第34話 素材オタクは重症です。
俺は再び城門を出たところで辺りを見渡す。
日はまだ高く昇っており、夕刻まではまだまだ時間がありそうだ。
「エンカの花と……リガンの花か……」
俺は図鑑を手に取るとペラペラと捲り、リガンの花のページで手を止める。
ナキは俺の横で図鑑をのぞき込んでいた。
リガンの花
見た目の特徴 白の5弁の花。中央部は黒く目のように見える。
分離時の効果 緑:視力強化(遠視) ☆☆☆☆☆
赤:発光 ☆☆☆☆☆
主な生息地 風通しの良い木陰に稀に咲く。
視力強化(遠視)はその名の通り遠くのものが見える効果。つまり千里眼の薬だ。
もう一つの効果である発光は空気に触れることで光を発する。
緊急時や奇襲時などに使用する、閃光玉……所謂スタングレネードなどの作成に用いられる。
このようにリガンの花というのは効果が特殊であり、有用性が高いため人気なのだ。
その分希少性も高い。『レアもの』である。
果たして俺達に見つけることが出来るのだろうか。
「さて、どこにありそうかなーっと」
エンカの花については問題ないと思う。昨日見つけたときに他にも生えているのを確認できたし。
帰り際に採取すればいいだろう。
俺は日の光を手で遮りながら辺りにリガンのはなの生息地である木陰のありそうな場所を探してみる。
気付けばナキも俺と同じようにして探していた。
「「お!」」
俺達二人は同じ方角を見て動きを止める。
視線の先には小さな森のようなものが見えた。
気が生い茂っており、間違いなく木陰がある。それに小さい故に風通しもよさそうだ。
俺はナキと視線が合うと思わず微笑む。
「それじゃ、あそこに行ってみようか。あまりいないらしいけど魔物には気をつけていこう」
ナキは嬉しそうに小さく返事をする。
俺達はその森へと向かう。
「思ったより木がありますね」
ナキが言うように小さい森の割りには木が多い。そのため森の方は薄暗く、少々気味が悪い。
「リガンの花、ありますかね?」
少し難しそうな顔をするナキ。
俺は顎に手を置き、考える。
遠くからでは風通しが良さそうに見えたが、実際のところ奥の方はそれ程良さそうには見えない。
「どうだろ?とりあえず風通しの良さそうな端っこ辺りを探してみようか」
俺達は周囲の木陰を探してみることにした。
「……あ!……シリウス様!あそこ!」
探し始めて5分ぐらいだろうか。
ナキがとある方向を指さす。
俺はグルッと顔をそちらへ向けると……彼女の指す物体が目に入るなり無言でそちらへ猛ダッシュした。
「え!?お、お待ちください!シリウス様!」
必死で俺を呼ぶナキの声がする気がするが、身体が言うことを聞かない。
俺はその物体の所までいくと立ち止まり、観察する。……これは間違いない!
「『リガンの花』!あった!」
その場にはちょうどリガンの花が3本生えてあった。
ナキも俺に追いつくとぺたんと地面に座り込む。
どうやら息切れしているようだ。
「本当、ですか?……よかった、です!」
深呼吸をして息を整える。
俺は彼女に近づくと頭に手をのせる。
「でかした!ナキ!!」
そう言ってナキの頭を強めに撫でまわした。
「痛い、痛いです!お止めください!シリウス様!」
ナキはそういうが少し嬉しそうな顔をしている。
だが俺は気づかない。そのまま撫で続けながらしゃべるしゃべる。
「ほら、見てみて!これ、花弁が5枚あるだろ?6枚のものもあるんだけどそれはリガンノハナモドキの花って言ってね、生息地も薬としての効果も全く違うんだ。見た目は変わらないけど効果が違うってなんだか不思議に思わない?俺が思うにだねこれは元々は同じ植物だったんだけど生息地が変わることでそこで……ってあれ?」
気付くとナキの顔真っ赤にのぼせ上っていた。……気絶してる?
あれ……?俺は何をやっているんだろう。
ふと見ると俺の手はナキの頭の上に乗っている。
少し冷静になると……自分のやっていたことに気づいた。
「ごごごごご、ごめん!ナキ!大丈夫!?」
俺は彼女の顔をのぞき込み、様子を確認する。
彼女は気を取り戻したのか慌てたように両手を振った。
「だだだ大丈夫ですよ!?ちょっと……ちょっとだけ恥ずかしかっただけです!……その」
そうは言うが彼女の顔はまだ真っ赤のままだ。
俺は彼女から飛びのくように距離を取り、地を頭につけて土下座する。
「俺、新しい素材見つけると見境なくなってしまって……本当にごめんなさい!」
俺は自身の頭をぐりぐりと地にめり込ませた。
俺の悪い癖だ。……どうにかしないと。
ナキは俺の謝罪に困ったような顔をする。
「もう大丈夫ですからお気になさらずに。……殿方からこれほど強く撫でられたことがないもので」
彼女は顔を赤くしたまま身体をくねらせてモジモジと恥ずかしがる。
「いや!それでは俺の気が収まらないから……。何か俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ!!」
そう言うとナキの耳がピーンと立つ。
彼女は少し笑みを浮かべながら腕を組む。
「何でも、ですか……?」
可愛らしい外見とは裏腹に今の彼女の笑顔が少し怖い。
あ、あの何でもとは言いましたが……・
「あ、それでは……」
ナキは何か思いついたように土下座を続ける俺の手を引き、立たせた。
「ギルドに帰るまでこうさせてください!」
そう言って俺の手を強く握ってきた。
前の世界で言う『恋人繋ぎ』だ。
何でもとは言ったが……これで街中を歩くのは少々恥ずかしい。
「あ、あの……これはちょっと「何でもしてくれるんですよね!」……はい」
勢いに負け、承諾する俺。
このまま俺達は手をつないで帰ることになった。
帰る道中、ナキはご機嫌に鼻歌を歌っている。
俺はそんな彼女の隣でため息をつく。
……トキハさんに見られたら……俺、殺されるんじゃないかなぁ。
俺はギルドに帰るまで、そんなことを考えていた。
あ、エンカの花は忘れずに採取してますので。




