第79話 強制依頼。
「二人とも昨日は何をやっていたんですか?」
俺達は1階の食事処で朝食を取っていた。
タリアさんが何故かにやついた表情で俺達を見ている。
「何って……シリウスに薬の作り方を教わっていたのだけど」
イブキはだからどうしたと言わんばかりに首を傾げている。
そう、昨日は遅くまで彼女に製薬方法を伝授していたため寝るのが遅くなってしまった。
一昨日に引き続いて睡眠時間が確保できていないためか、まだ眠い。
俺は大きく欠伸をする。
「ふあぁぁぁ。……そうそう、イブキもそこそも薬が作れるようになったね」
俺がそう言うとイブキは嬉しそうに笑う。
まだまだ道は遠いんだけんどね。
「イブキさんがシリウスさんの部屋に行ったのを確認したときはこれは何かが起きる!と思ったのですが……なんだ、少しつまらないですね」
タリアさんは一気に興味がなくなったようで小食であるトーストをかじり始めた。
彼女は一体何を期待していたのだろうか。
「ふぅ、美味しかった、おばあちゃん御馳走様!ってもうこんなじかんなん時間なんですか!?それでは、私は先にギルドの方へ行ってきますね!遅刻遅刻!」
一気に朝食を平らげたタリアさんは鞄を肩に掛けると慌てて宿から出ていく。
俺達は彼女に軽く手を振り、見送った後に顔を見合わせる。
「朝から忙しい人よね」
全くだ。俺は小さく頷いた。
まぁ彼女は冒険者ギルドという巨大企業で働く一職員のようなものだ。
冒険者ギルドから給料をもらっている以上、決まった時間で働かないといけない。
社会人の宿命のようなものだ。
前世界では彼女と同じく社会人をしていた俺は、社会人と言うのは朝が一番忙しいということを痛い程理解している。
俺は何処か懐かしい気持ちで彼女の消えていった扉を見つめていた。
「さて、今日はどうするの?」
俺は再び彼女に向き直る。
「そう、だな。とっとと強制依頼を片付けようと思ってるんだけど……だめかな?」
強制依頼13件。
一週間以内にこなさないと罰則があるため早めに片付けておきたい。
俺は夏休みの宿題は早めに終わらせるタイプなのだ。
するとイブキは呆れたように俺を見つめる。
「……本音は?」
「早くヒョウショウの花の採取依頼を受けたいだけです」
どうやら俺の魂胆等簡単に見透かされていたようだ。
タリアさんと交わした条件、それは強制依頼13件をこなした後にヒョウショウの花の依頼を受注させてくれるとのこと。
依頼主も採取依頼が冒険者に人気がないことは理解しているようで、冒険者との契約時の依頼期限を長めに設定していたらしい。
イブキは小さくため息をつく。
「……そんなことだろうとは思ったわ」
そう呟きながら彼女は立ち上がり、朝食で使用した皿やフォークをモミルさんに渡していく。
「片付けが済んだら、私達も行きましょうか」
俺も立ち上がり、布巾で机を拭く。
「いいのか?」
イブキは笑みを浮かべる。
「ギルドマスターは貴方でしょう?指示には従うわ」
こうして俺達の今日からの予定は決まった。
片づけを済ませた後、俺達はモミルさんとヤギルさんに見送られながらスコロンの外へと向かった。
「まずはどの依頼から行うのかしら?」
俺達はスコロン近郊の風通しの良い場所に立っていた。
今日も天気が良く、風が気持ちいい。最高の採取日和と言える。
「これから始めようか」
俺が取り出したのは……青ツユクサの採取依頼。
この依頼は何処にでもあるが故に需要が非常に高い。
回復魔法の使えない冒険者や国の兵士にとっては貴重な回復手段であるからだ。
その中でも青ツユクサは魔力回復薬にもなる。
正に一粒で二度おいしい薬なのだ。
「あと……これだね」
そしてもう一枚の依頼内容をイブキに見せる。
それは昨日と同じような獣の討伐であった。
今日のは野犬のようだけど。
「同時にやるの?」
彼女の問いに俺は首肯する。
「あぁ、青ツユクサは風通しのいい場所に生えやすく、少しだけど甘い匂いがするんだ。この匂いに反応して犬は青ツユクサを見つけ、食べることがあるんだよ」
するとイブキは不思議そうな顔をする。
「犬が草を食べるの?肉とか食べてそうなイメージだけど」
彼女の問いは最もだ。俺にだってよく分からないし。
だがそういう習性があることは知ってる。
前の世界でも犬が道端の草を食べるなんてことはよくあったし、この世界でもティアドラの山を護る3匹の犬、フロル、ベルム、プエルがよく食べていた。
畑を荒らした時は鉄拳制裁だったけど。
「その辺は俺もよく分からないけど普段の食べ物じゃ得られない栄養なんかを摂取してるんじゃないかな?とにかく青ツユクサを探せば、近くに討伐対象の野犬とも出会えるかもしれない。だから行ってみようか」
「分かったけど……どっちに?」
彼女の前に立つと目を瞑り、鼻から空気を大きく吸う。
「お……ほら、あっちの方から甘い匂いがするでしょ?あっちに青ツユクサがあるはずだよ」
とある方向を指さす。
イブキはそちらの方に鼻を向けてスンスンと匂いを嗅ぐが、ピンと来てないようで首を傾げる。
「……全くしないんだけど。貴方の鼻ってどうなってるの?犬並?」
彼女は不信感を抱いたようだ。だがあるものはある。
「まぁとりあえず行ってみようよ、こっちこっち」
イブキに手招きし、匂いのする方向へ歩みを進めた。
「……本当にあった」
俺達の目の前には青ツユクサが群生していた。
しゃがみ込み、一本一本丁寧に採取していく。
「貴方って……時々人間だということを疑いそうになるわ……本当に」
イブキが呆れたように呟く。
「どういう意味だよ、それは」
褒めているのだろうか。
……けなされている気もする。
すると今度は笑い出す。
「ふふふ。私と同じく人間離れしてるってことよ、そう理解しておきなさい」
イブキはそう言うと腰に刺さった2本の金棒を引き抜く。
彼女の視線には……数匹の野犬。
どうやら俺の予想は見事的中したようだ。
「それじゃ、互いにできることをしましょう?私は野犬の討伐、貴方は青ツユクサの採取」
別に採取は誰にでも出来ると思うんだけどなぁ。
口答えをしないでおく。
「イエスマム!」
その言葉を皮切りにイブキは野犬に向けて突貫していく。
俺はのんびりと採取に勤しむのだった。
強制依頼の13件はそれから3日後に全て達成することが出来た。
明日はいよいよヒョウショウの花の依頼だ。




