えてくれた優しき心を持つ男であり、この世界においての唯一の友人だ。
『この世界』というフレーズで分かる通り、私はこのチキュウとは違う世界から来たのだ。
そして、私は度々こちらの世界に来て、料理(チキュウ風に言えばグルメ)を堪能している。
チキュウの料理はとても美味い。私の未知の味、匂いを持つ上に、種類も私の世界とは段違いに多い。
実際に、今も辺りに初めて嗅ぐ匂いが充満しているからな。
「よし、私は君のオススメのこれに決めたぞ」
「OK。それじゃ、店員呼ぶわ。すいませーん、注文お願いしまーす!」
・・・薄々感づいているとは思うが、私の『人に言えない趣味』とは、こちらの世界に来て料理を堪能する事である。
度々異世界に行ってる事を知られたら、色々と面倒くさいからな。アイツとかアイツとかアイツとか。
絶対に俺たちも連れていけと喚くに違いない。
それにしてもバレてはいけない人間が多いな。ほんの少し思い浮かべるだけでも、5人はいる。
交友関係などを見直した方が良いか・・・?
「ブラド、来たぜ。この店自慢の麻婆豆腐が。」
「!!」
シンイチの声とその料理の匂いにより、私の意識は覚醒する。
目が覚めるような赤が眼下に映った。まるで戦場で見た鮮血を思い出す。
そして、脳内を直接揺さぶるような、そんな刺激的な香りがフワリと辺りに漂っていた。
「これがマーボードウフ・・・」
「ハハッ。見た目はヤバそうだよな」
・・・食べて大丈夫な代物か、これ?
私は思わず怪訝な表情を浮かべた。その私の表情を見てシンイチは笑う。
今回食べるマーボードウフは彼からどのような料理かは知らされていない。
食欲をそそる様な匂いである。しかし、今まで数々の修羅場をくぐり抜けてきた私の直感が、この食べ物は危険物だと言っている。
「ここの麻婆豆腐はウマイよ。俺が保証する。」
「・・・まぁ何事も挑戦か。最初から駄目だと諦めていては、全ての行動が無意味と化すからな。」
私は覚悟して白く幅広のスプーン(レンゲというらしい)をマーボードウフの皿に差し込み、その血に塗れたように赤いトウフを口の中へと入れる。
その瞬間、私は激しい痛みを感じた。
「グッ!!」
何だこの痛みは!!まるで内側から突き刺されている様だ!!
鍛錬中や戦闘中では無いのにもかかわらず、身体全体から汗が吹き出している。
明らかに自分の身体が異常を訴えていた。
「やっぱり初めて食べたらそうなるよな。だけどウマイぜ?」
目の前の男はこちらの心情を知らずか、ニコニコしている。これが美味いだと?思わず私は殺意を覚えた。
しかし、直ぐに私は考えを改めることとなる。
その痛みを覚えるほどの刺激の後に、しっかりとした旨味や酸味を感じたのだ。
痛いだけの料理では無かったのか!
私はマーボードウフの奥深さに感銘を受ける。
ふとシンイチの方を見ると、彼は辛い辛いと言いながら、そのマーボードウフを頬張っていた。彼の顔はマーボードウフと同じような赤になっている。
彼はこちらの視線に気づくと口を開いた。
「麻婆豆腐ってのは、辛いだけじゃなくて旨味もあるんだよ。だから俺みたいに辛いのがあんまり得意じゃない人間でも楽しめるんだ。」
「辛い・・・」
なるほど、これは辛いというのか。私の住んでいる世界にはこんな痛みを与えるような食べ物は存在しない。私が知る限りではという注釈が付くがな。
もしこの『辛さ』を何かに例えるとしたら、周りの人間を畏怖させながら戦う狂戦士だろう。だが、一人では強大な敵に勝つ事が出来ない。
そこに『旨味』や『酸味』などの支援により、辛さは昇華され、国さえも打ち倒すような豪傑へと変化するのだ!!
私も彼と同じように、何故だかその辛さに夢中になってしまい、ドンドン食べ進めてしまっていた。
やはり、この世界は面白い。私に未知の味を与えてくれる・・・!!
そこで私は、シンイチが何かをかけている事に気づく。
「シンイチ、それは・・・?」
「これは花椒。麻婆豆腐を一味違うものにしてくれるものだ。オススメだぜ。」
「ふむ・・・私も試してみよう。」
私はテーブルに置いてあるミルを手に持ち、マーボードウフの上でガリガリと削る。
そこで彼から待ったが掛かった。何だろうか?
「あんまりかけすぎるとキツイかも知れない。特にこういう食べ物の初心者なら。」
「そうなのか・・・。」
彼の忠告を聞いて、花椒なるものを削るのをやめる。
・・・見た目にはあまり違いは見受けられないが。
私は恐る恐る口へと運ぶ。
鼻にぬける香りはより清涼感を感じさせる物へと変化したが、味に関しては入れる前のマーボードウフとあまり変わらない。
「確かに香りがより良いものとなったな。辛さの中にひとつまみの清涼感が加わった。」
「やっぱり麻婆には花椒は欠かせないな」
そして、黙々とマーボードウフを口に運んでいると、自分の身体に異変が起きている事に気づく。
舌が痺れている・・・?
まさかとは思うが、これは毒なのか?
「舌が・・・麻痺している・・・」
「花椒による痺れさ。ビリビリとくる痺れは麻婆豆腐において大事な要素なんだ。これが無い麻婆豆腐は、ただの赤い豆腐といっても過言ではないな。」
「ビリビリと舌にくるな、これは」
これが痺れ、まるで毒を飲んだときのように舌が麻痺している。
私には少しキツイかもしれない。まさか弱い毒すらも食べるとは、
しかし、確かに花椒があると、辛さがより引き立つ。
マーボードウフという料理が花椒により1段階で上へとその格を上がっているのだ!
辛い、痺れる。痛い、熱い。けれども美味い。
その板挟みの状態に私は立たされている。
食べるのを止める事が出来ないのだ!!
ついに私は全てのマーボードウフを食べてしまった。
そして私達は食事を終える。
会計を済ませて店を出た後、私は彼のクルマに乗り込んだ。この店まではクルマで来たのだ。
目的地は彼の家。ここからはそう遠くはない。
「はぁ、辛かった。まさか料理に苦しめられる事があるとは。」
「だけど美味しかったでしょ?」
「まあな。辛いだけでは無く複雑に味が絡んでいて、まるで統率のとれた軍のようだった。」
「・・・何か良く分からないけど、喜んでくれて良かったよ」
「しかし、まだ痺れが取れない気がする。帰ったら解毒ポーションを飲まないな。」
「大丈夫大丈夫。気のせいだよ、そんなの。直ぐに痺れは取れるから。・・・っていうか、そもそも毒扱いで良いの?」
「分からんが、何もしないよりかはマシだろう。」
クルマに乗っている間、私達は先程のマーボードウフについて呑気に話していた。
そうこうしているうちに彼の家へと着いた。
彼の祖父から受け継いだというこの家は、山の上にポツンと存在している。
その周りには小さな畑(家庭菜園と彼は呼んでいた)があり、チキュウの野菜が植えられている。花が植えられていない所が彼らしい。
私達は彼の家へ入ると、そのまま屋根裏部屋へと上がった。ところ狭しと物が置かれ、半ば物置と化していたが、1つだけきれいに磨かれたそこには大きい鏡が存在していた。
私は鏡の近くに置いていた自分の荷物を手に取ると、シンイチに声を掛けた。
「今日も有難う。マーボードウフはとても美味かった。・・・辛かったがな。」
「もっと辛い四川風っていうのもあるんだぜ。」
「そのシセン風を食べたら、私は死んでしまうかもしれないな。」
「まじであれは辛いってよりもツライからなぁ、俺もあんまりオススメしない。ってそろそろか。」
「そうだな、帰る時間だ。」
私がそれに触れると、小さな光が鏡に灯る。それは次第に大きくなって私を包みこんだ。
私の視界は光に覆われている。
「それじゃあ、また一週間後に」
「じゃあなー」
目の前から光が消えると、そこは私の屋敷にある隠し部屋であった。
後ろを振り返ると、そこにはシンイチの屋根裏部屋にあったのと同じ鏡が存在している。
「いつ見てもこの鏡は不思議だ」
この鏡は魔法の鏡。週にたった1度だけ、向こうの世界へと繋がる不思議な鏡だ。
さて、次は何を食べようかな。
私の心は子供の頃に戻ったかのように、弾んでいた。