第1話 転生しようとしたら邪魔されたんですが。
「あぁ、このまま俺は……死ぬ、のか」
雨の降る中、路上に横たわる俺は、力なく手を空にかざす。
雨に濡れて黒くなっていたはずの地面は、段々と俺の血の色で染まっていく。
会社からの帰り道、俺は自動車に撥ねられた。
横断歩道が青になっているときに突然身体が吹き飛ばされた。
恐らくだが……自動車側の信号無視によるものだろう。
周りに人気もなく、この事故の目撃者もいそうにない。
俺を撥ねた自動車はこちらを顧みることもなく逃げるように走り去っていった。
身体中に痛みが走る。
腕を動かそうにも思うように動かない。
……なんとなくわかった。
このまま俺は死ぬのだということを。
「俺は死ぬときも……一人、なのか」
そんなつぶやきが夜の空を木霊する。
俺は孤児だった。
物心ついたときには両親は他界しており、親戚中をたらい回しにされた後、孤児院に預けられた。
自分は要らない存在、そういう烙印を自らの背に押した俺には小中高と友達というものが出来なかった。
それから成人するまで何となく生き、就職し、今ここで死のうとしている。
死ぬ間際によくこれまでの思い出が走馬灯のように駆け巡るなんていうが……空っぽの俺には思い出す思い出なんてなかった。
こうなったのは誰のせいだろう。……誰のせいでもない、生き方を心の底から変えたいと思わなかった自分のせいだ。
もう少し本気で生きていれば……こんな結果にはならなかったのではないだろうか。
「もし来世があるなら、本気で生きたいな……」
うっすらと涙がにじむ。
後悔しかない人生だった。
あの時、ああしてれば……あの時、ああしてなければ……。
段々と意識が遠くなっていき……誰にも見られることもなく、俺は死んだのだった。
気付けば俺はどこか暗い空間にいた。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
辺りを見渡してみるが全く何も見えない。
『私の声が聞こえますか?』
突然頭に女性の声が響く。
その声は温かく、優しい……まるで全てを包み込むような声だ。
『誰だ?ここは一体……俺は死んだんじゃないのか!?』
視界は真っ暗だが、意識はある。ここは死後の世界なのだろうか。
『……そうです。貴方は心無い者の手により命を落としました』
声は俺が既に死んでいることを告げる。
なんとなくそんな気がしたが……やっぱり俺は死んだのか。
見知らぬ声に死んだことを告げられ、信じるような人間ではなかったはずだが……不思議とこの声は信用できた。
俺は自身の生前の人生を改めて振り返る。……後悔しかない人生を。
もう少し……いや、もっと本気で生きるべき、だったかな。
『アンタは誰なんだ?』
俺はふとこの声の主が気になった。
死んだ俺に干渉のできる者というと……やはり神様とかなんだろうか。
『私は貴方が住んでいた世界ではない、とある別世界の女神です。死を迎えてなお、未練の残る魂に対してやり直しの機会を与えております。……今ここにいる貴方のように』
俺の予想は当たっていたようだ。
ってか聞き捨てならないことを聞いたな……やり直しの機会、だと?
『もう一度人生をやり直せるのか?』
俺の返答に女神は少し申し訳なさそうな声色になる。
『残念ながら……貴方のこれまでの人生をもう一度やり直すということは出来ません。先ほど申し上げましたように私は別世界の女神です。私の世界に転生し、もう一度人生をやり直してみませんか?』
そう告げる女神だったが……俺は疑問に思った。
『アンタにメリットはあるのか?』
『神として当然のことをしようとしているだけです。……といいたいところですが、少々お願いしたいこともあります』
俺は黙って女神の言葉の続きを待つ。
『私の世界では、争いごとが頻繁に起こり、生きるものが皆疲弊しております。今でこそ少々落ち着いておりますが……いずれまた大きな戦いが起きることでしょう。貴方が転生し、大きくなった時、私に協力して共に戦っていただきたいのです……人の世界を脅かす脅威と』
……何を言っているんだろう、この女神は。前の世界ではただの一般人であった俺に何を求めているのか。戦えるわけがない。
『残念ながら女神様、事故で死んだ俺なんかに戦いを止める力なんてないですよ?』
すると女神の声に笑みが混じる。
『私の加護を授けましょう。その加護があれば身体能力、魔力共に優れた……それこそ私の世界で『勇者』と呼ばれる程の存在になれることでしょう』
魔力……それに勇者だと?
『魔力ということは……アンタの世界では魔法とかが使えるのか?』
『そうですね……私の世界では貴方の世界でいうところの科学に代わり、魔力によって支えられている世界です。貴方の世界程発展はしておりませんが……魔法に満ち溢れた世界となっております』
魔法の世界、か。男なら誰しもが一度は憧れた世界ではないだろうか。
魔法の飛び交う世界で誰よりも強く戦える力を持つことが出来る。……まさに夢のようではないか。
次の世界では俺は今までの人生のような惨めな生活を送ることはなさそうだ。
迷うことはないだろう?
『女神様、俺は転生して人生をやり直したい!次は本気で生きたいんだ!』
そう、死ぬ前に決めた思い、『次の人生では本気で生きたい』。
俺は次の世界で……皆が俺に憧れるような英雄になるんだ!!
もう孤独な思いはしたくない!!
『よかった……では貴方に加護を授けましょう』
決意した俺に女神は安心したようであった。
真っ暗だったはずの空間に突如光が射しこむ。
しばらくするとその光からゆっくりと女性が舞い降りてくる。
その見た目はこれまで生きてきて一度も見たことがないほどの美貌であり、またその佇まいから神々しいまでの気品を感じる。おそらく、いや間違いなくこの人が女神なのだろう、俺はそう確信する。
『頭を……こちらに』
女神に言われるがまま、俺は頭を女神に向ける。
彼女は俺の頭に手をあてがった。
突如俺達のいる空間が大きく揺らぐ。
態勢を崩した女神は俺の頭から手を放し、焦ったように辺りを見渡す。
『!!?何をするのです!貴方は!!この、魔族の分際で……私の……邪魔をするな!!』
先ほど聞いた優しい声色とは余りにもかけ離れた……酷く冷酷な声であった。
彼女は何か呪文のようなことを呟き、腕を水平に振る。光が辺り一面を覆いつくすが……揺らぎは止まらない。むしろ激しさを増す。
俺は地面に這いつくばるような態勢となり振動に耐える。
この空間には少しづつヒビが入っていき、割れ目から黒いものが零れ落ちていく。
空間は卵の殻が少しづつ割れていくように崩壊をしていき……やがて俺の足元が崩れる。
俺は自身のいた空間から落ちていく。
女神に助けを求めようと手を伸ばすが……。
先ほど彼女がいたはずの場所には……もう誰もいなかった。
次に目が覚めた時、俺は転生したことを知るのだった。