第47話 胸騒ぎ。
そうこうしている間に俺はベネラのいる街へとたどり着く。
ベストタイムとは言えないが中々に早く来ることが出来た。
俺は慣れたように街を駆け、綺麗な彫刻で彩られたベネラの店へと入る。
「こんにちは、ベネラ。薬、売りに来たよ」
この5年間で彼とはこうして気安く話すことが出来るようになっていた。
敬語を使わず話すことのできる、数少ない人物だ。
ベネラは相変わらずされに対しても敬語なんだけど。
店に入ると彼は陳列された薬棚の清掃をしていた。
「これはこれは。シリウス様、今日もお一人ですか?」
彼は掃除をする手を止めると手を洗いに行く。
俺は頷き、カウンターに薬を並べていく。
「あぁ、今日も訓練がてら俺一人なんだ。これなんだけど……鑑定してくれる?」
手を洗い終えたベネラはにこやかに頷くと鑑定魔法を発動させ、薬を一つ一つ丁寧に鑑定していく。
ちなみにこうして売りに出している薬は丸薬ではなく、普通の薬だ。
丸薬が世に広まってしまうとどのように悪用されるかわからないとはティアドラの言葉だ。
まぁ他にも俺以外の人にとっては毒のため、市場に流したとしても売れないからという理由もある。
ベネラは一通り鑑定をし終えると感嘆の息を漏らす。
「……いつも通り見事な品物です。シリウス様も腕を上げられましたね。ティアドラ様の物と相違ありません」
実は彼女の薬の他にも、俺の薬も何点か売ることにしたのだ。
自身の薬にもそれなりに自信が持てるようになっていた。
……だけど褒められるとやっぱりうれしいものだね。
「本当?……それじゃ、今日の薬は高く評価してくれそうだね」
俺がニヤリと笑いながら言うとベネラは少し困ったような顔をする。
「薬の腕もそうですが……性格も段々と似てきたようですね。……誰とは言いませんが……」
こうして薬の買い取りが終わる。
買い取り金額に満足した俺は、カウンター近くにある椅子に座り、ベネラに淹れてもらった紅茶のようなものを飲みながら一息つく。
「ティアドラ様は最近お元気ですか?」
ベネラは先ほど売った薬に値札を張り付けていた。
「そうだな……。最近は色々と忙しそう、かな。特訓も厳しくなってきたし。やっぱりティアドラが……ってあ、そうだ。ベネラに言われたようにウルストで勇者の披露会を見て来たよ」
彼女が魔族であることをうっかりと漏らしそうだった。
俺は隠すように勇者の話をする。
「その件に関しては申し訳ありませんでした。まさか勇者が4人で各国で披露会があるとは……この間この国でも行われました」
申し訳なさそうに謝罪をするベネラ。
「いや、勇者が4人いるなんてあの時まで誰も知らなかったわけだし、ベネラは何も悪くないよ!」
俺は慌てて両手を振る。
するとベネラは恐縮そうな顔をする。
「……そういって頂けると助かります。ここアラズマで披露会が行われて……たしか一昨日にミスーサで披露会が行われたそうですね」
そうなんだ。確かウルストの次は北の国ノキタス、次は東の国アラズマで……最後がミスーサだったはずだ。
「それじゃこれで披露会も終わりか……勇者達はこれからどうするんだろう。たしか……女神から啓示を受けてとかなんとかいってたな」
女神から色んな依頼が来るのだろうか。どんな依頼なのだろう。
するとベネラは何かを思いついたかのように口を開く。
「まさに神のみぞ知るということですね」
ベネラの言葉に思わず笑ってしまった。
「さて、それじゃそろそろ帰るとするかな」
俺は紅茶のようなものを一気に飲み干すと立ち上がり帰る支度をする。
「はい、それではくれぐれもお気をつけて」
礼儀正しくお辞儀するベネラに見送られながら俺は店を後にした。
俺は急いで帰り道を駆け抜ける。
薬はそれなりに高く売れた。
これならばティアドラも満足するだろう。
帰ったときの彼女の笑顔が目に浮かぶ。
ふと目を家がある方角を見ると、その空は厚い雲で覆われていた。……今日は雨が降りそうだ。
あと30分もあれば家に着くだろうか……そう思った瞬間。
「!?」
突然地面が大きく揺れる。
俺は思わず立ち止まり揺れが収まるまでその場でしゃがみこむ。
今までこの地で地震など発生したことはない。
それに……これは自然現象とは違う気がする。これは何かが……ぶつかっている振動?
……一体何が起きているのだろうか。
何故だか分からないが……胸の奥がざわつき始める。
……彼女は、ティアドラは無事だろうか。
何故だかは分からないが……彼女の安否が気になった。
俺は振動が治まるや否や丸薬を頬張り、全速力で家へと向かった。
「ティアドラ!?……どこだ!ティアドラ!?」
俺は家に入るなり彼女の名前を呼ぶ。
自身の身体は草や葉などで切ったのだろう傷が至る箇所にあった。
だが治癒している暇などない。
振動はあれからも何度も起こり、家に近づくほどその規模が大きくなっていく。
この振動のことも気になるが……今は彼女のことが最優先だ。
俺は中を見渡す。……誰もいない。
台所も……2階の彼女の部屋も……庭にも……彼女の姿は見当たらない。
俺は辺りを彼女の名前を叫びながら探し回るが……それでも見つけることは出来なかった。
「……どこにいったんだ……。返事をしてくれ……」
心当たりのある場所を探しつくした俺は呆然と立ち尽くし、嘆く。
それでも振動は絶えることなく地を揺らしていた。
そんな中。
「ん?……これは……」
立ち止まることで気づくことができた。
……この振動が自身の立っている地の下側……地中で起こっていることを。
「地面の下……一体何が……ッ!?」
あることを思い出す。
かつて俺が落ちた穴の先にあった……遺跡のことを。
おそらく……いや、必ず彼女はそこにいる。
俺は再び駆ける。
あの遺跡へと。
……彼女の無事を祈って。




