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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
在の章
196/208

天衣無縫

皆が呆気にとられる中、正気を取り戻させたのは剣の音だった。

ノーグルーンの姿を確認するや否や、アヴムオードは踏み込み、剣を抜き放ったのだ。

だが音がしたということは、それが防がれたということ。

ノジーの頭上で剣の一撃を受け止めたのは、ノーグルーンのストールだった。

単なる布に過ぎないものが意思持つかのように翻って己が鋼板であるかのように剣を受け止め、あまつさえ押し合いすらしていた。


アヴムオードがノジーを見下ろす。戦いの鋭い目つきそのままに。

だが彼は怯みも恐れもなく、ただその視線を受け止め、見上げていた。

まるで安心するかのような微笑みを湛えて。


その時、職務を思い出した衛兵たちが槍を構え直し鬨の声をあげた。

彼らが突進する先は当然、ピッタ・ノーグルーンの方である。



「“大山鳴動”」



ぼそりと呟いたノーグルーンがノジーを抱き寄せると、足下に現れた魔法陣が二人を押し上げた。

剣も槍も届かないほどの高さ。そこで二人は魔法陣の上に立ったのだ。

さらにそのまま、魔法陣が動いて回り込むように衛兵たちから距離を取る。



「防護しているか……すぐには殺せんな」



見上げる者たちを見下ろしながらまたも呟く。

魔法使いの戦闘は相手の魔力に干渉することで一瞬のうちに終了するものだが、その干渉を一時的に防ぐ方法は様々である。

衛兵たちの鎧、クロスの持つランタンに刻まれた術式、アヴムオードの鞘に用いられている材質、そのどれもが防護として機能していた。


さて、どうするべきか。


やや思案しながらノーグルーンは鼻息をついた。




「……卑怯者め」




絞り出したような声が響く。

視線をやると、そこに立っていたのは、アヴムオードだった。



「卑怯者、どもめ。何故だ? 何故なんだ? どうしてこんなことをした? どうして」



混乱はしていなかったが、その目は何よりも鋭く二人を睨み上げ、何よりも深く涙を溜めていた。



「お前たちは本当にこうするしかなかったのか? こんな手を使わねばならないほど、我らは手強いのか? お前たちはそこまでして我らを……世界を乱し壊し尽くしたいのか? お前たちには、その先に何があると言うんだ?」



まっすぐ剣を向ける。

言葉と視線同様に。



「どうして……何故なんだ、ノジー……答えてくれ……」



だが剣の先は、かすかに震え乱れていた。

声と視界同様に。




「アヴィー」




返ってきた声に、またもびくりと体が震える。

それは優しい声だった。

そしてだからこそ、アヴムオードに深く突き刺さった。



「先生は、僕の恩人なんだ。命を助けてくれただけじゃない、僕にいろんな、本来なら生きているうちには得られなかったはずのものをくれたんだ。人生は楽しくて、悲しくて、とても素晴らしいものなんだって。だから、恩を返さなくっちゃ」

「そんな、ことの……そんなことの、ために」

「君は素晴らしい女性だアヴィー、でも、やっぱり、僕にとっては先生からの贈り物の一つなんだ」



ばき、ばり、と異様な音が響く。

アヴムオードが歯を噛みしめる音だ。

その顔は憎悪に歪み、両目からは殺意と涙が溢れ出ていた。


「う、う、ぐ」


低く、打ち鳴らされるような唸り声。

怒り、悲しみ、憎悪、絶望、愛、その全てが混沌を為した声は、やがて咆哮と化した。

びりびりと全員の肌を揺るがし、屋敷そのものに響く轟き。

それと共に、アヴムオードは跳躍した。

人の身では届き得ない高みまで跳び、剣を振り下ろしたのである。



「“金剛不壊”」



呟きの直後に、再び閃光と音。

またもやストールが蛇のようにうねり、剣の一撃を防いだのだ。


そして、ノジーがアヴムオードの腹部に手を伸ばし添えると、彼女の体はハネ飛ばされたように弾かれ、エントランス二階の壁に叩きつけられた。


「元帥!」


衛兵たちが叫び、アヴムオードは血を吐きながら倒れる。


「よくも!」

「構わん! 攻撃しろ!」


ノジーと元帥に気遣って控えていた衛兵たちも本格的に攻撃を始める。

宙に立つ二人目掛けて槍を投げつけ始めたのだ。

だがそれらも、ことごとくがストールに叩き落とされていった。



──間違いない、あれは魔法だ。



そう考えながらクロスはアヴムオードの下へ走っていた。

無論、ノーグルーンの魔法陣やストールのことではない。

ノジーが妻を吹き飛ばした方法についての考えである。


魔法使いが二人。

片方は禁忌に身を浸す経験豊富で謎多き魔道士。

もう片方は確かな実力と知性を備えた元”忌み子”。

勝てるのか? 今ここにある戦力だけで、この二人に。


「アヴムオードさん!」


何はともあれ、アヴムオード元帥の状態を確かめなくては。

屈んで声をかけると、咳き込みながらも「大事ない」と体を起こした。

少々血は吐いたが、どうやら軽傷のようだ。

表情や痛みの様子から、骨折やヒビも無さそうである。



「私のことはいい、それよりも……!」



だが彼女の意思と視線は、あくまで”敵”に向けられていた。

彼女の目はもう、倒すべき相手に向けるそれへと変貌していたのだ。


「奴を、逃すな!」


視線の先では、投槍を防ぎながら、二人を乗せる魔法陣は窓へ向かって進んでいた。

外にも衛兵の包囲網はあるが、空を飛ばれていたのではどうしようもない。

屋敷の外まで出られてしまえば追跡などできなくなるだろう。

『スゥガ・タムト写本』より知識を得ているノーグルーンの誰も知らぬ禁忌魔法を追う術などない。

外に逃がしてしまえば、負けだ。




アヴムオードがそう歯噛みした瞬間、窓は外から突き破られた。

砕けたガラス片が舞い散り、その間を一筋の煌めきが駆け抜ける。

すぐさまストールが反応しその煌めきを受け止め、弾いたが、その衝撃は二人を魔法陣ごと窓から遠くへ押しやった。

弾き上げられ天井に突き刺さったモノをノーグルーンが咄嗟に見上げる。



「この鏃……」



それは一本の矢だった。

指のように太い矢柄、拳のように大きく仰々しい鏃には銘が刻まれている。

ただ一単語、”天”とのみ。






「ホッホッホッホッ! 中々面白い技を使いおる」


数百m離れた統制庫の屋根の上、シヤーシヴァ・ノズラクロウが笑っている。

上半身をはだけ、あの強弓を携え、腰から矢筒をぶら下げた格好で。

その傍では従者が屈んで控え、双眼鏡を覗いていた。

ただその双眼鏡が向いている先は屋敷ではない。別の方角にいる、他の角度から屋敷を見張っている仲間の手旗信号だ。


「屋敷の奥、二階付近右側へ退きました」


「遮蔽で防ごうてか。しかし、如何に身を隠そうと──」



先ほど放ったのと同じ、槍のような矢を再び番える。

豪快な軋み音と共に弦を引き、狙いを見据える。



「──”天”より逃るるは能わぬぞえ」



弾かれる音は大気を裂き、鏃は音そのものをも裂き、窓の縁ぎりぎりを掠めながら、正確に二人を目掛けた。








──約二時間前、クロス・フォーリーズはノズラクロウ邸を訪れていた。


部屋にはクロスとシヤーシヴァの二人のみ、従者どころかねずみの子一匹すらいない。

ノズラクロウは相変わらず雅ながらふてぶてしく座している。

対するクロスは礼儀に則り姿勢を正して座っていたが、その姿には媚びやへつらいといったものは無く、むしろ事に臨んでいつ懐の短刀を抜き放ってもおかしくない、緊迫しながらも堂々たる雰囲気を纏っていた。



「望み通り人払いはしたぞよ。して、何用かな?」



しかし若造の意気盛んな雰囲気に呑まれるようなノズラクロウではない。

清流が如く涼やかに受け流しながら、泰然自若をそのまま声に出していた。



「今から、議会の裏切り者と思しき者の捕縛に向かいます」



しかしそれで態度を変えるようなクロスでもなかった。

張り詰めた言葉に「ほお」と抜けた反応が返ってくる。


「皆が噂しておるぞ、裏切ったのは死んだヴンザッカであろ、とな」

「もう一人いるのです、いえ……おそらく、ですが」

「その者の名は?」

「ノイジーローズ・ガルガチュアス」


すばっ とノズラクロウが扇を開く。

扇ぐためではない。注意を扇を持った手に集中させるためだ。

もう片方の手は大きな袖の中に入れ、仕込み手裏剣に添えられていた。



「何を申しておるか、わからぬ訳ではあるまい」

「無論」

「三元帥は承知の上かえ?」

「無論、と申しました」



ふむ、と少し考える素振りを見せる。

その間も、手裏剣から手を離しはしなかった。


そしてその間に、クロスが続けた。



「閣下には捕縛のお手伝いをお頼みしたく思い、ここへ参りました」



手をつき、頭を下げる。


「何卒、お願い致します」


だが、その姿にはやはり媚びもへつらいも無かった。

緊迫し、厳かで、敬いながらも対等な者を相手にしているかのようだった。


それが、わずかにノズラクロウの鼻についた。

そして鼻についたからこそ、無視も拒否もしなかった。

相手をする気になったのである。



「何故捕り物の助太刀など要するのか? 元帥と衛兵だけで十二分に過ぎるであろうよ」

「相手は我々三元帥と議会を相手取り、何十年も正体を隠し続けてきた連衡の大幹部と思われます。どのような備えや策略が待ち受けているか皆目見当もつきません。不測の事態が、必ず起きましょう。その時を思わば、何よりも心強いのは”天箭手”の剛弓です」

「ホッホッホ、これは高く買われたものよ。”不滅””泥首使い””強風”の揃い踏みを束ねて尚、この両手の方が頼もしいとはのお」



貴人の皮肉と嘲りは相手への揺さぶり。

だがクロスの態度や感情に、一毫もの変化は訪れなかった。


「過日拝見しました弓術はまさに神業。しかし更に凄まじきは、あれすらも閣下の業の一端に過ぎないだろうと予感したことです。その底の知れぬ深淵さ、是非力になっていただきたく思うのです」

「何故、力になってくれると思うのじゃ。利など一つもなかろうに」


露骨な要求だったが、クロスは顔を上げた。

そして真正面から、ノズラクロウを見据える。

その程度で怯むはずなどない、白塗りの顔を。




「皆、閣下を疎んでおります。嫌っている、憎んでいるとさえ言って良いでしょう。正直に申し上げて、私もあなたがたのことは嫌いです!」




表情は変わらない。お互いに。


「あなたがたは傲慢で、享楽的で、自堕落で、己よりも劣っていると断じた命に無関心だ。他者を全て見下し、何もかもを嘲笑っている、鼻持ちならない旧時代の遺物です!」


手裏剣からは、もう手は離れていた。



「しかし、以前ここに参りました際、閣下の言葉で一つだけ気になるものがありました。憶えておいででしょうが、閣下は他の二人の議員閣下を叱責する際、こう仰ったのです。『我らは戦うために生まれてきたのだぞ』と」



当然、憶えていた。

印象に強く残ったからではなく、ただ単に最近の出来事であったからだ。



「それを思い出した時、私は気付きました。あなたは生まれた瞬間から”天箭手”であったわけではない。生まれた瞬間からこの屋敷の主人だったわけではない。生まれた瞬間からシヤーシヴァ・ノズラクロウであったはずがないのだと。そう気付いた時、この屋敷の見え方も変わりました」



視線を横にやると、見えるのは庭の景色。

飾り気なく、だが味気なくは感じない、無駄なく配置された美しさ。


「この、洗練された配置、奇妙ながらも美しい意匠、豪華であってもケバくはない絶妙な塩梅、それを為し得る見事な美的感覚……一朝一夕で身につくものではありません」


再度ノズラクロウの方を向く。

しっかと、睨みつけるかのように。


「あなたについても、その優雅ながら威厳ある、ゆとりを持った物腰に佇まい、所作。豊富な語彙と教養、手紙の僅かな記述から事態を見抜く鋭い洞察と知性。そして何よりも見事極まる武技。どれもこれも、才能があったとしてそれだけで実現できるものではありません、幼少の頃より……血の滲むような鍛錬、修練に明け暮れ、得たものより遥か多くの犠牲を払わねば到達できぬ領域」


それは叩き付けるかのような言葉だった。



「あなたたちは、生まれながらの貴族なのではない。誰にも真似できないような研鑽を積み上げてきた、努力の人です。そしてそれを誰にも一切見せないがために、誰からも好かれなかった」



孤高を気取るのは思い上がりでも錯覚でもない。

彼らには、必要だったのだ。

シヤーシヴァは、一体一日に何本の矢を撃ち込んでいるのだろう。”天箭手”とまで呼ばれるほどの腕前を維持するために、毎日どれほどの稽古を積んでいるのだろう。

だがそれを一切、表には素振りすら出さない。それがどれほどの労苦と苦痛であることか。しかもそれを、幼子の頃より、恐らくは一日たりとて欠かさず。

そんな彼らの自意識が余人のそれと同じ高さであったならば……その時点で崩壊していると言って良いだろう。


だから、彼らは世界に楽しみを求めるのだ。

その姿勢が更に、世間からの嫉妬や不興を買うのだとしても。



「しかし私は、あなたがたのその姿勢だけは好きです! 尊敬しているとさえ言っていい!」



真正面から対峙する堂々たる言葉と、一点の曇りもない顔つき。

彼らの価値観では退屈なはずの姿に、ノズラクロウはぴくりと口の端を震わせた。



「そんな私が、閣下に提供して差し上げられる贈り物の一つが、此度の捕り物と思ってください! 反統王連衡の大幹部との対決、もしかすると世界の命運をも後々左右するかもしれません。今生で二度とない、最高の催しと思いませんか!?」



言うべきこと、言いたいことは全て吐き出し切った。

あとは、ノズラクロウ次第。

向き合いながら、息を飲んでその瞬間を待った。

数秒、十数秒と時間が流れ、反応を待つ緊張に汗も流れ始める。



「ふっ、ふふ、ふっ」



そんな時、ノズラクロウの口から音が漏れた。

思わず吹き出てしまったというような音色で、肩もわずかに動いていた。


「ふふっ、ふふふふふ、はっはっはっはっはっは」


その音は少しずつ大きくなり、やがて意味を持ち始めた。


笑いだ。



「わぁっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはははははっはっはっはっ!」



大口を開け、高らかに大笑いを轟かせる。

いつもの高く細い、小馬鹿にするような慎ましい笑い声ではない。

豪快で、豪放で、何一つ憚ったところのない、一人の男の大笑いだった。

屋敷中に響き渡るような繕いのない笑い声を響かせ、はしたなく口をおっぴろげ、目の端に涙すら溜め、大きな体を存分に揺らしながら、下品に笑い上げていた。


突然壊れてしまったかのような様子に、クロスはむしろ戸惑った。

だが呆気にとられて目の前の光景を見守るしかなかった。




「大大大儀であるぞ!!!」




その時、突然ノズラクロウは床を叩いて立ち上がった。

衝撃と音に体がびくりと跳ねてしまう。

そんなクロスを、存分に見下ろす。

満面の笑みを湛えながら、目だけはしっかと見開いて。



「フォーリーズよ、久方ぶりに思い出したぞ」



その声色は既に、妙に甲高くなよなよしい雅なものではない。

力いっぱいに腹底より叩き出した、分厚い鋼のような声だった。




「“俺”は、父の言うことを聞くのが大嫌いだったのだ」




その言葉と、声と、笑みで、ようやくクロスも理解できた。

そして自然と、手をついて頭を下げていた。


「わっはっはっはっはっは!!」


扇を高く掲げ、高らかに笑う。

誰が聞いても心の底からだとわかる、楽しい笑い声だった。








ハンマーで鉄を叩く鍛冶場の音を百倍にしたかのような凄まじい金属音と共に、矢がストールに弾かれる。

防がれてはいるが、その衝撃で二人はエントランス二階の壁へ叩きつけられ、魔法陣は消失した。


「まるで投石器だ。狙いも異常に正確。これが”天箭手”か」

「“アヤの貴人たち”が向こうに回るなんて……先生、ついてきて」


立ち上がり、走り出す二人。

当然、アヴムオードとクロスから離れるように。




「くそッ、追うぞ!」

「はいっ!」




当然ながら、それを追う。

一階にいる衛兵たちを待ってはいられない。




「追ってくるか……いいだろう。私が戦う、案内は任せたぞ」

「はい、先生」




答えながら部屋のドアを開ける。

その直後、新たな矢が飛来しストールに防がれた。

この場所はさっきの窓から死角のはず。一体どこからだ?

振り向いてみても、それらしき隙間や穴などない。


いや、ある。

開いたドアの上だ。

窓から……矢が軌道を曲げて、開いたドアの上を通ってきたのだ。

矢というものが完全に直線の軌道とはならないのを計算に入れて。

なんという奴だ。直接見えてなどはいなかろうに。

たとえ屋敷の構造を知悉し、家具の配置を把握し、正確に撃ち込む技量を持っていたとしても、見えぬ的の位置や距離など、候補が多すぎる。

幾百通りもある可能性の中から一つを選び取り、しかもそれを的中させるなど、まさしく天性にして野生の直感。

数ミリ狙いを違えただけで無意味と化す弓箭の業に於いて、それは勇気というよりもむしろ狂気であろう。



だが、問題ない。

我が秘術”金剛不壊”にて防ぐことは容易。

完全なる防護の術式、鉄壁の守りは誰にも崩せん。




「ノォォォォグルゥゥゥゥゥゥゥンン!!」




より厄介なのはこちらだ。

真後ろから突っ込んでくる怒り狂った獅子。

矢を受け、防ぐ度に足は止まる。その度に必ず追いつかれる。

時間をかければ衛兵どもにも追いつかれよう。




振り下ろされる渾身の刃、かすっただけでその部位は吹き飛ぶだろう。

ストールが受け止め鍔迫り合いに似た様相を呈する。

だが、ストールのもう一端とノーグルーン自身の両腕が空いていた。

右手を開くと、その指が一瞬7本に増え、複雑に絡み合って一つの形を成す。



「“金科玉条”」



そう呟いた直後、再び開かれた右手のひらがアヴムオードの胴を叩いた。

痩せた中年の魔道士に鎧越しにはたかれたところで、本来ならばどうということはないはずだったが……


「んぐっ!?」


アヴムオードは目を白黒させながらよろけるように後退した。

手の平で触れられた箇所には、くっきりと黒い手形の凹みができていた。


「殺せんか、いい鎧を着ている」


言い終わるや否や、天井を突き破って次の矢が飛来した。

曲射ですら狙いは正確だ。ストールで防ぐがノーグルーンもよろけて膝をついてしまう。



「先生! こっちだよ!」



隣の部屋に繋がるドアの奥で、ノジーが手を振っていた。

ノーグルーンがそちらに視線をやった瞬間、ノジーに青と赤の炎が躍りかかった。


「わっ」


目を閉じながら防ぐように両手を向けると、炎は弾かれたようにノジーを避けて通った。



「逃がしません、絶対に」



恐る恐る目を開けて炎の元を見ると、激しく燃え盛るランタンを手に、進み出る者が一人。


「どうして、こんなことをしたのか。これから何をするのか」


同じように燃え盛る意気をまとい、対峙する。



「あなたの、本心を。聞くまでは、絶対に逃がさない」



全身を力と決意で固め、クロス・フォーリーズは向き合った。

ノイジーローズ・ガルガチュアス、最初の”忌み子”へと。




(まずい、援護せねば)


加勢しようとするノーグルーンを、次の矢と、次の剣が押し留めた。

剣を振るったのはアヴムオードだ。

どちらもストールの両端が防いだが、その衝撃と、何度でも肉薄するアヴムオードの重みで援護に向かえない。



「貴様の相手は私だ」



その声と目つきは、既に尋常のものではなかった。

白目は血走り、顔には血管が浮き出、声色には怒りと殺意が溢れ出ていた。

“強風”の怒りを買ったのだ、小手先の魔法ごときで暴風雨は止みはしない。




「膾斬りにしてやる」




それは決意でも誓約でもない。

冷たく燃え上がる予言だった。

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