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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
石の章
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石の魔女1

「んああ? "石の魔女"様に会いてえんか?」


歯の抜けた鉱夫の間延びした声が、フードで隠れたクロスの耳を打った。


「そうです。コギ村の皆さんなら居場所をご存知だ、と聞きまして」


"眼の魔女"と別れてから二日後、クロスは東に進んでいた。

錫石の産地であるコギ谷は山岳が何らかの要因でえぐれた上に、二本の河川の侵食と崩落によって生まれた地形である。

採掘場は統王御用達の商会が運営しており、コギ・アル、コギ・ネス、コギ・バクトの三つの村はほぼ鉱夫によって成り立っていた。

故にコギ谷という名称は単なる地名ではなく、この村々と採掘場による産業地帯を指す言葉でもある。

"石の魔女"は、そんな場所に居を構えているのだ。


「そりゃおめェご存知も何も、魔女様にはお世話になってっかんよ、知らねぇなんつったらカカァにぶっ殺されちまわぁ」


太い腕を揺すりながら笑う鉱夫の犬歯は口からはみ出るほど長かった。

ボーグル人は元々魔界の種族であるが、統王が魔界のみならず現界までも統一すると、大勢が現界に移住してきた。

優秀な鉱夫であるボーグル人たちは現界の未開発の鉱床の採掘に貢献し、今もその多くが定住している。

気性は豪放かつ勤勉で人々にも馴染み、コギの村々の人口も6割がボーグルである。


「それで、どこに?」

「石捨て場よォ。あすこなら誰の邪魔にもならんし、石ばっかでしょっちゅう石捨て人も来るから獣も来ない!」

「石捨て場ですか。案内はあります?」

「採掘場から手押し車用の道が伸びてんから、そん先が石捨て場だ。轍がせンまいからすぐ分かるぞ」


中々に親切でもある。ボーグル鉱夫は身振り手振りで、方向と道の特徴を示してくれた。


「ありがとうございます。それでは」


軽く一礼して去ろうとしたが、ボーグル鉱夫の「ちょい待ちな」という声に制止された。


「あんた魔女ッ協会の人だろ? だったら夕方前には谷から出た方がァいいぞ。今日は嵐が来る。だから作業も休みなんだよ」


そう言って上を指差した。

釣られて天気を仰ぎ見るが、大きく重なった雲はそこかしこに見られるものの、間に青空も見えている。

彼が警告したような、急を要するほどの嵐が来るようには思えなかった。

しかし、善意からの忠告を無下にも出来ず、再び礼を述べて去るのみとした。


「……なんてことは無かったかな」


手を振って見送ってくれたボーグル鉱夫の姿が見えなくなってから、クロスはぼそりと呟いた。

実のところ、彼はボーグル人を初めて目の当たりにしたのである。

だが、抱いた印象は好意的なものであり、単なる知識ではなく実感として、ボーグルが現界に溶け込むに至った理由を知る結果となった。


コギ・ネスの村を歩きながら、人々の生活の様子をなんとはなしに見遣る。

鉱夫の村は自給自足が成り立たないため、よそ者の出入りは頻繁だ。

商会の人間の出入りも多いため、男が採掘場や選鉱場で汗を流す間、女は商いに精を出す。

宿屋や酒場や食事処の看板が立ち並び、露店の形跡もある。だが全員が嵐の到来に確信があるのだろう。今は閑散としたもので、皆屋内に篭っているようだ。

地元住民ならではの経験や直感がそうさせるのだろう。必然、ボーグル鉱夫に言われるまでもなく、クロスの足は立ち止まる場所を失い早まらざるを得ない。


クロスは、師の言葉を思い出していた。


『"石の魔女"は魔女王国時代に成立した魔女で、魔女王国で魔法を学んだ一人が初代"石の魔女"コルーネル・クロングローズであると伝わっているわ。

 今は5代目であるガニツ・グ・スゥレイがコギ谷に住んでいるようね。石がある場所を転々として、2代目は現界人でありながら魔界に居を構えていたのよ。

 当時は魔界王だった統王が現界征服を始めたばかりだから、現界人が魔界に住むのはマグマに浮かんだ苔に住むようなものね。

 彼女たちは自分の研究にひたすら邁進するけれど、当代は"地の魔女"、"鉄の魔女"、"光の魔女"、"軍の魔女"、"源の魔女"と交流があるみたい。

 危険な魔女じゃないにしろ、不機嫌な魔女ではあるから機嫌を損ねないよう気をつけてね☆』


不機嫌な魔女。

師である"屍の魔女"ストイル・カグズ・アッサルートは魔女協会本部長であり、魔女協会本部シリネディーク城の城主でもある。

故に、そこで開かれてきた学会に参加した当代魔女全てに会っているはずだ。

その彼女をして不機嫌な魔女と言わしめるのだから、クロスはボーグルに話しかけるより、見知りであるはずの"石の魔女"に会う方が気乗りしないのである。


クロス・フォーリーズは人生の大半をシリネディーク城で過ごした。

故に、魔女学会に参集する魔女たちを一度以上は必ず見ている。

しかし魔女名を持つ魔女は、12〜15人を一団としたものが十六団、つまり190人以上は存在する。

そして毎年違う団の魔女が学会のために集まって来るので、クロスからしてみれば誰が誰なのかほぼ憶えられないのだ。

学会にも同席を許されていない彼にとって、魔女は近くもあり遠くもある存在だった。

一年に一度、ぞろぞろと集まってまた去って行くだけ。これまでの人生に於いて、魔女とはそれだけのものでしかなかったのだ。


それはともかくとして、親切なボーグル人に言われた通りに道を進む。

途中、採掘場を経由したが人の気配もなく、道具はきちんと物置小屋に片付けられて施錠され、鉱石置き場も空であった。

崖肌に穿たれた坑道への入り口には板が打ち付けられている上、土嚢で塞がれており、ボーグル人たちの細やかな技が見て取れる。

彼らは大雑把な力持ちというわけではなく、全員が技術者であり、それを集落単位で継承していくのだ。

釘の打ち方一つをとっても集落によって異なっているが、コギ地方のボーグルは皆、水害に適応して釘頭を木材に埋めず、間隔を狭めて打つ。


(ほんとうに嵐が来るのかな?)


そのあまりの厳重ぶりに、クロスも己の判断を疑い始めたほどだった。

しかし程なくして本来の目的へと切り替えて、今は石捨て場への道を進んでいる。

石捨て場への道は街道と違って狭く、左右を林に挟まれている。

野盗や獣でも現れそうな風情ではあるが、野盗はもっと人里から離れていようし、獣は普段の人通りに追われたはずだ。

そもそも、ここは現在魔女の生活圏内である。群盗であろうとも滅多なことはできないだろう。


石捨て場には5分程度で到着した。

そこは広く切り開かれた窪地であり、大小様々な石が積み重なって小山を形作っている。

何かの遺跡であると言われればそのようにも思える、なにやら神妙な空間だった。

そして、窪地の縁に寄りかかるようにして置かれた、一際大きな巨石の上に、小さな小屋が建っていた。

家というよりはまるで看板のような、細く小さな佇まいに、クロスは戸惑いを覚える。

しかし他にそれらしいものもなく、ひとまず近寄ってみると、石の側面に階段が彫ってあるのが見えた。


「え、これ?」


まさか、とは思ったが、この階段を見つけて確信に至らざるを得なかった。

羊一頭が収まるかどうかという小屋が、"石の魔女"の拠点なのだろう。

彼は階段を登ると、小屋の前に立った。小屋の扉にはノッカーやノブすら無かったが、恐る恐るノックをする。

だが返ってくるものはなく、そこで初めて、扉にはカギすらかかっていないと気付いた。


扉を開けてみると、三方にはただ木の板壁があるのみ。外見そのままの狭さであり、その上造成も粗雑だ。

しかし、床には開き戸があった。この小屋は開き戸が中にあるだけの小屋だった。

クロスもそれで合点がいった。感心したように鼻を鳴らすと、床の戸を開く。

そして5m程度のハシゴを下って振り返ると、そこに本物のドアがあった。

ノブもノッカーもあり、今度こそ、彼は数回の正式なノックをする。

返事はなかったが、鍵の開く音が6回鳴った。


石の中の家、いよいよ"石の魔女"とご対面だ。




ドアを開くと、まず目に入ったのはカーペットだった。

次に本棚、次に天井や壁の照明、次に窓、次に出入り口そばの外套掛け。

床、壁、やたら高い天井などはもちろん石製であるが、きちんと磨かれておりざらついた不潔さは無い。

左手の壁には暖炉が備え付けてあり、その前には揺り椅子が一つと木組みの立派な椅子が一つ、

どちらの椅子にも羊毛詰のクッションが張られていたが、特に揺り椅子の方はかなりの年代物のようで、いくつもの補修跡があった。

"眼の魔女"の閑散として無機的な部屋と違い、この部屋は生活感溢れた内装や調度品に満ち満ちていた。


「すいませーん、スゥレイさーん、魔女協会の者ですけどー」


クロスが呼びかけるが、返答は無し。鍵が開いたのだから留守のはずはない。

仕方なく、やや躊躇いはしたが、部屋の奥へと踏み込むこととしたようだ。

カーペットは上等なもので、クッションも柔らかく、滑るような手触りである。

絵画や暖炉上の置物まであり、いちいち目を奪われたが、奥に至って彼は最も目を奪うものを見つけた。


一番奥の壁に背を預けて座っている、ゆうに3mはあろうかという巨大な人形である。


「うわっ」


思わず声をあげて仰け反ってしまう。

人形は全身が鈍色の金属で覆われており、大きな胴体から太い手足が伸びている。

手の指は6本あり、全身に装飾のような黒い溝が彫刻されている。

頭部は無く、胸部に一つ、人間の頭ほどの大きさの水晶が埋め込まれていた。

鉛色の表面の隙間から覗くのは深い土色の石である。


これも装飾品だろうか? しかし、日常の住まいの中にあってあまりにも大きく、強すぎる存在感は異質であった。

魔女の弟子として、このような代物に興味を引かれぬはずはない。

クロスは巨体を見上げながら、意図しないうちに近付き、その右足に触れた。


その瞬間、人形の体に刻まれた溝が青白く光り、水晶に赤い光が灯った。


「おっ」


再度仰け反るクロス。しかしその時には、人形は低い駆動音をあげながら振動し始めていた。

その速い鼓動の確かさは、床を通じてクロスにまで伝わるほどである。


どうやら、何かまずいことをしたらしい。

そう考えが至り、冷や汗を一筋垂らした直後に



「あーっ! 何やってんのよもー!」



彼の頭上を怒声に似たものが駆け抜けた。

人形の左側の壁にあったドアが開かれ、女性が一人飛び出す。


「待機モードにしてあるって言ったでしょ! 勝手に触るな!」


人形の前までつかつかと歩み出ると、背中越しにクロスを叱り飛ばしながら両手の平を自身の顔前にかざす。

すると両手の平の間の宙空に、紫色に光る球が現れた。

球はいくつもの付属パーツや構造を備えており、その全ては女性の手や指の動きによって形を変えた。

引き伸ばし、回転させ、摘んで引っ張り、また押し込む。

彼女が素早く球を操作すると、人形の振動は止み、水晶や溝は光を失った。


「はい、停止」


それを見届けてから、ぱん、と手を叩く。それで紫の光球も消失した。


「あんた!」


それから、彼女は呆気にとられていたクロスの方を振り向いた。

短く切り揃えられた黒髪、尖った耳、三重の片眼鏡、白い肌に高めの身長。

ローブのスリットからは厚底のロングブーツと腿の白肌が微かに覗いている。

年齢は人間で言えば20代後半といったところだろうか。


この者こそ5代目"石の魔女"、ガニツ・グ・スゥレイその人である。


「あんたの師匠はどーゆー教育してんの! 入ったらそこで待ってなさいって言ったのになんでゴーレムに触ってんのよ! パン焼いてって言われたら焦げ散らかすまで焼くのかお前!? 入って! そこで! 待てって! 言われたら! そこで待ちなさい!!」


クロスに詰め寄り、青筋すら立てながら怒鳴る。

これまでで最も大きい角度で仰け反りながら、小さく「はい」と応えるのを聞くと、息を切らしながら態勢を戻し「よろしい」と手を叩く。


「んじゃさっさと済ませるわよ。書斎まで来なさい」


そして、さっさと自分が出て来た左側のドアへ向かってしまった。

理不尽な怒りではあったが、いきなり機嫌を損ねてしまったことには違いない。

驚きながらも、これ以上は損ねぬようにと後をついてゆく。


書斎は机と椅子一つにランプ一つ、奥の壁際に据えられた棚一つという簡素な内装で、広さもランプの光がなんとか壁まで届く程度だった。

しかしそこらじゅうに本が積まれており、隅にはよくわからないがらくたのようなものが纏めて乱雑に置かれていた。

壁などは最も雑然としており、すべての壁一面に大小様々な紙が互いに重なるようにして貼り付けられている。

紙に書かれているのは殆どが何かの図面のようであったが、線があまりにも複雑に絡み合っていて、何を表したものかは全く計り知れなかった。

空気は淀んで埃っぽく、床には何らかの食べかすと思われるゴミが散見された。

毛布が机の端に丸めて置かれており、それらの様子から、彼女が殆どの時間をこの部屋で過ごしていることは明白だった。


「えーと、帽子は確かこのへんね……あったあった」


部屋の隅のがらくた山からとんがり帽子を引っ張り出して埃を払い、頭に乗せる。

椅子に座り、ペンとインクを机の奥にどけてから、後ろで待っていたクロスの方を振り向いて背中を机に預ける。


「じゃ、早く出しなさい」


足を組み、右手を差し出す。クロスはその手にすかさず手紙を渡した。

それをひったくるようにして受け取ると、封蝋を破ってから中身も出さずに机の上に投げ置いた。


「あたしは"石の魔女"。石の魔女ガニツ・グ・スゥレイ」


そして、そう名乗った。

クロスが「恐れ入ります」と応えるが、言葉が終わる頃には、もう彼女は机に向き直っていた。

とんがり帽子はもう部屋の隅に投げ遣られている。


「終わったんならさっさと次行きなさい。こんなくだらない儀式、時間の無駄だわ。だいたい相互紙のやりとりで済ましゃあいいのよこんなもん」


しっしっと手を振りながら、冷たいというよりは関心が無いかのように告げる。

確かに、クロスとしてもこのまま立ち去ってしまいたいという気持ちがあった。

"眼の魔女"に会う前であればそうしただろう。だがこれが学びの旅路であると理解した今では、彼女から何も学ばずして立ち去ることはできなかった。


「あの、スゥレイさん」


意を決して声をかける。一度目は無視されたが、二度目にはくるりと再び振り向いた。


「あのね、あたしはスロヴ文化圏の出身なの。だから苗字がガニツでぇ、スゥレイは名前! そんなことも知らないの?」

「す、すいません」


睨みつけられて竦み上がるクロス。

その様子を見て、かえって力が抜けたのか、俯きながらため息をつく。


「ま、あたしのことは石の魔女って呼びなさい」


顔が上がると、そのツリ目は鋭くクロスを射抜いていたが、表情や語気はいくぶん柔らかかった。


「で、何か用?」


機嫌は今も直っていないようではあったが。

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