第52話 竜王対勇者その3。
ティアドラは大きく息を吸い込み、口から灼熱の炎を吐く。
一瞬で辺り一面は火の海と化し、気温は急激に上昇した。息を一吸いすれば灰を焼き焦がすほどに。
火耐性の高いベネッドは皆に火耐性上昇魔法を掛ける。
これでなんとか耐えれるようにはなったがそれでも肌が焼けつくように熱い。
これが……白銀竜の力。
彼らがあふれ出る汗を拭っていると、頭上から巨大な銀色の柱が落ちてくる。
否、それは白銀竜の尾であった。
彼らは散開し、尾の回避には成功するのだが、轟音と共に叩きつけられた尾によって砕かれた岩石がまるで散弾銃のように彼らを襲う。
「……グハッ!!」
4人の中で最も速度に劣るアリトの腹部に岩石が当たったようだ。
身体をくの字に折り曲げ、悶絶している。
「アリト!」
エルナが彼に駆け寄り、風魔法による治癒を開始する……が。
「どうして!?風が……動かせない!?」
癒しの風をアリトに纏わせようとするが……その風は彼に届く前に四散していく。
原因はこの周囲を覆いつくす火の海だ。
火は空気を熱し、高温となった空気は膨張し、上昇する。
その流れが上昇気流となり、エルナの魔法を阻害していたのだ。
それに気づいたサルガスは火の海と化した大地を掌底する。
彼なりの地属性の魔法の様だ。
その魔法はアリトとエルナの周りの地を隆起させ、彼らを護る壁となる。
これならば火の影響を受けないだろう。
エルナは治癒に専念する。
ティアドラはそれを阻止できなかった。
何故ならばベネッドが決死の思いで彼女を足止めしていたからだ。
彼はこの中でアリトと自身の強化魔法によって最もステータスが高くなっている。
なれば自分が折れるわけにはいかないとベネッドは3人を顧みることなく攻勢に出る。
「うらぁぁぁぁ!」
ベネッドはティアドラのブレス、爪、牙といった攻撃を間一髪といったところで避ける。
彼女は巨体化したことで攻撃力は格段に上昇したがその動きは些か緩慢になっているようだ。
これならいける!
ベネッドは彼女の爪による攻撃を回避すると同時に剣を走らせ、彼女の腕を斬る。
ガリガリという音と共にティアドラの鱗が剥がれていくが、傷を与えるまでには至らない。
だがベネッドは手ごたえを感じていた。
あの鱗が剥げたところを再度攻撃すれば……。
彼はそう考えながらも手数を増やし、彼女の攻撃を躱しながらも反撃を繰り返し鱗を剥がしていく。
次で……奴の腕を断ち切る!
ベネッドは次の一撃に覚悟を決める。
だが……かの竜王がそのような浅はかな考えに気づいていない訳がない。
ティアドラは大きく息を吸う。
ブレスが来る。
そう判断したベネッドはブレスの射線上からいつでも退避できるように身構える……が。
『ギャァァァァァァァァァ!!!』
彼女の口から放たれたのは炎ではなく、音。
その音はこの世の物とは思えない程の声量でモロに受けてしまったベネッドはショックで身動きが取れない。決定的な隙が生まれてしまった。
苦しもながらもかろうじて目をティアドラの方に向けたベネッド。
彼の目の前には、先ほどみた巨大な銀色の柱が迫っていた。
「……クソが」
そんな諦めとも思える言葉と共に彼は吹き飛んでいく。
サルガスは彼を目で追うが自身も動けない。後ろにはまだエルナとアリトがいるからだ。
ティアドラは次はサルガスに狙いをつける。
彼は大盾を構えるがその手に力が入らない。距離があったものの、彼もティアドラの叫びの影響を受けているようだ。
ティアドラは彼が動けないことに気づくと、その大盾の上から爪を下から掬い上げるようにして彼を後方へ吹き飛ばす。
その先には……勇者二人を覆う壁。
吹き飛ばす勢いは苛烈で、先ほどサルガスが作り出した壁をいとも簡単に破壊し、中の二人を巻き込む。
その場には土煙が舞った。おそらく今の攻撃で勇者3人は再起不能となっただろう。
これで……終わり、か。
そう思ったが納得がいかない。女神は彼女への対策をせずに彼らをここへ送り出したというのだろうか。
「……よくもやってくれたわね」
土煙の中からエルナが姿を現す。
意外とタフなやつだとティアドラは思ったが……少々様子がおかしい。
傷を負っていないこともそうなのだが、いつの間にか……彼女の目が本来の緑から金色になっている。
何処かで見たような……目の色。
「なるほど、久しぶりじゃな……アトリア」
ティアドラは夢幻教の神の名を呼ぶ。
エルナと思しきものはそれを否定せず、唯々笑っていた。
「アハハハハ。正しくは女神アトリア、よ。歳を取って物忘れが激しくなったのかしら?」
彼女はティアドラを嘲るような笑みを浮かべる。
どうやら女神はエルナの身体に憑依しているようだ。
「これがお主の……ワシを殺す切り札という訳か」
女神直々にティアドラを殺しに来たのだ。
ティアドラは警戒心を露わにする。
女神は……その『特性』故に非常に強い力を持っているのだ。
易々と勝てる相手ではない。
「さぁ、どうかしらね。さて、さっさと始めましょうか。いくら私と言えども……これって相当に『神力』を消費するのよ?」
その言葉と共に女神の周りを金色の光が渦巻いていく。
それはこの世の物とは思えない程の神々しい輝き。
輝きが増すとともにオーラとも言うべき威圧感を周囲に与えていく。
ティアドラはそんな女神の姿を見て呟く。
「『神力』……かのぅ」
ティアドラは来る攻撃に備えて身構える。
こうして金対銀、女神対竜王の戦いが始まった。




