第40話 勇者の証。
「皆は俺が本当に女神の加護を得たのか疑問に思っているかもしれない。まずは俺が加護を得たという証拠を見せようか」
そう言ってベネッドは自身の右の手の甲を見せる。
そこには無限大のマークを模したタトゥーのようなものが刻まれている。
彼がその手に力を籠める動作をするとその紋様が淡く輝きを放つ。
「おとぎ話と同じ……あれが……勇者の証……」
ナキが呟く。
あとで知ることになるのだが……人の世界には勇者をモチーフにしたおとぎ話があるらしい。
その勇者は手に無限の紋章を持ち、魔力を込めると淡く輝いたという。
ベネッドが見せたものはそのおとぎ話と全く同じであった。
「これで信じてもらえただろうか」
再び割れんばかりの歓声があがる。
彼が勇者であることを疑っている者はいないようだった。
どうやらあの紋章というものは自分が勇者であるという何よりの証明となるようだった。
俺は見慣れた自身の手の平を眺める。
女神から見放された俺に紋章など、ない。
チラリとティアドラが俺を見た気がする。
「俺の歳はまだ13……成人まではあと2年ある。それまではここウルストを拠点にして色々なところで力をつけていこうと思う」
ベネッドが言葉を続ける。
彼はまだ俺と同じ年齢であった。
しかしながら堂々としているその立ち振る舞いに、13歳とは思えない落ち着きを感じる。
このように人前でしゃべることに慣れているのだろうか。
……てかこの世界って成人する年齢は15歳なんですね。
初めて知りました。
「成人してからはアラズマの戦線に赴き……アイツらの全部を……ぶっ潰す」
彼の表情ががらりと変わる。
……それは……圧倒的強者が放つ、全てを喰らいつくす猛獣の顔。
「安心しろ……俺達が全てを奪い、喰らう……。そして手に入れたその全てを……我らが女神にささげよう!」
ベネッドは帯剣していた剣を抜き、掲げる。
その剣は彼の髪の色同様に薄く赤く輝いている。
持ち手の部分は蛇のような生き物の装飾が施されている。
「あれは……魔剣『グラム』じゃないか!?」
周囲の誰かが呟く。
剣に纏う赤い輝きはまるで生きているかのように脈動している。
「魔剣グラムといえば……かつての勇者が所持していたという魔剣じゃねぇか。……教会の野郎ども……この時の為に隠していやがったな」
トキハさんはその魔剣のことを知っているようであった。
魔剣グラムの存在は波紋のように人々に認知されていき、徐々に称賛する声へと変わっていく。
「さぁ群衆よ!祈れ!我らが女神、アトリアに!この戦い、女神に遣われた俺達がこの戦いを勝利に導いてやる!!」
割れんばかりの歓声が今日のピークを迎える。
しかし、その声は徐々に困惑したものへと変わっていくのだった。
「あいつらは……一体誰なんだ!?」
突如、バルコニーの奥から3人の人が現れ、勇者ベネッドの横に立ち彼と同じく武器を掲げたのだ。
中央に立っているベネッドがニヤリと笑った。
「おっと……そういえば紹介がまだであったな」
勇者の横に立っていた国王が口を挟んでくる。
……彼らは一体だれだ?
広場は先ほどとは打って変わり、不気味なほどに静かになっていた。
「さて、諸君らはここにいる勇者ベネッド以外の3人が一体誰なのか気になっていると思う」
困惑の声は収まらない。
勇者の横に立つ3人はいずれも勇者同様に若い。
一人は錫杖を掲げる金髪の男、一人は槍を掲げる大柄な茶髪の男、そしてもう一人は……自身の身の丈ほどもある巨大な斧を掲げた、緑髪の女性であった。
彼らはベネッドに負けるとも劣らない、威圧感を放っている。
横にいた国王が両手を広げ、口を開く。
「さぁ……彼らに見せてやるといい。……君たちが一体何者なのかということを」
国王の言葉に3人は自身の手の甲をこちらに向ける。
まさか……まさか!!
「なんじゃと!?……どういうことじゃ!!」
ティアドラの驚愕の表情で目を見開く。
その手には勇者しか持ちえないはずの無限大の紋章が刻み込まれていたのだ。
彼らは魔力を込める。
……その紋章は淡く輝きを放ちはじめる。
「ハハハハハ!さぁ紹介しよう、我が国に誕生した勇者ベネッド。そして……各国に誕生した勇者達だ!」
錫杖を持った気品漂う金髪の男が口を開く。
「南国ミスーサで女神の神託を受けた『アリト・アルレーシャ』だ!この僕が必ず皆を勝利へ導こう!」
槍を勇ましく持つ大男が口を開く。
「東国アラズマで生まれ、勇者となった『サルガス・ラスタバン』だ!オレは魔族なんぞに負けはせぬ!」
容姿端麗な見た目とは裏腹に巨大な斧を掲げる女性が口を開く。
「北国『ノキタス』の勇者『エルナ・コルネフィオス』よ。魔族に興味なんかないんだけど……アトリア様が望むままに、私は戦うわ」
全員の挨拶が終わると国王は4人の前に立つ。
「ハハハハハ。皆の者考えてみよ!過去に誕生した勇者は必ず歴史に名を遺す偉業を成し遂げてきた。ならばそれが4人同時に誕生したら?……もう我らが人に敗北などない!」
動揺の声は次第に熱を帯びたものへと変化していく。
「勇者らはこれより各国にて披露会が行われる。その後は女神からの啓示の元、様々な任務をこなすことだろう。そうして力をつけた後は……ハハハハハハハ……瞬く間に世界を統一しようではないか!」
国王が拳を掲げる。
まるで何かが爆発したかのような歓声があがる。
「夢幻に光を!栄光を!!」
人々が同様に拳を天に掲げる。
「「「夢幻に光を!栄光を!!」」」
熱狂が渦巻く中、こうして西国ウルストでの披露会が終了するのだった。
彼らの頭上から見下ろすステンドグラス上の女神は笑っているように思えた。




