第84話 洞窟の中の異変。
「あれがあの女が言ってた、洞窟?」
イブキは山のふもとを指さす。
そこには人一人が通れる程度の洞窟があった。
更にその入り口は丈の丈の高い植物で巧妙に隠されており、通常であれば気づくことはまずないだろう。
レナがここに植物を植えたのだろうか。
俺はイブキに向かって頷くと植物をかき分け、中を覗き込む。
すると入口こそ狭い洞窟であったが、中はそこそこに広さがあるようだ。
「中は薄暗いけど……結構広いみたいだね。入ってみようか」
俺達は早速中へと入ってみることにした。
「レナが言ってたように中は意外と冷えるな。寒くないか?」
洞窟の中は外の温暖な気候と違い、ひんやりとしている。
ヒョウショウの花の生息地は寒冷な地の日が当たらない場所。
ここなら確かに合致している。
イブキの方を見ると何故か辺りを見渡していた。
「洞窟の中って暗いと思ってたのだけれど、意外と……明るいわね」
確かに日の当たらないはずの洞窟だったが、辺りに点在している岩が淡く光を放っているためそれ程暗くはない。
俺は足元に転がっていた光る石の欠片を拾うと、彼女に向かって放り投げる。
「これは『光鉱石』という鉱石でね。空気中の魔素と反応して光を放つ特性を持っているんだ。街灯のように明るくはないけど、放っておけば勝手に光る石だから夜間に使う灯りとして結構使われているみたいだね」
イブキは「へぇー」とか「ほぉー」とかいった様子でその石を眺めていたが、しばらくすると飽きたのか光鉱石を足元に転がせる。
その石をなんとなく目で追っていた俺はとあることに気づいた。
あれは……足跡?
恐らくイブキは気づいていまい。
彼女が転がした石の近くには明らかに人であろう者の足跡があった。
これは……レナのもの?
いや、大きさが明らかに違う。
長身の……たぶんだが男のものだ。
レナの関係者のものだろうか。
「どうかした?」
黙っている俺を不審に思ったらしい。
俺は首を横に振ると口を開く。
「なんでもない。さて、ヒョウショウの花を探しに行こうか」
そう言って自身の表情を読み取られまいとして洞窟の奥へ先導する。
幸いにも彼女は気づいていないようだった。
……イブキを意味もなく不安がらせる必要はない。
俺達はここへ薬草を採取しに来ただけだ。
さっさと終わらせてしまおう。
足跡の件は頭の片隅に置いといて、俺達は洞窟の奥へと向かうのだった。
洞窟の中は静寂に包まれていた。
時折どこかにあるであろう水たまりに雫が落ちる音が響き渡る。
「魔物が出るかもとか言ってたけど……出そうにないわね」
初めは警戒をして歩みを進めていた俺達だったが、その余りの静けさに肩透かしを食らったように感じていた。
魔物の気配も感じられない。
「そうだね、だけど……ここは初めて来る場所だ。なるべく警戒は緩めないでおこう」
もしかしたら気配をなくすことのできる魔物がいるかもしれない。
「了解よ、シリウス。ここを真っすぐ行けば地底湖があるんだっけ?」
レナから聞いた情報を確認するイブキ。
彼女の情報によるとこの洞窟は奥へ行けば行くほど緩やかに下降していき、いずれ大きな地底湖のある広場にたどり着くらしい。
彼女が言っていた魔物はここに出現する。
だが……。
「その通りだけど、俺達の目的地はそこじゃない。途中で洞窟が二股に分かれているから、狭い方の道を進むんだ。そしたら泉が湧き出る小さな小部屋となっている。ヒョウショウの花はそこだ」
今回の依頼は地底湖まで行く必要はない。
その小部屋でヒョウショウの花を手に入れればそこで依頼完了である。
そのため魔物と遭遇するリスクも低い。
「二股って……あれのことかしら」
イブキが奥を指さす。
するとそこにはメインの通りとなる洞窟の脇に、人一人がやっと入れるほどの小さな穴が開いていた。
その周辺にだけ光鉱石はなく、事前に知らされていなかったら気づかず素通りしていただろう。
人為的なものを感じる。所在を隠す為にレナが施したのであろう。
「当たり、だね。こっちに進もう」
事前に聞いていた情報とも合致していることから、こっちが小部屋へと続く道だと判断した俺はその穴へと入っていく。
その穴の中も光鉱石がなく、しばらくの間俺達は暗闇の中を進んだ。
「ねぇ、本当にこの奥に花があるの?」
そう尋ねてくるイブキの声色はどこか不安気だ。
「たぶん、ここだと……お?」
視界の奥がぼんやりと輝いている。どうやらたどり着いたらしい。
「着いたみたいだね」
俺の予想通り穴の奥は小部屋があった。
広さは大体100平方メートル程だろうか。
周囲は光鉱石が敷き詰めたられているのか、洞窟内で最も明るい。
端の方には少し大きな水たまりがあった。
のぞき込んでみると水たまりの下からは水が湧き出ているようで時折、気泡のが浮いて出てきている。
まさに泉の湧き出る小部屋、だ。
……ということは?
「あ、これ!シリウス、これじゃない?ヒョウショウの花!」
俺の首がグルンとイブキの方を向く。
そして猛ダッシュでそちらに駆ける。
若干引いた目つきでこちらを見ている彼女の指さす方向には透明な花弁を有している花が咲いてあった。
……間違いない、ヒョウショウの花だ。
俺はしばらくの間その花を愛おしいものを見つめるかの様に観察する。
「あの、シリウス?」
どれだけ時間が経っただろうか。
俺のことを見かねたイブキが声を掛けてくる。
おっと、いけないいけない。
正直言うとこの花を食してみたいが……この花は硬く、そして脆い。
言ってしまえばガラスのような素材だ。食べると恐らく血だらけになるだろう。
それに勝手に自分のものにすることはレナに固く禁じられている。
約束は守る性分の俺としてはここは泣く泣く持ち帰るほかない。
だが、幸いなことに持ち帰ったらその内の幾つかを貰える手はずとなっている。
それまでは我慢だ。
俺はヒョウショウの花を傷つけないように根元から抜き取る。
依頼されていた10本のヒョウショウの花を抜き終えると、専用のケースの中へとしまう。
これで依頼完了だ。あとは無事に帰るだけ。
「さて帰ろ「キャァァァァァァァ!!」」
何処かから誰かの悲鳴。
これは……!?
「シリウス、今の!」
イブキの耳にも届いたようだった。
「この洞窟に……誰かが居る!」
そしてその誰かは……助けを求めている!
俺達は顔を見合わせ、互いに頷くと、急いで小部屋からでることにした。
作者のライゼノと申します。
いかがでしたでしょうか。
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