第60話 俺を突き動かすもの。
「竜王、ティアドラ……か」
俺は彼女の言葉を繰り返し呟く。
その様子を見て彼女は喜色を露わにする。
「もしかして……ティアドラ様を知っているの!?知ってたら何処に行けば会えるのか教えてくれないかしら!?」
俺は首を横に振る。
「ティアドラのことは知っている。……知っているが……彼女には会うことは出来ない。彼女は……もう……」
視線を自身の腰に刺さっている曲刀に移す。
彼女が遺してくれた……俺の宝物。
俺の言葉にイブキは目に見えて動揺していた。
「もう、亡くなってしまったというの?……どうして?竜族と言えば長寿で有名な……」
「勇者に殺された。……それだけだ」
彼女の言葉を遮るように呟く。
その呟きを信じられないとでも言うかのように彼女は首を横に振る。
「そんな!……魔族でもその噂は聞いたことがある……。けど!……あの……魔界の英雄と言われたティアドラよ?たとえ勇者と言えども……」
「だが事実だ。勇者は4人でティアドラを襲い、そして……勇者の剣が彼女を貫いた」
俺はあの時の光景を思い出す。
ベネッドが彼女を貫いたその瞬間を。
あの時……俺はどうすれば良かったのだろう……2年前から求めているが、答えが見つからない。
イブキは俺のことを不審に思ったのか眉を顰める。
「……まるで見てきたように言うじゃない。貴方は……一体何者なの?」
「さっきも言ったじゃないか、俺はこの山に住む薬師。魔族である竜王ティアドラに育てられ、彼女の弟子となった人間、シリウス・フォーマルハウトだ」
イブキは今日何度目になるだろうか……目を大きく見開く。
「ティアドラ様に……育てられた?さっきの師匠って……ティアドラ様のこと?」
「あぁ、俺は彼女から沢山のことを教えてもらった。この世界のこと、薬師のこと、戦闘技術にこの世界の常識とか……彼女には、返せない程大きな恩がある」
俺はそこから堰を切ったかの様に語りだす。
彼女との出会い、日々の生活や思い出。そして……その最期。
イブキは黙って話を聞いていたが、ティアドラの最期を聞き終えるとゆっくりと口を開く。
「貴方……強いのね」
え?
俺は一瞬言葉を失う。
「……俺が……強い?……はは、冗談はやめてくれよ。勇者に傷一つ付けることが出来なかったんだ。……俺は弱い」
あの時の俺の攻撃は俺にとって全力の一撃のつもりだった。だが、勇者には全く通用しなかった。
そんな自分が情けなくて、そして何より悔しかった。
今なら……少しはまともに戦えるだろうか。
イブキは俺の言葉を即座に否定する。
「いえ、違うわ。貴方は強い。私なら……いえ、普通の人ならきっと押しつぶされてしまう。貴方の話しぶりから……どれほどティアドラ様のことが好きだったかが分かったわ。……それ程想っている人を亡くして……どうして立ち上がれているの?」
どうして……か。
そういえばどうしてなのだろう。
俺はティアドラを亡くした日、涙が枯れるまで泣いた。それこそ一生分泣いたと思う程に。
だが……次の日には再び修行を始めていた。
彼女のことを忘れていたわけじゃない、悲しみの感情が消えたわけではない、勇者への憎しみが心を支配していたわけでもない。では……何故?
それは……。
「誓ったんだ……。我が師に、そして自身に。ティアドラの夢を叶えることを」
俺の言葉にイブキは最初俺が言っていた言葉を思い出し、呟く。
「人と魔族の共存できる世界の創造……」
そう、俺を突き動かしていたのはその誓いだった。
「そうだ。その為には……力が必要だろう?この世界を変えることは生半可なことじゃない。そう思ったら……泣いてる暇なんてなかったんだ。だから……立ち上がることが出来たのかもしれない。ただ、それだけだよ。俺は……弱い」
彼女の想いが俺をここまで突き動かした。そしてこれからも。
俺はそれに応えようとしただけだ。
イブキは何故か俺を見て笑っていた。
「そういうのを世間一般だと強いと言うのだけれど……ふふふ。まぁいいわ。貴方が強い人だというのは……私の胸の中に納めておくわ」
俺は腑に落ちないのだが……。
納得がいかないが……話を戻すことにした。
「頼みの綱はティアドラだけだったのか?」
イブキは残念そうな表情で頷く。
「えぇ。ティアドラ様は長く人の世界に住んでいたわ。だから人の世界にも詳しいはず。お父様もそう思って私のようにティアドラ様を訪ねて来たと思ったのだけれど……」
俺はかつてティアドラから聞いた話を思い出す。
たしか……17年ほど前にこの家に来たんだよな。……魔王が。
「いや、来たらしいぞ、お父さん」
ポツリと呟く。
「え?ど、どういうこと!?」
イブキが俺の眼前まで顔を近づける。
ちょ!近い近い!
俺はティアドラから聞いたことを彼女に伝える。
ウルストへ連れて行ってほしいと言ったことと……ウルストで姿を消したこと。
女神襲撃事件のことは伏せておいた。まだ確証を得たわけではないし、俺が転生者だと知られるかもしれない。
イブキは俺の言葉に目を輝かせ……そして。
「ウルストに……お父様が!……ありがとう!」
お礼を言い残し、立ち上がるなり外へと駆けだそうとする。
「ストーーップ!ストップ!この情報は17年前だ、今もいるとは限らない!それに!ウルストがどっちの方角か、分かっているのか!?」
俺は彼女の腕を取り、必死に食い止める。
相変わらずの馬鹿力だ。しばらくの間俺は引きずられる。
「じゃ、じゃあ……どうすればいいのよ!」
ようやく落ち着きを取り戻したイブキは自身の行動を顧み、少々恥ずかし気な顔で俺に尋ねてくる。
「それは……だな」
彼女を止めたはいいが……特にいい考えは浮かんでいなかった。
この世界の情報に詳しい人に当てがあればいいんだけど……ん?
俺は過去のティアドラの言葉を思い出す。
『奴はその役職故に色々と情報通な訳じゃ。ちょいと聞きたいことがあったのでの。お主を冒険者登録するついでに会いに行ったわけじゃ。』
そうだ、俺は知り合いではないが、ティアドラの知り合いに居た。
「冒険者ギルドのギルドマスター『アトラス』……。彼に聞けば何かの情報が得られるかもしれない」




