第17話 安全第一でいきましょう。
ティアドラの弟子になってから一年が経過した。
彼女の指導もあって俺はこの辺にある薬草は熟知し、そこから作ることのできる薬は全て作れるようになった。
まぁ、まだ品質はそこそこなものばかりだけどね。
そんな中でも自分なりに品質の良いと思ったものは保管の指輪に入れ、売りに出すときまで取っておく。
今は……回復薬の原液が5個と魔力薬の原液が3個……それから各強化薬の原液が2個づつぐらい入ってたっけ?
売りに出す際はこの原液を直接売るよりも、原液を薄めたものを全て売ったほうが高い値が付く。
要は薄めるという作業の手間賃分高く売れるということだ。
だが俺が保管の指輪を使用するには1時間というインターバルがある。
そのため全てを薄めて保管するよりは、原液を取り出してその場で薄めて売りに出すようにしたほうが効率が良い。そのため原液を持ち歩くようにしている。
ティアドラはめんどくさいから原液で売ってしまえと言っていたが……そんなもったいないことはしません。
そんな彼女は今、一人で薬用のビンや食料を買いに出かけている。
俺も一緒に行くときもあるが、家事をしなければいけないときなんかは俺が残って彼女一人で出かける。
ちなみに今日は天気がいいので溜まっていた洗濯をしていた。
それも終わったので俺は今、図鑑片手に薬の材料探しだ。
一人で出歩いて魔物なんかの心配がないかだって?
心配ご無用!
基本的にこの家の半径300メートルほどにはティアドラの魔法によって結界が張られている。
その結界には魔物が入ることは出来ない。
たまに彼女と一緒に結界の外に出ることもある。
そんなときに魔物に出会うこともあったが、彼女の魔法によって文字通り瞬殺されていた。
今日は彼女はいない。
だから俺は結界内で材料の探索をする。
結界の外に出たい気持ちもあるが……いつも俺の身を案じてくれる彼女に申し訳ないからそんなことはしないのだ。
俺はいつも通り慣れた道を歩く。辺りを見渡すが薬の材料になりそうなものは見られない。
「今日はレア物が……お、この匂いは!」
俺は珍しい薬の材料になる植物を『レア物』と呼んでいる。
まぁ珍しいといってもせいぜい星2つのものなんだけどね。
加えて薬を作っているうちに、何故だか薬の材料になる植物の匂いが分かるようになっていた。
ティアドラには「まるで犬みたいじゃのう」といって変な顔をしていた。
「この匂いは……『マースールの花』だ!!」
俺は図鑑を開く。
マースールの花
見た目の特徴 赤い多弁の花、茎の見た目は木の枝に酷似
分離時の効果 赤:攻撃力増加 ★★☆☆☆
黄:防御力増加 ★☆☆☆☆
主な生息地 乾燥した崖といった壁状部の土が露出した部位に点在
攻撃力増加星2つ……大体1割増だ。
これは間違いなく『レア物』だ。
俺は匂いのする方向に駆け出す。
森の木々をかき分け、開けた場所に辿りつく……俺は崖の上に立っていた。
俺は下を見下ろす。
大体7、8メートルくらいの高さだろうか。結構高い。
「……あった!」
頂上から2メートルもいかないところに赤い多弁の花が見える。……マースールの花だ。
俺は辺りを見渡す。
ここはまだ結界内、少々めんどくさいが一度森へ戻って迂回すれば崖下にも降りることは出来そうだ。
「……長い棒みたいなのを使って下に落とすか!」
下に落として崖下に降り、回収すればいい。
ティアドラが帰ってきてから彼女に協力してもらうことも考えたが……ここにくるまで少々面倒だし、何より彼女に自慢したい。
俺は近くに手頃なものはないか探す。
しばらくして自分の身の丈ほどの細い枝を見つけた。これを使えばなんとか届きそうだ。
俺は崖から身を乗り出し、マースールの花をつつく。
「ん……なかなか根深いな」
どうやらマースールの花は地中深くに根を張っているようで骨が折れる。
だが時間をかけることで土が掘り起こされ、徐々に花は安定さを失っていく。
「もう少しだ……えい!……あっ!!」
マースールの花に俺は気を取られていた。
花は崖から離れ、落ちていくが俺もバランスを崩してしまい、空中に身を投じてしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は叫び声を上げ、崖下へ落下していく。
「……ゲホッ!ゲホッ!!……っつぅ……」
どれくらい時間が経っただろう。
俺は覚醒する。
身体のあらゆるところが痛い。
どうやら骨が折れているようだ。満足に身動きすることすらできない。
「こ、ここは……?」
運よく仰向けで倒れているため、俺は眼球のみを動かして辺りを見る。
どうやら洞窟の中のようだ。
眼前には大きな穴があり、光が射しこんでいる。
俺はあの穴から落ちて来たらしい。
不運だった。
崖から落ちたこともそうだが、落下地点に洞窟につながる穴があったなんて。
まぁ死ななかっただけでも幸いなのだろうか。
「み……水……」
喉が渇いている。近くには人気も水気もない。
俺一人でどうにかするしかない。……だが身動きできない俺にはどうすることもできなかった。
ティアドラが気づいて助けに来てくれるだろうか?
恐らく彼女が俺を見つけたときには俺はもう、死んでいるだろう。
急に恐怖を感じた。
ここで一人、また孤独に死んでいくことを。
このまま俺は死んでいくのだろうか。
イヤだ!!
俺は思考を張り巡らせる。
なんとかして生き残る方法……。
「……そうだ」
俺はとあることを閃く。
指輪をはめた右手の平を上に向ける。
「……保管……・の……指輪より出でよ……回復薬」
すると俺の手に回復薬が握られる。回復薬の……原液。
一般人にとっては毒。……なれば俺には?
前々から思っていた。俺が原液を飲んだらどうなるんだろう?
思ってはいたが人にとっては毒といわれるものを飲む勇気はなかった。
だが事ここに居たってはそんなことは言ってられない。
俺はコルク状の蓋をビンの中に押し込む。
そして痛みをこらえながら口元へ運び、一気に飲み干した。
……助かってくれ!……俺はまだ、死にたくない!
そのようなことを考えながら……俺はそのまま気を失った。
一方そのころティアドラはようやく家にたどり着く。
いつもであればシリウスが茶を淹れて待ってくれているはずだが……今日はまだ家に帰ってきていないようだ。
「材料探しに熱中しておるのかのぅ……。やれやれ」
彼女はそう思いながら窓から外を見つめていた。