第19話 涙の理由。
視界がクリアになる。
俺を襲いに来る魔獣達の動きがゆっくりに感じる。
素早さ強化薬は何度か飲んだことはあるが、この感覚は初めてだ。
俺が早くなったのか?
魔獣達の攻撃の軌道を読み、余裕を持ってかわすことが出来る。
遅くなった時の中で俺だけが普通に動くことが出来る、そのように感じた。
これが原液の……俺にしか持てない……力。
「これなら……いける!」
俺は先ほどと同じように魔獣の攻撃を回避する。それと同時に1匹の首にナイフを力いっぱい突き立てた。
「ガフゥ……!」
ナイフが首に突き刺さり、声にならない声を発しながら床に倒れる。
ピクピクと痙攣しているが……恐らく直に死ぬだろう。
俺はソイツを一瞥すると残った魔物へ目を向ける。
奴らの動きは止まっていた。注意深く俺を観察しているようだ。
これは好機!
そう判断した俺は奴らに向けてナイフを構えると地を蹴り、疾走する。
「くらえ!!」
俺は突進する力をそのままに魔獣に突貫した。
突進をもろに受けた魔獣は派手に宙を舞い、地に落ちたあとはピクリとも動かない。
「……あと、一匹」
ギロリと敵を睨む。
奴は……怯えていた。
先程までは自分達が圧倒的に有利だった。
だが気付けば自分以外の仲間は死んでいる。
生命の危機を感じているのだろう。
俺が奴の方へ身体を向けた瞬間、魔獣は逃走を図る。
「……逃がさないよ!」
俺は容易く魔獣に追いつくと1匹目と同じように首にナイフを突き立てた。
魔獣は力なく倒れていく。
俺はそれを見届けると一息つく。
辺りには静寂が漂っていた。
俺は自分の倒した魔獣を見る。
俺一人で……倒せた。
危なげない勝利とは言えなかった。
強化薬を飲まなかったらここで倒れていたのは間違いなく俺の方だっただろう。
だが、倒せた。
「やった……俺一人で、出来たんだ。……強く、なれたんだ」
俺は地に両膝をつき、涙を流す。
単純に嬉しかった。
誰よりも弱かった俺が、俺にしかない方法で敵を倒すことが出来た。
嬉しくない訳がない。
ティアドラの言っていたことは本当だった。
俺の短所が……何よりも強みとなったのだ。
俺はしばらくの間心が落ち着くまで涙を流しつづけた。
「さて……帰ろう」
なんとか心を落ち着けた俺は、再度帰ることを決意する。
多分扉の反対方向に行けば出口何じゃないのかな?
そんなことを思いながら身体を起こそうとする。
「……あれ?」
身体に力が入らない……だけではなく。
「い、痛い痛い!!」
身体が悲鳴を上げていた。
強化薬により俺のステータスは大幅に強化されていた。
だがその上がったステータスに俺の身体は耐え切れず、筋繊維がズタボロになったのだ。
強化薬の効果が効いていた間はその感覚が麻痺されていたみたいだが……もう薬の効果は切れたようだ。
激しい痛みが俺を襲う。
要は……激しい筋肉痛。
俺は耐え切れず地面に倒れ込む。
「これは……今後の使用方法を考えないとな……」
もしくは強化薬に負けないくらいの筋肉をつけるか……。
などと脳筋的なことを考えていると。
「……グルルルルル」
聞き覚えのある声。
首だけをそちらへ向けてみると、先程と同じ犬型の……先ほどよりも大きな魔獣がこちらを見ていた。
……あぁ、もうダメだ。
もう俺には打つ手がない。
指輪はあと1時間は使用することが出来ないし、何より身体が動かない。
にじり寄って来る魔獣に俺はあきらめて瞑目する。
……至近距離にいるようだ。
俺の臭いを嗅いでいる音が聞こえる。
あぁ、もうダメか……。ごめん、ティアドラ。
そう思った次の瞬間。
「ギイヤァァァァァ!!」
突然魔獣が叫び声を上げ、俺の顔が一瞬熱くなる。
思わず目を開けると……魔獣が火だるまになっている。
火力はどんどん増していき、収まったときにはそこにはなにも残っていなかった。
圧倒的な破壊力を持つ炎魔法……だがこの魔法、俺には見覚えがあった。
「シリウス!!!」
あぁ……。
俺は安堵する。
たった1日、いや、半日かもしれない。
だが非常に懐かしく、聞き覚えのある安らぐ声だ。
声の主であるティアドラは俺を見つけると駆け寄って来る。
「シリウス!シリウス!返事をしろ!……死ぬな!!!」
彼女は俺を力強く抱き抱えると悲痛な声を上げる。
「おい!返事をするのじゃ……お願いじゃ、返事を……」
彼女の抱きしめる力が強すぎて声が出ない。……痛い。
「痛いよ……ティアドラ、俺は無事だよ、ありがとう」
身体が痛むがなんとか声を搾り出す。
声を聞き、生きていることを確認できたティアドラは抱きしめる力を緩め、俺の顔を見つめる。
「よかった……」
俺の声に安堵するティアドラ。
しばらくすると俺の顔に水滴がつく。
この洞窟に雨……か?
いや、違う。
「ティアドラ……泣いているのか?」
すると彼女は目を拭い、涙で濡れた手を見つめる。
自分が泣いていることに驚いているようだった。
「ワシが泣くなんて……一体いつぶりじゃろうか」
俺は彼女を見つめる。……ティアドラでもなくことってあるんだな。
「こら、そんなまじまじと見るでない。……恥ずかしいじゃろうが」
気付けば彼女の顔は真っ赤になっていた。
泣き顔を見られた腹いせかはわからないが、無理やり回復薬を飲まされる。
「ゴホッ……ゴホっ!!無理やりは……ゴホッ!……やめて!」
「フン、仕返しじゃ!」
恥ずかしさを隠すように口をとがらせる。
俺達は目を合わせる。
何故だか笑いがこみあげてくる。
「フフフフフ。さぁ、帰ろうか」
俺は少し癒えた身体を起こし、深く頷く。
「あぁ……。沢山……報告したいことがあるんだ!!」
俺の、俺だけの強さ。
勇気をくれたティアドラに……早く話したい。
こうして俺達は帰宅するのだった。




