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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
屍の章
41/208

屍の魔女4

ストイル・カグズ・アッサルートが8代目"屍の魔女"の弟子となった経緯は明らかではない。

ある日突然ふらりと魔女協会領に現れて、"屍の魔女"の弟子になりたいと願ったのである。

それは魔女協会、もしくは魔女王国の歴史の中では、珍しいことではなかった。

初代"屍の魔女"が王国を打ち建て、あらゆる男に宣戦を、あらゆる女に選択を突きつけて以来、過去を背負い行き場を失った女たちが来続けるのだ。

中には、魔女を志す者も少なくない。


だがそうした者らが撰び取る結果は大抵三通り。

挫折して領民の一人となるか、"屍の統率団"に加わるか、魔女見習いとして長い長い時を助手として浪費するか。

彼女は初め、そのうちの一人に過ぎなかった。


アッサルートを初めて目に留めたのは、8代目"屍の魔女"本人だった。

当時アッサルートは"屍の統率団"に加わっており、死体を操る術を実践していた。

だが彼女は才能がなく、魔力を細かく操る精緻さに欠けていた。

しばしば死体を爆ぜさせ、裂かせ、卵を握り潰させた。

その度に文句や愚痴を並べ、へそを曲げて自説を繰り出すのだ。統率団の仲間たちは辟易していた。

生意気な新入りへの不満は日毎に溜まり、そしてとうとう、仲間たちは"屍の魔女"へ連名文書で陳情するに及んだのだ。


これを受け、8代目はアッサルートとの面談に及んだ。

王国ではなくなったとはいえ、最近まで女王としての権威を纏っていた"屍の魔女"という称号を持つ者である。

単なる"屍の統率団"の一員、それも新入りに会おうなどというのは、酔狂以外の何物でも無いと誰もが思った。


しかし、予感があったのである。自分が以前から感じていた問題。自分だけが抱いている危機意識。

それを共有できる者なのかもしれないとの直感か、はたまた願望が働いたのである。


かくして、彼女はその願望に沿う者であった。

引見はたったの20分程度で終わり、その後鶴の一声によってアッサルートは"屍の魔女"の直弟子の一人となったのだ。

当時、彼女は10代半ばほどの少女。直弟子の中では最も若く、最も屍術が未熟であった。

当然の如く姉弟子からは軽んじられ、陰口を叩かれ、ささやかな嫌がらせも受けた。


だが、彼女はただ上手くいかない屍術からの逃避のために、でっち上げの自説を振りかざしていたのではない。

失敗を他者のせいにして、責任逃れを働こうなどという卑怯者ではない。

そこには信念があった。自信があった。経験があった。

故に、彼女は無謀かつ無意味と嘲られるような研究に邁進していった。


目指すは、独自の魔力と魂を具えた死人。"生きている死者"だった。


死体を魔力で操る屍術には、いくつかの欠点があった。

魔力を供給し続けなくてはならないため、かなりの量の魔力を確保し続けなくてはならないのが一つ。

魔力炉の開発で、その問題は解決したかに見えたが、結局制御のために術者が魔力を消耗し続けなければならなかった。

しかも、魔力炉を使うことによって、異なる問題が生じるようになった。

それが死体の暴走、ヒトエレメンタル化である。


魔力炉の魔力を生み出すのはエレメンタルだ。その魔力が死体に流し込まれ続けた時、偶発的にエレメンタル化してしまう事例が頻発。

周囲の者、特に術者を攻撃するという事件は日常茶飯事であった。


これを防ぐには、魂を与えるしかない。

定量の魔力を固着させ、それを魂によって死人自ら管理させるのだ。

その上で、彼らの自由意志と契約し、納得の上で魔女協会の一員として生活してもらう。

死人を単なる道具から、国民へと昇華させる。それがアッサルートの目指したものだった。


問題は、その魂をどうやって用意してやるかだった。

肉体が死んだ瞬間、魂は崩壊を始めながら魔力と一緒に抜け出る。

その速度は凄まじく、まずは魂を保全して後、肉体を治療・再活性し、それから保全していた魂を戻すという工程を必要とした。

もしくは人工の魂を作ってしまえたら良いのだが、魂の形成過程には不明な点も多く、現実的とは言えなかった。


目標は魂の保全。100%は無理でも、魂が魂としての形を保てる程度を維持したまま肉体に戻す。

それは明らかに自然から逆行する研究。生き物は死なねばならぬという摂理に反するもの。

何故これまで存在しなかったか? それは不可能だからである。

発想一つでその真理が覆ることはなく、研究と実験は難航した。

幾度もの失敗と挫折、それを繰り返す様は周囲に徒労を思わせ、更に彼女を孤立させた。

理解を示すのは師ただ一人のみ。権威はあっても強権は失った協会長という立場から、"屍の魔女"が彼女を組織的に支援するのは難しかった。


アッサルートただ一人で結果を出さねばならない研究。

孤独と戦い、世間の無理解と戦い、そして何よりも己自身と戦った。

それでも自然の法則は、何者にも微笑みかけなどしない。

ただそこにあるだけ。決して手を貸しなどはしない。その事実は、研究者を冷たく突き放し、時に理不尽を押し付ける。

「理屈に合わない」と宣って頭を抱える研究者の浅学をせせら嗤いすらしない。自然は、生物に対して無関心なのである。


だが、蝕まれることなく、折れることなく、ただ淡々と積み重ねる決意があった時、思わぬ贈り物を拾わせてくれるのも自然なのである。


解決とは、常に偶然もたらされる。


行き詰まったアッサルートは答えを学問史以前の魔女たちに求めた。

魔女王国の成立によって、分散していた魔女の知識は集積され、体系付けされた。

しかし王国成立以前にも魔女はいたはずである。

魔法の業で学問の研究を助け、社会から排斥されながらも知識を追い求めた女たち。

魔女王国の学問体系に組み込まれなかった独自研究が、野に埋もれている。


それらの大半は裏付けも検証も無い、民間信仰に近い技術や知識ばかりであったが、石には玉が混ざっている場合もある。

事実、魔女王国成立より150年は昔の、エレメンタルの形成過程についての膨大な記録が、民家で眠っていたという事例があった。


つまりは、あるかどうかも分からない、宝探しに打って出たのだ。

当たりがどこにあるのか、そもそも当たりを引けたとして、自分の求める情報なのか。

しかし、彼女は旅立つ他は無かった。信念と、今更後に引けないという強迫が、背中を押した。


その一つとして辿り着いたのが、フランド地方北部、暗森との境界付近に隠されていた地下遺跡だった。

遥か彼方の古代、フランド地方一円を支配していたドゥーヌゴンという都市の伝説が、暗森のオルキシュたちによって語り継がれている。

暗森のオルキシュが鎖国状態を解いたことで明らかとなった伝説だが、魔女王国ではそれと複合する伝説を"眼の魔女"が伝えていた。

ドゥーヌゴンには、魔女のルーツとなる五人の魔女のうちの一人がいたというものだ。

その五人のうちの、別の一人が"眼の魔女"であるというのだが、他の四人については伝承の域を出ておらず、年代や詳しい場所も不明であった。


アッサルートはそこに目をつけた。

二つの伝承の奇妙な一致から信憑性を見出し、遺跡探しを始めたのだ。

とはいえフランド地方は既にどこも調査し尽くされている。

フランド地方一円、という記述から、魔道士会はフランド央部を重点的に調査していたのだ。


しかし、彼女は"地の魔女"と"史の魔女"の研究成果をよく知っていた。

古い建造物は少しずつ地下へ遷移する。その過程で位置が多少ズレる場合がある。

歴史的な文献の記述と、実際の埋蔵地の僅かなズレは、単純な表記の誤りが原因ではない可能性があるのだ。

それに、平地と岩場ばかりのフランド地方にはドラウゴンの怪物の伝承がある。

あれが何らかの歴史的事実を、お伽話という形で伝えたものであるならば、ドゥーヌゴンの痕跡はほぼ破壊し尽くされているのかもしれない。


となれば、可能性が残るのは暗森の周辺だ。

ドラウゴンの怪物に相当する大破壊を免れる領域にあったからこそ、暗森は今もある。

であるならば、ドゥーヌゴンの遺跡か遺物は、暗森の近くに残っているはずだ。

それは、開国したとは言え、未だ文化的な独自性を保っていたオルキシュたちへの政治的配慮から、殆ど行われていない調査だった。


そして一年後、彼女は、あっさりと地下遺跡を発見してしまったのである。

暗森のオルキシュは"忌み子"を魔女が引き取り、殺さずに育ててくれているのを憶えていたのだ。

その恩と、アッサルートの人柄と、自分らの伝承への興味から、調査に協力してくれたのである。


彼女がオークたちと一緒に踏み込んだ遺跡は、何らかの石室のようだった。

一見してそれは墓であったが、副葬品には全く手がつけられておらず、正真正銘の最初の発見であるのは明白だった。

中央の石棺には、かなり巨大な人型の骨が収められていた。

石室と副葬品の状態から、数千年は昔の遺跡だと思われたが、骨はそうとは思えぬほど状態が良かった。

まるで今日死んだ者の肉と内臓を剥ぎ取ったかのように、真白く、傷もヒビも一切無かった。


骨は、立派な木盾と共に石棺に収められていた。

その盾を見た時、オークたちが騒ぎ始めた。木の盾には鯨に呑まれた渦巻の紋様が彫られていた。

それを見て、屈強なオークたちが口々に「渦潮の戦士だ」「海を曳く者だ」「グンパ・ヤーグンソクだ」と囁いたのだ。


暗森のオルキシュにはこのような伝承があった。


遥か古代、巨人の戦士ありて、昼には渦潮を擲ち、夜は海を曳いて敵の肺を海水で満たした。

朝には鯨を捕まえて味方に振る舞い、夕方にはその骨で武器を作った。

巨人の戦士に友あり。その者、巨人の渦潮を研ぎ、海水を後ろから押し、鯨を捌いて煮込み、鯨骨の武器に雷を吹き込んだ。

その者、巨人の戦士が永遠の眠りに就く時、その寝所を守り、再び目覚めるまで巨躯を清めんと誓う。

それこそが『永遠の海の誓い(グンパ・ヤーグンソク)』。巨人の蘇りの伝説だ。


彼らは、この骨が、その巨人の戦士だと思ったのだ。

そして巨人の友に守られているはずの寝所が暴かれたということは、蘇るべき時が来たということ。

しかもこの場にいるのは、死人を蘇らせる業を探しに来た魔女だ。

彼らは精霊の導きを確信した。これは偶然ではない、と直感した。


なんと、オークたちはその場でアッサルートに懇願し始めた。

この巨人を蘇らせてほしい。伝承は真実だった、ならば出来るはずだ。

そう、オルキシュ最高の礼を以って願ったのだ。


彼女にとって、それは心が打ち震える体験だった。

孤独で、理解されず、唾棄され続けて来た自分の学説が、初めて受け入れられたのである。

燻り始めていた彼女の信念に、再び燃料が注がれた。

それを成し遂げたのが知を求める学者たちではなく、原始的な文化生活を持つオルキシュたちであったというのは、歴史の皮肉というものであろう。

とにもかくにも、彼女はこの巨人の骨を、自分の屍術の成功第一例にすると決意した。


では、実際にどうすべきだろうか?


まずは、当初の目的通りに、情報の収集から始めた。

アッサルートの推測では、あの石室を作ったのは魔女だ。

壁には象形文字と思しき文章が大量に刻まれていた上、保護用に植物紙が貼られていた。

副葬品にも文字が彫られており、細やかな配慮と、記録を確実に後世へ残し読み解かせようとする工夫からは、高い知性と先見性を感じさせる。

いずれも学者の思考であり、象形文字の筆跡は弱弱しく女性的。

何より、石室内部には巨人の骨の他に小さな骨の欠片も遺されており、出産経験のある女性のものと思われた。


『永遠の海の誓い』の内容からも、巨人の友は技術者もしくは学者と類推される。

これらを統合して導いた第一の結論が、巨人の友は女性、それも魔女であったというものだ。

恐らくは五人の魔女の一人であろう。ひょっとしたら巨人の子を産んだのかもしれない。


魔女ならば、記述や副葬品には必ず意味があるはず。しかも伝承は蘇りの伝説だ。

彼女はまず文字を書き写し、副葬品を持って暗森のオルキシュの集落に移り、象形文字の解読から行った。


言語学や解読はアッサルートの専門分野では無かったが、象形文字は絵を読み解きつつ文脈と合わせる発想力が重要となる場合が多い。

いくつかの象形は暗森のオルキシュの文化様式にも残っており、彼らの全面協力の下で、解読は速やかに進められた。


それによって判明したのは、巨人の骨を蘇らせる手順だった。

骨を人型の外郭で覆い、内部の空洞を清潔な砂や棉で満たす。

それから"魂保管器"なるものに入れられている魂を、魔力による誘導で骨に定着させるというものだ。


この"魂保管器"が重要だった。回収した副葬品のどれかがそれだと思われたが、迂闊に開けない。

副葬品一つ一つに刻まれた文字を解読し切ってからでなくては、作業を始められなかった。

だが、石室には既に外気を入れてしまった。ぐずぐずしていると巨人の骨が劣化を始めてしまうかもしれない。


彼女は伝書隼を飛ばし、師に助けを求めた。副葬品の解読を頼んだのである。

返事を待つ間もアッサルートは石室に足繁く通い、内部の紋様や様式を克明に記録し続けた。


その結果、巨人の友が元々はよそ者であったことがわかった。

紋様はそれを表す絵であり、物語の文章でもあった。

よそ者であったが、巨人の戦士に受け入れられ、友として過ごし、そして同じ墓で死んだのだ。

ドラウゴンの怪物の災禍からも逃れ、ただひたすら、彼女は友の復活のために尽くしたのだ。

死人への愛情と敬意、そして全力の願いで以って、彼女は自らの命を捧げたのだ。

アッサルートの心に熱さが込み上げていた。それは使命感を超え、敬意と憧れを形作っていた。


やがて、師より返事が来た。

副葬品の文字には、魂保管器の使い方、そして肉体を再活性化する方法が無いためにこのような処置を取らざるを得なかったとの旨が記されていた。

だが、肉体の再活性の方法は、魔女王国の長年に渡る屍術研究が既に完成させている。

魔力をただ注ぎ込むのではなく、部位に応じたエネルギーへと変換して、送る必要があるのだ。

対象がただの骨であっても例外ではない。骨と外郭部を繋ぎ、魂が制御する魔力で、その外郭部を自在に動かせるようにする。

スケルトンとは、骨が動くのではなく、骨が纏う鎧が動いているのだ。骨は魔力の受け皿と変換器に過ぎない。

アッサルートの屍術では、その骨に魂を保存する肉体としての役割も新たに与える。


魂保管器は特定できた。骨にも、袋を縫い合わせた人型の外郭部を被せ、中を棉で満たした。

オルキシュの呪術師も施術に協力してくれる。

いよいよ、整った状況で理論を実践する時が訪れたのである。


二名の呪術師とアッサルートは石室の中で、魂保管器を開いた。

それはまばゆい光ではない。漂うもやでもない。魂は目に見えないのだ。

魔法使いが魔漏法でじわじわと放出させ、張り巡らせた魔力網に触れられた感覚でのみ、魂の存在と位置がわかるのだ。

ただ、今回は魂保管器から出てくるのがわかっているため、その出口に網を張って待ち受けられた。


かくして、古の石室の中で世紀の実験が始まったのである。

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