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第83話 発明王シリウス。

「ねぇ、何か面白い話とかってないの?」



イブキが退屈そうに欠伸をする。

俺達はスコロンを出て洞窟へ向かって歩みを進めていた。

幸いにも天候に恵まれ、しばらくの間は雨も降りそうにない。

俺は道すがら目についた薬草を手当たり次第に採取していたため、退屈どころか楽しんでいたのだが……どうやらそれを見ているだけのイブキは暇を持て余していたらしい。



「え?面白い、話か……」



目を閉じて少しばかり考えてみると、ニヤニヤとこちらを見ているティアドラが思い浮かんだ。

あの人は存在自体が面白い人だったが……この間ほとんどイブキに話したしなぁ。



「あ、そうだ。貴方、短い間だけどウルストに居たのよね。その時の話とかってないの?ウルストの冒険者ギルドの話とか!」



彼女は目を輝かせて俺を見る。



「うーん……あまりスコロンと変わりはないよ?基本採取依頼ばっかりだったし。違うところと言えば……」



脳裏に浮かぶのは3人の獣人達。

トキハさんにナシュに……そしてナキ。

皆元気にしているだろうか。

俺はポツリポツリとウルストでの出来事を話していく。





「……でね?そのナキって子がどうしても行きたいっていうから一緒に行ったんだよ」



「……でさ、その時ナキが余計なことを言っちゃってさ。おかげで逆上した冒険者に襲われたんだよね」



「……そうそう、思い出したんだけどナキと依頼に行った帰りに無理やり手を繋がされてさ。あれは少し、恥ずかしかった「ちょっと待ちなさい」」



最初は興味津々と言った様子で聞いていたはずのイブキであったが、少しづつ機嫌が悪くなっているのはなんとなくわかった。

そして唐突に話を遮られる。



「……え?どうかした?」



身の覚えのない俺は唯々呆然とする。



「そのナキって子……もしかして女なの?」



ふとイブキを見ると彼女の顔は鬼気迫る表情となっていた。



「あぁ、言わなかったっけ?ナキはトキハさんの娘なんだけど……」



それがどうしたというんだろう。

イブキは腕を組み、小さく言葉を発する。



「……そういう訳、ね。なるほどタリアが言ってたのはこういうこと、なのね」



うんうんと頷き、何かを納得したようだった。

ナキについてタリアさんと何か話したのだろうか。



「ナキ・シノノメ、ね。覚えたわ」



ぼそりと呟く彼女の顔から底知れぬ怖さを感じた。

ナキの話はしないほうが良いのかもしれない。

そう判断した俺はその後、ナキのことには触れないように恐る恐る話す。

それが功を奏したのかイブキもいつしか機嫌を取り戻していた。



そんなことをしている間にいつの間にか日が傾いていた。

どうやら今日はここまでにしておいた方が良いようだ。







初めてイブキと野宿したときと同じように俺達は火の近くに腰かけて食事をしていた。

違うことといえば前回は俺の対面側に座っていたイブキだったが、今回は俺の隣に座っている。

俺は指輪から湯呑を取り出し、茶を淹れ彼女に手渡す。

彼女は小さく礼をいい、一口飲むとほぅっと息をつく。



「やっぱり貴方が淹れるお茶は美味しいわね。そういえば……」



彼女は何かに気づいたかのように俺の手元を見る。



「貴方、その指輪って私のと同じように魔力を消費して発動する指輪よね?失礼かもしれないけど貴方って魔力がないじゃない?どうしてその指輪が使えてるの?」



彼女が見ていたのは俺の指輪に嵌められた指輪のようだった。

確かに2年前の俺はこの指輪が1時間に1度しか使えなかった。

だが今では頻繁に出し入れすることが可能になっていた。

俺は指輪を眺めながら口を開く。



「こういった魔法効果のある装飾品は……触れた()()の魔力を媒介に発動する。それは分かってるね」



イブキは当たり前だと言わんばかりに頷く。



「そう、触れた()()。それは人だけじゃない。ありとあらゆるものが対象なんだ。身に着けた人はもちろん、この空気中に漂う魔素、そして……」



俺は指輪を抜き取ると彼女に手渡す。

彼女はその指輪をまじまじと見つめた。



「この指輪がどうかしたの?見たところ……青い宝石と()()()()()が付いた指輪にしか見えないけど……」



緑色の宝石。

ティアドラからもらった指輪は青い宝石の付いた指輪だったはずだ。

ではこの宝石は?



「ん?緑の方は……なんだか別の素材で引っ付いているのかしら?指輪との間に境目が見えるのだけれど……これは何?」



どうやら彼女も宝石の違いに気づいたらしい。



「それは宝石じゃないんだ。小さく砕いた……()()、だよ」



薬を扱う以上人よりも荷が嵩張ることになる俺は、どうにかして指輪を何度も使えるようになりたかった。

そのような中で知恵を絞って作りあげたのが今の指輪だ。

薬を作っている最中に偶然にも薬の入った瓶に指輪を落としてしまったことで気づいた。

落とす前は魔法を使い果たして赤く光っていたはずの指輪が、取り出すと青い光を放っていたことに。

その性質に気づいた俺は何とかして薬を指輪に固定しようと考えた。

紐で縛ったり糊でくっつけたり……だが上手くいかない。

そこで前世の記憶を持ち合わせた俺は思いついたのだ。融点の低い金属を溶かしてくっつけようと。

簡単にいうと『はんだ付け』だ。

そこからは融点の低い金属探しとかで時間が掛かったりしたのだが……まぁ結局は完成させることができた。

これがその指輪というわけだ。

大きい丸薬を使用するとどうしても何処かにぶつけたり引っかかったりするため、魔力は下がるが丸薬を砕いたものを使用している。

指輪自体の魔力の消費量はそれ程高くはないから砕いたものでも十分なんだけどね。

そのことを説明するとイブキは感心したようだった。



「へぇ……貴方って本当色んなことに手を出してるのね。発明王だわ」



まじまじと指輪を見るイブキ。

確かに俺は薬だけでなく油圧による圧縮機を作ったり、指輪を改造して魔力のない俺でも何度も使えるようにしたりしている。

だが全ては俺の薬師生活を少しでも充実させるためだ。

そのことを伝えると彼女は「あはははは」と乾いた笑い声をあげるだけであった。

どうしてだろう。

こうして夜が更けていった。




次の日も同じように歩きながら他愛もない話をして歩みを進める。

この日は主にイブキの魔界での愚痴だった。

ほとんど聞いたことのある話だったけど。

その翌日。

俺達はとうとうヒョウショウの花があるという洞窟へとたどり着くのだった。

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