第25話 どうやら彼女は勇者オタクではないらしい。
帰宅してからも彼女はずっと変だった。
いつもであれば売ったお金の勘定をニヤニヤしながらしているのだが、今日は帰ってくるなり椅子に座り込み、何か考え事している。
やはり原因は西国で誕生したという『勇者』の件であろう。
俺は湯を沸かし、お茶を淹れて彼女に差し出す。
「おぉ……。済まんな」
彼女は礼を言うとお茶を一口飲み、息を吐く。
「西国で誕生した勇者、気になるのか?」
しばらくの時間が経った後、俺は直接ティアドラに尋ねてみる。
すると彼女は俺に視線を向けた。
「うむ、気にならないといえば嘘になるの……。勇者といえば何十年、何百年かに1度誕生する、人が信仰する女神に選ばれし者。常人とはかけ離れた力を持ち、その力を持って常に歴史に名を残してきた存在。人類の英雄、希望の象徴、それが勇者と言う者じゃ」
勇者について説明するティアドラ。
だが俺にはもっと気になることがあった。
「女神に選ばれし者……『女神』、か」
俺はこの世界に転生したときのことを思い出す。
あれは夢のような空間だったため、いまいち現実味がなかったがどうやら本当に存在するらしい。
あの女神が言っていたように、もし俺が無事に加護を貰えてこの世界に転生したのだとすると……俺が勇者になっていたりするのだろうか。
俺が考えている姿がおかしく見えたのかティアドラは笑みをこぼす。
「フフフフフ、お主は女神が気になるようじゃの。……そうじゃの、一度行ってみるとしようか。ウルストの首都『ルギウス』へ」
ようやくいつも通りの笑顔をするティアドラに俺は安堵した。
西国ウルスト。人が所属するインフィニティワールドの西半分において、最も魔族の住む領域から遠い国。
北国、南国との国境は山で分断されており、立地上においても魔族に襲われる可能性が低いことから安全を求めて他国から移住するものが多く、4国の中で最大の人口を誇っている。
人口が多いということはそれだけ働く者も多いということ。
そのため西国は人の世界においての先進国となっているのだ。
また、人口の多さは徴兵できる数にも直結する。
このため皮肉なことになるが魔族と最も関わることのない西国が、人の世界において最大の戦力を保有していることになる。
加えて、大多数の人が信仰する宗教『夢幻教』の総本山もウルストに存在するらしい。
そんな、人の世界における最重要国、それがウルストであった。
この国が落とされることは人族の敗北を意味する。
いつしか1度は行ってみたいとは思っていたが今日この日まで行く機会はなかった。
「あぁ、こういった機会がないとなかなか行くこともなさそうだしな!行きたい!」
俺が了承すると彼女はお茶を一気に飲み干すと立ち上がり、伸びをする。
「さて、思い立ったらなんとやら、じゃな。出発する準備でもするかの」
彼女は二階へと続く階段を上っていく。
「ウルストへ行くのに何かいるものとかってあるか?」
ティアドラへ言葉を投げかけると彼女は足を止め、振り返る。
「折角行くのじゃから他にも調べたいこともある。しばらく滞在するつもりじゃから宿泊の準備をしておこうかの」
俺は頷くと旅行用の大き目の鞄を取り出し、替えの衣服等を詰め込んでいく。
保管指輪を使えると楽なんだけど……あいにく俺の指輪は1時間に1度の制限付きだ。
まぁ既に指輪の中身はいっぱいだからそもそも入らないんだけどね。
「あ、そうだ」
俺は本棚から『薬素材図鑑(西国編)』と書かれた図鑑を取り出す。
いつか西国へ行くときになったら持っていこうと思っていた。
この山には西国で採れる薬の材料はほとんどといっていいほどない。
そのため、植物図鑑から絵や特徴などをこの薬素材図鑑に写し、いずれ西国の素材を入手した際には埋めていこうと思っていたのである。
おれは 図鑑を鞄の中に納める。
しばらくするとティアドラが降りてくる。
彼女はいつも通り手ぶらだ。すべて指輪に納めているのだろう。
以前彼女の指輪に入れてもらおうとしたらすごく嫌そうな顔してたからもう頼む気はない。
地味に傷ついたし。
「さて、行くかの!」
俺達は家を後にする。
いつもの転移魔法を使う庭へ向かう途中。
「いやーでもティアドラって意外とミーハーなんだな」
俺は思ったことを口にした。……口にしてしまった。
「ん?なんでじゃ?」
俺の言葉にティアドラは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「え?だって気になるんだろ?勇者のこと」
「そうじゃが……それが何でワシがミーハーになるんじゃ?」
ん?何かかみ合ってない気がする。
「え?だって会いに行きたいほど好きなんだろ?ミーハーとしかいいようがないじゃん。それか……なんだろ、勇者オタク?」
するとティアドラはプルプルと身体を震わせ、みるみるうちに顔が紅潮していく。
あ、ヤバイ……なんだかわからないがすごく……ヤバイ気がする。
反射的に逃げようとする俺を逃がすまいと頭を鷲掴みする。
あ、俺死んだわ。
「そういうわけではないわ!この、バカ弟子が!!ワシを怒らせたことを後悔せよ!我が怒りのアイアンクロー!!」
俺は今年最大威力のアイアンクローをくらう。
ミーハーじゃないんだとすると……なんでティアドラは勇者が気になるのだろうか。
頭を襲う激しい痛みに耐え、そう思いながら……気を失った。
「……あれ?シリウス?……生きておるか?」
最後にそんな声が聞こえた気がする。




