第63話 夢への協力者。
俺は赤い光を放つ左手を曲刀の形状に沿って滑らせる。
すると曲刀が赤く輝く。
その直後。
竜から吐き出された灼熱が俺達を襲った。
空気が焼け焦げているのだろうか。
凄まじい轟音と共に感じる……頬が焼ける程の熱さ。
イブキは思わず腕で顔を覆う……が。
「……あれ?」
灼熱は自身を焦がすことはなかった。
不思議な顔をした彼女は俺を見つめ、気づく。
「なによ……それ」
彼女は俺を指さしていた。正確には……俺の、曲刀。
「あまり知られていないと思うんだが……耐火の薬の効果を極限まで上げると……どうやら炎を『吸収』するらしい」
俺の曲刀は……大きな渦を巻くかのように、灼熱の炎をその刀身に纏っていた。
その渦は曲刀に飲み込まれていくように段々と小さくなり、そして消えていく。
そう、俺ではなく曲刀が吸収した。
「どういうことなのよ……どうして炎が武器に吸収されているの……?」
イブキは呆気にとられている。説明をしてもいいのだが……それは後にしておこう。
「そして吸収するということは……自身の『糧』とすることだ。……このように」
俺の言葉に反応するかの様に今度は曲刀から炎が噴出する。
「白銀姫流……『風刃』」
腰を回転させ、鋭く曲刀を振りぬく。
すると炎をまとった風の刃が竜に向かって飛んでいく。
俺の様子を呆然と見ていたのか、風刃は竜の顔に直撃する。
だが、俺が強化薬を飲んでいなかったせいか、それとも竜本来の耐性が高かったためかダメージを受けた様子はない。
強いて言うなれば眼前で飛散した炎が竜の目を少々眩ませたぐらいだろうか。
……だが、それで十分だ。
俺は風刃を繰り出すとともに竜へ向けて駆けていた。
速度強化薬をかみ砕きながら曲刀の腹を左手でなぞる。
「来い……猛攻」
俺がそう唱えると指輪が光り、手の平から赤色の丸薬が出てくる。
……と同時にその丸薬は曲刀に吸い込まれていく。
そして丸薬を吸収した曲刀は、薬の色に反応するかのように赤い光を放つ。
これで準備完了だ。
竜の眼前で炎が爆ぜると同時に俺は奴の懐に潜り込む。
奴は俺に気づいていない。焦ったようにキョロキョロと周囲を確認している。
俺は態勢を低くしたまま下段に構えた曲刀を振り上げる。
その閃光はまるで三日月のような弧を描く。
狙いは奴の……首!
……とらえた!
だが竜は寸での所で俺に気づき、長い首を懸命に動かして回避する。
俺の一撃は奴の首を刎ねることはなく、首筋をかすめることで鱗数枚を剥がしただけだったようだ。
金属同士が擦れあうような音がする。
どうやら竜の鱗は相当に硬いらしい。
ここで再び距離を取るのは愚策だ。離れるなり再びブレスをくらうだろう。
俺は離れようとする竜に追従してインファイトを仕掛ける。
「ギ、ギィィィィィ!!」
奴は苛立ちを感じているようだ。
歯ぎしりにも似た音を発しながら爪を振り下ろしてくる。
俺はその攻撃を受け流しながら奴の身体へ攻撃を当てていくのだが、切断にまでは至らない。
攻撃を溜める余裕がないのだ。
そのことに気づいたのか竜は俺に猛攻を仕掛ける。
俺は回避に専念せざるを得ない。
防御力を強化していない俺は、奴の攻撃を喰らえば立ちどころに身体を引き裂かれてしまうだろう。
そんな俺達をイブキは小さな悲鳴を上げながら見つめていた。
そんな折。
僅かな俺の隙をついた竜がその尻尾で俺を吹き飛ばす。
かろうじて曲刀で受け止めていた俺は怪我こそしなかったものの、奴との距離が広がってしまう。
「ギャ!ギャァァァァ!!」
奴は笑いながらブレスを放つために口を大きく開く。
……そして。
「ギャ!?……ギ、ギィ!!」
竜の周囲を白い煙が覆う。
奴は苦しそうに咽込みながら涙を流す。
「空気と反応することで発煙の効果を発揮する薬は……凝縮させることで別の効果を生む。その効果は……『催涙』」
このままでは薬の効果が切れたところでトドメを刺されると考えた俺は、自ら隙を作る。
その罠にかかった竜が俺を吹き飛ばす直前、奴に向かい催涙丸薬を投げつけたのだ。
その丸薬は竜の尾に当たると同時に砕け、空気と反応することで白い煙を発しながら催涙ガスを周囲にばら撒く。
奴はそのガスを吸ってしまったのだ。
俺は悶絶する竜に向かい曲刀を上段に構える。
そしてその剣先を奴に向け、腰を落とし重心を低くする。
白銀姫流『基本の構え』だ。
「常に対峙する敵がどう動くか予測し、それに対処する。それが白銀姫流の極意」
俺は師匠から耳にタコができる程聞いていた言葉を繰り返す。
そして足に力を込め、竜に向かって突貫する。
速度強化の丸薬により強化された俺の身体は一瞬で奴との距離を縮める。
その速さは……言うなれば雷。
「白銀姫流……『電光』」
正に一閃。
竜に向かって振り下ろした俺の一撃は奴の首を両断した。
「だから相手の見せるそれが果たして本当に隙なのか、それとも罠なのか。……しっかり見極めないとね。……大丈夫、分かってるよ」
俺は天に向かって呟く。恐らく見守っているであろう者に。
首の断たれた竜は再び光に包まれて、そしてその姿が透けていく。
やがて光が四散するとともにその姿は消える。……いつしか結界も消えていた。
呆けたように天を見つめる俺にイブキが声を掛けてくる。
「……すごいじゃない!あの竜を一人で倒すなんて!」
そう言って彼女は俺の肩を持つ……が。
「え!?……だ、大丈夫なの!?」
俺は膝から崩れ落ち、そのまま倒れてしまう。
イブキは慌てたように倒れた身体を起こす。
俺の目からは大量の涙が零れていた。
「ゴホッ!……ゴホッ!!……あ、あのガス!……吸ってた、みたい。……ゴホッ
!そ、そ……へっくし!……あぁ……そ、それに薬の……ヘクチ!効果が切れたみたいで……ちょっと……は、は……そこから回復薬……とって、お願い」
竜の首を両断するときに俺は催涙ガスを吸ってしまっていたようだ。
しっかり考えているようで実際は何も考えていなかった。
反省しなければならない。
イブキはそんな俺をキョトンと見つめていたが……やがて腹を抱えて笑い出す。
「アハハハハハ!貴方って……本当に何者なのよ!アハハ!」
よっぽど可笑しかったのだろう。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「笑ってないで……ヘクチ!……は、はやく……」
くしゃみをするたびに全身に激痛が走る。
彼女は浮かぶ涙を指で掬いながら、俺の懐からビンに入った回復薬の原液を取り出し、飲ませる。
しばらく時間が経ち、ようやく俺の体調も落ち着く。
俺達は横並びに腰を下ろしていた。
「あぁー……。笑いすぎて死ぬところだったわ、私」
イブキの頬は笑いすぎたからか若干ピクピクと痙攣している。
「助けてくれてありがとう。だけど……笑ってないで早く助けてほしかったよ」
俺は悪態をつくが、彼女は意に介していないようでニヤリと笑うだけだった。
「一見弱そうに見えるけど武器を握るととすごく強くって……その癖変なところでドジを踏む。口を開けば空気を読めない発言をすれば……気宇壮大な夢も語る。貴方って本当に……荒唐無稽ね」
俺を見る彼女の目はいつしか優しいものへと変わっていた。
「それは……褒めているのか?それともけなしているのか?」
目を細めて彼女を見る。
イブキの顔は少し紅潮していた。
「どっち……かしらね。それはこの先分かるかもしれないわ。……うん、私決めたわ」
彼女は足についた土を払いながら立ち上がる。
そして俺に向かって手を伸ばした。
「決めたって……何を?」
差し出された手を取り、俺も立ち上がる。
「改めて……私の目的に協力してほしいの」
何をいまさらと思ったが……彼女の目は真剣そのものだった。
「あぁ。元よりそのつもりだ」
そう返すと嬉しそうにほほ笑む。……そして。
「ありがとう……その代わり……貴方の夢に、私も協力するわ!」
顔を赤らめながらも彼女は満面の笑みでそう言った。
「いいのか?・・俺の夢は君の世界を……」
俺の口を手で押さえ、言葉の続きを遮られる。
「君って言い方はセンス無いわね。これから貴方と私は協力者になるのよ?名前で呼ぶことを認めるわ……その……シリウス」
彼女の顔が今日一番に真っ赤になる。
俺は思わず笑ってしまう。
「ハハハ!……分かったよ……イブキ。……よろしくな!」
こうして俺は今日、夢の為の第一歩を踏み出したのだ。




