第77話 老夫婦の宿。
俺達はタリアさんに案内されて宿の中へ入る。
中は思ったよりも広く、入り口すぐが食事をする場となっているようで机といすが並んでいる。
奥のカウンターが受付となっており、老婆がニコニコと笑いながら座っていた。
「おばあちゃん、ただいま。お客さん連れて来たんだけど空いてる?」
タリアさんがそう尋ねる。
事前に二人の話を盗み聞きと言うか耳に入ってきていたのだがこの宿は老夫婦の二人で営んでいるらしい。
そのため、あまり活気という物がなく、他の宿に比べて人気は低いのだとか。
だがこの落ち着いた雰囲気は、確かにスコロンには合っていないかもしれないが、俺はこのような宿も好きだ。
「おやまぁタリアちゃん。おかえりなさい、今日は早いんだねぇ。それにお客さんかい?部屋なら空いてるよ」
笑顔のままそう答える老婆。
どうやら無事に宿は取れそうだ。
俺は少し安心する。
「ありがとう、おばあちゃん!」
タリアさんはこちらに振り返り小さくVサインを送る。
こういう時は可愛いんだけどな。
ん?
イブキから視線を感じた。
「それじゃ、ここに名前を書いてくれんかね?あと、タリアちゃんと同じようにしばらくの間ここに住むことになるのかい?」
老婆はカウンター下から帳簿を取り出す。
「えぇ、実はこの街で冒険者として働くことにしまして……しばらくお借りしても大丈夫でしょうか?」
俺は受付に備え付けられているペンを取りながらそう答える。
夫婦二人で切り盛りしてるからもしかして迷惑だったりするのかな。
タリアさんと違ってこっちは身元不詳だし。
すると老婆はゆっくりと首を縦に振る。
「問題ないよ、むしろいつまでもいてくれて構わないよ。直にお爺さんも買い出しから帰ってくるから、そしたら皆で夕飯にしようかね」
彼女の言葉は優しく、安心する。
俺も年を取ったらこうなりたいものだ。
俺達は彼女に礼をいい、帳簿に名前を書いた。
「……シリウスちゃんにイブキちゃんだね。私はこの宿を営んでいるモミル。よろしくね。」
そう言ってモミルさんは手を差し出してくる。
俺達は順に彼女の手を握る。
しわしわだったが、力強さを感じる手であった。
丁度そのタイミングで宿の扉が開く。
「ただいま、ってもうタリアちゃん帰って来たのか、それに……お客さんか?」
入ってきたのはモミルさんと同じくらいの年齢とうかがえる老爺であった。
モミルさん同様優しい雰囲気を感じる。
「えぇ、シリウスちゃんとイブキちゃんと言うんです、二人とも可愛いでしょう?」
すると老爺は彼女に向かって頷くと俺達の元に歩み寄り、頭に手を伸ばし力強く撫でる。
「よく来てくれた。孫が一気に3人になったみたいだ。わしの名前はヤギルと言う。ゆっくりしてくれ」
二人とも人を包み込む優しさと、年齢以上の力強さを感じる。
もしかして二人は元冒険者だったりするのだろうか。
「さて、お客さんも来たことだし皆で飯にしようか!」
ヤギルさんは腕をまくりながら、買ってきたであろう食料品を手に奥にある厨房らしき所へ向かう。
どうやらこの宿は受付をモミルさん、そして料理をヤギルさんが担当しているようだ。
しばらくすると厨房からトントンと小気味良い包丁の音と、何かの肉を焼く良い匂いがしてくる。
するとタリアさんは慣れた手つきで食器棚から皿やスプーン等を取り出し、机に配膳していく。
「なんか、貴方……本当にこの家の子みたいね」
イブキは苦笑を漏らしながらそう呟くが、彼女もタリアさんの手伝いを始める。
勿論俺もだ。
その日はヤギルさんが奮発してくれたようで、他の料理店でも見ないような美味しい料理のオンパレードだった。
俺達5人は一つの机を囲み、食事を取るのだった。
満腹になった後、俺達は部屋へと案内される。
この宿には2階に4部屋ある。今はタリアさんしか住んでいないらしい。
モミルさんに案内された部屋は8畳ほどの部屋でふかふかのベッドと少し大きめの机、そして小さなタンスが置いてあった。
「好きに使ってくれていいからね」
モミルさんに鍵を渡される。
ちなみに俺の隣がイブキ、そしてイブキの向かいの部屋がタリアさんとなっている。
窓から外を眺めると既に日は落ちており、辺りは街灯のようなもので照らされていた。
何かの魔法であろうか。
また、日中程ではないがまだ人の往来はあるようで、何かの荷物を載せた馬車や、依頼帰りと思われる冒険者の姿が確認できる。
「それじゃ、私はもう寝るわね」
自身の部屋に荷物を置き終えたイブキが欠伸交じりに俺に話しかけてくる。
「あぁ、今日は互いに疲れたしな。おやすみ、また明日」
「えぇ、貴方昨日は寝てないんだから早く寝るのよ。おやすみなさい」
あ、そういえばそうでした。
昨日は野宿で見張りしてたから寝てないんだった。
イブキはそう言うと俺の部屋の戸を閉め、自室へと帰る。
彼女の部屋の戸が閉まる音がした。
俺はベッドにゴロンと横たわる。
早く寝る……か。
それもいいかもしれない、彼女の言う通り今日は疲れたし。
……だが。
俺はヒョイと身を起こし、机に向かう。
そしてこう唱えるのだ。
「来い、『お薬製作キット』!」
そうそう、一日の終わりにはこれをしないとね!
俺はご機嫌な顔で今日入手した薬草を並べていく。
こうして俺は丸薬作りへと勤しむのだった。




