第10話 俺にしか出来ないこと。
「さて、次は魔族の世界の話をしよう」
ティアドラはそう切り出す。
「魔族の世界は特に国境というものはない。種族ごとに生息域が分かれているだけじゃ。……ただ、人とは大きく異なる点が一つ。……それが『魔王』の存在じゃ」
『魔王』……。
前の世界でもゲームや本の中にいた存在。
「人の国は世襲君主制……王の位を引き継ぐ際は王の血縁者が継ぐことになる。じゃが魔族は異なる。魔族の誰よりも強い者が王となる。魔族の王、即ち『魔王』じゃ」
俺はゴクリと唾を飲む。
前の世界ではあくまでも空想の話……だがこの世界ではそれが現実となっている。
この世界に生きていればいずれ会うこともあるのだろうか。
そう思うと少し怖くなった。
「魔族側にも様々な種族が存在しておる。例を挙げると吸血鬼族、巨人族、鬼人族、竜人族、死霊族……これらが魔王の指揮下の元、人を滅ぼそうとしておるのじゃ」
女神は人の世界を脅かす脅威と言っていた……おそらく魔族のことなのだろう。
俺は人間離れした怪物のような魔族を想像する。
そんな奴らに人は勝てるのだろうか。
「やっぱり……魔族って人と比べて魔力が高いのか?」
ティアドラは首を縦に振る。
「その通り。種により大小の違いはあるが一般的に人よりも魔力が高い、加えて種族ごとに特殊な魔法を使う。例えば……吸血鬼族の使う『吸血魔法』、死霊族が使う『生きる屍』とかな。ま、そんなことはおいおいでいいじゃろう。そういえばお主、魔力についてはどこまで知っておる?」
「うーんと……俺には魔力がないってことぐらいかな」
そういうとティアドラはあきれたようにため息をつく。
「はぁ……。要は良くわかってないということじゃな。全く……転生してからのこれまで7年間、一体何をしておったのじゃ」
主に筋トレですね。
そういうと彼女に殴られそうだったので黙っておいた。
「よく聞いておくがよい。この世界のあらゆる生物、物質には魔力が宿っておる。ワシにも、この机にも、そしてそこら辺に落ちている石でさえも」
俺は机の隅のほうに居た小さな虫を見る。
恐らくこの虫にも魔力が宿っているのであろう。
この世界に魔力を持たないのは……きっと俺だけ。
俺の顔を見てティアドラは少し、困った表情を浮かべる。
「そのように悲しそうな顔をするでない、そうやって自分が独りぼっちと思うの癖はお主の悪いところじゃ!魔力なんてなくともワシがおる!っと……話が逸れたな」
彼女はくるっと俺に背を向け黒板の方を見る。
だが俺は見た。背を向ける瞬間、彼女の顔が少し赤くなっていたことを。
自分の発言が恥ずかしくなったのだろう。……だが俺は元気をもらった。
「さてこのあらゆるものにあるという魔力じゃが……実はすべて微妙に異なる。どういうことか、色で考えてみよう」
ティアドラは黄色と赤のチョークで黒板に色の違う二人の人の絵を書く。
「ここに『黄色』の魔力を持った人と『赤』の魔力を持った人がおる。……同じ人でも個体ごとに異なる魔力を持っているということじゃ」
なるほど、同じ魔力を持つ人はいないということだな。
DNA的なものなのだろうか。
俺が理解していることを確認した後、今度は緑のチョークで果物の絵を書く。
「次に、ここに『緑』の魔力をもった果物があったとしよう。この果物を人が食したらどうなるであろうか」
ティアドラは『赤』の人の胃に当たる部分に塗りつぶした緑の丸を書く。
「そう、『赤』の魔力に『緑』の魔力が混じることになる。このことに生物は酷く違和感を抱く。自分の魔力を脅かされておるわけじゃからな」
「魔力の多寡もある。人の魔力とは異なり、こういった果物の持つ魔力は極めて小さい。、そのため影響が出る前に身体から排出されることがほとんどじゃ。じゃがこの世に生きる人は皆、一度はこういった現象を身をもって体験しておる。なんじゃと思う?」
俺は腕を組み、考える。
誰しもが一度は何かを食べて他の魔力に脅かされている、か。
さっぱりだ。
「ヒントじゃ、この世界のあらゆるものに魔力はある。例えそれが空気だとしても」
空気にも魔力があるってこと?
それじゃ小さい頃に他の魔力に脅かされてって……あ。
「3歳ぐらいに熱が出て魔力の発現が起きる…」
俺の回答にティアドラは満足そうに頷く。
「その通り。空気中にある魔力、一般的には『魔素』という。これは呼吸により人の体内に取り込まれる。身体と共に魔力が大きくなると、先ほどいった多寡の関係により影響がなくなるのじゃが……幼子にとっては毒じゃ。生まれた瞬間より体内に徐々に蓄積され、場所にもよりけりじゃが、おおよそ3歳で耐えきれず、熱という形で人に影響を与える。ま、その反面魔力の発現を促す効果もあるわけじゃから悪いことだけということもないがの」
なるほど、俺に魔力が発現しない理由もわかった。
最初から魔力がないから影響されることもないというわけだね。
「まだワシの推論にしか過ぎんが……先ほどお主が毒に侵されなかったこともこれに関係しておると、ワシは考えておる」
俺が毒に侵されなかった理由。先ほどの話を聞くと一つの可能性が出てくる。
「この世界でいう毒を持つ食べ物というのは……魔力が高い食べ物ってことか?他の人にとっては自身の魔力を脅かされるほどの魔力を持った食べ物だとしても……魔力のない俺には影響がない……」
「よく考えた、その通りじゃ。……まぁ、あくまで推論じゃがな」
ティアドラは推論というが辻褄はあっている気がする。
「すごいな、ティアドラは……こんなとこまで考えていたなんて」
彼女は顔を赤らめつつも自慢げに胸を張る。
「ま!ワシは凄腕の薬師じゃからのぅ……。じゃが、魔力がないお主の強みというのはここにあると思わぬか?」
俺にしか出来ないこと。
俺にしかない強さ。
孤児院に居た頃は全く分からなかったがティアドラに言われて少しだけ自信を持つことができた。
力強く頷く俺にティアドラは満面の笑みを浮かべていた。