石の魔女2
『程度の差こそあれ、魔法使いや学者なんてのは自分の研究を他人に知ってもらいたくてしょうがないもんなのよ。私たち魔女もね。
特に彼女は自分の師を敬愛、というより信奉しているから、機嫌をとるなら人形の話をさせなさい。
あなたにとっても興味深い話になるはずよ。』
「あの人形、あれって誰が作ったんですか?」
アッサルートの言葉を思い出しながら、精一杯選び抜いた問いを投げかける。
石の魔女は三重の片眼鏡のつまみを指で弾き上げて一重にする。
目は相変わらずクロスを睨んでいたが、不機嫌ゆえにではなく、品定めをするような目つきであった。
「初めにあれを作ったのは初代"石の魔女"よ。彼女は魔女王国で魔法を学びながら働く下女だったけど、ある日、石エレメンタルとの邂逅で閃いた」
エレメンタル。
自然界の魔力が何らかの要因で一箇所に集まると、それ自体が生命のような挙動を見せることがある。
エレメンタルは発生地点周辺の環境や魔力に強い影響を受けて独自の性質を持つが、大抵は自らを維持するため擬似肉体を形成しようとする。
石エレメンタルは岩場で生まれ、周囲の石を集めて擬似肉体としたものである。
だが多くのケースで、エレメンタルは不完全な肉体しか獲得できず、時間と共に散逸して消えてしまう。
生物が持つ魔力は、それを覆う魂によって保たれる。本来の容れ物たる魂がなければ魔力は散るばかり。魂が無ければ思考能力をも持ち得ない。
奇妙かつ異質な姿形から様々な民間伝承や間接的な信仰の対象とされているが、実態は単純な行動原理によってのみ活動する、単なる魔力の集合体に過ぎない。
「『エレメンタルを核にして石が動かせるなら、それで動く人形が作れるんじゃないか?』ってね。つまり術者による常時の魔力供給や干渉を必要とせず、独自の動力源を備え、命令によってのみ動く存在よ」
「屍術、とは違うものですね」
「当時の屍術は魔力によって死体をただ操り人形のように動かすだけのものだった。そのやり方だと外部から魔力を送り続けなきゃならなくって『死人の軍勢』を維持するのも制御するのも大変だったわけよ。だから6代目"屍の魔女"は彼女を魔女名持ちにまで取り立てて研究させたのよね」
石の魔女はみるみる饒舌になっていった。
どうやら不機嫌ではなくなったらしい。
「上手くいったんですか?」
「ある程度は成功したわ。石エレメンタルをとっ捕まえて、ちゃんとした石の体と、思考能力の無い単なるエネルギー体としての魂を与えて、魔力用の回路を取り付けて、動くようにはした。そいつは6代目"屍の魔女"によってゴーレムと名付けられたわ。カシッド・イル語で『役畜』という意味よ。初代"石の魔女"はこいつを労働用として作って、大量生産してボロ儲けしようとしてたみたいね」
頬杖をついてため息をつく。
細められた目が、ちらりと人形の方へ向けられたような気がした。
「ま、その技術を屍術に転用するようになるまで70年ちょいぐらいかかるんだけどね。ゴーレムも結局完成できなかったんだけど、初代はその執念を次代に託した。自分の作ったゴーレムを更にアップグレードするよう、遺言したのよ」
「ということは、あの人形は」
「初代"石の魔女"が始め、その後完成に向けて4代の魔女が営々と作り続けてきたただ一体のゴーレムよ」
椅子から立ち上がり、書斎兼作業室から出てゴーレムの方へと歩いていく。
その目と声色には、郷愁に似た柔らかさがあった。
「初代はこいつを労働用として作り、2代目は家庭用の家事機能を足し、3代目は戦闘用として改造し、師匠はコミュニケーション用の機能を追加した。回路を増やし、パーツをつけ足して、術式をどんどん増設してね」
「あなたは、何か新機能を盛り込んだんですか?」
ところが、クロスがこのように口走った途端、首をぐるりと回して睨みつけた。
「あのねえ、あんたこの仕事がどんなもんなのか全然わかってないでしょ! みんなが好き勝手に新機能盛り込んでったせいで機能の干渉やら術式の衝突が何度も起きてて! しかもそれらをこれまで場当たり的に対処してきたせいで手順や術式がとんでもなく複雑化しちゃってるの! それを調整したり整理したりするのであたしは手一杯なのよ!」
「え? ええ?」
「歴史レベルで積み重なりに積み重なった不具合や煩雑さを、極力もとの機能を維持したままで解消してんの! 新機能追加なんてできるわけ無いやろがい!」
「そ、そんなに大変なものなんですか?」
ブチッと、彼女の堪忍が限界を迎える音がありありと聞こえた。
額に青筋をにょろりと浮かべると、ゴーレムの方を振り向き手を二回叩く。
するとゴーレムの右足が開口して鍵穴のような形となった。
石の魔女はスリットから左足を出し、踏みつけるようにして鍵穴に靴底をぴったりと差し込んで左に回す。
「緊急起動手順ヲ確認。緊急起動シマス」
直後に、ゴーレムは先ほどと同様の光と振動を伴って起動した。
異なるのは、読み上げるような言葉を発したことと、即座に立ち上がったことである。
「しゃべっ、うごいて!?」
クロスはただ驚くばかりだったが、石の魔女は向き直ると、青筋を立てたままはっきりと告げる。
「デュード、右腕あげて下ろしなさい」
言葉から命令を認識し、ゴーレムは右腕の関節部を駆動させ、ただ上げ、そして下ろした。
「この動作にいくつの術式が関わってると思う? 基幹的な駆動制御だけで137、音声認識機能やコマンド系統、フィードバック系統も加えればどんなに整理・簡略化しても400は下らないわ。更に知覚系統の制御にーっ! 魔力回路の迂回・抵抗制御にーっ! 解釈のための半自律機構にーっ! あんたの鼻毛とまつ毛の本数を全部足しても足りないぐらいの膨大な術式が作動してて、それを全部! 私が書いてんのよ!」
殴り殺さんばかりの剣幕で迫る石の魔女だったが、言っていることの半分は、余人に理解できぬものであった。
であれば、ごく少ない魔術の知識しか授けられてこなかったクロスが疑問を呈するのは、当然と言う他ない。
「じ、術式って、なんですか?」
詰め寄られ、仰け反りながらも、なんとか疑問を述べる図太さは残していた。
「はぁ!? あんた"術式"と"構造"も知らないでシリネディークの魔道具と一緒に暮らしてきたの!?」
「す、すいません」
ため息をつきながら石の魔女は身を翻す。
怒りはもう無かったが、見るからに呆れていた。
しかし、ゴーレムの差し出した掌の上に腰掛けてクロスを睨み上げる面持ちには、納得のような感情も現れていた。
それ以上に、示指の爪を噛む動作と、額に寄せられたしわの深さによって、不快感を惜しげも無く晒していたが。
「いいわ、教えてあげたほうがいいようね。"屍の魔女"の思惑に乗るようで、癪に触るったらないけど」
目つきは変わらなかったが、爪を噛むのはすぐにやめた。
そして、片眼鏡のつまみを下ろして三重にする。
さしものクロスも、これに対して即座に「是非」と返せるだけの社交力は存在した。
「まず、ゴーレムは石エレメンタルを核として、その魔力を動力として利用しているわ。魔力が自然に散逸しないよう徹底して保護しているけれど、定期的に燃料補給として"群の魔女"から買い付けた魔力液を与えなきゃならない。つまり石エレメンタルは、魔力液の高純度魔力を、ゴーレムの大部分を構成する石と親和性の高い魔力に変換する魔力炉と言えるわね。魔力炉の状態はこのランプが表しているわ」
ゴーレムが胸の高さまで石の魔女を持ち上げると、彼女は赤く光る水晶を手の甲でノックするように叩いた。
「石じゃなくて金属製に見えますけど」
「ゴロ錬鉄でコーティングしたのよ。耐久力が増すし、魔力の遮断性が高いから魔力制御の安定化にも使えるわ。話の腰折らないでくれる?」
「はい、すみません」
「魔力炉で精製された魔力でゴーレムを動かすわけだけど、ただの石の塊に魔力を流しても、ただ流れる雲のように動くだけで、何の意味もない。そこで必要になるのが"構造"よ。人間の体で言えば関節や筋肉とかの、エネルギーを供給することで特定の動作や挙動を規則的に行うパーツや機構の総称ね。腕を上げるなら、その動作を行うのに必要な"構造"に魔力を送って動作させることで、腕を上げる、という結果を得られるようにする。広義的には水車や風車の歯車とか、投石器なんかも"構造"ね。機能は"構造"の結果として生じるものであり、その点で機能と構造には根本的な違いがあると言えるわ」
口調はてきぱきとしており、若干の苛立ちも垣間見えたが、怒りは収まりつつあるようだった。
魔女としての、性ということなのだろうか。
「"術式"はいわば命令ね。どの"構造"にどれぐらいの魔力をどのように流すか、という言葉の式が魔力炉の外郭部と回路の中継基盤に書き込まれていて、どの"術式"を有効にするかで、動作する"構造"を選択できるわ。"術式"そのものの制御や書き換えなんかは、このゴーレムの場合だとこいつを使う」
"石の魔女"がかざした右掌の上に、紫色の球が浮き出した。
よく見ると、球の周囲をごく細かい無数の白い文字が取り囲んでおり、球が内側に秘める光はそれら文字の集まりのようだった。
「単に文字玉って呼んでるけど、こいつを操作すると、私が着けてる二つの指輪を介して命令がゴーレムに送られて反映される仕組みよ」
文字玉を出したまま、人差し指と中指を立てて指輪をクロスに向ける。
赤い宝石と青い宝石がそれぞれはめ込まれた指輪からは、微かに文字玉に向けて光が投げかけられているようだった。
「でも、書き込める"術式"の量には制限があるわ。一枚の紙に無限に文字は書けないからね。だから文字数を省略したり、複数の"術式"を一つにまとめたり、"構造"が連鎖的に動作するようにして必要な"術式"の数を抑えたり、とにかく大変なの。わかった?」
「はい、なんとなく」
「それじゃあ仕事を手伝ってもらうわよ。どうやら、あんたを追い出しそびれたようだからね」
"石の魔女"が窓を指差す。
その向こうに広がるのは鉛色の雲と雨だった。
地元民の見立て通り、嵐がきたのである。
魔女たちから学びを得る、という目的を考えたらば、追い出されずに済みそうなのは好ましい事態であったが……
「作業に必要な仕様書と回路図は貸してあげるから、水流制御機構に新しく組み込んだ"術式"に沿って回路を組み替えてちょうだい」
ゴーレムの手の上から投げかけられた指示と共に、彼の目の前に投げ置かれたのは、石臼ほどの分厚さがある三冊の本だった。
軽くページを捲ると、細かい文字や回路図がビッシリと、ほぼ隙間なく書き込まれていた。
修正痕や注釈はそこかしこの余白に飛び散り、表紙の裏にすら、注意事項が彫り込まれている。
それはクロスがシリネディーク城で目にしたどの本よりも分厚く、細かく、濃密であった。
目次から、作業内容の該当箇所のページを探すことすら困難に思えた。
「え、これ、ええ?」
「仕様通りに回路基板を取り出して組み替えるだけよ。回路はこの図通りに組み替えなさいね」
更に、羊皮紙の束が追加された。
"石の魔女"は床にひょいっと飛び降りると、居間の方へと歩いてゆく。
「あの、石の魔女さんは?」
「私は寝るわ。もう11日もクッションの上で寝てないのよ!」
彼女は指を鳴らして作った火種を暖炉に投げ込むと、立派な木組みの椅子に体を投げ出した。
そして指輪も片眼鏡も外さずに、たったの数秒で寝息を立て始めた。
ただ一人残されたクロスは、ゆっくりと、ゴーレムに向き合った。
巨大な無機物の塊と、その胸で光る水晶は、蟻を見下ろす子供のように静止していた。
「まあ、いいや。なんとかなるでしょ」
機能仕様書の目次が開かれる。
魔術の学びは、実践あるのみだ。