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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
在の章
197/208

博文約礼

受けられた剣を再び振り上げ、まっすぐに振り下ろす。

馬鹿正直で芸のない一撃だが、だからこそ受け止める他はない。

ストールがもう一度受け止めるが衝撃は殺しきれず、腰が沈む。

アヴムオードの剣は洗練された精妙なる剣技というよりは、覇気と野性味溢るる剛剣と言えた。

斬るのではなく、叩く。もし得物が剣ではなく棍棒だったとしても、全く同じように振るうのだろう。

しかしだからこそ、魔道士はそこから逃れ難かった。

魔法によって受けられはするが、受けきれる体術も、力で抗する体力もないのだ。


だが、魔道士にも利点はある。

多彩な技、そして手数だ。



「“金科玉条”」



七本指の右手のひらを振るう。

狙いは、さきほど打った場所だ。


教訓を、くれてやる。




ぼぎり、とひしゃげ折れる音が響く。


ただし、ノーグルーンの体内で。



「二度も同じ手を食うか」



アヴムオードが腰を落として、平手打ちを肘、正確には籠手で受けたのだ。

広げられた指が籠手の尖った凹凸に引っかかり挟まったのである。

その直後に腕をひねり、引っかかった指を巻き込んでへし折ったのだ。


「うがッ」


苦痛に顔を歪ませるノーグルーンを捻り上げる。

折れた指を籠手に巻き込んだまま、肘を突き上げたのだ。

一瞬だけ全ての行動を痛みに支配された体は引っ張り上げられるまま伸ばされ、よろける。

痛みによって注意力が切れた瞬間を狙い、剣を叩き込んだ。



甲高い金属音。

またもや、ストールに防がれた。

魔法を制御する精神的な余裕を奪っていたにも関わらず。

完璧で淀みないタイミングで、またもや防がれた。




怒りと殺意に心を塗り潰されながら、アヴムオードは戦士としては冷静だった。


──間違いない、これは自動防御だ。

──この魔法は、ノーグルーンへの攻撃を全て自動で防いでいる。

──だから、指は折れた。こちらから触れたのではなく、奴から触れてきたから。




「ぐっ、うっ、て、”天声人語”」



苦しげに呻きながらノーグルーンが唱えると、折れて捕まえられている指がすぽんと抜けるように切断された。

よろけながら数歩後退し、指の取れた手を押さえながらアヴムオードを睨む。

断面からは殆ど出血は無かったが、痛みはあるようだった。息をつきながら肩を上下させている。


アヴムオードも肘に引っかかっている指を放り捨てると、態勢を立て直して対峙する。



そこへ、次の矢が飛来した。

ただしノーグルーンに直接当たるのではなく、部屋の隅の花瓶に命中して割り砕いた。

その破片が背後から襲いかかったが、その全てをストールがまとめて払い落として防いだ。




やはり、自動防御だ。

自動でなければ今のような挙動にはなるまい。

おそらく、あの魔法が防ぐのは二つ。

術者であるノーグルーンが攻撃だと認識したもの。

それと一定以上の速度で術者に接近してくるものだ。

ノーグルーンの方から接近していくものは防がない。そんなものまで防いでいては、一歩走る度に足を地面の接近から防御しなくてはならなくなるからだ。

それらの条件に合致していれば、あの魔法は上下左右360度あらゆる方向からの攻撃を自動で感知し防ぐだろう。




分析を重ねるアヴムオードだったが、やはり今の彼女は冷静ではなかった。

衛兵たちを待たずに、自らの手でこの魔道士を斬り殺す方法に頭を巡らせているのだから。

今の彼女にはむしろ、衛兵たちが到着するまでの時間を制限であるとすら感じていた。

元帥としてではなく、ただ一人の人間アヴムオードとして、彼女はこの敵を殺すと決意していた。



飛び出し、踏み込み、再び斬りかかる。

振り下ろされる剣をストールの端が防ぎ、続いて打ち込んだ拳をもう一端が防いだ。


「ふんっ!」


その状態で、横腹を蹴り込む。

肝臓を狙った蹴りも、ストールが蛇のようにうねり布の腹で受け止めた。


だが、これでもうストールが伸びたりうねったりする余地はなくなった。

止められた拳を開いて掴み、引っ張る。

余りのないストールは引っ張られるがまま、持ち主たるノーグルーンの体をも引っ張った。

引っ張られた体が前方につんのめる。

その先には、既にアヴムオードの額が置かれていた。



──来るもの拒むならば、来させればよい。



鈍い音が響き、ノーグルーンが鼻血を噴き出しながら天を仰ぐ。

つんのめり、自らアヴムオードの額に顔面をぶつけに行った形だ。

自動防御の術式も、ノーグルーン自身も、それを攻撃と認識することができなかった。

弾かれたように仰向けに倒れる魔道士を、だが追撃はできない。

視界と脳を揺らすことはできたが、気絶はさせていない。

ならば、自動防御はまだ消えていない。



だがこの自動防御、弱点が二つある。

一つは「ストールそのものへの攻撃は可能」ということ。

傷はつけられないが、掴むこと、そして力を加えることはできる。だからこそ矢や剣を防いでも、ノーグルーンにその衝撃や重圧は伝わっていた。

もう一つは「使い手の身体能力が並程度でしかない」ということ。

未知なる魔法は脅威ではあるが、逆に言えば奴の脅威はそれだけだ。

もし魔法が無ければ──そこのクロスでも制圧できる程度の力しかないだろう。

つまり術さえ破れば、奴はただの丸裸の男に過ぎない。



「大した、ものだ」



ぐいっと起き上がるノーグルーン。

その動きは無理やりに立ち上がったというか、まるで糸を引かれて立たされた人形のようだった。

両目の焦点は合わず、唇も震えている。

だがその様がより一層、人形に似た不気味さを醸し出していた。



「逃げるつもり、だった。しかし、仕方ない」



だらだらと流れ落ちる鼻血に、曲がった鼻。

しかし突然、骨を折り割るような気色の悪い音とともに、曲がった鼻が元の位置へ戻り、鼻血も止まった。


その時、気づいた。

切断されたはずの指が、いつの間にか元通り生えていることに。


「元帥!」と叫びながら到着を報せる衛兵たちを「来るな! 待機だ!」と押し留める。

こいつには、まだある。

底知れぬ何かがまだ秘められている。


危険だ!




「“鎧袖一触”」




男の全身から飛び出したのは、奔流。

何が何やらわからない、大量の混沌が放出された。

それは魔力なのか、衝撃なのか、幻影なのか。

ただ見えたものをそのまま言い表すならば、数え切れぬほどの拳撃と、蹴りと、刃物と、鈍器。

この世に存在するありとあらゆる”攻撃”と呼べるであろうものが、無尽の鉄砲水のように溢れ出て迫ったのだ。

しかもそれらは、一つ一つが、全く別々のものだった。

全ての拳は別人のものであり、全ての蹴りは別人のものであり、全ての刃物と鈍器は種類が異なっていた。


「先生! アヴィー!」


ノジーの呼びかけも、轟流の轟音に呑まれ搔き消える。

そのあまりにも巨大な津波に、アヴムオードは驚愕の表情のまままず呑まれた。

続いて、奔流の延長線上にいた衛兵たちも呑まれ、流れは壁を突き破って直進する。

横に立っていたクロスとノジーには害は及ばなかったものの、凄まじい圧力にクロスもノジーも後ずさっていた。




「この体は……物質は憶えている。自身に降りかかったあらゆる何かを、現象を、記録している」




奔流の根元、全ての混沌を吐き出しながらノーグルーンは語る。



「この身が受けたあらゆる”攻撃”を……”痛み”を、体は憶えているのだ。魂にこびりつく精神的な記憶ではない、刻まれた傷を見れば何によってついた傷なのかがわかるように、傷を通して記録されたものは、傷が癒えようと決して消えはしない」



やがて奔流が全て吐き出し切られる。

伸び切ったそれは屋敷を貫き、外の衛兵たちの包囲網すら貫き、市街を貫き、人々が騒ぐほどだった。


すると、今度それらは啜り上げられる麺のように、ノーグルーンの体へと引き戻されていった。

高速で巻き取られるホースのように暴れながら、体に収まるはずがない大質量が一人の体へと吸い込まれていった。


やがて、それらが全てノーグルーンの体に収められると、そこに残ったのは、無残な破壊跡だけだった。

床は抜け、壁は砕け、家具や調度品、工芸品や美術品が無残な姿で転がっていた。

砕け汚れた宝石や貴金属が周囲に散乱し、同じ数だけ肉片やひしゃげた鎧の破片も転がっていた。



「お前の傷もまた、この体に刻まれた。唯一の遺産として」



呟くノーグルーン、呆然とするクロス。

あの凄まじい暴流に巻き込まれて、アヴムオードは。

震えながら破壊跡を見やるクロスだったが、それをノーグルーンが睨みつけた。

最後に残った邪魔者を亡き者にしようと歩みを進める。

クロスの方も、震える体に鞭を入れ、力を込め直して”敵”と向き合った。


その瞬間、階下まで開いた大穴から人影が飛び出した。

血とボロ切れで赤黒く染まった全身を躍らせてノーグルーンに飛びかかる。

そこから振り下ろされた刃はやはりストールに防がれたが、ノーグルーンは驚きの表情とともに振り返った。



「なんとも」



斬り掛かった人影の正体はアヴムオードだった。

全身の傷と、引き裂かれ体にまとわりつくだけとなった衣服と鎧で、その姿は何が何やらもう分からない状態である。

一目で分かるのは体中至る所から出血し全身が赤黒く染まっていること、そしてその只中にあっても殺意と怒りを滾らせていることだけだった。


「ッッッッがああああああ!!」


吼え猛り、ミシミシと筋肉を軋ませ力を込める。

その全力にストールは押され、ノーグルーンの顔面に押し付けられた。

ストール1枚隔てた向こうにあるのは死そのもの。

だが魔道士は焦燥も狼狽もしていなかった。




「凄まじいな……魔法とは、斯くあるべきなのかもしれん」


ストールのもう一端が押し合いに加わる。

それでようやく、少しずつ押し返し始めた。



「人知を超えしある種神懸かり的な力、その拳に宿る、その人間が持ちうる膂力を遥かに超えし不可思議。投石の理論を質し、投石器を設計し、素材を集積し、組み立て、撃ち放つ、それを魔法と呼ぶならば、自らの肉体を以ってあらん限りの力で擲つ魔法もあるものだ」



ノーグルーンの両手の指が七本に増え、形を作る。



「魔法とは、力の奔流と制御に過ぎないのだ。全力を込めて振り下ろす拳と、ただ金具を押すだけの杭打ち機は異なるものなのか? 違う、どちらも同じ作用をもたらす、同一の結果に向けての過程だ。結果を生み出せる不可思議であるならば、その制御はなんだってよいのだ」



そして、開かれる。



「それが”金科玉条”だ」



打ち出された両手のひらから、炸裂が響いた。

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