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第4話 涙くん、さようなら

突然俺の名前を呼ばれる。

声の主の方に目を向けるが、雨具の代わりなのかフードを被っているため顔がわからない。

ただ声を聞くかぎり女性だということはわかる。



「そうだが……誰だアンタ」



俺は警戒心を露わにして女性を睨む。

先程ボコボコにされたので身体は思うように動かすことはできない。



「マリーに呼ばれてきた……年齢に似つかわしくないことをよく言うと聞いておるが……見た目は全くの子供じゃの」



俺はシスターが言っていた言葉を思い出す。

知り合いの薬師に相談するとかいっていたがコイツがそうなのか。

ちなみにここで俺はシスターの名前がマリーということを知る。



その女性は雨が降る中、自身の顔を隠していたフードを取る。



「ワシはお主の孤児院のマリーに言われてきた離れた山に住む薬師じゃ。名はティアドラという。魔力を持たないというお主を助けに来た。よろしく頼むぞ、シリウス・フォーマルハウトよ」


現れた顔は褐色肌に銀髪の麗人であった。道行く人誰しもが振り返るほどの。

恐らく俺がいじめられることもなく普通の生活を送っていたのなら見惚れていたかもしれない。

だが、今の心が荒みまくった俺には関心がいかなかった。



ティアドラと名乗る女性は俺に手を差し出してくる。

俺は微動だにせず、ただ差し出された手をにらむ。



「助けに来たって簡単に言わないでくれ。色々試した……もう出来ることはすべてやったんだ。もう……ほっておいてくれ」



どうせこの人の助けを借りたところで、状況はきっと変わらないだろう。

俺は痛む手を動かし、彼女の手を払う。

ティアドラは払われた自身の手をじっと見つめ、そこから目線を俺に移すとハッと嘲るように笑った。



「出来ることはすべて、か。その歳で面白いことを言うのう。お主の言うすべてとはなんじゃ?よくわからん木の棒を毎日意味もなく振り回すことか?貴重な睡眠時間を削って」



カッと頭に血が上る。

俺の今までの努力が意味がない……だと?

俺はボロボロの身体を気力で無理やり動かし、拳に力を入れる。



「さっきの言葉……撤回しろ」



悔しくて涙が零れ落ちる。



「なんじゃその程度で泣くのか、シリウスは泣き虫じゃのぅ」



その言葉を皮切りに俺はティアドラに殴りかかる。



この女に一矢報いなければ!



……俺の拳はティアドラに当たることはなく空振りし、彼女の明らかに加減したであろうデコピンをくらい、弾き飛ばされる。

身体はとうに使い物にならなくなっていたがそれでも無理やり上半身を起こし、彼女をにらみつける。



彼女はそんな俺の目を満足そうに見つめていた。








ティアドラは自身が持っていた回復薬を俺に無理やり飲ませる。



飲むのは初めてだったが徐々に身体が癒えていくのが分かる。



俺が少しは冷静になったことを確認できたのか、ティアドラはゆっくりと口を開く。



「この世界は争いと一時の平穏の世界じゃ。今は落ち着いておるが一度争いが始まってしまえば弱者は全て強者に飲み込まれる……この世界はそういう世界なのじゃ。この世界で自分が自分であるためには強くならなければならない」



ティアドラは俺に近づくとしゃがみこみ、俺と同じ目線になる。



「お主に一つ聞きたい……この世界で強くなるにはどうすれば良いと思う?」



俺はゴボー、そしてティアドラに全く歯が立たなかったことを思い出す。

二人に負けた原因……それは明らかだろう?



「魔力を扱えること、そしてその魔力を鍛えることだ」



俺の回答にティアドラはうんうんと頷く。



「そうじゃな、それも一つの回答じゃ。……じゃが過去に歴史に名を遺すほどの魔術師が、無名の剣士に殺されたなんて話もある。魔力の多寡、質が強さに直結するわけではない」



「それはその無名の剣士とやらの身体強化の魔力の質が、魔術師を殺せるほど高かっただけだろ」



俺にはその身体強化する魔力すらないんだ。

ティアドラは目を薄っすら細める。



「……そうかもしれんな。じゃがワシの言いたいことはそこではない」



「要は自分の強みを活かすことじゃ。無名の剣士も剣の才能があったから、魔術師に対し剣で挑み、殺すことができた。……お主にもきっと同じように強みがあるであろう?」



「俺の強み……そんなものがあるのか?弱みならいくらでも思いつくんだが」



俺は半ばあきらめたように鼻で笑う。

そんな俺を見てティアドラは腕を組み、やれやれといった様子でため息をつく。



「魔力がないことが弱みなんて誰が決めた?この世界にはお主以外にそんな人間はおらん。ならば魔力のないお主にしか出来ないこともあるのではないのか?」






俺は彼女の言葉にポカンとする。

考えたことすらなかった。

俺はこれまで魔力がないことは他者に劣る欠点ととらえていた。

魔力がなくても強くなる方法、俺にしかない強くなる方法……そんなもの……あるのか?



「お主を助けに来たと言ったが……正直ワシにもお主が強くなる方法はわからん。魔力がない人間なんて見たことも聞いたこともないのじゃから。ここに来たのもマリーに頼まれたから。適当に見て、用が済んだらさっさと帰ろうと思っておった」



本人を前にしてぶっちゃけたこというなこの人。だが……何か少し見えてきた気がする。



「じゃがお主の目を見て気が変わった。……お主の目は死んでおらん。心の奥底で自分はまだやれると、強くなりたいと思っておる。……そういう確固たる意志を持った目を持つ者は自身の運命を捻じ曲げる力を持つことをワシは知っておる」



何故だろう。


この女性の言葉に俺の心は少しづつ揺れ動いている。


俺はまだやれる?他ならぬ俺がそう思っているのか?



「お主が弱いなんてお主自身が思っているだけであろう?決めつけるな!……決めつけるにはまだ、お主はあまりにも若すぎる」



そうだった。

転生する前に俺は決めただろう、『本気で生きる』と。

たかだか女神に力を貰えなかっただけで俺はこの人生を諦めるのか?

どこまで他力本願なクソ人間なんだ、俺は。


あやうくたった7歳で、俺は全てを諦めてしまうところだった。


この女性はそれを教えてくれた。



「さぁ、シリウス・フォーマルハウトよ!ここで寝るのはしまいにしよう!ワシと共に、お主が強くなる方法を探そうではないか!!」





何故か目から熱いものが溢れてくる。

俺はそれを必死に堪えるのだが、時間と共にあふれ出てくる。



「……なんじゃその程度で泣くのか、シリウスは泣き虫じゃのぅ」



ティアドラは俺の頭に手を載せてゆっくりと撫でる。

先程と同じ言葉だ。

だがそこには先程とは決定的に違う、優しい声の響きがあった。



雨はいつのまにか上がり、雲の隙間からうっすらとだが日が差していた。

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