第72話 個人ギルド『白銀の翼』。
「さて、早速依頼を受けてみようかなっと」
イブキの冒険者登録を無事終えた俺達は、近くにあった依頼を貼ってある掲示板の方へと向かおうとする。
「あ、少し待ってください!もう一つだけ説明があります!」
思い出したかのようにタリアさんが呼び止める。
俺は首を傾げながら受付に戻る。
「どうかしましたか?」
「イブキさんは先ほど登録したので所属はしていませんけど、シリウスさんって『個人ギルド』には入ってます?」
『個人ギルド』。
それは複数の冒険者同士が組織する、個人の冒険者ギルドのようなものだ。
大本の組織である冒険者ギルドの認可の元、個人からの直接の依頼を受けることが出来るようになる。
勿論依頼を受けた際には冒険者ギルドに報告、そして依頼達成時には上納金が必要となるのだが。
それでもわざわざ冒険者ギルドまで依頼を受けずに済むこと、そして割高の報酬を得ることが出来るため、この個人ギルドに所属する者は多い。
加えてこの個人ギルドには独自の階級『ギルドランク』という物が存在する。
これは個人の冒険者ランクと同様に、各ギルドに所属する冒険者が受けた依頼を達成した場合に、その難易度に応じて評価点がギルドの加算される。
これが一定の値に達した際に、ランクが上昇するのだ。
ランクも冒険者ランクと同様G~Aそして最高がSとなっている。
このランクが上がると冒険者ギルドから『運営費』なるものが支給される。
この金でギルドの強化や、会計、ギルドへの報告員などを雇ったりするらしい。
ほとんどは飲み食いで使用されるらしいが……。
また、ランクが高いとギルドとしての知名度も上がるため、個人で受けることの出来る依頼が増えたり、コネクションを求めて割高の依頼があったりするのだ。
非常に難易度の高い依頼等は国から直接個人ギルドに依頼したりするらしい。
更に初心者がギルドランクが高いところに所属すると、ランクの高いギルドメンバーからのサポートを得られたりと、メリットは非常に多い。
ただし、このギルドランクを上げるためには冒険者ギルドの依頼を達成しなければならない。
つまり個人で受けた依頼で評価点は上昇しないのだ。
そのため、冒険者ギルドへ行くのが煩わしい、また割高の個人依頼を求めて個人ギルドを作ったのはいいが、そのランクを上げるためには冒険者ギルドへ足蹴く通う必要があるという少々矛盾した現象が起こってしまっている。
更にこのギルドランクを上げるには、冒険者ランクとは比較にならない程の依頼を受けなければならない上、月に一度その報告書を作成する必要がある。
加えてこの個人ギルドを維持するためには、定期的に冒険者ギルドからの依頼を強制的に受ける必要があるのだ。その依頼内容の選定は冒険者ギルド側によって行われる。
正直言って知り合いのほとんどいない俺達にとってはあまりメリットがあるとは言えないだろう。
「いえ、入ってませんし、入るつもりもなかったんですが……。」
すると一瞬タリアさんの目がギラリと光った気がした。
俺は思わず背筋が強張る。
「そ、それはよかったです!今キャンペーン中でですね、新しく個人ギルドを作られた方には運営歩として金貨5枚をプレゼントしてるんですよ!く・わ・え・て!……なんと今入ると半年間評価点割高になる上に報告書の必要がなくなるんです!これは入るしかない、ですよね!?」
彼女は興奮したように早口でまくし立ててくる。
なんか今の言葉、前の世界でも聞いた気がするな。
……悪質な詐欺のような言葉だ。
「何、今の?魔法の詠唱……かしら。」
そんなことを呟いたイブキの方を見ると彼女は呆気に取られていた。
俺は一つため息をつき、タリアさんの方へ向き直る。
「で?その魂胆を教えてくれますか?」
するとタリアさんは照れたように頭を掻く。
「いやー、実は今ミスーサって冒険者不足なんですよね。皆ノキタスへ行ってしまって。ですが依頼は多いのでとにかく冒険者に依頼をこなしてもらわないといけなくってですね。こうしてキャンペーンを行って少人数ギルドを沢山作って強制依頼の頻度を上げてこなしてもらおうって話ですね。アハハハ……。」
そう言って彼女は悪びれもせずに笑った。
意外と図太いんだなこの人。
だが不思議と悪い気がしなかった。
彼女が受付嬢として人気があるのもこの辺りにあるのかもしれない。
「そういう訳、ですか。」
俺は一通り話を聞き、腕を組む。
さて、どうしたものか。
「ノルマ達成にも、是非!」
そう言って彼女は手を合わせて懇願してくる。
多分本音はこちらにあるのだろう。
俺はがっくりと肩を落とす。
イブキの方へ視線を移す。
「タリアさん、こんなこと言ってるけど……どうする?俺は別に構わないんだが。」
彼女へそう問いかけると首を傾げた。
「どうするって……私と貴方で一つのギルドを作るってこと?」
彼女の言葉に俺は頷く。
イブキが嫌と言うなら断ろう。
すると彼女はプイと俺から視線を外しながら
「貴方がいいというなら、問題ないわね。」
そう呟く。
少しだけ頬が赤い気がした。
再び背筋に戦慄が走る。
驚いたように振り返るとタリアさんの目がギラリと輝いた気がした。
「それでは!こちらの用紙に記入を!」
そう言って用紙をこちらに差し出してくる。
それを受け取り内容を確認すると、ギルド名、所属メンバー、ギルドマスター名といったことを記載する必要があるらしい。
「ギルドマスターは貴方ね、なんだか大変そうだし。」
用紙をのぞき込んできたイブキが呟く。
君はその内鬼人族の長になるのでは?そう思ったがまぁいい。
俺達は必要事項に記載していく。あとは……ギルド名。
実は俺はこういった名前を考えるのが苦手だ。
ゲームなんかでも主人公や仲間の名前を考えるのに無駄に時間を使ってしまう。
そう思っているとイブキが俺の手からペンを奪い、サラサラとギルド名の欄を埋めた。
『白銀の翼』
思わず彼女の顔を見るとイブキは何でもないといった具合に口を開く。
「こんなものは思いつきよ、思いつき。」
俺は再び、ギルド名の欄を見る。
白銀の翼。紛れもなくティアドラのことを指している。
思わず笑みを浮かべた。
「……良い名だね。これにしよう!」
俺はタリアさんに用紙を返す。
今日この日、俺達は個人ギルド『白銀の翼』を結成したのだ。
「あ、そうだ。」
最後にタリアさんが口を開く。
その表情はどこか申し訳なさそうだ。
「忘れていたのですが実は……個人ギルド登録料というものが必要でして……銀貨、5枚。」
本当に忘れていたのだろうか。
彼女に疑いの眼差しを向けるが、彼女は決して俺に視線を合わせようとしない。
俺は大きなため息をついたあと、再びカウンターの上に金を置いた。




