第80話 とある商人の令嬢。
という訳で強制依頼を終えた俺達は冒険者ギルドへと向かっていた。
3日もあれば慣れたもので、今までであれば俺がイブキを先導していたが今では彼女が俺の前を歩いている。
彼女もこの街にも慣れてきたようで、早めに依頼を終えた日なんかは近くの買い物に付き合わされたりした。
見慣れた街並み、見慣れた風景。ただいつもと違うものがあるとすれば……。
「……でね?ヒョウショウの花ってのは花弁が硬く、そして透明なんだ。これは一説によると花が吸った水分を結晶化させてるんじゃないかって言われてるんだ。魔石なんかと同じようにね。その証拠化は分からないけどヒョウショウの花の効果は他の素材に比べても高いらしい。これは俺の予想になるんだけど俺が作ってる丸薬と同じでヒョウショウの花は体内で効果を凝縮……って聞いてる?」
俺はこっちを見ようともしないイブキの前に回り込む。
すると彼女は虚ろな目で俺のことを見てきた。
「貴方って……本当薬のこととなると人が変わるというかなんというか……まぁ、楽しそうだからいいんだけど……」
まだ朝だというのに彼女はなんだか疲れ切っていた。
昨日寝れてないのかな?
「とにかく!ヒョウショウの花は硬くて薄い分非常に脆い!だから扱う時は丁寧に、だよ」
折角採取しても砕けてしまっては意味がない。
俺はイブキに注意喚起する。
「その言葉、一体何回目なのよ……分かってるわ」
彼女は気だるげに首肯する。
そうこうしている間に俺達は冒険者ギルドにたどり着く。
いつもの様に扉を開けると
「お、『採取王子』に『血みどろ王女』じゃないか!まぁこっち来て座れよ!一杯奢ってやるぜ?」
「『採取王子』さん、おはようございます!僕にも回復薬作ってくれませんか!?」
「『血みどろ王女』様!私も依頼にご一緒させてください!」
酒場の方から俺達に気づいた冒険者が各々声を上げる。
どうやら3日で強制依頼を終えるというのは尋常じゃないスピードのようで、その噂は瞬く間に冒険者ギルド内に広まった。
何故か『白銀の翼』のシリウス、イブキではなく意味の分からない異名であったが。
俺は彼らに軽く手を挙げて挨拶すると、噂の根源だと睨んでいるタリアさんの元へと向かう。
「おはようございます。とても良い異名をつけていただいてありがとうございます」
まぁさっき朝食を一緒に取ったんだけど。
俺は挨拶がてらカマをかけてみる。
「さっきぶりですね、おはようございます!何のことでしょうか?心当たりがありませんね」
そう言って不思議そうに首を傾げるが、俺には嘘を言っているようにしか見えない。
ジトッとした目でしばらくの間彼女のことを見る。
すると彼女は少し慌てたように口を開く。
「さ、さぁ今日はシリウスさんの待ちに待ったヒョウショウの花の採取依頼の日ですね。えーと……何処にあったかなっと……」
彼女はそう呟くと俺から視線を外し、受付脇の棚にある書類から依頼書を取り出す。
恐らくクロ……だな。
だが俺は次の瞬間にはそのことを忘れていた。
なぜならそう、タリアさんの手にヒョウショウの花の採取依頼書があったからだ。
「ありました!これですね、ではここにサインを」
タリアさんはサインをする場所を指さす。
「ちゃんと依頼内容を読んでおくのよ?タリアは狡猾だから書類を偽造してるかもしれないわ」
イブキが笑みを浮かべて注意してくる。
友人に向かって狡猾って……。
するとタリアさんは目を潤ませて声をあげる。
「酷いです!私はそんなこと一回もしたことないのに!……たぶん」
語尾は聞き取れなかったが……タリアさんの顔を見ると本気で泣いているような様子はない。
どうやら冗談だということを互いに理解しているようだ。
それにしてもこんな冗談も言える程仲良くなったのか。
……いや、あながち冗談ではない気もする。
俺は高鳴る胸を落ちつけて依頼内容を再度黙読し、問題がないことを確認するとサインをする。
「はい、これで受注完了ですね。では依頼人の元に案内しましょう」
いつの間にか平素の状態に戻ったタリアさんは、サインの記入された依頼書を奥の部屋へと持っていき、上司と思しき人物に渡したのちにポーチを肩に掛けた彼女が出てくる。
今回は依頼主の要望で一度直接話をするらしい。
恐らく口頭でヒョウショウの花の生息地を伝えるのだろう。
冒険者ギルドを後にした俺達はしばらくの間雑談を交えながら商店街を歩く。
「着きました!ここですね」
タリアさんは周囲と比較しても立派な様相の商店の前で立ち止まる。
その商店はコンクリート状の建造物が多いスコロンの中では珍しくあずき色のレンガでできていた。
入口脇にある大きな窓からは中の様子が伺える。どうやらこの商店は装飾品を取り扱っている店のようだ。
「……ん?」
俺はふとしたことに気づく。
あれ?ここってたしか……。
「ねぇシリウス?ここって……」
イブキも気づいたらしい。
この商店に既視感があることを。
「さぁ、お二人とも中へどうぞ!」
だが言葉を交わす間もなく、俺達は中へ案内される。
するとそこには大きな鍔の着いた帽子をかぶった青髪の令嬢が立っていた。
「歓迎するわ、私がこの店の主人の……ってアンタ達何処かで見覚えが……」
俺達は互いに見合う。
そして気づく。
「あ!あの時シリウスを馬鹿にした女!」
「あぁGランクの癖に護衛依頼をしようとした馬鹿二人組じゃない、どう?良い医者には診てもらったかしら?」
俺達はこの女を知っている。
何故ならばそう、彼女はかつてこのスコロンに着いた際に出会った商人の中の一人であった。
彼女が……この依頼の依頼人。
俺はじっと彼女の顔を見つめる。
背は俺の胸の高さくらいだろうか、非常に低い。
だが腰まで伸びた青い髪、そしてその髪の色と同じくサファイアのような輝きを放つその瞳は彼女の端正な顔つきに見事なまでに合致しており、身長の低さと相まってビスクドールのような美しさを感じる。
しかし……。
「何か言ったらどうなの?それとも医者にしゃべるのを禁じられたのかしら?二度と馬鹿みたいなことを言わない様に」
彼女の釣りあがった目つきは自身の性格を物語っている。
……性格、きつそうだなぁ。
俺は波乱万丈となる予感しかしなかった。




