石の魔女4
風雨激しく、雷鳴さんざめく嵐の中、雨水流れる地面を石の足が蹴る。
3mもの巨大な石と錬鉄の塊は、一歩ごとに地を揺らし、水溜りを跳ね上げた。
その巨躯と重量には見合わぬ広い歩幅と軽快な走りは、人が走るのと同等以上の速度を出していた。
もっとも、搭乗者にもたらされる振動は遥か上を行っていたが。
狭い道も微かな傾斜もひたすら走り抜ける。
背面の足場の上でへたり込んでいるクロスは、振り落とされぬよう左腕でカンテラを抱え、右腕で柵にしがみつくばかりであった。
そしてその少し後方を、コートを着たボーグル人がなんとか追いかけて来ていた。
「い、石の魔女さん、この、揺れぇ、どうにか、ならない、ですか。は、吐きそう」
「良かったじゃない、夕食前で。でも吐くなら外にしなさい。そこにぶち撒けたら殺すわよ」
「は、走れる、なんて、こんな大きいものが」
「自動で平衡を調整する術式よ。初代が書いて、3代目が緩衝構造と関連させた。実際に走れるようにしたのはお師匠様だけどね」
両手が塞がっているので、口を押さえて吐き気を堪えることもできない。
さりとて、胃腔はカラで吐き出すものも無し。
石の魔女の言葉も半分程度しか聞き取れない。
「それより、掴まってなさい!」
しかし、この言葉はしっかりと聞き取った。咀嚼し、理解する時間は無かったが。
一際大きな衝撃音と共に、重力が数倍になったように感じられた。
風の音はより強く、雨は更に激しく、振動は僅かな間のみ失せる。
ゴーレムが6m程の跳躍をしたのだ、とクロスが気付いたのは落下を始めた時だった。
柵から引き剥がされかけ、必死にしがみつくと、直後に凄まじい衝撃に襲われた。
クロスが吹き飛ばされなかったのは、幸運と、ゴーレムの副腕が服の端を掴んでくれていたからに他ならない。
そして跳躍によって、進路は道から林の中へと移った。
「と、跳んだ!? 跳んだんですか今!?」
「"鉄の魔女"が発明した螺旋発条と、高圧水流噴出構造の成果よ。新しく水流制御機構に組み込んだ術式が早速役に立ったわね」
こんなに重いものが自力で跳ぶなんて。
着地した時に壊れたりしないのだろうか?
カンテラの火が消えていないのを確認しながら、ゴーレムの底知れなさに想いを馳せる。
「んな事よりちゃんと掴まってろ! こっからはガンガン跳んでくわよ! 水はそこら中から補給できるんだからね!」
再びの跳躍で、その想いは四散した。
暗い嵐の空を幾度となくゴーレムが跳び、クロスの絶叫が響き渡った。
木々をなぎ倒しながら進むよりは良い進み方なのだろう。
故に、谷の斜面に差し掛かるまではこのように移動し続けたのであった。
振動と衝撃、加重と浮遊感。外套は意味をなさず全身ずぶ濡れ泥まみれ。
ついて来たのを後悔し始めた頃、ゴーレムは谷の斜面を登り始めた。
勾配がきつく、ただ走っては地滑りの危険もある。
だが、ガニツが文字玉を回転させて、両手の人差し指を立てながら前方に突き出すと、籠手を通じて操作が術式に送信された。
ゴーレムが両手を前方の地面につくと、両腕の構造が変形して手を覆い、足のような形となった。
関節も組み替えられ、水晶は胸部前方から頸部へと移動。
瞬く間に、それは人型から、大型のトカゲのような形へと変化したのだ。
「ろ、労働用の形態……?」
斜面を四足で登り始めたゴーレムの背中で、クロスは即座に推測した。
大トカゲ車のように、荷を引くための機能なのだろう。
これなら姿勢を低くしつつ、重量や衝撃を分散して地滑りや転倒を防げるのだ。
パワーが分散されるため跳躍はできないが、十分な速度が既に出ている。
そうして、岩や倒木をかき分け、時に樹木の幹をも蹴って木々の間を縫っていくと、程なくして雨音に混じる声が聞こえた。
遠くから何かを叫んでいるような、複数人の声だった。
「着いたわよ!」
"石の魔女"は、すぐにボーグル人たちの声だと察した。
最後の茂みをかき分け、川岸に到着すると、数人のボーグル人たちが驚いた様子でゴーレムの方を見ていた。
彼らは木と石と土嚢で作り上げた堤防の前で補強作業を行なっていたようだったが、その堤防は悲鳴のような軋み音をあげながら歪んでいた。
「魔女様ァ!」
代表と思われる一人が即座に歩み寄る。
"石の魔女"はゴーレムを二足歩行に戻して胴体部を開き、掌を伝って地面に飛び降りた。
クロスも足場から降りようとしたが、"石の魔女"に指さしと視線で制された。
「避難してもらいたかったんですが、来ちまったんならもうしょうがありませんやな!」
「状況は!?」
雨音と水流の轟音、雷鳴と木材の軋む音。
どれだけ大声を出そうとも、かき消されそうな程であった。
「コギの舌も谷の親指も切羽詰まってます! ここは抑え切れねェし、谷の親指は範囲がデカくて手が足りねぇんです!」
コギの舌、谷の親指、いずれも二本の川それぞれの名前である。
彼らがいるのはコギの舌の第二堤防。カーブした部分の圧力を受け止めるための堤防で、増水時には最も負担のかかる箇所である。
「ここは私に任せなさい。あんたたちは総がかりで谷の親指をもたせる! 時間さえ稼げば屯所から領主の軍が応援に来るでしょう!」
「へい!」
「ここには今何人いるの!?」
「17です! ここにいねェのは土嚢作りやってまさ!」
「全員に伝えなさい! コギの舌は"石の魔女"一人で守る!」
ここで、ついて来ていたボーグル人が合流した。
息を切らせ、肩を揺らしながら、なんとかゴーレムの膝に手をついて「ま、魔女様は」とクロスに話しかけた。
黙って指で指し示すと、よろよろと会話に割り入る。
「ま、魔女様、お気持ちはありがてぇですが、ここは、逃げてくれねぇと、後々あっしらが困っちまうんでさ」
「ここにはあたしの意思で来てる。協会は関係ないわ」
「万一、なにかあったら、その、"兵の魔女"が動くようなことに……」
ボーグル人らしからぬ言葉の濁しよう。
雨音と風の轟音の中にあってすら聞き取れるほどの舌打ちが響いた。
ガニツは苛立ちを隠そうともせず、魔女帽を脱いで内側に貼り付けてある紙を剥がして差し出した。
「魔女名の命名紙よ、嵐が収まるまで預かってなさい。これがあれば協会も納得するわ」
「ちょっ、ガニツさん、それはいくらなんでも」
「協会の掟なんてどうでもいい。あたしはこの谷を守りたいだけよ」
止めようとするクロスの声を、上回る声量でかき消す。
魔女名の命名紙は代々受け継ぐ魔女名の証明書のようなものである。
一時的とはいえ、外部の者に預けるなどは言語道断であった。
「いいからあんたらさっさと行きなさい! ボーグル人が手を止めてるなんて恥よ!」
追い払うように発破をかける。
それでボーグル人たちは再び動き出した。
機材を集めて、移動を開始する。
「あたしらも上流に移動するわよ。ここは圧が強すぎるからね」
石の魔女も再びゴーレムの中に戻る。
「あ、あの、ガニツさん」
再び四足へと変形したゴーレムの背中の上で、たまらずクロスが声をあげた。
「何よ?」
「やっぱり、"石の魔女"様じゃなくてガニツさんって呼んでいいですか?」
ゴーレムは歩き出したが、暫しの無言が空気を貫く。
やはり気を損ねてしまったか、と唇を固く結んだが、意外にも返答はあった。
「好きにしなさい」
ため息混じりではあったが、怒りや苛立ちは無いように感じられた。
川沿いに上流へと向かう。
嵐は収まることなく却って勢いを増し続けた。
川は荒れ狂い、その水が幾度もゴーレムに躍りかかった。
しかし最早、どれが川の水で、どれが雨であるのか、その判別は困難であった。
上下左右に振り回されながら、クロスはなんとか足場の柵にしがみつくばかりであった。
しかしやがて、ゴーレムは再び二足形態に戻った。
足場に叩きつけられ後頭部を打ったクロスだったが、なんとかカンテラは手放さなかった。
「さて、川に入るわよ」
だが、ガニツの言葉には一瞬空耳を疑った。
川は突撃する騎兵隊のように激しく、ぶつかれるもの全てを打ち据えている。
「えっ!? この中にですか!?」
「ここの下には岩盤があるのよ。つまり、増水すると少しだけ下りじゃなく上りになる。塞き止めるには都合がいいわ」
言いながらも、ざぶざぶと川に入っていく。
四の五のも言ってられず、クロスは力の限り柵にしがみついた。
直後に、激しい衝撃が襲い来る。
水の流れによるものだけではないことは、川面を見て明らかだった。
流木、流石、土塊、稀に獣や魚の死骸。それらはあたかも渾身の力を以って投げ放たれた武器の如くであった。
即座に、ゴーレムが危険信号の警告音を発し始める。
『複数ノ内部構造ヘノ衝撃ヲ感知シマシタ。内部構造ヘノ内部内部構造ヘノ衝内部構内部構造ヘノ』
「あたしも感知してるわよ。エンサー術式不活性、戦闘用術式系統を起動!」
『戦闘形態ヘノ承認術式ヲ入力シテクダ承認ヲ確認シマシタ』
籠手の操作と文字玉の操作と操作盤の操作を目まぐるしく繰り返しながら、声でも指令を伝える。
ゴーレムの言葉よりも速く承認術式を文字玉に打ち込み、操作盤から魔力の経路を組み替える。
『戦闘術式ヲ起動。現在ノ設定ハ手動式デス』
「設定した目標点への移動継続。自動、手動、手動よ」
『平衡機能ノミ自動状態ヲ継続シマス』
「危ない!」
不意にクロスの声が響く。
咄嗟に振り向きながら左手をかざすと、ゴーレムも同様に左手を上流に向けた。
それとほぼ同時に、流木が左手に直撃した。
人間の胴ほどもある木だったが、飛沫の中で、ゴーレムの左手はそれを掴み止めていた。
指が幹にめり込み、木の皮がめくり上がり、水流に枝葉がしなる。
「よく見ときなさいクロス」
だが、意に介さぬとばかり、ゴーレムは上流へと向き直った。
すでに胸あたりまでが水に浸かっており、背中の足場に立つクロスも膝まで川に入っている。
「"石の魔女"たちが何を積み上げてきたか、よぉくね」
水流の中で、クロスはゴーレムの背中にしがみついていた。
水流に曝され、立ったまましがみ付くには柵の手すりは低すぎたのだ。
そしてそれ故に、肩越しに、ゴーレムの行動を目撃した。
爆発音とともに、ゴーレムの右腕の肘から先が矢のように発射された。
鎖を曳き鳴らし、川岸まで飛ぶと、それは樹木の幹を掴む。
同時に手首から返しのついた鋭い突起が展開され、幹を挟み、突き刺して固定した。
たわんだ鎖の線がピンと張る。ゴーレムの中で何かが激しく駆動する振動を、全身で感じ取られた。
水の轟音の中にあってさえ、はっきりと聞き取れる軋みをあげながら、ゴーレムの右腕は樹木を引き抜いた。
鎖が高速で巻き取られる。その全てを巻き終わった時、右腕は元の箇所に収まっていた。
「ディリキンの槍、両腕始動、籠手手動!」
樹木を掴んだ両手が高く掲げられる。
その肘部から後方に向かって、2本の金属製の棒が伸び出た。
ガニツは両脇の下で棒を掴むような動作をし、それを前に突き出す。
すると、棒は再び腕に収まったかと思うと、両掌から突き出され、槍のように樹木を貫いた。
「ふん!」
突き出した両手で、掴んだ棒を自分の足元に突き刺す動作を行う。
ゴーレムはまさに同じ動作を以って、樹木を貫いた槍を川底に深々と突き刺した。
槍は岩盤まで突き刺さっており、貫き通された樹木は下流へとなびきながらも、しっかりと繋ぎ止められていた。
ゴーレムが槍から手を引き抜く。
荒れ狂う川面から、1mほど槍の後端が突き出ていた。
「左腕も射出開始! 自動!」
だが、尚もゴーレムと"石の魔女"は川岸の樹木に腕を伸ばした。
発射した左腕は幹を掴み、引き抜き、手元に引き寄せると、水面に突き立った槍の後端に力任せに突き刺し、押し込む。
既に刺さっていた樹木を川底まで押し込み、小魚をまとめて貫き通すように縫い止めた。
「掴まってなさい!」
「おわっ!」
副腕がクロスの両膝の裏を抱えてゴーレムに密着させる。
その直後、今度は右腕が発射され、木を引き抜き戻って来る間に左腕が発射された。
引き抜いた木は次々と槍の後端に突き刺されてゆく。
抜いては、引き寄せ、差し込み、押し込む。
激しい繰り返しが上下の揺れを生み出し、クロスはしたたかに揺さぶられた。
「うわわわわわわ!」
しっかりとゴーレムの背中にしがみつく。
カンテラは持ち手を腕に通してあるので吹き飛ばされることはなかったが、クロス自身は吹き飛ばされているのかいないのかすら分からぬほどの振動と慣性に見舞われた。
視界と脳が揺すられる感覚は、まるで巨人のおもちゃとして振り回されているかのようだった。
それがようやく鎮まった時には、槍は樹木で満杯であった。
クロスはぐったりと力なく足場の上に座り込む。
腹まで、そしてカンテラまで水に浸かるが、気を配る余裕は無かった。
ガニツはそれを心配することもなかった。
両手を下にだらりと垂らすと、大きく抱え込むように前へ回す。
ゴーレムがその通りの動きをすると、槍に貫かれて下流へとなびいていた樹木群が、翻した旗のように回転してゴーレムの胴体前部に激突した。
そしてそれらは、ゴーレムの前を塞ぐ、一枚の壁のようになった。
「ふん!」
三本目の槍で、全ての樹木をまとめて貫く。
これで樹木は完全に、一枚の壁として川の激流の中に固定された。
だが、川幅は今や5m以上はある。樹木をただ重ねただけの壁では隙間も多い。
この方法で川を塞き止めるのは、不可能に思われた。
「魔力炉直接開放、Tigent砲用意」
『Tigent-dicrule 承認術式ヲ入リョ承認ヲ確認シマシタ』
ふと、クロスは目を回しながらも、この環境には似つかわしくない感覚を得た。
熱さである。
『Va gin aricle jenkurt si Stoban nell leeroy dan mosk mindin margo』
「我は呼ぶだろう。石櫃の写本が黴を侵すを見よ」
『Fenyek dan emor cellne mindin margo』
「学知が理を逆せしむるを見よ」
ゴーレムの胸部が開く。装甲が開く。その奥の回路群が開く。種々の構造群が開く。操作盤が開く。
ガニツの姿が現れ、その足元から、金属の球体を乗せた台座のようなものがせり上がった。
その球体は無数の太い管によって台座に繋がれ、表面にはびっしりと細かい文字が彫られていた。
「我は魔女、カシッド・イルを解する者。我らは魔女、全てを語らぬ者ども!」
『最終術式ノ承認ヲ確認。Tigent砲使用ガ『ガニツ・グ・スゥレイ』ニ許可サレマス。使用制限設定ヲ実行シテクダサイ』
「1時間よ!」
『Bype! 1時間ノ連続使用ガ可能デス』
太い管が外れる。
球体の金属表面の前面が開き始めた。
そこから姿を見せたのは、太陽と見まごうばかりの光だった。
紫のようでもあり、土のようでもあり、灰のようでもあり、白のようでもある、まばゆさだった。
それはあまりにも輝かしい光であったがために、光の奥にあるものの輪郭すら窺わせなかった。
クロスは熱の正体に気付く。自分が持っているカンテラだ。
カンテラの中にある火種がいつにない激しさで熱を放っているのだ。
あたかも、あの中にいるものに反応しているかのように。
「照準!」
ガニツが球体を両手で引っ掴む。
「発射!」
そして、ぐい、と押し出した瞬間、球体の開口部から一本の光の束が迸った。
それが数十m先の川面に突き刺さるのと、川と土がめくれ上がるかのように爆発したのはほぼ同時だった。
音と振動から、クロスは落雷を想像した。
爆風と衝撃に飛ばされ柵に背中を打った時には、投石器の直撃を想像した。
ここからではとても考えが及びもしないのだ。
ゴーレムの魔力炉から直接魔力を打ち出す光景などというものは。
水と周辺の草土がまとめて噴き上げられる。
それは川の流れが一瞬停止するほどであった。
遠目からであれば、火山の噴火のようにも見えただろう。
近くであれば、世界が逆転して全てが上へと落ち始めたように見えただろう。
「ななななな何!?」
耳の奥がじんじんと痛む。
その声はガニツにも、クロス自身の耳にも届いていなかった。
「跳ぶわよ!」
ガニツはただそれだけ叫ぶと、再びゴーレムの中に座り直した。
全ての開口部が一瞬のうちに閉じられ、球体も台座と共に再度格納される。
手早く文字玉を展開して上部をつまみ上げるような動作を行い、操作盤の「緊急動作」と書かれた大きなスイッチを叩いた。
直後に、ゴーレムは跳び上がる。
吹き飛ばされた土や石が降り来る中でのジャンプである。危険であったが、そうせざるを得ない事情があった。
「うわぁっ!」
足場に倒れたまま、手で頭を防御するクロス。
降って来る土や石が容赦なく体を打つ。
だが同時に、遠ざかる地上の様子を僅かに垣間見た。
様々な轟音が鳴り響く中に混じる、異様な音も。
「ど、土砂崩れ」
雨で緩み、しなる樹木の根にかき回され、光線と爆発の衝撃に揺さぶられた斜面が、遂に限界を迎えたのだ。
崩れた岩土はまさになだれを打って川に殺到し、あっという間に、川に立てた木の壁を取り囲む。
木の壁は川を塞き止めるためではなく、土砂崩れによる盛り土の核として置かれたのだ。
連なった土砂は壁にぶつかり、巻きつき、のしかかりながら、互いの圧力で互いを押し留めていた。
爆発は大きかったが、広く深い地滑りではない。
ちょうど、周辺の表層土を薄く剥ぎ取って集めたような形となったのだ。
ゴーレムが離れた場所に着地する。その後更に三度跳んだ後、ようやく屈み込んで一時停止した。
クロスはぐったりと、足場の上でノビていた。
「よく吐かなかったわね」
皮肉めいた激励に、まともに返す余力もない。
遠くに雷鳴と土砂崩れの音を聞き、近くに風と雨の音を聞きながら、脳の落ち着きを待つばかりである。
「い、いまの、ひかり」
それでも、なんとか絞り出した。
数ある質問と疑問の中から選び抜いたものを。
「ああ、初代が作った掘削用の機能よ。魔力炉のエレメンタルから直接魔力を叩き込む、なんて、とんでもないイカれたやり方よね。あんまり危険だから、2代目が使用制限と承認術式を作って、3代目がそれを戦闘術式系統に組み入れて、私が出力をある程度は調整できるようにしたわけよ」
ゴーレムが立ち上がる。
クロスはまだぐったりとうなだれていたが、何かをぼそぼそと呟いているのは聞こえた。
無視しようかとも思ったが、ガニツは結局は集音構造の感度を上げた。
雨の音に混じって微かに拾った声色は、脱力してはいたが──
「す、すごいなぁぁぁぁぁ、エレメンタル、なのに。吹けば飛ぶ、あんな脆いモノから……」
──明らかに、喜びと興奮に彩られていた。
「あんなに、自由に、ただの、石と鉄の、塊、なのに。どうして? どうやってるんだろうなぁぁぁ」
それは、誰にも話しかけてはいないようであった。
ガニツはすぐに集音構造の感度を戻すと、口元で微かに笑った。
「それじゃ、もっと堪能してもらうわよ。もう一箇所、対処する必要があるわ」
「えぇ? どうして、です?」
「全体の圧力を軽減するためよ。そうすれば圧力が上流のとある部分に集中する。そこから谷の外に向かう新しい経路が自然に作られて、水はザイル平原の本流を通って海まで出て行くわ」
「え、えへ、すごいなぁ、ホントすごいです」
「限界なら先に家まで送るわよ。足手まといになられても困るからね」
少しの沈黙。
ガニツは既に、ゴーレムに下す命令の術式を入力し終えていたが。
「いえ、ついて、行きます。世の中は、本当にすごい。最後まで、見たいです」
赤子のうちに打ち捨てられ、魔女に拾われ、城の中で過ごしてきた。
数多の物語に触れてきた。数多の言葉を知ってきた。
だがそれでも、知るという行動の遠大さは尽きることがない。
屍の魔女と従者たる死者たちに与えられた学びではない。
自らが感銘し、自らが得ようとする学び。その心の動き。魂の衝動。
彼は衝き動かされている。それが未知であり愚者であり欠けたる者である、魂無き子供の、唯一の武器である。
「それじゃ行くわよ。もう副腕は要らないわね」
「はいっ」
ゴーレムが跳び上がる。
降りしきる雨が、肌に握られた熱を知っていた。