第20話 いつか言ってくれる日は来るのだろうか。
「……あれー!?」
俺は家の近くの木にロープで簀巻きにされ、吊るされている。
なぜこんなことになった?
家に帰る途中で段々と彼女の機嫌が悪くなっていった。
「そういえば……」とか「私の言いつけを……」とかなんとか呟いていたのは記憶している。
家につき、少々待ってろと彼女が持ってきたのがロープだった。
あっという間にグルグル巻きにされ、吊るされた。
ちなみにティアドラは木の下で腕を組み、目を吊り上げて俺をにらみつけている。
どうやら相当ご立腹の様だ。
「……何か弁明することはあるかの?」
静かな物言いに彼女の怒りを感じる。
弁明すること……?
俺は自身の行動を振り返ってみる。
たしか今日はティアドラが買い出しに行った後……あ!
「ごめんなさい!買い出しに行ってる間にティアドラが隠している饅頭捨てました!!」
家の掃除をしていると彼女が隠してあるものをよく見つける。
饅頭とかパンとか砂糖菓子とか……まぁ大半がお菓子なんだけど。
本人は後で食べるつもりだったのだろうが、如何せんいつのものかわからないものばかりで、カビが生えているものはもう食べないと思って捨ててしまった。
一応ちゃんと許可取るべきだったか。
「そんなことで怒ってるわけでは!……え?……ほんとに?」
彼女はそう言うと駆け足で家の中に入っていく。
しばらくの間、家の中からゴソゴソという音が響き、しばらくすると肩を落としたティアドラが出てくる。
「ないのじゃ……饅頭に、隠しておいた菓子パンも、金平糖も……みんな……」
酷く落ち込んでいる。
俺は饅頭以外に捨てた覚えはない。
他の物はどうしたんだっけ?
「あ、捨てたのはカビ生えてた饅頭だけで、他のは全部台所の棚の中に入れてるよ」
すると彼女は安堵の表情を浮かべ、息を吐く。
「ならよかったのじゃ……ってそういうことじゃない!!」
あれ?
どうやら違ったようだ。
彼女は再び目を吊り上げ、にらむ。
「ワシが怒っておるのはお主の今日の行動じゃ!何故、ワシの許可なく結界の外へ出歩いた!危険なことは十分にいっておったはずじゃ!」
やはり俺は結界の外にいたのか。
そんな気はしていた。
結界内にはいないはずの魔獣が居たわけだし。
彼女が怒る理由をよくわかった。
「ごめんなさい。だけどこれには理由があるんだ……聞いてくれ」
俺はあそこまでたどり着いた経緯を話す。
マースールの花を見つけたこと、取ろうとして崖から落ちたこと、落ちた先に洞窟への落とし穴があったこと、洞窟を歩いていると遺跡を発見し、魔獣に襲われたこと。
その話をするうちにだんだんとティアドラの目が揺らいでいく。
「そう、じゃったのか……あのようなところにまだ、入り口が……」
彼女は力なくつぶやく。
どうやら怒りは収まったらしい。
彼女は木に縛り付けられているロープをほどくと俺を木から下ろすと、俺がいつか彼女の前でしたように膝をつき、頭を地にこすりつける。ザ・土下座だ。
「済まんかった!お主の話も聞かずに怒りに任せて動いてしまった!どうかこの通りじゃ、愚かなワシを許しておくれなのじゃ!」
……許すも何もないよ。
俺は黙って彼女を起こすと俺も彼女の前で土下座する。
「俺も危険なことはわかってて無理な採取をしてティアドラに心配かけてしまった。愚かな弟子を許してください!」
俺の完璧な土下座を見ると彼女は困った顔になる。
「お主に謝られるとワシの立場がないではないか。お主は謝る必要なんぞない」
「そんなのお互い様だよ……。俺も悪いと思ったことはしっかり謝りたい」
彼女はそんな俺を見つめるとやれやれとため息をつく。
「はぁ。このまま謝ってばかりじゃと日が暮れてしまうのぅ。それでは……ここはお互い様ということで水に流させてもらうとするかの」
俺は顔を起こし、頷く。
「分かった……。それじゃ、気持ち切り替えて家の中に戻ろうぜ!さっき言ったこと以上に話したいことがいっぱいあるんだ!!」
俺の獅子奮迅の活躍劇を早く話したい。
俺は立ち上がり、足についた土を払うと、家に向けて歩き出す。
家の戸に手を当て、ドアを開ける際になんとなく彼女の方を見る。
彼女は先ほどいた場所から微動だにしていない。ただこちらを見つめていた。
「……どうかしたのか?」
ティアドラのもの言いたげな視線に思わず言葉が出る。
すると彼女はゆっくりと口を開いた。
「……聞かないのか?」
何を?とは言わなかった。
聞きたいことは沢山ある。
あの遺跡のこと、知っていて俺に話していなかったこと、彼女と遺跡の関係性、そもそもの彼女の正体、年齢、ここで一人で住んでいた理由……。
だが、これまで彼女がその情報の一片でも俺に話したことはなかった。
俺を信頼していないから?
絶対違う。
きっと彼女は……俺を守っているのだ。
今の俺が知ったところで、ただ俺の身を危うくするだけなのだろう。
「俺は……ティアドラを信頼している。だからティアドラが言わないってことは、俺のためを思って、危険から守るために言わないんだってことも理解してるんだ。……だから、聞かない」
いつか言ってくれる日は来るのだろうか。
その日のために……俺が出来ること。それは……。
「だから……俺は強くなる。そして俺が知るに値する程十分に強くなったら、その時は全てを教えてくれ!」
俺は彼女の方へ拳を突き出す。
すると彼女は目を見開いていき、いつもの笑みを浮かべる。
「フフフフフ。……言うたのぅ。それじゃ明日からまたビシバシと鍛えていくから覚悟しておくのじゃ。……期待しておるぞ」
こうして俺達は家の中へと入っていった。




