第74話 採取王子と血みどろ王女。
俺達は街に戻り再び冒険者ギルドへと向かう。
紐で束ねた大量の猪の牙を持って。
巨大猪の肉はそれに旨いと聞いていたため、出来れば肉も採取したかったのだが持ち切れないため泣く泣く断念し、全て燃やしておいた。
イブキは人の世界に来て溜まりに溜まっていたストレスを発散することが出来たのかスッキリした顔つきとなっている。
ちなみに俺が彼女にあげたニット帽は先程の戦闘の際は大切に鞄にしまっていたが、今は再びかぶっている。
「あれ?」
ご機嫌そうにしていたはずの彼女であったが、不意に何かに気づく。
「私、また何か見られてる気がするわ」
イブキはそう言って眉を潜ませる。
たしかに先程から彼女のことを見ている人は多い。
だがその理由は明らかだ。
「依頼の報告をしたら…………着替えて来ような」
彼女を見る人々の表情は皆引き攣っている。
おそらくいや、確実にバケツに溜まった血をかぶったように血みどろとなっている彼女にドン引きしているのだろう。
だが当人は気づいていないようで不思議そうに首を傾げた。
冒険者ギルドに到着する。
夕刻まではまだ時間があるためか酒場の方は人が疎らだった。
中に入るなりタリアさんが俺達に気づく。
「あ、シリウスさんに…………イ、イブキさん!?どうしたんですか!?怪我!?」
慌てたようにイブキに駆け寄り、彼女の身体を触り怪我がないか確かめる。
「怪我は…………あれ?してない?」
タリアさんはイブキに怪我がないことに気づき、どういうことかと俺に視線を向ける。
「あれ?その牙は…………」
そして俺が背負っている大量の牙に気づいたようだ。
俺はよっこらしょと床に紐で束ねた牙を降ろす。
「無事に依頼を済ませて来ただけだよ。ちょっとやり過ぎた所はあるかもしれないけどね」
そう呟いてイブキに視線を送る。
ようやく自分が血まみれになっていることに気づいたらしい。
「あれ?私、こんなに!?」
手で払い落とそうとするがその手も血まみれだ。勿論落ちるはずもない。
それを見かねたのかタリアさんが口を開く。
「こちらにシャワールームがありますのでこちらへ!」
イブキは俺を見て「行ってくるわね」と呟いた後、タリアさんに案内されて奥の部屋へ消えていく。
しばらくするとタリアさんが帰って来る。
その顔はどこか訝し気だ。
「どういうことか、教えてくれますよね!?」
あ、はい。
俺はイブキが風呂に入っている間に依頼の報告をすることにした。
血と汗を流してきたイブキが帰ってきた。
辺りを見渡していて俺のことを探しているようだ。
酒場の椅子に腰掛けていた俺は彼女に向かって手を振り、合図を送る。
それに気づいた彼女は俺の対面に腰掛けた。
「ふぅ、いいお湯だったわ」
彼女の橙色の髪はまだ濡れているようだった。
それが彼女の整った顔つきと相まって蠱惑的な美貌を放っている。
「どうかした?」
彼女の問い掛けに「なんでもない」と返すと、俺は鞄に入れていた布袋を取りだし、机の上に置く。
その袋はチャリンという金属同士が擦れる音がした。
イブキは中を確かめる。中に入っていたのは先程の依頼の報酬だった。
「報告してくれたの?ありがとう、でも私お金要らないわよ?貴方にあげるわ」
そう言って袋の口元を紐で結び、俺に返そうとする。
俺は慌てて押し返す。
「これはイブキが達成した依頼だから、君のものだ」
するとイブキも手に力を込め始める。
「まさかこれ報酬の全額!?一緒に受けた依頼なんだから、貴方も、受け取りなさい!」
彼女の力は強い。思わずのけ反りそうになる。
「俺、何もしてない、から!」
必死で押し返すことに成功する。
彼女は袋を持ったまま何かにあきれたようにため息をつく。
「貴方って、本当に強情よね。だけど私お金なんて貰っても管理なんてしたことないし…………あ、そうだわ!」
何かを閃いたようだ。彼女は口を開く。
「これは私のお金。だから使うのは私の自由ってことよね。」
イブキの問いに俺は頷く。
彼女にはこの報酬を自由に使う権利がある。
俺が肯定するのを確かめると彼女はニヤリと笑い、袋を差し出してきた。
「だったらこれは私達のギルドの運営費にするわ。使うのは自由なんだからこうしても問題ないわよね?ギルドマスター?」
俺は言い返そうと口を開くが上手い言葉が出てこない。
これは彼女の金だ。だから彼女が自由に使う権利がある。
これを運営費として用いたいと言うなら、それを断ることなど出来ない。
俺はまだ納得は行かなかったが渋々金の入った袋を受けとる。
「いいのか?」
そう問いかけると彼女は笑顔で頷く。
「何か欲しいものがあったら言ってくれよ?」
するとイブキは腕を組み、しばらく考えた後に口を開く。
「それじゃ、お腹も空いたことだし美味しいご飯が食べたいわね。ここで、今すぐに。ギルド結成と依頼達成のお祝いとしましょう!」
スコロンに到着する前に軽く食事はしたが、この街に着いてからはまだ何も口にしていない。
俺は思わず笑うと机に置いてあったメニュー表を手に取る。
「あははは、俺もそうしようと思ってたんだ。少し遅いけど昼食にしようか。」
俺達は思い思いに料理を注文する。
しばらくして運び込まれる料理に舌鼓をうちながら、俺達はささやかではあるがギルド結成と依頼達成の祝賀会をしたのだった。
余談になるのだが…………この時の出来事を見ていた冒険者か、それともタリアさんかはわからないが、しばらくしてから俺達はこう呼ばれることになる。
『採取王子と血みどろ王女』、と。
酷い話だ。




