第82話 もう、一人じゃない。
こうして俺達はレナの店を後にする。
一度俺達は準備のため、宿へと帰ることにした。
仕事のあるタリアさんはギルドへ戻らないといけないため途中で別れたが、終始俺達の心配をしていた。
普段は腹黒いのだが、彼女は本来優しい。……たぶん。
「絶対に怪我をしないで帰ってきてくださいね!」
タリアさんは別れ際にそんなことを言っていた。
彼女に無事な姿を見せるためにも、俺達はしっかりと準備する必要がある。
宿へと帰り、各々の自室で準備を始める。
ここから目的の洞窟までは通常の人なら徒歩で3日程かかるとレナは言っていた。
体力のある俺達なら2日程でつくだろうか。
その間は野宿をすることになる。
必要なものは丸薬に……食料と……水、だな。
幸いにも採取任務をこなす中で自身様にも取っておいた薬草を丸薬にしてある。
丸薬については潤沢だ。
食料と水はこの後に市場に買いに行くことにしている。
掛かる費用は自腹だが、今回の依頼はレナから特別報酬が出ることになっている。
だから経費を節約する程リターンが大きくなるのだが……こういう危ない依頼の時は十分に食料は買っておこう。安全第一だ。
俺はそんなことを考えながら道中に使うであろう衣服を適当に保管の指輪にしまう。
「ねぇ、シリウス」
ふと背後からイブキの声がする。
首をそちらに向けると既に準備を終えたらしいイブキが壁にもたれかかって立っていた。
「ん?どうかした?」
俺が聞き返すと彼女は黙り込み、自身の髪をいじる。
どうやら言うか言わないか迷っているようだった。
しばらくするとようやく口を開く。
「あの女……何者だと思う?」
ここでのあの女とは紛れもなくレナのことだろう。
彼女に向き直ると腕を組む。
「そう、だな……何者かは分からない、だけど……普通の人間だとは思えない、な」
見かけの年齢にそぐわない威圧感そしてあの記憶力、更に極めつけが……
「貴方のことに……気づいてる」
その言葉に黙って頷く。
恐らくだが、彼女は俺に魔力が無いことに気づいている。
彼女が最後に口にした言葉だ。
『私には分かるの。その人が、どれ程の力を有しているかが』
『その私が、貴方の力だけは読めなかった。だからよ』
通常俺以外の人たちはその程度の差はあれ、魔力を身にまとっている。
レナはそれを感知しているのだろう。
だから俺の魔力がないことに気づき、力を読むことが出来なかったのだ。
本来、そういった魔力を感知する能力というものは熟練の魔法使い等が身に着けている。
あくまでも熟練の魔法使いだ。
レナは見た目通りの年齢であるなだら恐らく10代そこそこであろう。
その年齢で魔力感知が出来ていることが不思議でならない。
それとも見かけ以上に歳をとっているのか?それはそれで普通の人間とも思えない。
「そして……もしかしたら私のことも」
そう言って自身の身体を抱き込むように身を強張らせる。
レナは人の力を読めると言っていた。
ならば並々ならぬイブキのその強さにも気づいたのではないだろうか。
そこから彼女が魔族であると予想したとしても、不思議な話ではない。
イブキはそのことに気づき、恐怖を感じているのだ。
俺はそんな彼女を見て……思わず笑ってしまった。
「あはははは。だったら俺達は追われることになるな、一緒に魔界まで逃げようか」
すると呆気にとられたような顔になる。
「何言ってるの?追われるのは私一人、よ?人間である貴方は大丈夫のはず」
彼女は不思議そうに尋ねてくる。
だが俺は首を横に振った。
「考えてもみなよ、レナにとってイブキは『普通の人よりも魔力の高い人間』。じゃあ俺は?『普通の人じゃありえない、魔力のない人間』だ。どっちの方が異常で魔族に近いと思う?」
その言葉にイブキはハッとする。彼女も気づいたようだ。
そう、レナからして魔族だと疑いをかけているのは魔力のない俺の方なのだ。
もしかしたら彼女はこの依頼で俺と言う人間を見極めようとしているのかもしれない。
「貴方……どうしてそれが分かってて……」
平静でいられるの?
彼女はそう呟く。
……そんな答えは分かりきっている。
「もう、一人じゃないから」
俺は短く答えた。
一人だったら恐怖で足が竦んでいたかもしれない。
だが俺にはイブキ・ドレッドノートという仲間がいる。
まだ彼女と過ごした時間はそう長くはないが、彼女のことは信頼している。
裏表のない性格、周囲への気遣い、そして何より……彼女はあの時、俺の夢に協力してくれるといったのだ。
それだけ……だがその言葉が自身の勇気となっている。
だからもう何も怖くはない。
俺の言葉にイブキは少し頬を赤く染めながら、自信を抱く力を緩める。
「何よ、それ……一人で怖がってた私がバカみたいじゃない」
どうやら彼女の恐怖心も何処かへ行ってしまったらしい。
「だったら私も怖くないわ!だって私にはシリウスっていう協力者がいるんですから!」
彼女の代わり身に俺は笑みを浮かべる。
もう大丈夫のようだ。
「そんなことよりも準備は出来たの?出来たら早く市場に行きましょう?」
そう言い残すとイブキは部屋から出ていき、下へと降りていく。
「話振ってきたの、イブキじゃなかったっけ?」
俺は頭を掻きながらポツリと呟く。
その後市場で食料の調達を終えた俺達は早速ヒョウショウの花がある洞窟へと旅立つのだった。




