第41話 ティアドラの正体。
勇者達の披露会が終わった。
俺達は沈黙のまま宿へと帰宅する。
誰も声を発さないその様相にナキは少々動揺していたようだ。
俺とティアドラはそのまま自身の部屋へと帰った。
ティアドラは部屋に戻るなりソファにボスンと座り込み、物思いにふける。
俺は手持ち無沙汰になったため、湯を沸かし、茶を淹れる。
「ほら、ティアドラも飲みなよ」
茶の入ったコップをティアドラに手渡すと彼女はそれを一口飲み、ほうっと息をつく。
「すまぬ、の。……色々と考えてしまっての」
そう言って額に手をあてる。
「4人の勇者、か……」
呟いてはみるが……正直全く実感がない。
俺はこの世界の歴史をあまりにも知らなすぎる。
しばらくの間互いに沈黙していたが、突然ティアドラが笑い出す。
「ふふふ……。イマイチ分かっておらんのに意味深に呟きおって……」
俺の考えなんて彼女にはお見通しの様だ。
「うるせぇ!……だって分からないことだらけなんだし!」
ふざけてぶすくれた顔をしてみるが、彼女の表情は晴れない。
「そう……じゃな。分からぬことだらけ、じゃの」
ティアドラは俺の言葉を反芻すると意を決したように立ち上がり、テーブルの椅子に腰かける。
「シリウス、まぁお主もそこに座れ」
彼女の真剣な表情を見て、俺は黙って彼女の正面に座る。
「お主も相当に強くなった。……丸薬の力を使えば常人では歯が立たない程に。……先日のナキの話を聞いて確信した」
ティアドラは嬉しそうに呟く。
彼女がいっているナキの話というのは『黒焦げ蜥蜴』のモルデン達のことであろう。
俺はその時のことを思い出す。
あれは自分としても相当に上手くいったと思っている。
「あれは……運が良かっただけだよ。だって現にティアドラとは丸薬がないとまともに戦えもしないんだもの」
彼女は強い。
魔法だけならまだしも剣の腕前も一流なのだ。
薬を飲んだって彼女の動きについていくのに必死で薬が切れたらボコボコにされる。
正直……まともに戦えているのかもあやしい。
「ふふふふふ。その基準がおかしいのじゃがの。1対1でワシとまともに戦える人間がこの世界に幾人おるか……ふふふ」
俺の言ったことがよっぽど可笑しかったのかしばらくの間彼女は笑っていた。
「ふぅ……まぁ……あと、2年じゃな。この調子でお主が訓練を続ければ……あと2年でワシに勝てるかもしれんの」
彼女が言ったことがしばらくの間理解できなかった。
「……え?俺……まだまだ技術とか身についてないんだけど……」
正直俺は自身にそれ程才能があるとは思っていない。
それこそ何十年も腕を磨いた剣士の技量には足元にも及ばないだろう。
「それほどまでに薬の力というものが凄まじいのじゃ。……まぁお主にしか発揮できん力じゃからお主の力とも言えるじゃろうが……」
この5年で薬の効果は飛躍的に向上した。
効果的な薬を開発する毎に俺の能力は向上している。
その分身体はボロボロになりやすくなっているんだけど。
……回復薬、必須です。
「ま、ワシに勝てるとは言っても速度の丸薬を使ったうえでの訓練で、じゃがの。実践じゃと負けぬ。ワシに傷をつけられんからの」
たしかに速度の丸薬を飲めば彼女の動きについていける。
だがたとえ攻撃に成功したとしても攻撃力が上昇していないため、彼女に傷をつけることは出来ないだろう。
攻撃と速度を両立させる薬の開発には成功している。
それはモルデンとの戦いのときに使用した、赤と青の太陰太極図のように組み合わさている丸薬だ。
これは一つのビンに赤の薬、キダンの汁、青の薬の順に入れ3層にした薬に圧縮を掛けることによって完成する。
こうすることによって多少互いの魔力が干渉するのだが、キダンの実がフィルターのような働きをすることで同時に2種類の効果を発揮できるようになった。
効果は1種類のものと比べてぐっと下がるんだけどね。
だからこれを飲んだとしてもティアドラの動きについていけず、やっぱり負けるだろう。
ちなみに現在の最高は3種類の効果を複合した丸薬の開発には成功している。
「じゃが……それでも強くなった。……剣の腕だけじゃない、身体も……そして心も」
ティアドラは俺の頭に手を載せて優しく撫でる。
俺は彼女と初めて出会ったときのことを思い出していた。
あの時も彼女は……俺のことを撫でてくれた。
「ふふふ……。出会った頃の時が遠い昔のことのようじゃのう。……あの時はただのクソガキじゃったな、お主は」
思い返してみると……恥ずかしくなる。
認めざるを得ない。
「まぁ……クソガキだね、恥ずかしいことに」
何も知らないクソガキだった俺。
今は少しでもマシになっているのだろうか。
「……そろそろ知るべきなのかもしれぬな……勇者も現れてしまったことじゃし」
俺は昔の彼女の言葉を思い出す。
『すまない。……今は言えぬ。お主が強くなり、先へ進みたいと考えたとき、話すことのできるすべてを話そう。その時まで、その時のために力を蓄えておくれ……地に伏する龍のように。』
その時が来た……というのだろうか。
「さぁ……我が最愛の弟子、シリウス・フォーマルハウトよ。約束通りお主に……ワシが伝えれることを伝えよう」
彼女が立ち上がり、仰々しく両手を広げる。
「……まずはワシが何者かということじゃが「魔族……なんだろ?」」
俺は当たり前のように呟く。
今までのことからいつからかは分からないが確信していた。
ティアドラは一瞬目を見開いたが、直ぐに笑みを浮かべ頷いた。
「やはりバレておったか。その通り……ワシはまごうことなき『魔族』。……人にとっての……『宿敵』、じゃ」




