第75話 悪魔との契約。
料理をたらふく食べた後、俺達は再びタリアさんの所へ向かう。
先ほど依頼報告をした際に、軽く食事を取ったら来てくれと言われていたのだ。
そんなことなどすっかり忘れてがっつりと食事をしていたのだが、受付の方からうっすらと感じる冷めた視線で思い出した。
俺達は事務作業をしているタリアさんに恐る恐る声を掛ける。
「あのー……食事終わったのできたのですがー」
するとタリアさんは、先ほど感じた冷めた視線を俺に向けつつ口を開く。
「あら、約束通り来てくれたんですね。大食漢のシリウスさん?あなたにとってはあれ程の量であっても軽い食事、なんですね。」
俺は今まで感じたことのない恐怖を感じる。
この人から感じるオーラは一体何だろうか。
イブキも少しばかりたじろいでいる。
これは全力で謝罪をした方が良さそうだ。
俺は膝と手を地につけ、頭を床にめり込むかという程擦りつけて言い放つ。
「ほ、本当に、申し訳ありませんでした!」
日本人における最大の謝罪『土下座』を実行したのだ。
しばらくの間ポカンとした顔つきで俺を見ていたタリアさんとイブキだったが、突然二人とも笑い声をあげる。
「ふふふふふ。……なんだか貴方、凄く滑稽よ?」
「あははは。そこまでしなくても大丈夫ですよ、シリウスさん。もう怒っていませんから」
どうやら許されたらしい。
やはり土下座という物はどこの世界であっても通用するようだ。
機嫌を直したのかタリアさんは微笑みながら口を開いた。
「冒険者の方たちってやっぱり皆さん自由奔放なんですよね。依頼報告の滞納をしている人だとかトラブルを起こした際に聴取等の約束をするのですが……破られてしまうことがほとんどでして。シリウスさんみたいにしっかり謝罪してくれる人なんていないんです。だから、もう気にしてませんよ」
よかった。
俺はホッと胸をなでおろす。
「さて、それではお仕事の話をしましょうか」
そう言って彼女は書類の束を抱え、その中から木製のバインダーに束ねられた書類を取り出す。
10枚程度重なったその一番上の用紙には付箋のようなものが貼られている。
そこには『白銀の翼』向けと綺麗な字で書かれていた。
「これは?」
俺が尋ねると彼女は若干伏し目がちになる。
「早速で大変申し訳ないんですが、個人ギルド『白銀の翼』に向けての冒険者ギルドからの強制依頼となります。」
強制依頼。
冒険者ギルド側が選定し、それを個人ギルドが強制的に受注する依頼のことだ。
これをこなさなければ個人ギルドを維持することは出来ない。
スコロンは人手が足りないとタリアさんが言っていたので近いうちにはあると思っていたのだが……結成したその日に依頼されるとは思っていなかった。
「いきなり、ですか」
俺はそう呟く。
でもまぁ断れるものではないし、断るつもりもない。
今の俺達には情報と、そして何より生活する金が必要だ。
ギルドランクを上げていけば両者が手に入る可能性が高まる。
それに強制依頼は報酬も割高だっていうしね。
俺はパラパラと依頼内容が書かれた書類をめくり、目を走らせる。
イブキも横からのぞき込んでいる。
どうやら依頼は全部で13件ある。……なんかキリが悪いな。
そして期限は今から1週間後。つまり一日に2件ペースである。
で、内容は……。
「討伐依頼5件に、採取依頼が8件か。……なんか初めてにしては難しそうじゃないです?」
今日結成したギルドに依頼する内容としては難易度が高い気がした。
最初はGランク御用達のような子供でも出来るような依頼だと思っていたからだ。
タリアさんにそう尋ねると彼女はキリッとした表情となる。
「先ほどの討伐依頼でお聞きしたイブキさんの実力と、『採取王子』であるシリウスさんの実力を加味し、冒険者ギルド内で精査を行い上層部を交えての厳密な審査を行って決まりました。」
流暢に喋るが、その視線は若干泳いでいる。
……怪しい。
俺は再び書類に目を向ける。
なるほど。確かに彼女の言う通り上層部が目を通しているのだろう。
書類には冒険者ギルドスコロン支部と刻まれた印が押されている。
加えてその横には支部の偉い人であろう方の名前が手書きで記されていた。
ん?
俺はとあることに気づく。
「この3件の依頼は……まだ押印されていないみたいですけど」
その依頼をバインダーから取り外し、タリアさんに差し出す。
依頼内容は全て採取依頼であった。……期限の近い。
彼女は明らかに動揺する。
「あ、そ、それはですね」
俺は全てを察する。
タリアさんは強制依頼に便乗して依頼期限の近いものを俺に受注させようとしたのだろう。
……本当に腹黒い人だ。
タリアさんは慌てた様子で抱えていた書類をうっかり落としてしまう。
散乱する書類の中から一枚の紙が俺の手元に舞い込む。
「ご、ごめんなさい!」
彼女はそれを取ろうとするが……俺は見てしまった。
目にもとまらぬ速さでその紙を取る。
「こ、こ……これは!!」
俺はその紙を食い入るように見る。
「ヒョウショウの花の採取依頼!?この国で採取できるんですか!?」
そう、俺は見てしまったのだ。
寒い地方でしか生息しないはずの花、その採取依頼の内容を。
ヒョウショウの花。手元に図鑑はないが効果はこのようになっている。
ヒョウショウの花
見た目の特徴 水の結晶のような透明な花弁を持つ花
分離時の効果 水:氷属性付与 ☆☆☆☆☆
青:水耐性 ☆☆☆☆☆
主な生息地 寒冷な地の日が当たらない場所に非常に稀に点在
そう、生息地は寒冷な場所。
南国であるスコロンのような温暖な地には生えないのだ。
加えて効果は珍しい氷属性付与。その名の通り、武器に氷属性を付与することが出来る。
……何としてでも欲しい。
だがタリアさんは俺から依頼内容を奪い取る。
「確かにこの国にヒョウショウの花はあるようですね。この依頼の依頼主である商人がその生息地を知っているようです。依頼を受けた人に極秘裏に教えてもらう手はずとなっています・・・ですが」
何!?生息地を教えてくれるというのか!
ますますその依頼が欲しくなる。
彼女は縋るような目で見つめている俺をチラリとみる。
「この依頼は他の個人ギルドに依頼しようと思っていたんです。ですが……そんなに、この依頼が欲しい、ですか」
そういって彼女はとあるものを見る。
それは……先ほど俺がタリアさんに差し出した3件の依頼。
俺は黙ってその依頼を再びバインダーに戻す。
「謹んでこの依頼を受注させていただきます」
そう言うとタリアさんは満足そうに頷く。
「正気を取り戻しなさい、シリウス!貴方、きっと騙されてる!彼女の目を見なさい、極悪人の顔よ!」
イブキが俺の肩を持ち、力任せに揺らす。
俺だって分かっている。
全ては彼女の手の平の上だという事を。
彼女はバレるタイミングでわざと俺が食いつく依頼を見せたのだ。
俺がレアな薬草に目がないことは、恐らくナキにでも聞いていたのだろう。
だが見てしまったものは仕方ない。
……だって欲しいんだもん。
俺は受注するための用紙にサインする。
「悪魔よ……あの女は悪魔。これは悪魔との契約よ。」
イブキはそう呟いていた。




