第29話 熱中すると周りが良く見えなくなるタイプです。
俺達はナシュを先頭に階段を上っていく。
この宿は3階構成となっており、1階が受付と食事処、2階と3階が客が泊まる部屋となっており、俺達が向かう一等級の部屋は3階の一番奥にあった。
「こちらですにゃ」
ナシュは扉を開け、俺達を中へ案内する。
扉も他の部屋のものと違い重厚そうな雰囲気だ。
中に入るとその豪華さに驚愕する。
リビングと思しき入ってすぐの部屋の天井にはシャンデリア。
ナシュが壁についているスイッチを押すと明かりが灯る。
何かの魔法が掛けられているのだろうか。
奥には映画でしかみないような大きな暖炉があった。
壁にはよくわからない絵画や剣といったものが飾られている。おそらく高いものなのだろう。
何よりも……広い。この部屋にはリビング、寝室といった部屋以外にも2部屋程あるそうだ。
そのどれもが俺達が住んでいる家より……広い。
「ふぅ~今日はなんだか疲れたのぅ」
そういいながらティアドラは伸びを一つすると一番近くのソファーに寝転がる。
「夕食はどうするかにゃ?少し待てる何かしら持ってくるにゃ」
それならばと俺達は夕食をお願いする。
ナシュは夕食の支度をしに部屋から出ていった。
「さて、と……」
ティアドラはむくっと身体を起こすと入り口からまだ動いていない俺の方を見る。
「シリウスよ、明日なんじゃが……お主にやってもらいたいことがある」
やってもらいたいこと?……なんか嫌な予感がするんだが。
俺が嫌そうな顔をしているのを見てティアドラの口元がほころぶ。
「フフフ。そんな変な顔をするな、大したことではない。お主にとっても利のあることじゃからの。まぁ楽しみにするがよい」
利のあることか……。
こういう時のティアドラは嘘はつかない。
首肯し、了承する。ちょっとだけ楽しみ。
さて、夕飯が来るまで何をしようか。
俺はリビングにある食卓に座り肘を付き、手に顎をのせる。
「あ!忘れてた!!」
俺はとあることを思い出す。
「なんじゃ騒々しい」
ティアドラはソファーに寝そべったまま眠りに入ろうとしていたようだ。
俺は指輪の嵌った右手を突き出す。
「保管の指輪より出でよ、『お薬製作キット』!」
俺がそういうといつも薬を作るときに使っている道具一式がでてくる。
一気にまとめて保管するとこのように複数のものを同時に出すことが出来る。
この性質に気づいた俺はすぐにティアドラに報告したが、ティアドラは「なんだかケチくさいのぅ」と憐れんだ目で俺を見てきた。
使用制限のある俺にとっては大事なことなんだよ!
ちなみに俺はこの道具一式のことを『お薬製作キット』と呼んでいるが、ティアドラはこの名前をネーミングセンスがないと言って笑っていた。
本当に余計なお世話だ。
俺は道具一式を並べると薬鞄から今日採取した素材を取り出す。
俺が何をしようとしているか理解したティアドラは身体を起こし、興味深げに俺の反対側に座る。
「早速薬を作るのじゃな」
いつものように手慣れた手つきで俺は薬の分離工程に入る。
今日手に入れたエンカの花の花弁を取り、乳鉢に入れてすりつぶした後、湯に入れる。
以前はナイフで刻んでいたが、すりつぶしたほうが効率が良いことに気づいた。
その後、いつでも薬を作れるようにビンの中に入れていたキダンの実の絞り汁を入れ、赤色の層と橙色の層に分離させる。
その後は上澄み部である赤色の層をお玉で掬った後、キダンの実の絞り汁を取り除いて完成である。
……1年前まではね。
俺は赤色の層の入ったビンを手に取るとティアドラに差し出す。
「頼んでもいいか?」
「モチロンじゃ」
彼女はビンを受け取ると手をかざし、目を瞑り魔法を唱える。
するとビンの中の液体が発光をし、徐々にその体積を縮めていく。
彼女が発動させている魔法、それは『重力魔法』。……簡単にいうと薬を『圧縮』させている。
元々はビンの8割程が赤色の液体で満たされていたが、光が収まるとそこに液体は何故か透明になり、先ほどの赤色よりも若干色が濃くなった球……アメ玉のようなものが一つ浮かんでいた。
ティアドラはそれを手に取ると俺に渡してくる。
「ほれ、今回も上手くいったぞ」
そう、俺達の5年間の研究の成果だ。
薬は高い圧力をかけると液体と薬部が分離し、薬の持つ魔力が『結晶化』することを発見した。
結晶化するとその濃度は格段に上がり、効果もグンと上がる。
理由はまだよくわかっていないが……前の世界でも人口ダイヤモンドなんかは圧力を掛けて作っていたとか聞いたことがある。恐らくそういう理由なのだろう。
今はまだティアドラに頼んで重力魔法をかけてもらう必要があるが、後々は一人でも作れるような道具を開発したいと思っている。
ちなみにティアドラが言うには強い魔物や魔族も体内に結晶化した魔力……『魔石』を持っているらしい。
それらから取り出した魔石は高額で取引されるらしい。
ただ、魔物らが持つ魔石と違って俺達が作る薬の魔石はまだ圧力が足らないのか『脆い』。
簡単に言うと歯で砕くことが出来るのだ。
ちなみに食感はアメ玉そのものだ。……まぁ俺しか食べれないんだけど。
この薬の魔石を俺達は『丸薬』と呼んでいる。
通常の薬とは異なり体積も小さく、液体ではないので保管も容易だ。
俺の腰には何かあったときのため、様々な丸薬が入ったケースを装備している。
俺はティアドラから受け取った赤色の丸薬を受け取ると、薬鞄から別のケースを取り出し、それに納めた。
気持ち的にはそのまま食べたいのだが攻撃力強化の薬の効果は室内で試すのは危険だ。
効果はそのうち外で確かめよう。
俺達はその後も丸薬の製作を進めていく。
余りに熱中しすぎたためか、いつの間にか食卓に並べられていた夕食に気づかなかった。
あれ?ナシュいつ来たっけ?
こうして俺達はウルスト滞在の1日目を終えたのだ。




