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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
石の章
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石の魔女3

『正直に言って、私はガニツ本人のことはよく知らないわ。

 たった一つの人形を何代にも渡って作り続けてきた"石の魔女"の先頭に立つのは、かなりの重圧でしょうね。

 でも彼女の代になってから、人形に新機能が追加されたって話は聞いてない。

 彼女の師匠とはそこそこ交流があったんだけど、どうも私あの子に嫌われてるみたいなのよね。だから本人からは殆ど情報が入ってこないのよ。

 もし追い出されずに済んだら、ついでにゴーレムの開発状況について聞いておいてくれないかしら?

 ゴーレム製造を命じたのは6代目"屍の魔女"だし、やっぱり長期事業の展望は知っておきたいじゃない?

 ヨロシクね〜』




作業を"石の魔女"から任せられてより、一時間ほどが既に経過していた。

その間、仕様書をめくりながら、おっかなびっくりでゴーレムに対して行い得たのは、胴体部を開口しての回路基板の露出だった。

回路は、石板に彫られた無数の線状の溝に、細い金属製の管がはめ込まれているようなものだった。

区分けされた石板は取り外せるようになっており、新たな石板と組み替え可能な造りである。


「この設計書、全然わかんないぞ……」


しかし、思わず独り言が漏れた。

紙束に書かれた新しい回路図と、術式の書き換え手順があまりにも複雑であるせいだった。

何かヒントを求めねばなるまい。そしてそれは、この膨大な仕様書のどこかにあるに違いないのだ。


「まあ取り敢えず、古い回路基板は引っこ抜いちゃおう」


面倒な手順を後回しにして、確実にすべき事から手をつける。

間違いではなかったが、回路への魔力供給を停止せずして基板を抜いたのはまずかった。


「うわっ」


基板を引き抜いた途端、閃光と火花がほとばしる。

ゴーレムの体が震え、胸部の水晶の色が赤色から緑色に変化した。

砂をこすり合わせるような雑音が響き、直後には静止する。


『ブッ 回路障害確認、サポートシステム起動。現在マルチユーザーモードニ設定サレテイマス』


円盤が回転するような駆動音が胴体部より反響する。

水晶の緑色の光が、眼球のように蠢いて、尻もちをついたクロスを捉えた。


『おはようございます、もしくはこんばんは。時間機能に不具合が発生しています。回路不全を確認しました。原因を検索し、修復のためのサポートを行わせていただきます。使用者は指示に従い、行動を完遂してください』

「あー、えー、なに、どういうことです?」

『コミュニケーション機能を用いたサポート術式です。全方向コミュニケーション機能が現在起動中です』

「なにかまずいことしちゃったんですか?」

『回路不全の原因は回路基板の抜出と思われます。回路不全の状況を確認した術式によって、サポート機能術式に起動命令が発されました。外部状況より推察した場合、基板の抜出原因はあなたですね?』

「は、はい」

『サポート機能の指示に従い、行動を完遂してください』

「わかりました」


ゴーレムから聞こえてくるのは落ち着いた、若年男性の声。

人間の声よりはやや反響しているが、従者のように慇懃で、戦士のように断言的だった。


『区画ジーヴァグと区画ナリアンへの魔力供給を一時停止しました。抜出した回路基板の"Y2-Vg"と書かれた辺を左にしたまま、区画ジーヴァグS41に挿入してください』

「え、ええと、こうですか?」


引っこ抜いた回路基板を、指示に従い元の場所に差し直す。

今度は、閃光と火花が弾けることはなかった。


『完遂しました。魔力再供給開始。サポート術式を不活性化します』


体表の溝に青白い光が一瞬走る。

それらの様を、クロスはただただ感心して見上げていた。

これまで見聞きしたあらゆる魔道具を遥かに凌駕している存在だと実感したのだ。

クロスのカンテラや相互紙とは比較にならない、自ら考え自ら動く生物のような複雑さと緻密さを持った物体。

ネジ巻きからくりのようなものではない。無数の術式と構造の組み合わせが生み出す、意思だ。

膨大な歴史と努力と執念がもたらした奇跡である。


『全方向コミュニケーション機能を停止しますか? 選択を求めます』

「え、ああ、もう、いや、ちょっと待って」


で、あるならば、可能やもしれない。


「この設計書通りに新しく回路を組み替えたいんだけど、手伝ってくれる?」


紙束の設計書を、水晶の緑色の光へと突き出す。

そこが目であるという確証はなかったが、伝わりはしたようだった。


『副腕を起動します。構築サポート機能を抽出、中枢術式記録構造体に接続しました』


両脇腹の表面の一部が剥がれて、金属製の腕のような形になった。

腕は設計書を受け取ると、水晶の前で素早くめくり始める。

数秒かけて十数枚の設計書を確認すると、その場で手を離して設計書を床にばら撒いた。


『確認しました。末端構造への変更は中枢術式への影響が軽微です。サポート機能が使用可能です』

「やった。すごく助かるよ」


設計書を拾い、再び束にして横に置く。


『では開始します。区画ジーヴァグ、区画ナリアン、区画ホーネッドへの魔力供給を一時停止しました。まずはU2、U3回路基板を抜出してください』

「はいはい」


誘導に従い、手を差し込んで回路を引き抜く。

途中、袖が別の回路基板に引っかかったので、腕まくりをすることとなった。


『U2回路基板の"N-jin"と表面に刻印された回路を見つけてください』

「えっ」


この指示は困難であった。

回路基板に埋め込まれた金属線は髪の毛と見まごうばかりの細さであり、その上密集している。

そこからたった一本の線を特定するのは、人の目では不可能だろう。


「あの、見つけられないんだけど」

『レンズを使用してください』


回答は速やかに得られた。

ゴーレムの副腕が"石の魔女"の作業部屋を指差したのである。


『左奥の収納家具最上段に、小児使用が想定された偏光器具が収納されています。小型のため着用は推奨されませんが、かざして使用してください』


言葉の通りの場所に、言葉の通りの物があった。小さな小さな片眼鏡である。

小さな枠のレンズは眼窩にはめ込むには小振りに過ぎた。

しかし幸い、摘んで使うための小さな取っ手が枠に繋がれている。

引き出しの中には、オモチャや折れた小さなペン、奇妙な形の石、欠けた櫛、手紙なども収められていた。

おそらくは誰かの私的な品だろうが、クロスは関心を示すことなく片眼鏡のみを手に取り戻った。


「これで合ってる?」

『適正な該当物です』

「よかった。でも、こんな小さなレンズ、何に使ってたの?」

『製造者は8代目"光の魔女"クルーラー・グーニィ。4代目"石の魔女"パーネラント様が発注し、お嬢様へ贈呈しました。最終使用記録は統暦37年13月7日となっています』


統暦37年は、今より15年前だ。

ゴーレムの話では、このレンズはそれ以降ずっとあの引き出しにしまわれていたことになる。


「ちょっと待って、お嬢様?」

『5代目"石の魔女"ガニツ・グ・スゥレイ様への登録呼称です』


クロスは微笑を浮かべた。

ゴーレムが自分をお嬢様と呼ぶのを、あの"石の魔女"が許しているのだと思うと、無性に可笑しくなったのだ。


『行動の完遂を推奨します。あなた様の作業効率の場合、試算に於いて、全行程の完了にはあと2時間20分を要します』

「ああ、わかった、わかったよ」


回路基板にレンズをかざす。全ての線の表面には刻印があったが、程なくして"N-jin"という文字を見つけた。


「ゴーレム、君とはなんだか上手くやっていけそうな気がするよ」

『コミュニケーション機能の使用者登録を実行しますか? 実行する場合、登録呼称手続きに基づき、氏名の登録を行ってください』

「僕はクロス・フォーリーズ。クロスでいいよ」

『登録を完了しました。クロス、次はN-jin回路を溝から外してください。外すには副腕の穿刺針を使用してください』


副腕の指先から細い針が伸び出した。

よく見ると副腕には手で掴める取っ手があり、作業道具としても使えるようになっていた。


「はいはい」


取っ手を掴んで動かしてみると、見た目よりは軽く、スムーズに動かせた。

まさしく、ゴーレムが手を貸してくれているのだろう。









また一時間が経った。

ゴーレムの手伝いもあり、既に大過なく回路の組み替えは完了していた。

現在は組み替えた回路に新しい魔力抵抗を取り付けているところである。

単純な作業ゆえ助言もなく、互いの沈黙の間に金属の触れ合う音と、雨風に揺すられる窓枠の音が鳴り渡るのみであった。


「なんか静かだね」

『嵐が到来しています。現視認可能領域中の音圧は静寂と呼べるレベルには無いと判断するのが妥当では?』

「いや、そうじゃなくて」

『会話をご希望ですか?』

「そうそう、ガニツさんは僕や魔女協会のことあんまり好きじゃないみたいだから、色々教えてほしいなって」

『ご希望の情報を指定してください』


クロスが思い出したのは、師の言葉だった。


「ガニツさんのお師匠様ってどんな人?」


胸部の水晶の色が目まぐるしく切り替わる。

様々な術式から情報をかき集めて、一つに統合しているのだろう。


『チンッ 情報の取得が完了しました。4代目"石の魔女"パーネラント様の情報を開示します。取得情報を時系列順に提示しますか?』

「お願いしようかな」

『パーネラント・ネルグツク、魔界デレト沿岸地帯出身、双尾族、女性、統暦前157年に誕生。両親の情報は記録にありません』

「両親がいなかったの?」

『双尾族の生態から鑑みて両親の存在は確定的ですが、私の術式には情報が記録されていません』

「あ、そういうことですか。続けて」

『双尾族の慣習により22歳で独立後、貿易都市サーレーションに移住、奴隷商カルヴォクの下で働く。37歳で双尾族の奴隷ナルハットと出会い、恋愛の末、カルヴォクからナルハットを買い取り解放した後に結婚した。この時カルヴォクからは絶縁されたため、奴隷商としても独立しベルゴン城下街へ移住した』

「奴隷と結婚した奴隷商か。当時の魔界では奴隷は禁止されてなかったの?」

『統暦前58年にコードラン・ヴァルグホーン・ハーバントが魔界を統一し統王の初令を発するまで、魔界は多数の都市国家と豪族の寄り合いと複数の王家が割拠する世界でした。当時のサーレーションとベルゴンは敵対していましたが、共に奴隷の売買は奨励されていました』

「魔界史は複雑で、あんまり勉強しなかったんだよなあ」


幼い頃の、シリネディーク城での暮らしが思い起こされた。

火の魔法と統世史書ばかりに没頭していた日々を。


『41歳で長男を出産。55歳時にはネルグツク奴隷商社はベルゴン奴隷市場の77%を担うほどに成長しましたが、同年に夫と死別。ナルハットは奴隷生活時代に喘息を持病として患っており、奴隷から移された燗熱病が持病を悪化させたことが直接的死因と思われます。63歳時に、双尾族の慣習により長男が独立』

「ふんふん」

『70歳時、長男死亡の報告を受ける。大牙岬の包囲戦でハーバント勢により殺害』

「え、どうして。兵士だったの?」

『長男は独立後4年目に、仕事のためカガチ領にいたところ、侵攻してきたマンマート豪族連合に捕獲され戦奴隷にされた。その後、マンマート豪族連合とハーバント家の戦闘に従軍し戦死』

「ちょっと待って、大牙岬の包囲戦だよね? その戦い、確か統王が指揮してたんじゃ」

『はい、当時は第3王子で相続権はありませんでしたが、この戦いでマンマート豪族連合を破り、戦と経営に優れた多数の人材を配下に収めました。3年後には家中を掌握し家督を相続しています』

「統世史書にも書いてあったよ。父親を強引に隠居させて、兄達の息子を人質に取ったんだ」

『パーネラントの長男の顛末の情報は、包囲戦後の特赦解放令によって解放された奴隷仲間によってもたらされました。彼は『いつか母上が助けてくれる』と事あるごとに話していたそうです』


さしものクロスも押し黙った。

作業のペースは明らかに落ちていた。


『それ以後、姓を捨て、仕事を辞し、現界に移住。魔女王国へと移り、自ら進んで荷運び人足に就いていた所を3代目"石の魔女"ディリツキオネスに見出され、弟子入りさせられる。この荷役によって膝関節に障害を負い、80歳以降は歩行困難となった。情報を再統合中』


思わず、ゴーレムの水晶を見上げてしまう。

絵本の続きを催促する幼児が如く。


『再編集を完了しました。85歳でディリツキオネスとも死別し、"石の魔女"を正式に継承。その後、私にコミュニケーション機能を新造し、改良しつつ、その過程で発見された新たな術式を魔女王国に提供し続ける。統暦前17年の統王による魔女王国領侵攻時には徹底抗戦を主張するも退けられ出奔。魔女協会からも一時除名されていたものの、これは統暦35年に和解し復帰した』

「まあ、そりゃあ、そうかあ。でもどうして和解したの?」

『記録にありません』

「んー、じゃあしょうがないかな。続けて」

『統暦30年、ガニツ・グ・スゥレイを養子として迎える。当時お嬢様は6歳でした』

「その時に6歳で養子ってことは、もしかして三角連衡の乱の時の?」

『情報は不足していますが、三角連衡の反乱時の戦災孤児であるという推測は妥当性の高い結論と判断可能です』

「三角の一角だったルネイ国人衆には魔女協会が鎮圧にあたったんだよね。その時の戦いだと思う?」

『高確率で正当な解答と判断可能です』


だから魔女協会が嫌いなのかもしれないな──

そんな勝手な推測を重ねながら、手は完全に止まっていた。


『統暦42年に死亡、死因は老衰と断定。以後、今日に至るまでお嬢様が5代目"石の魔女"を継承しています』


クロスは思わず唸った。

運命に翻弄され、全てを失い、世捨て人となってより望外に得た魔女の知識と地位、そして弟子。

そこに去来する想いは如何ばかりか。そして、それに育てられた者の想いも。


「えーと、お嬢様と、先代の"石の魔女"はここでどういう生活をしてたの?」

『栄養を摂取し、知識を蓄積し、ゴーレムに機能を追加し、睡眠による休息を実行していました。生活の費用は魔女協会と統王からの補助金、タンダリック採掘公商会技術顧問料で賄っていました』

「そういうことじゃなくて、人となりを知りたかったんだけど」

『コミュニケーション機能追加後の学習用蓄積記録術式によれば、先代様は温和で鷹揚で、お嬢様は先代様に対して依存傾向が認められていました』

「ん、まあ、そりゃそうか」


ガニツは自らスロヴ文化圏の出身だと言った。身体的特徴からも、スロヴ人なのは間違いない。

ここから遠く離れたスロヴ文化圏は統王侵攻時に徹底抗戦したため、敗戦後は解体され、多くのスロヴ移民が方々に逃げ散った。

今でこそ族無事令が発され、民族認定されたあらゆる種族は統王法に則る限り独自の民族文化と権利が保障されてはいる。しかしそれでも、元の土地に戻るスロヴ人は殆どいない。

彼女の両親も流れ流れてここまでやって来た移民なのだろう。

そこで更に戦火に巻き込まれて両親を失ったのだ。信頼に足る誰かを求めるのは必然と言える。


「……それを求めたのは、ガニツさんだけじゃないのかも」

「多分そうね」


独り言の反応が、後ろからいきなり返ってきた。

驚いて振り向くと、そこに立つのはやはりと言うべきか"石の魔女"ガニツ・グ・スゥレイ。

頭をかいてあくびをしながら、がたがた揺れる窓枠に視線をやっていた。


「あ、ど、おはようございます」

「ゴーレム、いま何時?」

『17時20分前後と思われます、お嬢さ──』


右手をゴーレムの方に差し出して左にひねる。

その掌の先には文字玉が浮いていた。


「ゴーレム、いま何時?」

『17時20分前後と思われます、ご主人様』

「2時間ちょいか。まあ十分ね」


拳を握って文字玉を消しながら、クロスを見下ろす。

寝起きのためか、心の模様を表したものか、その視線と表情は冷ややかだった。


「あんた、ゴーレムに手伝ってもらったんじゃ勉強にならないじゃない。何しにここ来たのよ。作業終わらせるだけなら私が30分でチャチャっと終わらせてその後4時間は寝れたのよ」


クロスが来ていなければ、あの作業部屋で一睡もしていなかったであろうと思われたが、口には出来なかった。


「まあいいわ、どきなさい。一応出来栄えを見るから」


仕様書や設計書と見比べながら、魔力抵抗の取り付けを素早く済ませ、ゴーレムの回路構造を確認していく。

「作業途中だったんですが」というクロスの言い訳がましい言葉を無視しながら。




「あんたにこんなこと話す義理無いんだけど──」


針で回路の微修正をしながら、唐突に切り出した。

クロスには目すら合わせないが、言葉が向けられている先は明白だった。


「"石の魔女"の代々の慣習でね、死んだら火葬して遺骨を砕くのよ。撒くためじゃないわ。マギ人のように食べるためでもない」


声色は静かだったが、口調には隠しようの無い棘があった。


「混ぜるためよ。"石の魔女"の骨は石粉と混ぜられ、ゴーレムに塗り込められる。こいつには、4代分の"石の魔女"の死体が収まってるのよ」


一瞬のみ、クロスは言葉を失った。

あくまで一瞬ではあったが。


「その、先代の遺骨も?」

「そうよ」

「どうして?」

「後を継ぐ者が、自分よりもこのゴーレムを優先し、なによりも大切にするように。初代の遺言にそうある」


絶句するより先に、感心してしまう。

少なくとも、この若き見習いはそうであった。

それを口に出すような度胸と、出さぬ常識は弁えていたが。


「実に、全く、最低の慣習だわ。反吐が出そうよ」


だが、従ったのだろう。

従ったが故に、ますますそう思わざるを得ないのだろう。

その程度はクロスにも察せられた。


「お師匠様は、私のために、魔女協会と和解した。自分の息子を殺した男と一戦も交えることなく降ったばかりか、国外追放なんていう裏切り行為を働いた連中に、頭を下げたのよ。お師匠様は何度も、自分が望んでそうしたと仰ってた。でも、わかるわ、私には。よおくね」


ガニツ・グ・スゥレイ。

一体いつから起きていたのか、とクロスは疑念を抱いた。

ゴーレムとの会話を全て聞かれていたのではないか、と思わせる程であった。

それは小さな心臓に早鐘を打たせるには十分な気迫であった。


「だから大嫌いよ、魔女協会のこともあんたのことも。学会に出るつもりもないし、報告するつもりもない。私はお師匠様のために"石の魔女"を続けているだけ。私の平穏をお師匠様が望んだから、こうしているだけ。お師匠様の作り上げた日々は、何としても守り抜く。あの人の作り上げたもの全て、愛したもの全て、変えさせはしないわ」


開かれていた石殻と装甲が閉じられる。

同時に"石の魔女"は立ち上がり、見下ろした。

目は見開かれ、拳は握られていた。


「嵐が去れば、あんたも去れ。お師匠様が生きていたあの日々に、あんたはいなかった」


クロスは床に座り込んだまま、ひたすら気を呑まれていた。

返事をすることすら出来ず、ゴーレムの駆動音と嵐の音を聞くばかりだった。




だが、そこで、嵐の音に混じって、全く違う音が室内に響き始めたのに気付いた。

窓を強く、断続的に叩くような音だった。

"石の魔女"も気付き、視線を向ける。


そこにいたのは、窓を必死にノックし続けるボーグル人だった。

外で豪雨に曝され、コートを飛ばされまいと必死に押さえながら、健気にも窓を割らぬよう叩き続けていた。


ため息ひとつと共に、"石の魔女"が窓へと向かう。

鍵を外し、窓を開いて開口一番「何?」と簡潔に問いただすと、ボーグル人は慌ただしく答えた。


「てえへんだ魔女様ぁ! 川が増水して堤防じゃ防ぎきれねぇ!」


"石の魔女"の驚きが、その背中越しにも伝わってきた。


「もし決壊したらこっこまで水が来ちまう! はやく避難してくだせぇ!」


だがその驚きも、数秒後には霧散していた。


「村のみんなはどこに避難させてるの?」

「1時間前から、南の尾根を回り込んで谷の外に向かってまさぁ! 急がねぇと間に合わねぇです!」

「護岸には何人出てる?」

「三つの村の若衆たちが総出でやっとります! ざっと60人ぐれぇです!」


そこまで聞くと、即座に踵を返す。

足は早く、それでいて力強かった。

彼女が作業部屋に入ると、その直後にゴーレムの駆動音が大きくなった。

水晶が光り、全身の溝に光の線が走ると、石と錬鉄の巨人はゆっくりと上体を起こした。


「クロス・フォーリーズ」


ゴーレムの威容に気を取られていると、不意にその名を呼ばわれ、咄嗟に作業部屋へと向く。

現れたガニツの頭の上には、魔女のとんがり帽子が鎮座していた。

雨除けの黒外套には固定用の鎖が巻かれ、両手には籠手が装着されている。

片眼鏡は嵌め込み式ではなく、耳に固定する装着式に取り替わり、首にはスロヴ人特有のエラ痕が現れていた。

それは、どこからどう見ても、今から避難しようという者の佇まいでは無かった。


「自分の言葉は守る。嵐が去るまでは、ここにいていい。あんたがどうするか、あんたが決められる」

「あ、あなたは?」

「自分の言葉は守る、と言ったばかりよ」


ゴーレムが立ち上がる。体は天井を衝きかけていた。


デュード(命令)、ゴーレム、搭乗形態」


命令を受け、背を向ける。その背が開くと、足場と手摺付きの柵が伸び出した。

"石の魔女"はひらりとその足場に飛び乗ると、背中に開いた穴に両足と両手をそれぞれ差し入れた。

直後、彼女の体はゴーレムの内部へと引き入れられ、ブーツの厚底によって固定される。

内部機構が細かく変形を重ね、組み合わさった構造は全く異なる姿を完成させた。

一人の人間が、それも長身のスロヴ人が丸々収まった、3mもの鉄と石の巨人。

胸部の水晶の奥にあるのは、ガニツ本人の視線だった。


「守り抜く、必ず」


その姿、その声、その言葉、抑え難き何かが青年の胸に湧き上がった。

彼女は身を投じるつもりだ。村民たちを、村を、コギ谷を守るために。

何が起こるのか。どう決着するのか。彼女が何故そうするのか。

"石の魔女"とは一体なんであるのか。


見たい。




「ぼ」


声は震えていた。恐怖からではなく、興奮からであった。


「僕も行きます!」


"石の魔女"は無言で、背中の足場をクロスへ向けた。

奥の壁が、ゴーレムが通れるほど大きく開いた。

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