鉄の魔女1
『"胞の魔女"は一旦シリネディーク城に戻るそうだ』
街道を歩きながら、相互紙を覗く。
ナッグでの騒動からは既に2日、クロスが彼の地を発ってからも2日が経過していた。
"胞の魔女"が虫を引き連れて去った後、クロスも足を止めずに東へ旅立った。
長居しては危険と判断したためである。
その後、街道宿で一泊、野宿で一泊し、今はタルギン城下街へ向けて歩いている。
『大丈夫なんですか?』
『何、ナッグの成金どもがどんなに騒ごうが痛くも痒くもない。ただ、ナッグは一応タルギン家の所領で、領主と行政使府の認可の下で魔女を置いていた。なのにどっちにも無断で突発的に退去となると、形の上では逐電だ』
『大丈夫じゃ無いじゃないですか』
『まあ、なんだ、ナッグにも協会にも迷惑がかからんような言い訳で、タルギン家と統王に申し開きをせにゃならんな。天核教団はだんまりを決め込んでくれるだろうが、魔道士会はこれ幸いとばかりに糾弾してくるかもしれん』
『私いまそのタルギンのお膝元に向かってるんですよ?』
『心配するな、対応するのは俺じゃなくて御主人だ。それに統王はわかってくれるさ。"屍の魔女"の名前で方々に形だけの謝罪さえしておけば、それで治めてくれるだろう』
『そういえばお師匠様はどうしたんですか。もう3日経ってるのに、まだ戻ってないんですか』
『いや、戻ったんだがな、王都に召喚されてまたすぐ出立した』
『えぇぇ』
『大丈夫だ、途上に"皮の魔女"の拠点がある。新しい相互紙の製作は既に依頼した。明日にはまた直接連絡が取れるようになるだろう』
本当に大丈夫なのかな。
訝しみながらも「わかったよ。以上、任務を続行します」と書き送り、相互紙をポケットに押し込んだ。
タージン朝タルギン王家は、かつて大陸南東部の5つの鉱山を領有し、十一王国時代に名を連ねるほどの強国だった。
しかし過剰な税の一律化が諸侯の反発を招き、西のコギ領主フィンカット家の離反を皮切りに急速に分裂。
鉱山も全て失い、経済母体を手放したタルギン王家は逆に離反諸侯に吸収されるのを待つ運命だった。
それを救ったのがナッグの参入である。
ルーライという新たな収入源、その後の魔女王国との同盟によってタルギン王家は瀬戸際で踏ん張ることができた。
やがて統王の征服が始まり、離反諸侯の殆どは滅ぼされるか移封された。
魔女王国に倣って早期降伏したタルギン王家は、王家でこそなくなったものの一家の存続と所領が安堵される。
離反諸侯が切り取った旧領の返還は許されなかったが、五鉱山のうち北の鉄鉱山のみ経営権が認められた。
そして今は、一地方領主としての立場に甘んじている。
だが鉱山の恩恵は、最盛期の面影を末長く遺してくれるものだ。
クロスの眼前にそびえる、街を囲む防壁もその一つ。
タルギン城下街を囲む高さ15mもの巨大な石壁は、タルギン王家が生き延びられた大きな要因の一つだった。
城門では屯所の衛兵たちが、往来する行商人や旅人、馬車などを見張っている。
土埃をあげながら進む馬車に追い越されながら、クロスは城門を通った。
タルギン城下街。
またの名をタルギン城郭都市。
石材によって作られたこの街は、鉱物の鍛治と冶金、石材加工の技術が発達している。
コギ谷の錫石や鋳塊も殆どはここタルギンに運ばれ、加工される。
鉱山を失い独力で鉱石を調達できなくなっても、結局はこの街に鉱石は集まるのだ。
タルギンは今や独立国としての最盛期に並ぶほどの活気を取り戻しており、南東部では最大の人口密度を誇る都市へと成長していた。
「うわぁ、すごいなあ」
見渡す限り、石造建築と、人、人、人の波である。
人種も多様であり、現界種族と魔界種族のるつぼと化しているようだ。
そこかしこから精錬所、鍛冶場の煙が立ち上っており、遠目には街の中央にあるというタルギン城が見えた。
この街に、"鉄の魔女"がいるはずだ。
クロスは地図を広げる。
"鉄の魔女"の拠点は、ここから市を抜けた北壁付近のようだ。
シリネディーク城下を遥かに上回る人混みを縫って、向かわねばならない。
そしてシリネディーク城下を上回るということは、クロスにとって初めての人混みということであった。
「うおおおおおおおお」
洗濯物が如く揉みくちゃにされる。
「わあああああああ」
お構いなしとばかりに突っ込んでくる馬車に轢かれそうになる。
「ええええええええ」
いつの間にか携帯食をスられる。
満身創痍の状態で人混みを抜けた時、クロスはふらふらだった。
充満する熱気とざわめきは、羊の群れに埋もれるのを思わせるほどであった。
「どしたおめぇー?」
肩で息をするクロスに声がかけられる。
顔を上げると、そこにいたのは前掛けと眼帯を着けた壮年の男だった。
年齢を感じさせない壮健で筋骨隆々な体つき、黒く焼けた肌、煤汚れた手袋。
どこから見ても、鍛治職人という風体の男であった。
思わず周囲を見渡す。
金属を叩く音、職人たちの掛け声。
簡素な屋根の下に据えられた炉に、様々な建物が一つの石塀で囲まれている空間。
どうやら、なんとか目的地には辿り着けていたようだ。
ここは"鉄の魔女"の工房だ。
「あ、コートの紋章! あんた魔女協会のお人かい!」
男が笑顔でコートを指差す。
クロスのコートに縫い付けられた、上から鷲掴みにされた髑髏の周りを薔薇の茨が取り囲んでいる紋章は、魔女協会の印である。
「そ、そうです、"鉄の魔女"さんは」
「イーリさんから聞いてるよ! 俺はディカドラってもんだ」
「あ、クロス・フォーリーズです。よろしくお願いします」
名乗りながら差し出された手を咄嗟に掴むと、力強い握手がかえってきた。
手を放した時、痛みが走り、打ち消すように右手を振る。
苦悶の表情を浮かべながら。
「はっは、学者さんらしい細腕だな。若いうちに鍛えとかないと本すら持てなくなるぞ」
「考えときます……あの、"鉄の魔女"さんに会いたいんですけど」
「分かってる。ついてきな」
誘われるまま、男の後をついていく。
「今は鍛造場にいるはずだ。領主の息子さんから重鎧の注文が入っててね、直々のご指名なのさ」
男の掠れ声を聞きながら、工房の様子を見回していく。
石塀で囲った敷地内にいくつもの施設が立ち並び、それぞれで男の職人たちが立ち働いていた。
汗と火花を迸らせながら、火と金属を相手に一心不乱にハンマーを振るい、炉をかき回し、ふいごを踏む。
そんな姿を見ているだけで、体に熱が伝わって来そうだった。
「いたぞ、あれが"鉄の魔女"様だ」
わざとらしく、それでいておどけたような口調と共に指差された先には、金床の上で金属板を叩く4人の男がいた。
皆軽装に前掛け、鉄仮面を着用しており、逞しい筋骨と見事な連携で次々にハンマーを振り下ろしている。
「えっと、どこです?」
覗き込むように角度を変えて見ても、女性は見当たらない。
男は俯いて笑みを浮かべた後、両手をメガホンのように口に当てて大声で呼びかけた。
「イーリさん! お客です!」
「いま大事なとこなんだよ!」
応えたのは、4人の男の内の一人、ボサボサの赤い長髪と二本角が飛び出ている者だった。
声は野太く力強かったが、それでも確かに女性らしい高さがあった。
男が笑みを浮かべながらクロスに目配せする。
何かしてやられたような気分にはなったが、結局は、ただ役目をこなすだけだ。
数歩歩み出て、男と同じように両手を口に当てて叫ぶ。
「魔女協会の者です! 招待状を届けに来ました!」
金属を打つ音が減る。
赤毛がハンマーを振るのを止め、上体を起こし、こちらに向かって歩き始めた。
同時にディカドラがクロスを追い抜いて赤毛へと向かう。
「ディカドラ、代わりな」
「了解!」
ハンマーを投げ渡す。
受け取ったディカドラは、そのまま鍛造に加わり、元の4人組に戻った。
赤毛がクロスの前に立つ。
190cmを超す長身に、丸太のように太い腕、引き締まった筋肉。
だが真っ直ぐ立ってみれば、胸の隆起は胸筋ではなく乳房だとわかる。
胴と体幹も巨木を思わせる安定感だが、太っているという印象ではなく、あくまで引き締まっている。
「待ってたよ、あんたのことは聞いてる」
鉄仮面を脱ぐと、そこにあるのは頑健な輪郭と、鷹揚らしさを具えた顔であった。
人間で言えば30代の後半といった顔つきだろうか。
若々しさを保ちながらも、豊富な経験を感じさせる、力強い女性の顔であった。
あえて一言で表すなら、美丈夫、という言葉が似合うであろう。
「恐縮です。私、クロス・フォーリーズという者で」
今度はこちらから手を差し出してみる。
「あたしはイーリンデル・アラグラド・マグンズ・ティーフェゲート・マルマクセン。長いだろ? みんなイーリって呼ぶんだ」
握手に応えた"鉄の魔女"の握力はディカドラの3倍はあった。
それは握るというより、潰すと呼んだ方が正しいだろう。
痛みに悶え、思わず彼女の腕を平手で叩いてしまう。
「はっはっは! "屍の魔女"の弟子はみんな華奢だねぇ。ちゃんと働いてんのかい?」
放した手で、今度は頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられる。
「ま! とにかくよく来たね。とりあえずうちまで案内するよ。さっさと儀式済ませていろいろお話ししようじゃないの」
「は、はい、お邪魔させていただきますぅ」
今度は"鉄の魔女"の後をついていく。
数分も歩き、ハンマーを打つ音も遠ざかって来た頃、長方形の石造建築の前に到着した。
構造そのものは城下街に並ぶ他の住居と同じであったが、住人の身長を考慮してか屋根が高い造りになっている。
面積も広く、巨人すら住めそうな家だった。
ドアをノックする"鉄の魔女"。ドアもかなりの分厚さで、投石器にも耐えられそうである。
「あたしだ、今戻ったよ!」
ノックに続いて声をかける。
どうやら、中に誰かがいるらしい。
足音が近づき、そしてドアが開かれた時、その先には──
「おかえりなさい母さん。今日はずいぶん早いのです」
──"鉄の魔女"を小さくしたような、赤毛で二本角の少女がいた。
彼女はすぐにクロスに気付くと、"鉄の魔女"の顔をじっと見上げる。
「ああ、こいつは魔女協会の使者さ。学会の招待状を届けに来たんだよ」
クロスの背をドンと軽く──クロスにとっては殴られたような衝撃だったが──叩きながら紹介すると、少女はうんうんと頷き、改めてクロスに向き合った。
そして、視線で"鉄の魔女"へと何かを促す。
察した魔女は、少し慌てたような様子で紹介をした。
「クロス、こいつはあたしの娘で弟子のココチだ。あたしと同じ双角族さ」
紹介に続いて、少女は深々と頭を下げた。
声色や体格からして、年齢はクロスとさほど変わらないだろう。
「はじめまして。わたしはココリッチ・アラグラド・ディンセン・テーフェゲルント・マルマクセンなのです。長いからみんなココチと呼ぶのです。7代目”鉄の魔女”イーリンデル・アラグラド・マグンズ・ティーフェゲート・マルマクセンの実子で、弟子もやっとるのです」
「あ、どうも、クロス・フォーリーズです。9代目”屍の魔女”ストイル・カグズ・アッサルートの弟子をやらせていただいてます」
相手に倣い、深々と頭を下げながら挨拶する。
その間に、当の"鉄の魔女"はさっさと家の中に入ってしまった。
「さ、どうぞ、母が不躾な真似をしたと思いますがご容赦を。ささ、ささ、どうぞ中まで、遠慮はいらないのです」
「うおーココチー、チーズはどこだぁー」
「チーズは昨日母さんが全部紙幣に換えたのです」
「そうだったあー」
闊達で明るい様子のイーリに比べて、ココチは随分と落ち着いた様子であった。
表情も、母は豊かであるが、娘は無表情に近い。目つきは常にジト目と言ってもよい程である。
クロスは畏まりながらも家へと入った。
家は玄関からすぐ居間へと繋がっており、居間の中央には鉄製の蓋のようなものが据え付けられている。
その蓋を中心に家具や調度品が置かれているが、デザインにはまるで統一性が無かった。
北の獣の毛皮を張った椅子があったかと思えば、西方のキビワラで出来た筵が床に敷いてある。
王都産の華美な壁掛け灯篭の隣に干し野菜を吊るし、魔界産の高級な台形甕で魚をボルター穀醤に漬け込んでいるという有様であった。
これが職人の家ってものなのかな?
クロスは妙な納得を覚えた。
鷹揚で細かいことを気にしない職人の家、と言われれば、そのようならしさがあったのだ。
「母さん、それより帽子はどこにやったのですか。前もって準備しておいた方がよいとわたしは言ったのですよ」
「あれ? どこやったっけねぇ。破れて修理に出した後は見てない気もする」
「またなくしたら今度こそ協会長に怒られるのです。罰金なのです。鉄にかじりついてでも見つけるのですよ」
「はいはい」
イーリとココチは、寝室に行っているようだった。
どうやら魔女帽を探しているようだが、赤の他人が勝手に寝室に入るのもまずかろうと思い、手伝うのは控えた。
とりあえずは、荷物を隅に置き、筵の上に座って待つ。
「あった! あった!」
「わぁい、よかったのです」
どうやら見つかった。
帽子を手に満面の笑みで居間に躍り込むイーリと、あくまで冷めた顔ながら軽い足取りで続くココチ。
どうも、親子というよりは姉妹か親友であるようにクロスの目には映った。
無論、それを言葉にも顔にも表すことは憚られるのだが。
イーリは二本角用の穴が空いたよれよれの魔女帽を被り、嬉しそうに椅子に座る。
クロスは立ち上がって、ポケットから取り出した招待状を差し出す。
その様子を、少し離れたところからココチが見守っていた。
「どうぞ」
「はいはい」
招待状を受け取り、封筒を手で破って中身を取り出す。
内容にざっと目を通すと、膝の上に置いて、咳払いをしながら姿勢を正した。
「あたしは"鉄の魔女"。鉄の魔女イーリンデル・アラグラド・マグンズ・ティーフェゲート・マルマクセン」
「恐れ入ります」
礼を返した時、拍手の音が鳴り響いた。
見守っていたココチが、表情も変えぬまま、鼻息を荒くしながら拍手をしていた。
それを合図にしたかのように、クロスは顔を上げて肩の力を緩め、イーリも息をつきながら立ち上がった。
そして、拍手を続けるココチに笑いかける。
「別に初めて見る儀式じゃないだろ。ねぇ?」
「何度見てもかっこいいのです。母さんかっこいいのですよ」
「それより、客にお茶でも用意しておくれ。長旅でお疲れなんだからさ」
「はい」
少し照れくさかったのか、脱いだ帽子を投げ渡しながら娘に仕事を頼み、自身は筵の上に腰掛ける。
クロスもそれに併せて、対面する位置に座った。
「しっかりしたお子さんですね。おいくつですか?」
寝室へ向かうココチの後ろ姿を眺めながら、何とは無しに訊ねる。
「今年で16さ。あと1年で成人さね。でもあんたにゃやらないよ」
「いえ、その、そんなつもりじゃ」
「なんだい、あたしの娘じゃ嫁には嫌だってのかい?」
「あの、そういうつもりでも無いんですけど」
「はっは、冗談さ」
軽いジャブのような会話。
ペースは今の所、イーリにあった。
「あんたのことはガニっちゃんから聞いてるよ。"忌み子"に生まれたのに、立派にやってるじゃないか。協会長も鼻が高いだろねぇ」
「ガニツさんとお知り合いなんですか?」
「ゴーレムのゴロ錬鉄はあたしの発明品なんだ。それにガニっちゃんの師匠が魔女協会に戻る時は、あたしが仲介をしたんだよ」
「へぇぇ、そうだったんですか。ガニツさんは私のこと、なんて言ってたんですか?」
「"根性しか褒めるところの無い間抜け面"だとさ。あっはっは!」
クロスからしてみれば全く笑えない。
眉間に皺が寄ったのを、自らでも感じ取った。
「まあまあ、そう怒りなさんな。ガニっちゃんにしては、かなりの褒め言葉なんだよ。ゴーレムの術式をパクろうと魔道士会の一人が適当ないちゃもんをつけて統王に請願した時は、もっともっと酷い言葉の手紙を統王に上奏してたもんさ」
「え、それ大丈夫だったんですか?」
「魔道士会を口汚く罵りまくった上に、そんな野郎の讒言を真に受けるならそれにも劣る知性の持ち主だって、統王本人に叩きつけちまったからねぇ。協会の中じゃ"石の魔女"再追放の動きまで起こりかけたもんさ。でも統王本人が笑いながら『術式のみならず詩作まで達者とは、世に得難き才媛よ』なんて言ってくれてね、讒言も喝破して、丸く収めてくれたのさ」
「初めて聞きました。すごい話ですね」
「ガニっちゃんはそれでも気に入らなかったらしくて、統王嫌いは治らなかったけどねぇ。あの子は本当にすごい子さ」
「お茶持って来たのですよー」
ココチがお茶の入った鉄釜と人数分の陶碗を持って来た。
陶碗を配り、鉄釜は中央の鉄の蓋の上に置く。
湯気が立っていないのに気付いてクロスが覗き込んでみると、水面は静かなものだった。
「タルギンでは、このヂャガンで煮炊きをするのですよ」
鉄の蓋が指差される。
よく見ると、蓋には通気用と思われる穴が空いており、そこから微かに熱気が立ち上っていた。
「この下に火種があるんですか?」
「ああ、下に穴が掘ってあってねぇ。薪で火を作って、地熱で温度を保つのさ。たまに枝でも突っ込んでやれば、ずっと燃え続けてるよ」
まだ温まっていない茶を自分の碗に注ぎながら解説する。
「でもあたしゃ、ぬるくて薄味の茶が好きでね。お先にいただくよ」
そして、一息で飲み干した。
続いて二杯目を注ぎ、それもあっという間に飲み干す。
「母さん、クロスさんのぶんがなくなるのです」
「おっと、確かにそうだね」
そう言いながらも三杯目を注いでいた。
「いえ、お気になさらず。いい飲みっぷりは見ていても楽しいので」
「飲みっぷりで思い出したよ。ストイルちゃんにあげた白酒さぁ……」
イーリが新しい話を振ろうとした時、ドアが外からノックされた。
全員の視線がノックに注がれ、ココチが「はーい」とまずは声で応える。
返って来たのは、いかつく、そして張り詰めたような、野太い男の声だった。
「イレーギン・タルギンだ。魔女殿はご在宅か?」
イレーギン・タルギン。
それはタルギン領主の息子、長子の名前であった。