第51話 竜王対勇者その2。
後ろに控えていたアリトが魔法を発動させる。
キラキラとした光が羽衣の様に4人を包み込み、彼らの速度、防御力といったステータスが向上する。
更に彼は自身の頭上に数本の光の槍を展開させた。
「さぁ皆!行こう!」
アリトの掛け声とともに光の槍はティアドラへ向かい放たれる。
それが戦闘の合図となった。
槍に続くようにサルガスが大盾を構えた状態でティアドラへ迫り彼女の視界を遮る。
彼女の横へと素早く移動したベネッドとエルナは態勢を低くし、手に持った武器を振り上げる。
一人一人はかつての勇者に遠く及ばないが、その連携は見事なものだった。
ティアドラは感心する。
「中々に良い連携じゃ……じゃが、まだまだ……じゃな」
彼女はそう言い放つと空中を掻くように片手を横に振りぬく。
すると彼女に迫っていた光の槍はその輝きの残滓だけを残して消え去る。
そのまま彼女はサルガスの盾の上部に手を掛けると彼の巨体を軽々と飛び越えた。
「このままお主を斬っても良いのじゃが……まずは」
彼女はチラリとサルガスに目をやるが、直ぐに前に向き直る。
その先には……錫杖をもったアリト。
「お主が……厄介じゃ!」
彼女は足が地面にめり込むほどの勢いをつけ、彼に迫る。
そして彼の身体を引き裂くように曲刀を振り下ろす……が。
「そう簡単にはやらせねぇよ!」
激しい金属音を放ちながらベネッドが寸でのところで食い止める。
……おかしい。
彼は確か先ほどワシを攻撃しようと……。
「なるほど。光による幻……か」
先ほどティアドラが居た場所にはサルガスとエルナしか居らず、ベネッドが居た場所には淡い光が漂っていた。
「ご名答。あの白銀竜殿の目も欺けたようで恐縮だよ」
アリトがニヤリと笑う。
生意気なガキだが……なるほど、ここで笑うことの出来る彼は相当な腕の持ち主のようだ。
「俺のことも忘れてもらっちゃ……困るっつうの!!」
彼女と鍔迫り合いをしていたベネッドが力任せに剣を振りぬく。
彼の身体は光魔法の強化によって金色の光を放っていたはずだが、今は赤の光に包まれている。
どうやら先ほどの連携攻撃の隙に自身に強化魔法を使っていたらしい。
時間をかけたためか効果も強大だ。
彼は少し仰け反ったティアドラを追撃し、剣による連続攻撃を仕掛ける。
その技はまだまだ稚拙なものではあるが……確かな才能、果て無き伸び代を感じさせる。
「じゃが……」
彼女は彼のトドメと言わんばかりの一撃の威力を利用し、身体を捻りながら曲刀を滑らすように受け流すと、彼の後頭部に強力な回し蹴りを喰らわす。
「技を磨くのも大事かもしれぬが……それだけでは勝てぬ、ぞ?」
彼女の一撃をモロに喰らったベネッドは勢いそのままに遺跡の柱に激突する。
柱は巨大な音と振動を放ちながら崩れていく。
「大事なことはどう相手に技を当てるか、じゃ。よく覚えておくといい、『白銀姫流』の初歩の初歩じゃ」
彼女は吹き飛んでいったベネッドに向かい呟く。
恐らく聞こえてはいまい。
「うおぉぉぉぉ!!」
ベネッドがやられて焦ったのかサルガスが槍を構えて突撃してくる。
ティアドラは後方へステップしながらそれを躱していく。
回避しながらも彼女は、横目にアリトが魔法を発動させているのを確認した。
ベネッドの回復を行っているのだろう。
それを阻害するのが……サルガスの役目。
「脳筋の見た目をして意外と頭も回るようじゃ。お主は自身の役割が良くわかっておる。じゃが……攻撃が余りにも単調すぎる」
彼女はサルガスの槍の軌道を見切り、槍を手でつかむとそのまま投げ飛ばそうとする……が。
「私に気づかないなんて逆に貴女は脳筋のようね」
サルガスの肩を踏みつけ彼の後ろからエルナが飛び越えてくる。
彼の巨体の後ろに隠れていたようだ。
彼女は身体を縦に回転させ、遠心力を利用してティアドラに一撃加えた。
片手にサルガスの槍を持っていた彼女は避けることが出来ず、曲刀を持った片手でエルナの攻撃を受ける。
何かが爆ぜるような爆音と共にティアドラの足元が陥没する。
彼女は少々のいら立ちを感じながらエルナを睨みつける。
「先ほども思ったが……お主は心が弱い。……このままではいずれ飲み込まれるぞ?」
何にとは言わなかった。
言ったら怒り狂いそうだ。
「余計なお世話……よ!!」
エルナは飛び退くと再度斧を構え、斧をティアドラへと振り下ろす。
女神を馬鹿にされた時とは異なり、冷静さは保っているようだ。
そのすぐ後ろにはサルガスが槍を構えており、彼女が横に回避したところを狙い撃てるように油断なくこちらを伺っている。
斧が迫りくる中、ティアドラは前進する。
そして前に蹴り上げ、斧の柄を持つエルナの右手に命中する。
ゴキっという骨が折れる音と共に斧が宙を舞う。
エルナは痛みに顔を顰めながらも彼女から距離を取るように退避する。
サルガスはそんなエルナに追撃させまいと前に出てくる。
彼と入れ替わったエルナは何かの魔法を詠唱する。
すると緑色の風が骨折した右手を覆い、徐々にその怪我を癒していく。
風属性の回復魔法であろう。
いずれ回復するが……しばらくの間は戦えまい。
これで勇者達はアタッカー二人をしばらくの間欠いた状態となる。
ティアドラは次はアリトだと彼の方を見るが、その対角線上には既にサルガスが彼を護るように盾を構えていた。
「……ふふふ。泥臭いが感の良いことよ……。嫌いじゃないぞ」
戦闘の最中だが彼女は思わず笑みをこぼす。
「だから俺のことを忘れちゃ困るって言ってるだろ!」
一閃。
正に閃光と言うべき一撃がティアドラを襲う。
彼女は殺気を感じるや否やそれをギリギリの所で避ける。
彼女を襲ったのは先ほど吹き飛んだはずのベネッドであった。
もう回復したのであろうか。
彼の姿を確認したティアドラは目を丸くする。
彼は頭から血を流しており、身体中傷だらけであった。
到底回復魔法を受けたとは思えない。
では先ほどアリトはベネッドに何の魔法を掛けていたのか?
先刻の一撃から答えは明白だった。
「お主……回復魔法ではなく奴に強化魔法を掛けたのか」
アリトは吹き飛ばされたベネッドを見て、回復魔法ではなく、強化魔法を掛けることを選択したのだ。
ベネッドは気絶をした振りをして反撃の様子を伺っているのだと、そう判断したということだ。
彼の選択は見事的中し、強力な強化を受けたベネッドが先ほどの一撃を繰り出した。
「ベネッドにとってあのくらいはケガの内に入らないからね」
アリトは言ってベネッドに向かってほほ笑む。
だがベネッドはアリトの言葉が不服だったようでケッと唾を吐く。
「あの状況で強化魔法を掛けてきたお前は鬼なのかと思ったぜ……まぁ助かったわけだが」
骨折の治癒を終えたエルナとサルガスが二人に合流する。
彼らは再び最初と同じような陣形を取り、武器を構えた。
ティアドラは勇者達の様子を見て……笑っていた。
勇者と言えば魔族にとっての宿敵。本来忌み嫌う存在であるが……。
彼女は彼らを嫌いになることは出来なかった。
互いが互いを信じあい、力を合わせることで強大な敵とも渡り合う。
彼らは既に『英雄』としての素質を身に着けているのだと。
彼らの目は確固たる意志を持っている。何物にも揺らがない強い精神。
その精神は神々しいまでに尊い。
ティアドラはそんな彼らをどこか優しい目で見つめる。
彼らの姿は最愛の弟子と重なった。
彼らは今後、間違いなく歴史を大きく動かすことだろう。
願わくばそれが、正しき方向であれば良いのだが。
「ふふふふふ……ハハハハハ!……面白いではないか!よろしい、ワシの攻撃を凌いだ褒美じゃ!全力で相手をしてやろう!」
ティアドラは笑いながら両手を広げた。
すると身体から銀色の光が漏れ始め、徐々に彼女の身体を蝕むかのように広がっていく。
彼女の姿が見えなくなるとその輝きは一層強くなり、余りの眩しさに勇者達は目を細めてしまう。
ドクン。
何かの脈動と共に彼女の魔力の質がガラリと変化する。
まるでその場の重力が上がったかのような……あらゆるものを押しつぶすほどの不快な魔力。
勇者達は襲い来るプレッシャーに必死に耐えている。
「グオォォォォォ!」
やがてけたたましい、魂までも震え上がらせるほどの声を放ちながら段々と光が収束していく。
そこに現れたのは……圧倒的な存在感を放ち、幻想的な銀色の輝きを放つ巨大な竜。
白銀竜ティアドラは勇者達の前に姿を見せた。
『さぁ!本気の戦いといこうではないか!』
こうして真の姿となったティアドラと勇者達の戦いは、更に激しいものとなるのだ。




