それなりの理由があるのです。
人口は横ばいどころか減少して増えていない。新築一軒家、住宅地は農村部に広がった。駅前は寂しく廃れた。飲み屋とビジネスホテルはあるが、ファミレスやファストフード店はない。田舎生活。車社会。ショッピングモールに行くには車が不可欠だ。中高生の集う場所は通学路に皆無に等しい。このままでは未来を担う者たちは都会に流出する。
魅力的な町づくりね。浩輔は市役所勤務の友人からのメールを読んだ。街コンに強制参加させたヤツだ。はいはい。結果は分かってますけどね。また噛ませ犬的立場かよ。浩輔はメールを返すとひとっ風呂浴びたくなった。
産直の隣に温泉施設ができた。中高生が喜ぶもの作れよ。おじさんおばさんのたまり場じゃんか。
「こうちゃん、いたの?」
湯舟につかっていると、産直の名物店員あきおが手を振った。
「こんばんは。」
「隣いいかな?」
「…家で奥さんと2人で入らないんですか?」
「なんだよ。いきなり。」
あきおは浩輔に肩が触れるくらい近づいた。
「近いです。」
「悪かったな。おっさんで。」
「そういう意味じゃ…」
「いい体してんのになぁ。農作業体使うっしょ。」
「ジロジロ見ないで下さい。」
「ひと仕事終えた後の温泉は気持ちいいねぇ。」
「結婚って大変ですか?」
「興味ある?」
「特に。」
「東京からお嫁さん迎えることもできるよ。」
「テレビで見ました。」
「ご両親と同居になるのかな?」
「軽トラですよ。おれの車。」
「楽しそ」
「外車買った友人いるし。」
「買えばいいじゃん。」
「金かけたくないんですよね。」
「女子受けよさそうに見えるけど。」
「は?」
「泳げる?」
「いえ。」
「マジか。海は好き?」
「キャンプですか?」
「女の子連れてしようよ。」
「さくらなんですよ。」
「桜?花見はとっくに。」
「広樹さんの店で街コンするそうです。おれ、さくらで参加します。」
「彼女作る気ないんだ。」
「テキトーですよ。テキトー。」
浩輔は湯舟から上がった。
「その体、女の子に見せたらいいのに。」
あきおは浩輔の後ろ姿にため息をついた。
「自己紹介お願いします。」
「久世玲於奈。28。」
「イケメンよ。イケメン。」
女子がざわついた。
「…五十嵐浩輔。29歳。農家の長男。以上。」
「農家の長男だって。大変そう。」
速攻アウト。分かっていても傷ついた。
「お酒を飲みながら盛り上がりましょう。席の移動は自由です。」
「ふうっ」
浩輔は端の席に移動した。
「隣いい?」
「はい。」
「なんかすみませんでした。」
浩輔は玲於奈をチラッと見た。
「イケメンにはかなわないよ。」
「ありがとうございます。」
「自覚してるんだ。」
「男の人に言われると嬉しいです。」
「なんで参加したの?」
「さぁ。」
「さぁって。」
「職場の人が勝手に。」
「おれも似たようなもん。」
「ここの野菜、美味しかったんですよね。キュウリが新鮮で、久しぶり口にしました。」
「おれ作ってんの。」
「え?」
「農家なわけ。女子引くよな。長男だし。何のメリットもない。おまけに軽トラ。」
「ぼくは免許ないんで。」
「仕事は?」
「研究室。理系。」
「スゲーな。」
「桜、土手に見に行きました。確か去年、全国放送で花火大会の中継があって、浴衣姿の山岡大介が進行役で。」
「あぁ。美咲ちゃんアシスタントで。」
「美咲ちゃん?」
「地元出身で、ローカル局のアナウンサーになって。1度おれんちの畑に取材に来た。」
「ふーん。」
「なに?」
「浩輔さんでしたっけ?」
「おぅ」
「浴衣似合いそう。」
「いやいやいや」
「浴衣デートとかしたんですか?」
「あんな前がはだけそうなやつ着れるか。旅館の浴衣も嫌いだ。」
「…覚えていませんか?」
「初対面だろ?」
「抜けました?」
「は?」
「ここじゃ言えませんね。」
「何の話?」
「抜くってあれしかありませんよ。」
「笑うな。」
「うちで飲みましょう。」
「誰の。」
「ぼくのですよ。」
「…久世さんでしたっけ?」
「はい。」
「おれは敗退でも、久世さんには告白タイムが待っています。」
「今告白します。ぼくとつきあって下さい。」
「しゃぁねーな。って不毛だろ。」
「下の毛、剃ってるんですか?」
「男同士つるんでどうする?明日中西に怒られる。」
「タクシー拾いましょう。」
「久世さん困るでしょ。」
「楽しいです。」
「イケメンお持ち帰り。洒落にならない。」
「ぼくが浩輔さんをお持ち帰りします。」
「こっちに来て、日も浅くて、心細くて寂しいのは分かるけど。」
「寂しいです。マジで。」
「ここに住んでたんだ。」
「1部賃貸なんです。会社が負担しています。」
「田舎に不釣り合いなマンション。どんなヤツが住んでいるのか気になっていた。」
「よかったですね。入れて。」
「…彼女、東京に置いてきたのか?」
「そうきましたか。」
「腹くくった。朝までここにいる。」
「どうぞ。」
玲於奈は浩輔を中に入れた。
「レンタルビデオ店でぶつかったのはぼくです。」
「あっ。」
「…キュウリはスライスされていても思い出して。そこ座って下さい。ビールでいいですか?」
「キュウリってなんだよ。エロビデオと関係ねーじゃん。」
「突っ込まれました。」
玲於奈はソファーに座った浩輔に缶ビール渡した。
「逆だろ?」
「入れたやつ、食べたんですよね。指でする時や入れる時はゴムしていたから。あーあ。やっちゃったぁって感じで。それからキュウリが食べれなくなって。」
玲於奈は浩輔の隣に座りビールを飲んだ。
「何の話?」
「作り手の愛情って伝わるんですね。克服しちゃいました。」
「キュウリ、どこに入れた?」
「ア○ル」
「ア○ル?」
「浩輔さんのあそこって大きいですか?」
「久世さん?」
「ゲイなのにコンパ参加すんなですよね?」
「ゲイなのか?」
「承諾なしで襲ったりしないから。」
「恋人は?」
「ここに来る前に別れました。つか、既婚者ですからね。」
「既婚者って?」
「相手はバイです。男も女も抱ける」
「はぁ。」
「エロビデオでしこったんですよね。」
「…久世さん。」
「かわいかったなぁ。妄想しました。口でしてあげたくなりました。」
「久世さん。正気に戻って下さい。でないと帰りますよ。」
「したい。したいの。させて。させてよぉ。触れたいの。感じたいの。好きだから。口ん中でおっきくなるの好きだからぁ。」
「無理でしょ。久世さんがイケメンでも萎えるでしょ。されたことないし。無理。無理。」
「マジかわいい。」
「おれを怒らせないで。」
「東京から来たばかりで友達いなくて。だから誰でもいいなんて無理でしょ。ぼくだって選びたい。」
「心の準備ができていません。」
「体は?気持ちよくさせる自信がある。」
「冗談でしょ。いくら経験なくてもおれだって遠慮というか、抵抗します。」
「浩輔さん。試してみようよ。」
「無理。無理。無理。」
「触らせて。」
「ダメ。ダメ。ダメ。」
「尊厳ですか?」
「生理的に。」
「経験していないのに。嫌です。そういうの。」
「久世さん…」
「…ぼくが悪いです。浩輔さんはいい人です。嫌な気持ちにさせてすみません。」
「満たされなかった?恋人を恨んでる?」
「仕方ないです。ぼくはバカをみるんです。でもいいです。ブザマでも。ただ、汚れた欲望じゃない。好きになった人にしたいだけ。ある意味、理解できないかもしれませんが、純粋なんです。」
覚えていない。泣き顔が目の前にあって、崩れ落ちそうな姿にほだされて、自覚がないまま流されて、記憶に刻むことを許さなかった。うらやましほど恵まれた男の本心に触れた時、セピア色の映像に包まれた。
これほど無機質に、他人ごとに、あぁ、こんなことをされているのか。他人の傷を知ることになるのか。他人の人生に関わることになるのか。夢の後、どんな顔をすればいいのか。疑問の中で時は過ぎた気になった。
こいつとは一生関わらない。そんな気になれないのは、こいつを見捨てられないと感じたから?破れない殻にひびが入った。