第24話 変動の兆し。
俺の年齢も13歳となった。
体つきは5年前と比べて日頃の訓練と合わせて大きく成長し、細身ながらもしっかりとした筋肉がついている。
身長も170センチ程まで成長し、もう少しでティアドラに追いつきそうだ。
俺は毎朝の日課となったランニングを終えると井戸から水を汲む。
顔を洗おうと桶に張られた水を掬おうとする、すると水面に映る自身の顔に気づいた。
「俺も成長したな……」
まだ幼さは残るが顔つき、目つきは以前と比べるべくもなく大人びており、前の世界よりも整っている……と思う。
ただ髪の色、目の色は前の世界と変わらない、黒だ。
俺は自身の目を見つめる。
初めてティアドラと会ったとき、彼女は俺の目を見て『確固たる意志を持った目』と言っていた。
……今も変わらない目を持っているのだろうか。
そんなことを考えながら顔を洗った。
伸びをして深呼吸をしていると、家の中から大きな欠伸をしながらティアドラが出てきた。
珍しく今日は早起きだ。
「さて、今日はベネラの店にでも行くとするかの」
前からだがその日の日程は彼女の気分によって決まる。
今日はベネラの店に行って薬を売る気分なのだろう。
ちなみに彼女の容姿は5年前から全く変わっていない。
魔力が高いと老けにくいとかってあるのかな?
「了解!今日は何売るんだ?」
「そうじゃのー。最近はヤッセル草が良く採れておったから、体重軽減の薬でも売るかの」
ヤッセル草から作られる体重軽減の薬は、その名の示す通り体重を軽くする薬だ。
主に荷物運びや高所作業をする際の負担を減らす目的で使用されていたが、最近では主に女性が一時でも体重を軽く見せたいときに使用されることが多いらしい。
初めてその話を聞いた時は、そういった使い方もあるのかと感心したものだ。
そういった面でも使用されることが多いためか需要が高く、中々の値段で売れる。
俺はヤッセル草の効果を思い出す。
ヤッセル草
見た目の特徴 赤色に近い茶色をした細長い茎に針状の葉。
分離時の効果 茶:体重軽減 ★★☆☆☆
青:速度強化 ★☆☆☆☆
主な生息地 寒くて乾いた土地に群生。
体重軽減と速度強化を持ち合わせた草だ。
思えば5年前、この草から取り出した速度強化の薬を使用し、魔獣を倒したのだった。
この草には本当に助けられた。
「何を呆けておるんじゃ!さっさと準備をして向かうぞ!」
どうやら感慨にふけっていたようだ。
俺は頭を切り替えて出かける準備をする。
まぁ準備するものなんてあまりないんだけど。
俺は棚から今日売る予定の体重軽減の薬のビンを取り出し、薬鞄に納める。
「おし、じゃあ行こう!」
俺はティアドラの元へ向かい、ともにベネラの店のある街へと向かった。
この街も慣れたものだ。
最初は人の多さに圧倒され、ティアドラから田舎者だと馬鹿にされたものだが、今では人の多さや視線が気にならなくなっていた。
俺達は迷うことなく綺麗な彫刻が施された商店の中に入る。
いつも通りベネラは物腰の柔らかな立ち振る舞いで接客をしていた。
客は冒険者だろうかまだ真新しい武器や防具を装備している。
見た目はまだ若そうな少年と少女の3人組であり、薬の知識がないであろう彼らにアドバイスをしている
店の中に入ると俺達に気づいたベネラがお辞儀をしてくる。
彼らの邪魔はすまいと俺達は店に陳列されている薬を物色することにした。
……お、これ前に俺が売った魔力薬だ。蓋に俺の名前が彫ってある。
通常の商店であればこういった薬に個人の名前を記載するようなことはしない。
個人から購入した際には店側が形の統一された新しいビン、蓋へと入れ替えるのが普通だ。
納品される薬は作る側である薬師によって品質に違いが出る。
そのため統一されたものに入れることによってその薬の品質が同じであることを強調するためだ。
ベネラの店ではそういったことはしない。
個人の名前が記載されたものを敢えて売ることによって、その効果を実感した使用者が作った薬師の薬を求めてくるリピーターが多いらしい。
そういう訳でこの店に売りに来る薬師は腕に自慢のある人が多い。
俺なんかがこの店に売りに来ていいのだろうか。
しばらくすると冒険者達は納得したように薬を購入し、笑顔でこの店から出ていく。
ベネラは彼らを見送るとこちらに向き直ると礼儀正しくお辞儀する。
「お二人ともお待たせして申し訳ありませんでした。いらっしゃいませ、今日は何を売っていただけるのでしょうか」
「うむ、今日は体重軽減の薬じゃ!高く買ってくれ!」
ティアドラは笑顔で言い放つ。
この人はいつもずけずけと……。
俺は二人のいつも通りのやり取りを横目で見ながら薬鞄から体重軽減の薬を取り出し、並べていく。
「最近は体重軽減の薬も需要が高くなってきましたからね。ヤッセル草が中々に市場に出回りませんから本当に助かります」
そう言いながら鑑定魔法を使い、品質を確認していく。
「今回も見事な品質です。これであれば……このぐらいの金額でしょうか」
ティアドラはベネラの提示する金額を真剣な眼差しで見つめる。
彼女がこれ以上に真剣な目をしているところは見たことがない。
しばらくいつも通り押し問答が行われるが、今日はティアドラが勝利したようで納得したように笑顔になり、首を縦に振って了承した。
金額を受け取り、そろそろ帰ろうとベネラに背を向けた際、彼がティアドラに声を掛ける。
「そういえば……知っておりますか、ティアドラ様。西国ウルストに『勇者』が誕生したようです」
彼の言葉に俺達は思わず振り返る。
「なんじゃと……?それは本当のことかの?」
彼女の言葉は少し……冷たい気がした。
ベネラは言葉を続ける。
「どうやら本当のことのようです。巷では今、その話題で賑わっております。ウルストの首都『ルギウス』で勇者が誕生した、と。そして近くに盛大なお披露目があるそうです」
「お披露目、か。一体どのような姿なのじゃろうな。年齢等の情報はあるのか?」
ティアドラの問いにベネラは首を横に振る。
「いえ、そこまでは。ウルスト側も披露するまでは情報を隠匿しておきたいのでしょう。気になるのでしたら一度ルギウスまで足を運ばれてはいかがでしょうか」
ベネラはそう言ってお辞儀をした。
もうこの店に用がなくなった俺達はベネラの店を後にする。
帰る道中、彼女は心ここにあらずと言った様子であった。
勇者が気になるのか。……意外とミーハーなんだな。
俺はそんなことを考えていたからか、彼女の呟きに気づかなかった。
「西国ウルストの首都ルギウスに勇者誕生、か。一体何が起こっているというのじゃ?……シリウスは……?」
……何故か彼女は俺を見つめていたのだった。




