第69話 ミスーサの街『スコロン』
出発の準備を終え、俺達は川に沿って南下していく。
昨日までの山道とは異なり、傾斜が緩やかなため歩きやすい。
天気も晴天で、射す日が眩しい。
これならば昼過ぎくらいには街に着きそうだ。
道中では主にイブキの魔界での生活……専ら愚痴を聞きながら歩みを進めていた。
どうやら彼女の話によく出てくる吸血鬼は彼女にとって天敵ともいえる存在らしい。
小さな声で「あのババァ」とか言っていたから多分女性なのだろう。
イブキをそこまでイラつかせるその吸血鬼が俺は気になった。
いずれ会うこともあるだろう。
ちなみにそんな中でも俺は薬の資材となる薬草の採取を行っている。
俺にとって素材はいくらあっても困るものではない。
彼女は最初は不思議がっていたようだが、すぐに慣れたようでもう気にも留めていない。
今は一般的な薬草しか見つかっていないから平静を保てているが……これが貴重なものだったら……俺は平素のままでいられるだろうか。……正直自身がない。
……ドン引き、されるかなぁ?
そんなこんなで俺達は広めの街道にでる。
まばらではあるが人通りもあるようだ。
遠くの方には街が見える。
あれが目的地であるミスーサの街『スコロン』である。
ふとイブキを見ると少し不安そうな顔をしている。
「……大丈夫か?」
そう尋ねると彼女は胸を抑えて深呼吸をする。
「……フゥ。……大丈夫よ。ちょっと怖いけど……今は少し楽しみでもあるわ」
どうやら彼女は恐怖を乗り越えたようだ。
俺は頷くと、ゆっくりと歩を進める。
目指すはスコロンだ。
「……大きな街ね!」
俺達は街の入り口の前に立っていた。
眩しい太陽からの光を手で遮りながら彼女が感嘆の声を漏らす。
どうやら魔族にとってもこの街は大きいらしい。
「そうだね。スコロンには何度か来たことがあるけど……確かに大きな街だ」
ミスーサの首都『アクトルス』は最南の海に面しているため、何処へ行くにしてもアクセスが悪い。
そこで首都からの中継地として栄えたのがスコロンだ。
そのせいかここには数多の商店街がある。
その辺を探せばウルストへ行く商人を捕まえることが出来るかもしれない。
彼女の方を見る。
田舎者丸出しといった具合に口をポカンと開け、辺りを見渡していた。
何故だか微笑ましい気持ちになる。
しばらくすると俺が見ていることに気づき、慌てて口を閉じる。
「……何よ。……田舎者で悪い?」
イブキはそんなことを言いながら口をとがらせる。
「あははは。……ちょっと、懐かしくなっただけだよ」
自身の頭の上に手を置きながら笑う。
かつて俺はイブキの立場で……ティアドラが今の俺の立場だった。
ティアドラも……こんな気持ちだったのだろうか。
俺は彼女の肩をポンと叩きながら街の中へ入る。
イブキも渋々といった様子で俺の後へ続いた。
「商店街は……こっちだったな」
比較的人通りの少ない所を通っているつもりだが……それでも人が多い。
イブキは必至でついてくるが人の波に慣れていないようで既に疲れている。
「……ねぇねぇ」
そんな折、彼女が俺の耳元で呟く。
「どうした?お腹でも空いた?」
すると突然自身の足に鋭い痛みが走る。
どうやら彼女が思いきり俺の足を踏みぬいたようだ。
俺は痛みに悶絶する。
「貴方って人は……!」
どうやら違ったらしい。
涙目でしゃがみ込んでいる俺に彼女は再び近づき、呟く。
「もしかして、私が魔族ってこと……バレてる?」
俺はハッとし、彼女を身体で隠しながら辺りを見渡す。
すると確かに周囲の視線はイブキに向いていた。
だが敵意は感じない。逆に好意すら感じる。
その視線を放つ人々は性別問わず、少し頬を赤らめながら彼女を見つめている。
これは……たぶん、そういうことなんだろう。
「何といえばいいか……たぶん違うと思う」
俺は言葉を濁す。
イブキはティアドラに負けず劣らずの麗人である。
だが彼女は自身の、人目を引くほどの美貌に気が付いていないようだった。
周囲の人たちはそんなイブキが気になって見ていただけなのだ。
ただそれだけなのだが……俺がそれを言うのも……なんだか妙に恥ずかしい。
「じゃあどういうことなの?」
首を傾げながら囁くイブキ。
俺が返答に困っているとますます顔を近づけてくる。
段々と周囲の視線が彼女ではなく、その隣にいる俺へと移っていく。
それは酷く憎悪に満ちたものであったが。
俺は慌てて彼女の手を引き、近くの商店に入り込む。
その商店は帽子やマフラーといった人が身に着けるものを売っている店であった。
俺は帽子を物色し、鍔付きのニット帽のようなものを購入し、彼女に手渡す。
少々値が張るが……まぁいい。
「これ、被ってたら大丈夫だよ」
彼女はまだ理解できていないようだったがそれを受け取る。
「……いいの?」
その頬は少し赤い。
「あぁ、構わないよ。なくさないようにな」
俺がそう言うと彼女は嬉しそうに笑う。
「あ、ありがとう!大切にするわ!」
イブキは早速それを身に着ける。
そのニット帽は白地の生地に赤色の刺繍が施されている。
何となく選んで買ったものにしてはおしゃれなものだった。
彼女はそれがとても気に入ったようで、何度も被りなおしては鏡で自身の姿を見て笑っていた。
これで少しはマシになったかな?
……逆に可愛くなった気もするけど。




