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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
鉄の章
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鉄の魔女2

ココチがドアを開けた先に立っていたのは、皮鎧に身を包んだ大柄のドワアフだった。

と言っても、それはドワアフにしては、という枕詞のつくものである。

人間の子供程度の大きさしかない種族の中で、172cmというのは巨漢と呼んで差し支えない。

立派にたくわえられたヒゲと頭髪、そして精悍な顔つきがなければ、人間と見紛うことだろう。


「邪魔する」


ココチに視線で礼をしてから、力強い足取りで居間へと向かう。

居間で二人を見つけると、やや所在無さげに視線を泳がせた。


「本当に邪魔したようだな」


その顔つきと大柄な体格そのままの声が、少し惑った。

クロスは既に立ち上がっており、イレーギンに向かって礼を取っている。


「お初にお目にかかりますタルギン太守閣下。わたくし、魔女協会から参りました、クロス・フォーリーズと申す者です」


イレーギンは城下街の管理と経営、治安維持を行う行政太守である。

彼の父が、鉄鉱山とナッグを含んだタルギン領土総督なのだ。


「ではそなたが例の御使者殿か。お役目ご苦労である」


恭しく名乗りにかけられた労いの言葉は「しかし」と続いた。


「ナッグの騒動で、父上が釈明を求めておられる。至急参内せよとのことだ」


クロスは内心で細い悲鳴をあげた。

参内、という言葉。タルギンは既に王家ではないのだが、伝統文化、自意識は残っているようだ。

その統領に釈明のために来い、と言われているのである。

一体どのような言葉を撃ち込まれるのか、考えるだに憂鬱だった。


「承知いたしました。しかしなにぶん不慣れな土地ですので、明日の昼過ぎまでご容赦を……」

「いいだろう。父上にはそう伝えておく」


なんとか、猶予を一日得るのには成功した。

やり取りの終わり頃を見計らい、イーリが言葉を割り込ませる。


「それよりギンちゃん、あたしに用があってきたんだろ? ほっとかれておばさん寂しいよ〜」


筵の上に腰を下ろしたまま、おどけて見せる。

イレーギンは呆れたように、ため息をつきながら振り向いた。


「その呼び名は止めろと何度も言ってるだろう!」

「え〜なんでさ〜あたしはギンちゃんが産まれる前から鉄を叩いてんだよ。そう呼ばれるのが嫌だったら、もう少し大人になんなきゃね」

「俺はもう大人だ! それに年の差なぞせいぜい7つか8つだろうが」

「双角族は5つから親の仕事を習い始めるもんさね。ま、あたしの場合は魔女のお師匠だったけどねぇ」


やり取りをしながらも、筵の上にどっかりと座ってイーリと向かい合う。

その姿に、先ほどまで保っていた威厳は僅かばかりだ。


「今日は作業の進み具合を聞きに来た。俺の鎧はいつ出来上がる?」

「心配しなくても来週の狩りには間に合うよ。胴以外は完成してるし、その鋼も出来てるからね。あとは(なり)を整えて、焼入れして、装飾して上がりさ」

「とても来週に完成するような工程とは思えんな」

「何年うちに卸させてんのさ。胴の一枚や二枚、二日ありゃ出来ちまうよ」


胴を二日で、は大言壮語にも聞こえたが、これまで会って来た魔女たちの業を見るに、可能なのだろうなという説得力も十分感じるものであった。

少なくとも、クロスにはそう思えた。


「手抜きはするなよ」

「するもんかい。しっかり手をかけろって注文だからね、一週間かけて最高のもんを仕上げてやるよ!」


笑いながらイレーギンの肩をバンと叩くと、皮鎧全体が揺さぶられた。

それに動じた様子はなかったが、納得はしたのか、軽く頷きながら立ち上がる。

そして玄関へ向かいかけたところで、思い出したようにまた振り向いた。


「ああ、そうだ。実は狩りの供回りに欠員が出そうでな、出来れば此度の鎧の仕組みに詳しい者に、代わりをつとめてもらいたいのだが」


どこか、その素振りはわざとらしかった。

声の高低も安定していない。


「ああ、わかったよ! ディカドラに頼んでおく!」


満面の笑みで手を振るイーリ。


「そうか、かたじけない。それでは失礼する」


今度は元の安定した声でそう告げると、来た時と同じようにドカドカと去って行った。


(おや……?)


何か違和を感じ取り、ココチに目配せする。

ココチの方もクロスを見ていたようで、小刻みに頷いた。

直感は、当たっていたようだ。


「太守閣下とは、昔からの知り合いなんですか?」


なんとか不自然にならないよう努めながら、ゆっくりとイーリの傍に寄る。


「師匠が城に品を卸すたんびにあたしを連れてってくれてねぇ、お互いガキの頃から顔馴染みだったのさ。よく泣かせたりもしたもんだけど、それが今じゃあ太守閣下様だもんなあ!」


大口を開けて笑い飛ばす。

言葉にするといかにもわざとらしい仕草ではあるが、どうやら全く演技などでは無いようだった。


「そういえば、その、不躾かもしれませんが、旦那さんはどちらに?」

「旦那…ああ、前の亭主のことね! 浮気しやがったからブン殴ってやったんだけど、本当にバカな野郎でさ、なんと逆にあたしを訴えてきたんだよ! だから"法の魔女"に頼んでさ、タダで離婚して追い出してやったんだ」

「すっご」


素直に感嘆の声をあげた。

暴力沙汰の上での離婚騒動となると、大抵は暴力を振るった方が不利となる。ましてやイーリは女性、慣習的には弱い立場だ。

なのに罰金ゼロ、慰謝料ゼロ、示談金もゼロで離婚成立というのは、統王の御世にあっても特殊な事例だろう。


「どうしようもないクズ野郎だったけどね、まあ、今じゃいい思い出さ。ココチを授けてくれたしね」

「母様〜」

「はいはい、おいで」


胸に飛び込んできたココチを抱き締める。

さきほどの乱暴な手つきではなく、慈しむように頭を撫でる。


(吹っ切れては、いるわけか)


すっかり湧いた茶を碗に注ぐ。

表情を隠すようにそれを飲みながら、彼は推測を重ねていた。


「ま! それよりさ、あんた暫くうちに泊まっていきなよ。ここの設備と仕事を見せるようにって、ストイルちゃんに言われてるし、同じぐらいの歳の子がいるとココチもやりやすいだろ」

「家事を手伝って欲しいのです。ここのみんなの服を洗濯するのは、すごく大変なのです」

「恐れ入ります。洗濯は魔法より得意です」


手をついて頭を下げるクロスに、大笑いが浴びせかけられた。


そこで、再びドアが開けられた。ノックは無かったが、顔を出したのはディカドラだった。

娘の頭を撫でながら、女棟梁の体が傾いて玄関を覗き込む。


「イーリさん、三番高炉の頭がまた割れやした!」

「またかい! まったくあの炉は手のかかるジジイだねえ」


よいしょ、と娘を横に置き、その図体に見合わぬ俊敏さでヂャガンを跨ぎ玄関へと向かう。

立ち上がった時にはもう、緊迫した仕事人の顔になっていた。


「母さん!」


その後ろ姿を、娘は呼び止めた。


「お夕飯は肉ですか? 魚ですか?」

「今日は肉だ、客人が来てるからね!」


顔を綻ばせて応え、家を飛び出して行く。

ドアが閉まり切るまで、ココチは手をひらひらと振って見送っていた。


「さて」


家で最も大きな光が出て行ったことで、ひとまず落ち着いた空気が流れる。

これから家事の指南に入るのかな、と考えていたクロスだったが、その予想は外れた。

ココチが上体を眼下に差し込んで、クロスの表情を下から覗き込んだのである。


「……あの、ココチさん?」

「クロスさん、お気付きになられましたか」

「な、なにをです?」

「トボけちゃダメなのです」


じっと投げかけられる視線を前に、冷や汗すら流れた。

思い当たることはあるが、口にして良いものか逡巡した。

外れていては赤っ恥をかき、当たっていても場合により無礼にあたる。

しかし何かを言わねば、この娘はいつまででもこうして覗き込んで来そうだった。


致し方なく、覚悟を決めて口を開く。


「太守閣下は、その、イーリさんのことが好き?」

「正解〜」


座ったまま、諸手をあげて正解を祝福する。

その表情に一切の変化は無かったが。


「ギンさん、鎧を発注してから二日に一回は進捗の確認に来るのです。その度に『時間はかかっても確実に作れ』なんて言っていくのです。行動と言葉が矛盾しまくってるのです。どう見ても会いに来る口実なのです」

「狩りに誘ってたのも、やっぱりそういうことなんですか?」

「当たり前なのです。タルギンは人と富まみれなのです。供回りの代わりなんて、城にはいくらでもいるに決まってるのです」


魔女の娘であり弟子だけあって流石に頭の回転は早い。

それにしても、これほど饒舌な女性だったとは、クロスの第一印象からは外れた口の速さだ。

表情は変えずに、鼻息を荒くして捲し立ててくる。


「イーリさんは気付いてるんですか?」

「気付いてると思いますか?」


問い返されてみると、即座に「否」との答えが導かれた。

それは言葉に出すまでもなく、「あー」という逡巡と戸惑い、その後の納得の声が、答えとなった。


「父さんと母さんがまだ結婚してた時は、ギンさんはあくまで距離を置いてくれました。離婚の時も、あくまで私と母さんの力になってくれて、ずっと昔から好きだったはずなのに、ずっと紳士的だったのです」


ドワアフは体力があり単純だが、頑固で強欲な石頭でもある。自分のやり方をそうそう変えようとはしない。

タージン朝が傾いたのも、その強欲と傲慢のためだ。

まだ王家を気取っているところを見ると、気風そのものは今もさほど変わっていないらしい。

そんな男が、あくまで紳士的に女性に接しているというのは、想像を絶するほど深い愛情を秘めている証左であろう。


「その、ココチさんは、どう思うんですか?」

「どう、って? どういうことなのです?」

「イーリさんとイレーギンさんの関係を、応援したいんですか?」


親子揃って「ギンちゃん」だ「ギンさん」だと宣うものだから、つい「太守閣下」という呼び名が頭から抜け出てしまったようだった。


「母さんには、幸せになってもらいたいのです。ココチの父さんは、父さんですけど、でもギンさんなら上手くやっていけると思うのです。二人にくっついて欲しいのです」


表情は乏しかったが、声色には真剣味があった。

賢くとも年相応の少女なんだな、という感想は初めての感覚ではなかった。

その純粋な想いに応えてやりたいと思うのは、男としてのサガなのだろうか。

たとえそうであろうとなかろうとも、クロスが「どうにか助けてやりたいな」と考えたのは事実であった。


しかし


「うーん、難しいねえ」

「そうなのです。難しいのです」


ドワアフは頑固で誇り高く、一門を重視し、更には欲深いのだ。

市井で働く魔女との婚姻をイレーギンが望んだとして、親族が許すとは思えない。

特に総督である父親ならば、自分の長子は重要な跡目である。

実力者と結ばせて、一族の力をより強固なものにしたいと思うのが人情というものだ。

そもそもドワアフと双角族の間に子供は出来るのか?

どちらも元は魔界の種族ではあるが、ドワアフと双角の合いの子という話は聞いたことがない。

もしそうなれば、イレーギンの後はココチ、つまりは最終的に双角族が家督を継ぐことになってしまう。

ドワアフの長がそんなことを許すはずが無い。一族の財産と権威が、他種族にそっくり奪われるなど。

下手をすれば親子の縁を切り、他の親族を後継者に据えようとしかねないだろう。

かと言って、イレーギンの愛情が非常に強いものであるならば、側室ではなく正室として婚姻せねば後々禍根を残す危険がある。

側室に向ける正室の嫉妬と焦燥、不安は、時に国を傾けるものであるからだ。

浮気を働いた夫をぶん殴ったというイーリが、一夫多妻を認めるかどうか、という問題もある。

そもそも、イーリは恋愛感情を持っているのか? 親しくはあっても、男女としての愛がなければ話は成立しないのではないだろうか?


「よし」


何らかの結論に達したのか、クロスは手を叩いた。

立ち上がり、部屋の隅に置いた自分の荷物を漁り始める。


「いい考えがあるのですか?」


その様子を覗き込むココチに、振り向きながら右手に持つものを掲げた。


「エルガンさんに相談しよう」


それは、一枚の相互紙であった。












『なるほど、大方事情は呑み込めた』


染み込んだ余分な黒インクを相互紙から絞り出している時に、書き送った長文の返事が送られ始めた。

クロスは急いでココチを呼んで、浮き上がる文章を並んで凝視した。

浮き上がる文字の形は、間違いなくエルガン・ナッカランのものであった。


『よくぞ相談してくれたなクロス、もしかしたら大手柄だぞ。その恋の騒動、上手くするとナッグの問題と一挙に解決できるかもしれん。協会が格を下げずに済むかもしれんぞ』

『ということは、手伝ってくれるんですね?』

『もちろんだ。所属する魔女の生活品質の向上は協会の責務だからな』

「やったあ」


隣でココチが嬉しそうに拳を掲げた。


『だが危険もある。一つ間違えば全ての状況が以前よりも悪化するだろう。経験豊かな俺が指示を出してやるから、二人には確実に従ってもらわなきゃならん』

『わかってる』

『娘さんは?』

『わかったのです』


羽ペンを借りて、ココチも書き込む。

小さく、それでいて丸みを帯びた可愛らしい文字だった。


『よし、いいだろう。それではまず、この作戦の前提から始めよう──』


こうして始まったのだ。


後の世で『鉄と槌の出会う場所』という詩にまで詠われる6日間が。

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