第73話 魔王の娘、その力。
俺はイブキの手を引き、若干呆れた顔つきでその場を離れる。
これ以上いたら何をお願いされるか分かったものではない。
その証拠にタリアさんの手にはいつの間にか依頼書があった。
多分俺達に依頼しようと思っていたのだろう。
気付いていないふりをする。
後ろから俺の名を呼ぶ声がするが無視を決め込んだ。
俺はGランクで受けることの出来る依頼が貼ってある掲示板を指さす。
「あそこから選ぼうか」
イブキは笑顔を浮かべて黙って頷く。
どうやらワクワクしているようだ。
俺達は掲示板をのぞき込む。
「えっと……Gランクの依頼は商店の棚卸手伝いに馬の世話、、家のゴミ掃除、か。どこも同じような依頼だな」
ルギウスの冒険者ギルドのGランクの依頼を思い出す。
程度の差はあれ、Gランクではどれも子供のお手伝いのようなものだ。
だが、冒険者は自身のランクの一つ上の依頼まで受けることが出来る。
俺はその依頼が貼ってある掲示板へ視線を移す。
「お、青ツユクサの採取がある。これいいな」
その依頼書へ手を伸ばそうとする。
「えぇ……なんかそれ大変そうだわ。私、別の依頼を受けたいのだけれど」
するとイブキが口を挟んでくる。
俺達は個人ギルドを組んだが、その前に各々が冒険者である。
互いに違う依頼を受けても全く問題はない。
だが、この依頼は彼女が初めて受ける依頼にして『白銀の翼』が初めて受ける依頼でもある。
ギルドメンバー全員で受けたいと思う気持ちは凄く分かる。
だから喉元まで出かかった「それじゃ別行動だね」という言葉を必死に飲み込んだ。
多分ファインプレーだと思う。
「それじゃ、イブキはどんなのが受けたいんだ?」
そう尋ねるとイブキは目を輝かせる。
「私は……悪事を働く盗賊団を壊滅させたり、全人未踏のダンジョンの探検をしたり、自身の国でふんぞり返ってる吸血鬼を倒したりできる依頼がしたいわ!」
腕を組み、笑顔で言い放つイブキ。
俺は頭が痛くなる。
「俺達はGランクだぞ?世間一般に認められていないのにそんな依頼を受けるなんて出来るわけないじゃないか。それに……最後のは私情も入ってるし」
俺は呆れたように肩を落としながら彼女に向かって呟く。
するとイブキは口をとがらせる。
「分かってるわよ……言ってみただけ」
無謀なことを言っているという自覚はあったようだ。
だが、そういう彼女の顔は少々残念そうな表情を浮かべていた。
俺は黙って掲示板へと向き直ると、無数の依頼書に目を走らせる。
「これ、なんてどうだ?」
とある一つの依頼書を指さす。
イブキが内容を読み上げた。
「『畑を荒らす巨大猪の討伐』……ね。最初にしてはいいと思うわ」
彼女が満足げに頷くのを確認した俺はその依頼書を手に取り、タリアさんの元へ向かおうとする。
「ん?どうした?」
チラリと目に入ったイブキは何故か分からないが満面の笑みを浮かべていた。
「ふふふ。私の為にこの依頼を探してくれたんでしょう?それが嬉しくって」
恥ずかしくなった俺は、小さな声で「そんなつもりじゃない」と呟きカウンターへ向かう。
相変わらずイブキは笑っていた。
それから色々あったが俺達は依頼の場所であるスコロン近郊の畑の近くに来ていた。
ちなみに色々と言うのは主にタリアさん関係だ。
俺達の話を盗み聞きしてたのか冷やかしたり、あとで採取依頼をお願いしたいといって山のような依頼書を渡そうとしてきたり……破天荒すぎるだろ、あの人。
「2年前からあんな感じだったのかな」
そう呟くとイブキは笑い声をあげる。
「可笑しな人よね、あの人。さぁ、そろそろ依頼を始めましょう?」
俺は小さく頷く。
今回の依頼は巨大猪の討伐。
どうやらこの巨大猪というのはスコロン周辺に多数存在しているらしい。
10に満たない群れを組んでおり、集団で畑を襲う。
今回の依頼では最低5体倒せばいいらしい。追加で倒せば報酬が上乗せされる。
倒した証拠となる牙を採取するのを忘れないようにしよう。
俺達は畑を見下ろせる小高い丘の上に立つ。
すると早速巨大猪と思しき獣が何体か確認できる。
「それじゃ、行くか!」
懐から速度強化薬を取り出し、指で口に向かって弾く。
「ちょっとまって」
丸薬は俺の口元の手前でイブキにキャッチされる。
「え?」
あっけにとられていると彼女はニヤリと笑った。
「ティアドラ様の山では譲ってあげたじゃない?だから、今回は私の番よ」
彼女はそう言い放つと腰に下げた2本の金棒を引き抜く。
あれは譲るとかじゃなくて俺の卒業試験だったんですが……。
そう言っては見たが彼女は聞く耳持たずだ。
「イブキ・ドレッドノート!いざ、参る!」
彼女は高らかに名乗りを上げると凄まじい速度で丘を下っていく。
俺は若干呆れながらその後に続いた。
……一緒に依頼受けるんじゃなかったの?
「まじか……」
俺は思わず声を漏らす。
何故なら自身の目の前には多数の猪の死体が積み重なっていたからだ。
この山を作りあげたイブキは満足そうに息を吐く。
「ふぅ……まぁ、こんなものね」
汗ばんだのか彼女は額を腕で拭うが、その手には猪の物と思われる血がべったりだ。
拭く意味はないに等しい。
結論から言えば彼女の戦闘力は桁違いだった。
その金棒を軽々と振るう度に猪がまるで水風船かと思う程に爆ぜていく。
少々グロテスクな光景だ。
更にイブキに恐怖して逃げようとする猪も、逃がしはしないとばかりに追いかけて殲滅する。
それでも運よく彼女の金棒から逃れることが出来た猪は……空から降る光の剣でめった刺しにされていた。
彼女は魔法も相当に使えるらしい。
忘れていたわけではないが、彼女は前魔王の娘だ。
これほどの実力があったとしても不思議ではない。
ない、が……やりすぎじゃない!?
そんな視線に気づいたのかイブキはこちらをみて笑う。
「これで依頼達成、ね!」
俺は唯、乾いた笑いを浮かべるだけだった。




