第81話 装飾品店の店主レナ。
絶句する俺達を横目にタリアさんが慌てて説明する。
「じ、実はですねサダルメリク嬢、この方々が貴女の出した依頼を受注した冒険者でして……」
だがその言葉はしどろもどろだ。
それもそのはず。
彼女の前に立つ令嬢からはオーラというか……小さなその身に全く合わない、相手を拒絶するような威圧感を感じるからだ。
「そうなの。……Gランクの冒険者でしょ?実力が見合っているのか甚だ疑問なんだけど」
失礼な!強制依頼を全てこなしたおかげで今はFランクになったんだぞ!
そう言いたかったがここでは黙っておく。
彼女はプイと俺達に背を向けると、自身の背後にあったテーブルの椅子に腰かける。
……どうやらこれはダメっぽいな。
依頼は受けたかったが……彼女が相手ではまともに話が出来そうにない。
俺達は諦めて外へと出ようとする。
だが椅子に腰かける彼女は意外な言葉を放つ。
「ん?……どうしたの?早く依頼の説明をするのだからこっちに来なさい」
え?
どうやら彼女は俺達が依頼を受けることを認めたようであった。
今の会話の流れで?……本当に?
「え?依頼、受けさせてくれるんです?」
3人等しく呆気に取られている中で俺が代表して口を開く。
すると彼女はトントンと机を指で叩く。
「そうだと言ってるじゃない。私は無駄な話が嫌いよ、受けるの?受けないの?」
口調から彼女が苛立ちを感じているのが分かる。
……これはラッキーなのか?
俺達は顔を見合わせ、頷くと彼女の対面側に腰かけた。
「たしか貴方はシリウス・フォーマルハウト、だったわね」
腰を掛けるなり彼女が俺の名を呼ぶ。
その言葉に俺は驚愕した。
「な、なんで俺の名前を!?」
警戒心を露わにする。
まだ名乗っていないのに何故この女は俺の名を!?
すると彼女は気だるげにため息をつく。
「貴方ねぇ……この間冒険者ギルドカードを私に見せたじゃない。何故そんなことも覚えていないのかしら?一度頭の中を見せてもらいたいものだわ」
ギルドカード……?
まさかこの街に初めて来たときのことを言っているのだろうか。
確かに彼女にはその時にギルドカードを見せた。
だが、それは3日前のはずだったし、Gランクの俺達は彼女にとっては路傍の石のようなものだったはず。
それなのに……。
「……記憶力がいいんだな」
俺は彼女を見つめながら呟く。
この女、どこか怪しい気がしてならない。
だが彼女はそんな俺のことなど意に介していないようで軽く笑みを浮かべる。
「お褒めに預かり光栄よ。それで?そこでまだ口を膨らませてるお嬢さんは?」
彼女は俺から視線を外し、イブキの方を見る。
イブキは彼女のことが気にくわないらしい。
「イブキ・ドレッドノート」
小さな声でそう名乗ると再び口を閉ざす。
だがその目線はじっと眼前に居る令嬢を見据えている。
「そう、いい名前ね。……私の名前はレナ・サダルメリク。この街で商店を営んでいるわ。売っているのは……見たまんま、ね。装飾品を取り扱っているわ」
彼女は軽く自身の説明をすると近くの壁に掛けて合った地図を手に取る。
その地図にはミスーサ国内にある街や都市などが記載されているようだ。
「地図は読めるかしら?」
レナの問いに俺が頷く。
「見た目によらず地図を読む頭は持ち合わせているのね、それなら話が早いわ」
いちいち気に障ることを口にするが気に留めていたら話が進まない。
俺は無言で地図をのぞき込む。
「今いるのがここ。アラズマ寄りの街『スコロン』ね。この街はアラズマとウルストを繋ぐ道沿いにあるわ」
彼女は地図中のスコロンを指さし、そこから西に伸びる道を指でなぞっていく。
「そして北には4国を分かつ山がある。貴方達に行ってもらいたいのはこの麓」
途中で彼女の指は北に向かって進路を変える。
そこには人の世界の中心にある巨大な山があり、すぐ脇には広大な森があった。
「ちょうどこの辺り、ね。森と山の境目。ここには少しわかりづらいのだけれど洞窟があるの。その中にヒョウショウの花があるわ」
彼女は洞窟があるであろう場所を指で囲む。
ここに……ヒョウショウの花が!
俺は誰にも気づかれない様に一人胸を躍らせる。
……いや、どうやら一人気づいた人がいるらしい。
レナを睨んでいたはずのイブキは、いつの間にかこちらを呆れた目つきで見ていた。
「いい?これは絶対に他言無用。そしてこの依頼が終了した以降、貴方達にここへ行くことを禁ずるわ。……もし行ったら……自身の身に何が降りかかっても天罰と思いなさい」
商人である以上、その生命線である商品の生息地は何よりも重いとでもいうのだろうか。
彼女の表情は有無を言わせないとばかりに鬼気迫る表情であった。
俺達は深く頷く。
すると彼女は少し安心したようだった。
「了承してくれて何より、だわ。それでは詳細な話をしましょうか」
そこから彼女は俺達に洞窟内部の簡単な構造とヒョウショウの花の詳細な生息地を口にする。
メモを取るのは厳禁と言われたため、俺はしっかりと頭に叩き込む。
イブキも効いてはいたようだが、たぶん覚えてはいないだろう。
「あと、最後にだけど……」
レナがそう切り出す。
「この洞窟、少々手ごわい魔物もよくいるわ。戦闘準備はしっかりとしておくことね、死んでも責任とれないから」
そう締めくくった。
確かにこの依頼書にサインをする際に、大けがをしたりたとえ死んだとしても依頼主に責任が行くことはないことを承諾する旨が記載してあった。
だがそんな依頼書は星の数ほどある。
冒険者に危険はつきものであり、命を落とすなんてことはよくある。
そんななかで……俺は彼女の言葉が気になった。
「アンタ……その洞窟で俺達が戦闘をするとでも?」
世間一般から見て俺とイブキはFランクの冒険者だ。
言ってしまえばルーキーに等しい。
普通に考えれば戦闘に関して信頼に値する者とは到底言えない。
だが、レナは俺達を低ランクと分かった上で戦闘が発生する可能性をある依頼の受注を認めたのだ。
失敗する可能性が極めて高いというのに。
俺は彼女の魂胆が読めなかった。
「どうして、俺達が……依頼を受けることを認めた?」
辺りはシンと静まり返る。
互いに視線を合わせる。
俺はレナを考えを見据えるように。
レナは俺を推し量るように。
どれほど時間が経っただろうか、俺の問いにレナがゆっくりと口を開く。
「私には分かるの。その人が、どれ程の力を有しているかが」
ポツリと一言。
そしてそのまま俺を指さす。
「その私が、貴方の力だけは読めなかった。だからよ」
そう言い残すと彼女は奥の部屋へと姿を消してしまった。
俺は大きく息をつく。
この依頼、ただの採取依頼とは違うような気がする。
「あの、今からでも取り消しにしましょうか?」
重い空気の中、タリアさんが口を開く。
だが俺は黙ったまま首を横に振った。
「いや、受けるよ。今からリタイアしたら……なんかちょっと癪じゃない?」
俺の言葉にイブキもニヤリと笑う。
「そう、ね。さっさと終わらせてあの女を驚かせてみたいものだわ」
こうして俺達はレナの依頼を受けることにした。
俺達は気づいていなかった……様々な思惑が交差するこの依頼内容に。




