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第67話 俺にとってティアドラとは。

夕食も食べ終え、俺達は竈に向かい合う形で腰を下ろしていた。



「これから……どうする予定なの?」



彼女は眠たくなったようで目を擦りながら聞いてきた。



「そうだな……ウルストへ向かうために……ミスーサの少し大きい街に行こうと思ってる」



大きい街には必ず、他の街への交通手段がある。

主に商人や貴族なんかが使用している馬車がそれに該当する。

それに乗って街を経由してウルストまで行くのが定石だろう。

俺がそう説明すると彼女は何やら心配そうな表情を浮かべる。



「街……ね。……やっぱり人が沢山いるのかしら」



人の世界に入り、兵士に追われたことを思い出しているのだろう。



「やっぱりまだ……怖い、か」



彼女はゆっくりと頷く。

そして身に着けている指輪を抱きしめた。




「この指輪に魔力を込めるとね……幻惑魔法が発動して他の人からは私の角が見えなくなるの。魔界を発つときに魔族の長からもらったものなのだけれど……」



ぼんやりと炎を見つめる。



「それなりに力のある魔術師がが私に鑑定魔法を使ったら……それだけで私が誰かばれてしまう。それが……怖いの」



彼女は小刻みに身体を震わせていた。


こういう時……どうすればいいんだろう。

前世の記憶をたどるが……対処マニュアルが存在しない。

それでも俺は重い口を開く。



「大丈夫、俺がまも「でも大丈夫!」」


俺の言葉がイブキの言葉にかき消される。

彼女は笑みを浮かべて俺を見た。



「何か言おうとした?」



イブキが不思議そうに首を傾げる。

俺は必至になって首を横に振った。

危なく超恥ずかしい言葉を口にするところだった。



「ふふふ……変な人」



そう呟くとしばらく間をおいて彼女が口を開く。



「まだ少し怖いのだけれど……もう、大丈夫。だって……今はもう一人じゃない。……シリウスという協力者がいるわ」



彼女はじっと俺のことを見据える。

エメラルドのような美しい輝きを放つその瞳に、思わず引き込まれそうになってしまう。



「何かあったら……私のこと助けてくれるでしょう?だから、大丈夫」



前にも言ったが……彼女は強い。

誰かからの言葉を貰うまでもなく、自信を納得させ、恐怖を克服しようとしている。

俺に彼女のような勇気はあるだろうか。


俺は小さな声で「もちろんだ」と答えると、恥ずかしさを隠すように彼女から目線をそらす。



「さぁ、そろそろ寝ようか。明日も早いしね」



イブキもそれに了承し、伸びをして立ち上がる。

俺は鞄から人一人が納まる程度の毛布を2枚取り出し、1枚を彼女に差し出す。

2枚とも渡してもいいと思ったが……彼女の性格からして決して受け取らないだろう。

彼女は礼を言い、受取ると毛布にくるまる。

すると遠くの方で何やら魔物の遠吠えのような音が聞こえる。



「ねぇ……見張りとかしなくても大丈夫、なの?交代でやる?」



魔物が襲ってくることは確かにある。

ある……が。

俺はイブキを見ながら考える。



「……大丈夫。いいものがあるから」



そう言うと俺は鞄から透明な液体の入ったビンを取り出す。

その中に入っている液体を振りながら彼女に見せる。

その液体は粘性が高いようだ。



「これは……『魔よけの薬』だ。これをこう……してだね」



コルク状の栓を抜き、中の液体を少しづつ自分たちの周りを囲むように垂らしていく。



「そして……こうすると」



それが終わると竈から火が点いた枝を取り出し、液体を垂らした地面に近づける。

するとボッという音を立てながら引火し、先ほど囲った円上に火が点く。

しばらくするとその火も消え、液を垂らした所は少し煤けたように焦げ付いていた。



「これでオーケー!こうすると魔物が寄ってこないんだ」



俺は残った液体に再び栓をして鞄にしまう。



「……何かいい匂いがするわね。その薬」



彼女は何故か呆れたような顔をして俺を見る。



「この匂いを魔物が嫌がるんだ。一日くらいならこれで持つよ。さぁ、寝ようか」



相変わらず彼女の表情に変化はなかったが、俺が毛布にくるまって横になったのを確認すると渋々納得してくれたようだ。

小さく礼をいって彼女も横になる。



しばらくした後、彼女の声が聞こえた。



「ねぇ、シリウス……まだ起きているのかしら」



「……起きているよ。……どうした?」



そう答えた後、しばらく彼女は沈黙する。

何かあったのかと身体を起こそうとした瞬間、再び彼女の声が聞こえた。



「貴方にとって……ティアドラ様ってどんな存在なの?」



俺にとってのティアドラ……か。

何故彼女はそんなことが気になるのだろう。

そうは思ったがここでは聞かない。……聞けない雰囲気だった。



「ティアドラ……か。俺にとってティアドラは……誰よりも大切な存在……()()()



自然と口が開く。

誰よりも大切な存在……でも今はもういない。



「それは……一人の女性として?」



イブキが続けざまに尋ねてくる。

俺は頭の後ろで手を組む。



「どうだろう……いや、違うな。俺は彼女を愛していた。この世に一人しかいない()()として」



俺は前世もこの世界でも孤児だった。

だから家族というものがどんなものか分からない。

だが……ティアドラと過ごしているうちに、家族というのはこのことなのかと思うようになっていた。

となると……ティアドラは俺にとって母か?それとも姉?……どれも違う気がした。



「ふふふ。……そう、なのね」



俺がそんなことを考えている間にイブキはどうやら納得したらしい。

おやすみと一言言うと俺の方とは反対方向に向く。




……彼女は先ほどの質問で何を知りたかったのだろうか。

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