第39話 勇者の誕生。
俺は朝早く目を覚ます。
少し肌寒い。
まだ日は登っていないのだが……もうすぐ夜明けだ。
俺は目を擦りながら顔を洗うために身を起こす。
「おはよう。……よく眠れたか?」
ふと見ると椅子に腰かけてティアドラがこちらをじっとみていた。
彼女にしては……早起きだな。
「うん……起きるの、早いね」
彼女は基本、朝起きるのが遅い。
何故今日はこんなにも早いのだろうか。
「うむ……勇者の姿を見るのが楽しみで眠れなかったのじゃ……ワシは『勇者オタク』……じゃからのぅ」
そう言ってニヤリと笑うが言葉の端にトゲを感じる。
どうやら以前に俺が彼女のことを勇者オタクといったことを根に持っているようだ。
「う……。き、今日のお披露目っていつからだっけ?」
俺は焦ったように話を切り替える。
「フフフ。たしか午前中、じゃな。今日は一般人も城の広場にまでは入れる。そこで大々的に行われるようじゃ」
彼女は怒っていなかったようであっさりと答えてくれた。
なら……出来る限り早く準備しておいたほうがいいな。
そう判断した俺達は早めに朝食を取ることにした。
彼女が早く起きた理由、それは明白だ。
彼女は以前から『勇者』という言葉に敏感に反応していた。
それも……きっと好意的なものではない、と思う。
勇者……たしかティアドラが言っていた『女神に選ばれし者』。
彼女にとって……女神とはいったいどういう者なのだろうか。
その答えは……近いうちに分かるような気がした。
「そろそろ……ですね」
俺の隣にいるナキが呟く。
俺達は城前の広場に来ていた。
今日は宿に客なんて来ないだろうというトキハさんだったが……なるほど、恐らくこのルギウスにいる者全員がこの広場に来ているのだろう。
そう思わせる程の人の混み具合であった。
本来であれば俺とティアドラの2人で来るはずだったのだが、出かけようとしたらナキに見つかり、なぜかトキハさんとナシュが付いてきた。
俺はナキに向かって頷くと城の方を見る。
この城は真っ白なレンガでできており、ところどころに意匠を凝らした彫刻が施されている。それらが規則的に並ぶことでその清廉さ、偉大さを誇張しているようであった。その上方を見るとバルコニーがあり、この国の騎士達が整列している。その上には巨大なステンドグラスがあり、そこに描かれている女性がこちらを見下ろしている。あの女性は……。
「あれは……女神……か?」
その女性は転生時に会った女神に似ている気がした。
「よくご存じですね。あれは人々が信仰する夢幻教の女神『アトリア』様を描いたとされるもの、ですね」
ナキが丁寧に教えてくれる。
そうか、あの女神の名前……アトリアと言うのか。
ティアドラの方を見てみるが彼女は特に関心を持った様子はなく、バルコニーをじっと見据えている。
そのような雑談をしていると周りの人から歓声が上がり、バルコニーの奥の方から高価そうなローブを羽織った老人が出てきた。
手にはこれまた高価そうな錫杖が握られている。
「皆の者、静粛に!」
拡声する魔法でも使っているのであろうか。
老人特有のしわがれた声であったが、彼の声が広場中に響き渡る。
「我らが女神アトリアに祈りを!」
彼は手に持つ錫杖を天へと掲げる。
その言葉に広場に居る人々は一斉に両手を組み、祈りを捧げ始めた。
先ほどまでは人々の喧噪に満ち溢れていた広場であったが……今は異様なほどに静寂に包まれている。
「んぁ!?」
俺は何か異様なものが身体を流れていくのを感じた。
全身を異物が駆け巡るような……なんだこれは。
俺は辺りを見回すが……何もない。
しばらくするとその感覚も途切れる。
「……よろしい。我らが祈りは女神にも届いたであろう」
しばらく時間が経った後に老人がそう言うと、人々は祈りの構えを解き始める。
あの感覚……なんだったのだろうか。
「あの人が夢幻教の教皇様です」
ナキが小さな声で耳打ちしてくる。
何も知らない俺に色々と教えてくれるようだ。
正直すごく助かります。
「それでは国王様……こちらへ」
教皇が脇に退き、場を譲る。
その後、赤色のローブを身にまとい、頭に豪華な王冠を乗せた中年の男が姿を現す。
すると人々は教皇が現れたときと同じように歓声を上げる。
しばらくの間、広場を見渡した彼は自身の右手をこちらへかざす。すると歓声は収まり、先ほどの様に静寂に包まれた。
「皆の者、知ってはいるだろうが私がこの国の王『アラド・ルギウス』だ」
彼の厳かな声が響き渡る。
相手を威圧する……支配者の声だ。
「今日、皆がここにいる理由……それはもちろんこの国に勇者が誕生したという噂を聞きつけたからであろう。……安心するがよい。この国に勇者は誕生している」
勇者誕生の肯定。
それだけで人々から歓声があがる。
ずっと待ちわびていたのだろう。
「この世界は戦乱に満ち溢れている……我ら人に抗う憎き魔族……奴らは必ず滅ぼさねばならぬ。天より我らを見守る女神アトリアの意思のままに」
俺の周囲の空気が張りつめる。
振り返るとトキハさん、そしてナシュが敵意を露わにして国王を睨んでいる。
彼らは獣人族……魔族だ。
国王が魔族を滅ぼすことを宣言した今、彼らはどうなるのだろうか。
俺はそう思っていると国王が突然笑い出す。
「ハハハハハ。ここにいる魔族の諸君らよ、そう固くなるな。夢幻教の信者となった諸君らの安全は私が保証しよう」
空気が弛緩するのを感じた。
どうやらこの広場には少なくない数の魔族がいるらしい。
そして彼らは……夢幻教……つまりは女神アトリアを崇拝する宗教の信者となっているようだ。
おそらくトキハさん、ナシュ、ナキも同じなのだろう。
「少し話が逸れたな。……そう、人に抗う魔族は殺さねばならぬ。その為の武器をアトリアが我らに授けてくれた……それが勇者よ。……今ここに私は宣言しよう!我らはここにいる勇者と共に!悪の根源たる魔族を打ち滅ぼすことを!勇者よ、皆に姿を見せるのだ!!」
あたりは熱狂に包まれる。
国王に賛同する声、勇者を待ちきれずに勇者コールをする声、女神アトリアを称賛する声……それらの声は段々と大きくなっていき、奥に人が見えた瞬間まるで爆発したかのような歓声へと変化する。
その男はゆっくりと現れた。
彼は一歩一歩踏み占めるように歩み、バルコニーの手すり前で立ち止まる。
燃えるような赤い髪に同じく深紅の瞳。
見た目からしてその気性はトキハさんのような荒々しさを、そして強い意志を感じる。
見るものを惹きつける容姿、威風堂々とした様相、漂う風格。
……これが……勇者。
「どうも。俺がこの国、ウルストで女神より信託を受けた勇者『ベネッド・ファフニール』だ。みんな、よろしく」
俺はこの国に誕生した勇者をじっと見つめる。
彼と一瞬目が合ったように思えたのは……気のせいなのだろうか。




