世界を救う旅で荷物持ちやっとる〜乙女ゲームの裏話〜
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前略、お父さん、お母さん。
こっちは毎日元気にやっとるで。
あたしはこの世で希な『空間魔法』の使い手で、契約した空間にモノを保管し、自由に取り出せる。
色々便利やけど、空間魔法を使えるなんてバレたら、そら面倒やろ? ダル過ぎる。
せやから、『魔法のショルダーバック』のせいにして、今まで上手くやっとったんよ。でな、
……あ。そうそう、この話の前に、説明がいるんやった。
今、この世界は存亡をかけためちゃヤバイ危機に瀕しとるらしいんよ。
まー、黒っぽい紫色した雲が空に浮いてるなんて、見るからにおかしいわな。
あたしも18年生きてきて初めて見たわ。
そしたらな、他の世界に飛ばされてた、今は亡き『祈りの国』の姫様が戻ってきて、なんでも、その姫様がこの世界を救えるらしいんよ。
深紫の雲は、ヒトの悪い気を溜めた神樹が、キャパオーバーして、排出してるんやて。
今までヒトに癒しを与えていた神樹さんは、頑張りすぎたんよ。
『祈りの国』の姫様は心の優しい人で、こっちの世界に思い出もないのに、神樹の浄化の旅に出ることになった。
でも、姫様だけでは、溜まりに溜まった負のエネルギーを浄化しきれんかもしれんから、王族の血を継いでる子息(つまりは王子やな)が何人か同行することになったんよ。
姫様は今あたしが宿をとってる、『黎明の国』におる。
ここを出発して、王子さんたち集めながら、神樹まで向かうんや。
と、ここまで説明すれば次に行けるな?
どこからか情報を嗅ぎつけた、『黎明の国』の王様が、あろうことか、あたしを “荷物持ち” に指定してきたんよ。
後から知ったんやけど、王様にもなると、占い師やらなんやらで、空間魔法の使い手を調べることが出来るんやて。……今までほっといて貰ったことに、感謝でもしとくか……。
姫様のご所望で、旅に出る人数は少なくしたいから、お前、ひとりで荷物持て。ということらしいで?
酷い使いようや……。
でも、報酬はたーっぷり、たーんまり、半分は前払いで貰えるからあたしは受けることにしたんよ。
そういう訳で、あたし、クシナ・オーラム。今、世界を救うために頑張ってる姫様と王子やらの荷物持ちやってる。
おとうも、おかあも、あたしは虐められてる訳やないから、安心して見守っておいてな。
クシナ
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毎日欠かさず書いている日記に目を通し、クシナはそれを閉じた。
今読んだページは、数週間前に書いたものだ。
(はぁ……。姫様はホンマに心が優しくて、ええ人やけど、天然無自覚なところが玉に瑕やな)
人数の増えた一行の、最後尾を歩くクシナは『戻ってきた姫』、ハナ・ミヤウチの姿を捉える。
色素の薄い彼女は、守ってあげたくなるような控えめな性格が拍車をかけ、王子たちの心を次々に射止めている。
『黎明の国』アラン・クルーガー
『金春の国』キース・ライオット
『朱夏の国』カイン・フレクシス
『秋月の国』ルーク・ベルモンド
『冬青の国』グレイ・タイラント
王族の血を引く彼らは、皆美形揃いの強者たちだ。
荷物持ちの身分では、恐れ多くて話しかけることなど出来ない。
クシナは空気のように扱われる。
別に無下にされる訳ではないが、必要最低限、関わらない、といった様子だ。
王子は皆、姫様にお熱なので、存在を忘れられていることすらある。
そんな中、クシナと頻繁に関わらなくてはならない存在もいた。
それが姫様たちの生活を支える執事で『黎明の国』から同行している、シベル・ファーレン。
黒髪青目、目元の黒子がどこか色っぽい彼は、若いのに何でもできる。
荷物持ちをしているクシナに話しかけるのは、彼くらいだろう。
クシナは食事の準備や、寝るのに必要なものを彼の指示で取り出している。
「クシナ様。そろそろ食材を補給しようと思います。次の街で買い物に付き合ってください」
「わかりました」
シベルは誰にだって敬語を使う。
様はいらないと旅の初めに何回か伝えたのだが、彼は一度もその要望を聞いてはくれなかった。
ちなみに、クシナも彼らといる時は標準語しか話さない。訛っていると、それだけで田舎者扱いされ、無駄に舐められるからだ。
(ハァ……。次の街は、自由行動の時間が短くなるな)
彼女はこの仕事を引き受ける前には、もちろん違うことをしていた訳で。
様々な国をめぐり、『均衡組合』という組合に参加している店から、いらなくなったモノを引き取り、それを必要としているところへ提供する、というパイプ役をしている。
時にはいらなくなったモノだけではなく、普通に売買して行商人として、世を渡り歩いていた。
組合は彼女が設立したもので、時間があれば、姫様たちの旅の合間にでも仕事をしている。
(今回は、マリアナさんのとこだけ寄ってくか)
クシナは予定を変更し、何度も訪れたことがある街に入った。
宿を取りひと段落して、シベルが声をかける。
「アラン王子。クシナ様とわたしは買い出しに行ってまいります」
「わかった」
「シベルくん。いつもありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「ハイ」
宿の出口近くで待っていたクシナは、シベルがいつもと変わらぬ短い返事をしているのを見て、不思議に思っていた。
(そーいや、この執事さんは男なのに姫様に靡かんな? ……いや。もしかすると、心の中では身分の差に苦しんで、気持ちを押さえ込んどるんか?)
あと4日もすれば神樹のある街にたどり着く。
他の王子は次々に姫様の虜になっている中、それ程の時間を共にしておいて、惚れないのもおかしい。
シベルを探るように見たからだろうか、話していた彼がパッと振り向く。
クシナは彼が王子たちの護衛も兼ねた、何でもできる執事だと、王様から知らされていたので、彼が視線に敏感なことに納得した。
「……行きましょう」
こちらに歩いてくる整った顔の青年に、クシナは頷いて街に出た。
「先程、視線を感じましたが、何かわたしに言いたいことが?」
すぐにシベルは確認をとる。
こういうところが、できる護衛兼執事だ。
「いえ。ただ、シベル様が王子様がたのように姫様のことを好いてはいないのか、それとも気持ちに蓋をしているのか、と勝手に考えていただけです」
歩きながら正直に言ってみたところ、シベルの表情が暗い。
クシナも商売柄、人の様子を探るのは得意なので、感情を表に出さないシベルのことも、大体把握できる。
「失礼しました。『王子様たちと同じように』は失言でしたね。謝ります」
クシナは全く王家というものを敬っていないが、仕えている彼からすれば不服だったのかもしれない。一応、謝罪を口にした。
「……いえ。……あなたにはそんな風に見えたのですか」
「王子たちがあれほど、姫様に射止められているのに、何も変わらないシベル様は不思議だな、と思い、たどり着いた可能性の話をしただけです」
別に彼が姫を好きだろうが、そうでなかろうが、正直どうでもいいのだが、退屈凌ぎにはなるかと思って考えただけだった。
荷物持ちとしての旅路では、姫様を取り巻く恋路を観戦するのが、案外面白い。
「…………好きになる訳ないだろ」
ぼそり、小さな声がこぼれた。
「え?」
しっかり聞こえてしまったクシナは困惑した。
隣を歩くシベルの顔を覗くと、嫌悪を露わにした彼が、一瞬で元の表情に戻るところだった。
「どうかされましたか?」
「……イエ。何でもありません。私の気のせいだったみたいです」
通常運転で乗り切るらしい彼に、クシナも見て見ぬ振りをした。
それから、シベルが大量の食材を買い、クシナがそれをバッグに収めるというのを何回か繰り返して、買い物を終える。
「あっ! クシナ! この街に来たってのは本当だったんだな!」
自分の名前を呼ばれて、クシナは振り返った。
「ウルソンさん!! ええっ! 驚いた! めっちゃ久しぶりやん?! 元気にしとったー?!」
現れた男はクシナと長年の付き合いで、組合についても一枚噛んでくれてる人物だ。
久しぶりの再会に、シベルのことも忘れて、クシナは彼に走り寄った。
「元気にしてたよ。それよりお前はこんなところで何してたんだ? オレはてっきり、ミリーラ地方に行ったと思ってたんだが」
「今、世界救う旅の荷物持ちしてんねん。金いっぱい入ったから、これ終わったら色々買って行こうと思っとって……って、あ」
シベルの存在を思い出したクシナは、彼を振り返る。
「……あー。シベル様。彼は私の友人、ウルソン・ハイデガーです。突然、失礼しました。久しぶりの再会だったもので」
「いえ。驚きましたが、問題ありません」
後を追ってきたシベルは、ウルソンに視線を移した。
「『黎明の国』に仕えております、シベル・ファーレンと申します。彼女には始終、お世話になっております」
溜息をつくほど、丁寧な対応である。
「へぇー、これはとんだ色男だな? クシナ、お前、失礼なこと言ってんじゃねーだろうな?」
「余計なお世話や。ウルソンさんこそ、おねーさんたちに手ばっかり出しとるんやろ? そのうち刺されるで?」
「お、よくわかったな? この間、腹刺されて危なかったんだよ」
痛かったなぁ、と腹をさする男に呆れた溜息がでるのも仕方ないだろう。
「……あっそ。そろそろ身固めな、跡取りに困るで?」
「余計なお世話だ」
ムッと眉を釣り上げるウルソンを、クシナは適当にあしらう。
「はいはい。あたしは仕事中なんで、取引きならまた今度な? じゃ。殺されんように頑張りや」
「終わったらどこにいるのかくらい、連絡寄越せよな!」
「はーい」
そう言い残して去っていくウルソンに、クシナは軽く手を振った。
「……すいません、お待たせしました。行きましょう」
「ハイ」
宿に戻る道、クシナは自分に向けられる視線をヒシヒシと感じていた。
先程のことで、シベルが珍しくクシナに興味を示しているのである。
(……仕事について、王様に告げ口でもされたら面倒やからな。無視や、無視)
何か聞きたそうにしているのを、知らん顔で彼女は歩く。
「クシナおねぇちゃん!!」
「うえっ!?」
何かが横から突撃してきて、クシナは奇声をあげる。
シベルもクシナを気にしていて反応に遅れたが、飛び込んできた子供を見て、暗器を出しかけた手を止めた。
線が細く、決して綺麗とは言えない服に身を包んだ少年。
「クシナおねぇちゃん。助けて。マザーが!」
そのまま泣き出す少年に、クシナは眉をひそめる。
「……シベル様。もう買い物は終わりですよね? 私は後から宿に戻ります。……バルやろ? マリアナさんがどうしたん?」
シベルに先に戻るように伝え、クシナは彼の涙を拭きながら、ゆっくり喋りかける。
「マザー、いきなり倒れて……。動かない。ぼく、助けを呼ばなきゃって思って!」
「そっか。……よく頑張った。おねーちゃんがなんとかしたる」
クシナはバルを抱き上げると、小走りで街の外れに走っていく。
クシナがたどり着いたのは、教会だった。
「クシナおねぇちゃんだ!!」
「おねぇちゃん! こっち!!」
「おかあさんがッ、ウェーン」
混乱した子供たちに大丈夫だと、笑いかけながら、案内された部屋へ。
「マリアナさん……」
「あら、クシナさん……。来てくださったの……」
意識を取り戻したらしいマザーが、弱々しくクシナを迎えた。
「バルが、マリアナさんが倒れた、と」
「……ええ。ちょっと体調を崩してしまって……」
「サフィとレイクは?」
この教会で保護されている中でも、歳の大きい2人の名前を出す。
「……働きに行っています」
「そうですか……。とりあえず、診ますね?」
クシナはバッグから医療道具を取り出し彼女を診察する。
「……過労ですね。今日この街に来られて良かった……。ご飯はまだですね? 私が作ります」
「ありがとうございます。年に数えるだけでも、あなたが来て下さらなければ、わたしたちは……」
涙を浮かべるマザーに、クシナは何も言わないで台所に立った。
空間魔法で、彼女たちのために保存している食料を取り出し、料理を作っていると年長のサフィとレイクが帰ってきた。
「おかあさんが倒れたって?!」
「マザー?!」
「ふたりとも、落ち着きぃや? 今、マザーは寝とる。疲れとったんやろ」
台所から顔だけ出してなだめると、ふたりはピシリと固まった。
「クシナさん?!」
「クシナ! いつ来たんだよ!?」
「今さっき。今日この街に来たんよ。顔だそう思っとったら、バルが街で助けてくれぇ、言うから走ってきた」
手は止めないで口を動かす。
「ご飯にするで。マリアナさんは薬も飲んで安静にしとる。あんたらは、ちゃんとご飯食べて、身体壊さないようにしぃや」
サフィとレイクは顔を見合わせ、ちょっと涙目になりながら、夕食の支度を始めた。
温かい食事が机に並び、子供たちは目を輝かせる。
「サフィ。これ、マリアナさんの薬や。疲労で倒れただけやから、大事はない。頼むで?」
「……もう、行っちゃうんですか?」
顔を合わせて数時間しか経っていないのに、もう別れだと知り、サフィは悲しみを隠さない。
「……あたしは、酷い人間やからな? もう行くで」
「クシナのバーカ! それ、毎回言ってるけど、おれたちはそんなこと思ったことねーよ!」
レイクに睨まれ、クシナは困ったように笑った。
「酷いやろ? 金持っとるくせに、こうしてたまーにだけ顔だして、ご飯出すだけやで?」
「おれ、知ってるぜ? 前来た時は、クシナが持ってきた壊れた家具を弟たちと一緒に直して、ボロッボロだったうちの古いのと交換してくれたろ? 金を置いてくだけじゃなくて、ちゃんと考えてるんだろ?」
「あれは王都で出たゴミや。あんたら、ゴミを掴まされとるんやで?」
少し低い声で話すクシナは、笑っていない。
「あれをゴミっていう奴らがゴミだ!!」
「……レイク。落ち着きなよ。でも、わたしだって、クシナさんのこと、酷い人間だなんて思ったことは無いよ? さっき、ご飯だけって言うけど、ちゃんとお金も寄付してくれてるんでしょう?」
「……あんたらがガリガリになって頑張らなあかんくらいの金しか置いてない」
クシナはそれ以上は何も言わず、サフィとレイクを一緒に抱きしめた。
抱きしめられたふたりの目からはついに涙がこぼれ落ちた。
「わたし、次にクシナさんのご飯食べるまで、また頑張るから!」
「おれも、クシナがそんなこと言わないで済むように、強くなるっ」
「アホやなぁ……。外には、優しいフリして、恐ろしいこと考えとる奴もいるんやで? 簡単に人を信じちゃあかん。ええな?」
クシナは人数分の古着を置いて、教会を出た。
「ほんと。呑気に世界救ってる場合や無いんやけど……。ハァ。お腹減ったー」
あまり長居をすると、姫様が心配するかもしれないので、夕食は一緒に食べなかったのだ。
(あの姫様、あたしにも気遣ってくれるからな……)
王子たちはクシナに見向きもしないが、心の優しい姫様は荷物持ちも気にかけてくれる。唯一の同性だからであろう。
有難いが、そういう時には王子たちに邪魔そうな視線を注がれるので、勘弁してほしい。
バッグから、栄養補給食を取り出し、短いクッキーのようなスティックを嚙る。
これはクシナが超節約レシピで作りだめしているものだ。
(……宿戻ったら、服作らな。もう子供服のストックがない……。王都で集めた古着をそのまま着させると、目つけられるからな……)
一気にスティックを口の中に入れると、宿に走った。
「あ、クシナちゃん。遅かったですね。何かありました?」
廊下で顔を合わせると、心配そうに話しかけてくれる姫様。
「知り合いと話し込んでしまって……。ご心配をおかけしました」
「いえ! そんなことはありません! ただ、クシナちゃんも女の子だから、気をつけてくださいね?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
にこり、と業務対応をとり、クシナは部屋に入った。
それからは、古着を組み合わせて服を作る。
彼女、器用なもので、大抵のことは何でもこなせる。
こうやって、お金を節約しながら、貧しい人々に手を差し伸べていた。
コンコンコン、と扉を叩く音がするので作業を中断し、誰かを確認する。
「……こんばんは」
扉の向こうにいたのは、黒髪の美形。
シベルだった。
「何かありましたか?」
夜に部屋を尋ねられたことなど一度もなかったので、何事かと慌ててドアを開いたが、シベルはポットとマグカップの乗ったトレーを持って立っていた。
「あ、いえ。部屋の明かりが見えたもので。温かい飲み物でも、と……」
「え? ……わざわざありがとうございます」
受け取ろうとしたが、シベルは立ったまま。
「……その。よろしければ、わたしがお淹れしましょう」
つまり、部屋に入れてくれ、ということだろう。
一体何を企んでいるのか、クシナにはわからなかったので、とりあえず中に入れて様子を見ることにした。
ベッドと小さなテーブルと椅子しかない簡素な部屋で、マグカップに何かを注ぐシベル。
「どうぞ。ホットチョコレートです」
マシュマロの浮いたそれを手渡され、クシナは内心戸惑いながらも受け取った。
(何考えてんの、この人? )
初めてのことで、全く予想がつかない。
両手でカップを握ったまま、マシュマロが溶けていくのを見つめていると、シベルが口を開いた。
「……驚いて、いますよね?」
まったくもってその通りだ。
「はい。私に何か話でも?」
「……実は、先程、あなたのことを尾けさせて頂きまして」
「ああ……。教会のことですか……。食事に使ったのは私が自分で用意していたものなので、ご心配なく」
横領などしていない。
何なら、買ったものが無事だと出して見せようかとすれば、止められた。
「違うんだ。そうじゃなくて……」
言葉が砕けているのは、慌てて訂正したからだろうか?
「君は、いつから福祉活動を?」
「……稼げるようになってからですから、四年くらい前ですよ」
シベルは目を見開く。五つ歳下のクシナが、そんなに幼い時に福祉に目覚めたとは信じられなかった。
「もし、シベル様が私のやっていることを褒めて下さるなら、それは筋違いです。これは私の自己満足による、ただの偽善活動ですから。……今日見た事は忘れてください。飲み物、ありがとうございます。早く世界を救えるように頑張りましょうね」
最後の一文は心にもない言葉だったが、これ以上話すことは無い、とクシナはシベルを拒絶した。
それから4日後。
予定通り、姫様一行は神樹の生える森がある街にたどり着いた。
ここに来るまで、王子たちを仲間にするためにどれだけ手間がかかったことか。
時には巻き添えを食らって危ない目に遭うこともあった。もちろん、王子は姫様を守るので、クシナは自分のことは自分で守った。
面倒なことがありそうだと、シベルと食事の準備係になり、できるだけ留守番組になったりした。
嫌がっていた者も、結局は姫様に説得されて、ここまで来た。
クシナは心の中でこの現象を『姫様マジック』と呼んでいる。
“マジック” といえば、この世界では皆、通常魔法を使えるが、特殊魔法と呼ばれるものは、一部の王族しか使えない。(余談だが、クシナの使う空間魔法は希少魔法と呼ばれる部類だ)
この力を使って、神樹を浄化するらしい。
街で準備を整え、遂に浄化決行の日。
紫の雲も、大分グロい色になり、空を埋め尽くしている。そんな日だ。
…………姫様が、拐われた。
犯人は、つい最近まであった『終末の国』の王子、ガイア・チェスター。
ちょくちょく姿を見え隠れさせていたが、ここに来てやってくれた。
王子たちは怒りをあらわに、彼女を取り戻すと一致団結している。
(……まだ延びるのか)
旅の終わりが一向に見えてこないことに、クシナはそろそろ疲れてきていた。
「私は足手纏いになりますよね……」
一言だけエールを送りクシナは街で待つつもりで、勇気を出して王子たちにそう言ったところ、
「いや。ハナが今、どんな状況かわからない。お前にも役に立てることがあるかもしれない。一緒に助けに行くぞ!」
と、手を取り言われてしまう。
(……勘弁してくれや)
医療キットを持たされているのもまた事実なので、クシナは行くしかなかった。
(もう散々や。これからは人の恋路を見て楽しんだりせんから、今すぐあたしを宿に返して……)
顔には出さないものの、げんなりしたクシナは、いつも通り最後尾でやる気満々の王子を追う。
姫様が囚われているらしい古城には、特殊魔法で生み出された魔物たちがひしめき、王子たちはそれを薙ぎ払って前に進んで行く。
クシナは、というと。
「シベルっ、そいつのことは任せた!!」
「かしこまりました」
可哀想に、アラン王子に命令されたシベルが守ってくれている。
自分の道さえ作ればよし、の王子様たちは、どんどん先へ進んでいくが、こちらは付いていくのが大変だ。
(めんどい……。というか、執事に面倒ごと押し付けるって、さすがやな……)
「ウワッ!」
いきなり腕を引かれ、クシナは声を上げる。
「俺の側を離れないで」
(……誰やねん)
驚いて二度見したが、どう見てもシベルだ。
彼はポカンとしているクシナとは打って変わり、真剣な表情で細くて鋭い紐を武器として張り巡らせ、魔物を一掃している。
「大丈夫?」
ひと段落すると、唖然としているクシナに声をかける。
「……シベル様こそ、どうかされました? いつもとは様子が違うようですが」
裏はありそうだな、と思ってはいたが、驚くものは驚く。
「……そうだね。どうかしたのかも」
意味深な言葉を言うと、シベルはクシナの手を握ったまま、王子たちが消えていった方向に走った。
(おいおい。ここにきて、まともな人が誰もおらんようになったら、あたしはどないすればええねん……)
頭を抱えたくなったが、腕を引かれており、それすらできない。
何やら声が聞こえる広間に行けば、今までとは比べものにならない程、凶暴な魔物が出現した後だった。
「面倒なことに……」
流石に足を止めたシベル。
中をチラリと覗けば、黎明の王子と終末の王子が剣を交え、他の王子たちが魔物と戦っている。姫様はその奥で、柱にくくりつけられていた。
図体の大きい魔物が暴れるので、古城は今にも崩れ堕ちそうだ。
「ッ! シベル! ハナを!!」
すでに城は崩れ始めており、天井から瓦礫が降ってくる。シベルを見つけた黎明の王子は、そう叫んだ。
呼ばれた彼は、ギュッとクシナを握る手に力を込める。
「シベル様。行かないと。世界が終わっちゃいますよ。私は平気なので」
「……」
「はよ行き」
クシナも世界が滅びるのは困るので、強く言い放つ。
シベルは弾かれたように、戦場に走っていった。
その後、魔物が暴れて飛んでいった瓦礫が、残されたクシナがいた場所を跡形もなく崩す。
「クシナ様!!」
シベルは叫んだ。
自分で呼び出した魔物に攻撃を食らった終末の王子。シベルより早くアラン王子が姫にたどり着く。
「ハナッ! しっかりしろ!」
「……アラン? っ! ガイアは?! 彼を殺してはダメ!」
「わかってる。殺してはいない。それより早くここを出るぞ」
姫を横抱きにすると、黎明の王子は外が見える、壁に空いた穴から飛び降りた。
それをみた他の王子も、魔物にとどめを刺し、終末の王子を回収して城から脱出する。
「クシナ!!」
だが、黎明の国の執事は、まだ城の中にいた。
「くそッ。なんであんな姫なんかっ!」
滅多に感情を出さない彼は、そこにはいなかった。
「どこにいる、クシナ!」
「……せやから、誰やねん」
シベルはその声を逃さなかった。
「クシナ!」
彼女は生きていた。
崩壊でできた段差の下にいた。
シベルは手を差し伸べ、彼女を力強く引き上げる。
「無事でよかった」
そのままの勢いで抱きしめるが、クシナはもちろん怪訝な顔をしている。
しかし、逃げ遅れたふたりは、非常に危険な状況だ。
「離して。はよ逃げな、死んでまう」
クシナはシベルから離れると、猛スピードで出口を目指す。
シベルも隣を走っていたが、出口が近づくとクシナを簡単に抱き上げ、外へと飛んだ。
思ったより高さはなかったが、下手に着地をしたら死んでいただろう。
「……死ぬかと思った」
豪快に全壊した城を生きて見届け、クシナは呟く。
「生きててよかった」
彼女を下ろしながら、シベルは言う。
クシナが見えなくなった時、死んでしまったかと思ったのだ。
「助かりました。ありがとうございます」
助けてもらったので礼を言ったのだが、シベルはあまり嬉しそうではない。
(なんなん?)
顔をしかめるが、とりあえず、姫様の無事を確認したので、クシナの荷物持ちは続行だ。
今回の件で、姫様に傷はひとつもなく、クシナの出番は全くなかった。
金春の王子が抱えてきた終末の王子も、大した怪我ではないので、やることがなかった。
無事なのは良いことだが、死にかけた身としては不服である。
彼女は崩落に巻き込まれたせいで、右手首を捻挫している。
割に合わない仕事だ……。
命があるだけ、マシなのか?
(……やってられんね、まったく……)
痛む手首を無視して、クシナはまた最後尾を歩く。
「……クシナ様、お怪我は?」
「大丈夫です」
口調が戻ったシベルに適当に返事を返す。
先程までの変貌ぶりは、いったい何だったのだろうか?
(自分も人のこと言えんけどな)
時、場所、場合にあった顔を作るのは、何もおかしなことではない。
クシナも普段通り、彼と接した。
宿に戻り自分の部屋についてから、手首を確認すると結構腫れている。
「ハァー……」
元は左利きの、鍛えた両利きなので、生活に支障はそこまで出ないだろう。
空間魔法で氷を取り出し患部に当てる。
クシナは自分の空間魔法をバッグにかけているように見せかけている。
しかし、本来の魔法は、どんな場所の、どんな時でも、願った通りにモノの出し入れができる、とても便利なものだ。
バッグはカモフラージュでしかない。
今回、ひとりで取り残されることになり、その特性を活かした最終奥義を炸裂するときがきたか、と思っていたが、シベルが助けに来たことで免れていた。
コンコンコン、と礼儀正しいノックが聞こえる。
クシナは真っ赤になった手をできる限り袖で隠し扉を開けた。
「どうかしましたか、シベル様」
今は日が暮れはじめ、夜へと変わる時刻だ。
「お腹、空いてませんか? 一緒に食事をと思ったのですが」
「それは姫様がたも?」
「いえ。今、王子たちは姫に付くか、終末の王子と話をするかのどちらかですので」
お昼を食べ損ねたので、お腹は空いている。しかし、右手を見られて変に気を遣われるのも面倒だ。
答えに迷っていると、シベルが躊躇いがちに口を開いた。
「…………あんな事があった後ですから、心配だったんです。あなたのことが」
教会のことがあってから、シベルの対応が良くなったのは間違いないだろう。
(まぁ、かっこええ執事さんに構ってもらえるのに文句はないんやけど……)
「シベル様に助けていただいたおかげで、ご心配には及びませんよ」
「……なら、その右手は何ですか」
ギクリとクシナは笑いかけた頬をひきつらせる。
「アハハ。さすが、シベル様。鋭いですね」
「見せてください。部屋、入ってもいいですよね」
遠慮なく入ってきたシベルは、クシナを座らせると、右手をとる。
「腫れてる。痛いでしょう」
「命があるだけマシですよ」
死ぬ気はさらさらなかったが、あそこで姿を消して、荷物待ちを途中棄権しようかと考えたのは秘密だ。
「……俺があの時、君から離れなければ」
「行けと言ったのは私ですし、世界が滅ぶ方が困ります」
「ですが……」
苦虫を噛み潰したような顔をするので、クシナは面倒になってくる。
「あーもー。そんな辛気臭い顔せんといて。あなたが助けに来てくれて、あたしは嬉しかった。それでええやろ?」
「ッ! ハイ……」
目を張るシベル。
クシナも彼の前でやらかしているので、隠すこともないかと、ペラペラ喋り始める。
「にしても、ブレない礼儀正しさやな? あたしの方が歳下で、身分もない。無理にとは言わんけど、普通に話してくれたほうが、合わせるあたしも気が楽なんやけど」
「……作ってるからね。あいつらの前では、本当の俺なんて見せたくない」
「へぇ。なんか色々ありそうやね。ずっとあんな風にするのは、あたしには無理や。ある意味尊敬するで」
「嬉しくない」
不本意そうだが、別にクシナも褒めているだけではないのでその反応は正解だろう。
「そ? まぁ、ええわ。シベル様はお腹空いてないん? あたしは腹ペコやから軽く食べるけど?」
「食べに行く?」
「いや。あたしが出す」
空間魔法から保存しておいた、パンに肉やら野菜やらが挟まった食べ物をふたつ出す。
「手作りやから、口に合わんかったらごめんな。でも、不味くはないと思うで」
「ありがとう」
シベルは渡されたそれにかぶりつく。
何も言わずに食べ続けるので、感想くらいいえや、とクシナは思うものの不味そうにはしていないので良しとし、自分も口を動かした。
「すごく美味しかった。ご馳走さま。料理、上手だね」
「そこそこな? シベル様には及ばんよ」
初めて彼の料理を食べた時は感動を覚えた。
本当になんでもできるので、この旅に選ばれたのも頷ける。
「……様はいらない」
「それ、あたしも前あなたに言ったけど、聞いてくれんかったやん」
「クシナ。様はいらないよ」
「わかった。じゃあ、シベルさんって呼ばせてもらうわ」
ここに来て友好を深めることになるとは思わなかったが、浄化を終えてもまだ帰路が残っているので旅は続く。
仲が良いに越したことはないだろう。
「いよいよ明日は神樹の浄化やねぇ。もうトバッチリくらうのも飽きてきたな」
「明日は、ちゃんと守るよ」
シベルは決心した様子で告げる。
「自分の身は自分で守るで? シベルさんこそ、無理な命令聞いて怪我しないように気ぃつけた方がええ」
「そうだね……」
何か身に覚えがあるのか、シベルは顔を歪める。
それから少し話をして、彼は部屋をでていった。
気を取り直して、浄化の日。
新しく仲間を加え、向かうは神樹。
黒に近い紫の霧を、秋月の王子が風で吹き飛ばしながら前を進む。
そして……
「これが神樹……。凄く大きな木だね?」
「ああ。おれも実物を見たのは初めてだ」
姫様と王子が幹に近づく。
「さぁ、ハナ、祈りを」
金春の王子がニコリ、と微笑みながらそう伝える。
彼女の祈りの魔法は、王子たちを救うのにも何回か発動している。
「大丈夫……。僕たちがいる」
冬青の王子の呼びかけに、王子たちが輪になって彼女を囲む。
のを、側から見ているクシナ。
(……さっさと終わらせてくれんかな? はよ、ミリーラ地方に行かな、無駄な死人が増える)
つい最近内紛が起きたミリーラ地方に、行き場を失った人々が大勢いる。
彼女はこれが終わったら、そこに行こうとしていた。
しかし、浄化は一筋縄ではいかなかった。
浄化を嫌がるように、神樹が枝を鞭のようにしならせ、襲い始めたのだ。
「クシナ!!」
唯一頼りになるシベルが、クシナを庇い、枝に捕まる。
流石にまずいと思ったクシナは、空間魔法で短槍を出そうとしたが、同じように枝に捕らえられてしまう。
(あー、もー、ほんと、なんやねん!!)
クシナの堪忍袋の緒は切れる寸前だった。
が、シベルの苦しむ声が聞こえ、ハッとする。
紫のモヤが彼を覆い、どう見ても嫌な予感しかしない。
「シベルくん!!」
「マズイ、闇に引っ張られている」
終末の王子が放った言葉が、それに拍車をかける。
シベルの声が聞こえなくなると、彼を纏うモヤが晴れた。
しかし、解放されたシベルは目と髪をモヤと同じ深紫に変えていた。
「シベルくん!!」
「シベル!」
姫様と黎明の王子が名前を呼ぶ。
「……黙れ」
「「ッ?!」」
「チッ。心の闇に取り憑かれたんだ。あいつはお前らの知ってる執事じゃねぇ」
終末の王子が解説をしてくれる。
そう言っている間に、シベルは武器を手に取り、戦闘準備を始めた。
「そんなっ。シベルくんと戦うなんて!」
姫様は絶望した声を上げる。
「シベルくん! お願い、目を覚まして!!」
「うるさいな。どいつもこいつも目障りなんだよ」
髪をかきあげ、怒りを含んだ目で睨む。
「世界を救う? 笑わせる。厚顔無恥も甚だしいな。国民すらまともに助けられないお前らが、世界を語ってるんじゃねぇよ」
彼の覇気に押され、姫様たちは動けない。
「シベル……。お前は一体……」
黎明の王子は、自国の執事の変貌ぶりに驚きを隠せなかった。
「仕方ないから教えてやる。俺はお前ら “時の五大国” に滅ぼされた『朧夜の国』の王家の血を継ぐ生き残りだ。未知を恐れ、それを無くすことにしか解決策を見出せない、能がないお前たちの王に、静かに暮らしていた俺たちの国は壊滅した。幼かった俺は親を亡くし、色んな場所で必死に生きた。こうして俺がここにいられるのは、数少ない善良な心を持った人間が貧しくても手を差し伸べてくれたおかげだ。王都の発展にしか力を注がないお前たちには、身分の低い者たちの叫びなど聞こえていないんだろ? それなのにこんな時だけ出しゃばって、人々を救った気になるんだ。反吐がでる」
心底不快そうに、王子たちを見下すシベル。
終末の王子は心の闇がどうちゃら言っていたが、嘘には聞こえない。
「……なら、何故、父上の執事を?」
「殺そうと思ったからだ」
その言葉に、王子は息を飲む。
「だが、殺したところで、次の王にも希望は持てなかった。無駄な殺しだと思ってやめた。今は宰相と上手くやってる。少しでも貧しい地域に富が行き渡るようにな」
そんな事をしていたとは、全く知らなかった王子は呆然とした。
「他の国も駄目だな。揃いも揃って、この世界にいなかった姫に優しくされなきゃ、自分の闇にも勝てない」
「っ! ハナを悪く言うのは許さねぇぞ!!」
終末の王子が叫び、攻撃を繰り出す。
「ガイアっ! 駄目!」
姫様の制止に、すんでのところで彼は動きを止めた。
「……シベルくん。ごめんなさい。わたし、何もわかってなかった」
「ハナが謝ることはない!」
「アラン、いいの。話をさせて」
姫様はシベルに向かってゆっくり歩き出す。
「わたし、この世界にひとりで来て、不安だった。だから、アランたちに甘えてたのかもしれない。世界を救うっていうのに、必要とされるのが嬉しくて……。でも、わたしがこうしていられるのは、シベルくんみたいな人が陰から支えてくれてたからだよね。気づけなくて、ごめんなさい」
姫様の言葉には魔法が宿る。
淡い光を放ちながら、真っ直ぐにシベルの元に進めば、光の粒が彼を包み、紫のモヤが浄化されて体から出て行く。
「ちゃんと、向き合いたいです。あなたと……」
完全に浄化されたらしく、シベルは黒髪青目に戻り、姫様に倒れこむようにして気を失った。
彼女はしっかり、それを支える。
シベルの浄化と同時に、神樹も本来の聖なる光を取り戻す。
枝に掴まれ、特等席で様子を見ていたクシナは、ゆっくりと地面に降ろされた。
(……気まず。ハァ。でも意地でも残りの報酬はもらうで?)
これだけ面倒な仕事をしたのだ、報酬だけは意地でも貰うと心に誓い、神樹の元を去るのだった。
宿に着いてからは、シベルがまだ意識を戻さないので、姫様が付きっきりで看病していらっしゃる。
しばらく暇そうなので、クシナは街にある温泉に入りに行った。
神樹の近くにある温泉は、様々な効能があり、癒される。
ついさっきまで、負のエネルギーのせいで、紫色の湯だったらしく、貸切状態でクシナはご満悦だ。
帰路に想定される面倒ごとを乗り切るためにも、しっかり浸かると、気分がスッキリした。
その後は酒場に入って情報収集をし、宿に戻る。
だが、宿の前に大勢の人だかりができており、中に入れそうにない。
一体何の集まりかと様子を伺ってみると、街の人々が神樹の浄化の感謝を伝えに来ていた。
この街では神樹の負のエネルギーのせいで、体調を崩す人が多く困っていたので、それが元どおりになり喜んでいるのだ。
お祝いムード一色で、この中を進むのも面倒だ、と思ったクシナは踵を返す。
(違う宿、とろう)
出来るだけ静かな場所へ、とクシナは街を進んでいく。
歩きながら、先ほどの出来事を思い出す。
(『朧夜の国』の生き残りか……。あそこ、ええとこやったから、よぉ覚えとる)
まだ両親が生きており、クシナが父の胸に抱かれていた頃、まだその国はあった。
滅びた後は、特に特徴のない自然の中にある小国なので、そのまま放置されている。
でも、湖に浮かぶ城は、クシナのお気に入りで、近くを通る時は決まって足を運んでいた。
適当に安い宿を探し、クシナはベッドに倒れこむ。
「暇やー。はやいとこ『黎明の国』に戻って、この生活に別れを告げたい……」
そのままじっとしていると、彼女は眠りに誘われた。
「ん、まぶし」
朝日が顔を照らし眩しい。
温泉でほぐされたクシナは、心地よい睡眠をとることができた。
朝食をとり、清々しい気分で、姫様たちのいる宿へ。
「クシナ!」
「あ。目ぇ覚めたん?」
歩いていると、前からシベルが走ってきた。
「クシナ! どこにいた? 起きたらいないから、どれだけ心配したと……。怪我は、無い?」
「無いで。そっちの宿戻ろうとしたら、お祭り騒ぎやったから、静かな宿をとったんよ。シベルさんこそ、身体、なんともないん? 紫になっとったけど?」
見るからに元気そうだが一応尋ねると、シベルが急にその場に座り込む。
「え。なに? 体調悪いん?」
「——かった」
「ん?」
うまく聞き取れず、クシナもシベルの横にしゃがむ。
「よかった。どこかに行ってしまったかと思った……」
「え? 報酬もらうまで、ちゃんと仕事はするで」
「……そっか」
安心しきった顔で、クシナを見る青い目。
「いつ目、覚ましたん?」
「……朝」
「まさか、それからあたしのこと探してたん?」
「……」
無言を肯定ととらえ、クシナは溜息をつく。
「……戻るで。姫様たちが心配する」
立ち上がり手を出せば、シベルは大きな手で包み込むようにそれを握りしめた。
「あ、そうや。シベルさん、朧夜の王子なんやろ?」
「……そうだよ」
歩きながら、クシナはバッグに手を突っ込み、何かを取り出す。
「あたし、あそこ大好きやねん。ほら、これ、見てみ? あたしのおかんが描いたんよ」
手が器用な母親は医者だったが、絵も得意だった。
取り出した紙を広げて、シベルに見せると彼は明らかに動揺した。
「これ……」
「あたしもまだ小ちゃい時やったけど、よぉ覚えとるで? 静かで、優しくて、どこか不思議なええところや」
そこには、まだ生きている『朧夜の国』がそのまま、映し出されていた。
「これはあたしのお気に入りやから、あげれん」
「……」
「あ、でも、他にこんなんがあるで?」
朧夜の国、伝統の文様が入った腕輪を取り出すクシナ。
「あたしには大き過ぎてな。宝の持ち腐れなんよ。よかったら、これは貰ってくれん?」
問答無用でシベルの腕をとり、腕輪をはめる。
「……俺の国を知っている人に、初めて会った」
腕を目線の高さまであげると、眩しそうにそれを見つめるシベル。
「そら、自分がそこの王子やって、黙っとったからやろ? 他にもいると思うで」
終末の国よりか、先に滅びてはいるものの、まだまだ時は経っていない。探せばいくらでもいそうだ。
「俺、今まで結構、酷い目に遭ってきたと思う」
「突然なんやねん。他の王子たちと比べてってことなん?」
「そうだね。正直、あれくらいの悩みで姫に絆されてく王子たちは、どうかしてると思う」
どうやら、紫になっていた時の話は、彼に眠っていた本心だったらしい。
「でも、自分も姫様の優しさに気がついてしもーた! って? あたしは他人の恋路を応援するなんて面倒なことはせぇへんで? 自分でなんとかしぃや」
バッチリ、抱きしめられているところを目撃しているクシナは勘弁してくれ、と呆れる。
「自分も王子ならそれなりに、頑張ればええとこいくんとちゃう? あ、でも、あたしが協力したら報酬あげてくれる、ゆーなら、やらんでもないで?」
「クシナ?! 君は何か、勘違いしてると思うっ」
がしり、と焦った様子で肩を掴まれ、クシナは首を傾げる。
「勘違い? 別に隠さんでもええで? シベルさんも “姫様マジック” にかけられとるんやろ?」
「“姫様マジック” ?」
「いやぁ、あれは女のあたしでも惚れてまいそうになるもん。好きになるのもしゃあないわ」
うんうん、と頷くと、愕然とした表情でシベルに見つめられる。
「…………全然、伝わってない」
「何が?」
明らかに落ち込んだ様子のシベルを不思議に思う。
「クシナ」
これだけは言っておかなくては、と彼は告げる。
「ん?」
「……俺、“姫様マジック” にはかかってないから」
真っ直ぐ、彼女を見据える視線は、真実だと語っている。
だが、クシナはその言葉に身体に雷が走ったかのような衝撃を受けた。
(“には” やて? まっ、まさかっ?! シベルさんは、王子の誰かを?! 話の流れからして、一番可能性があるのは、…………アラン王子か)
色々旅をして回っていれば、自分と違う感覚を持った人ともたくさん出会う。
しかし、彼らを認めてくれる存在は、まだまだ少ない。
クシナはわからずとも、理解しようと心がけているので、シベルの手をとる。
「応援しとるで。頑張りや……」
「……違うと思う」
彼のツッコミも虚しく、クシナは何かを間違ったまま、旅に戻るのだった。
帰路はあっという間だった。
王子たちのお悩み相談会が開かれなかったのが、1番の要因だろう。
姫様の取り合いが水面下でヒートアップする中、ついに『黎明の国』の王の間に通される。
「ご苦労だった。諸君のおかげで、この世界は救われた」
王座の前、息子であるアランが真剣な表情で訴える。
「……父上! わたしはこの旅のなかで、様々なことを学びました。確かに世界の危機は乗り越えたかもしれませんが、これからは民のためにより努力します!」
「…………そうか。お前がそんなことを言うとはな。これも『祈りの国』の姫のおかげなのだろうか」
威厳のあるたたずまいで、静かに姫を見つめる王。
(……はよ、報酬くれんかな)
今すぐお金を貰って、この場を立ち去りたい「荷物持ち」は、目の前のやりとりがいつ終わるのかとウズウズしている。
「大儀であった。今夜は宴だ。それまで暫し、休むといい」
(っしゃあ! 終わった!!)
話が終わると、側近にここをすぐに出たいことを伝え、報酬を催促する。
彼らも、荷物持ちが早くここを去ってくれたほうがいいので、すぐに大金を用意してくれた。
「恐縮ですが、これで私は失礼させていただきます」
「そうか。……旅だってから、お主のことを調べさせてもらった。……我が民のことも救ってくれて感謝する。他の “時の五大国” も、お主の活動のことは耳にしていた。これからは、城の方にも顔を出してくれ」
「……それは、組合への加盟と受け取ってよろしいでしょうか?」
「ああ。お主の力は計り知れぬ。その力を欲する者もおろう。達者でな」
(わかってるなら、助けてくれたってえーやろ?)
溜息を押し殺し、クシナは丁寧に礼をして、部屋を後にした。
長い廊下を抜け、大きな城門をくぐり抜ける。
「クシナ!!」
最近、よく名前を呼ばれる声に、彼女は振り向く。これでもう、最後になるだろう。
走ってきたらしい彼は、息を切らして彼女に迫る。
「ハァ、ハァ……。まさか、こんなに早く出て行くとは思わなかった」
「ここにはもう、用はないからな。で、どうかしたん?」
「……俺もここを出る。一緒に行かせてくれ」
「ハイ?」
「辞表は置いてきた。面倒なことになる前に、行こう」
「ハイ?」
訳がわからないまま、腕輪の光る腕に掴まれ、走り出す。
「え、どゆこと? アラン王子はええの?」
「それは君の勘違いだ。俺は、クシナが好きなんだよ」
「え」
確かに優しくしてくれるな、とは思ってはいたが、好意からくるものだったのか、と初めて理解するクシナ。
「別にあたしはシベルさんのこと嫌いやないけど、もしここで『嫌いやから無理』って言われたらどうしたん?」
前を走る青年の背中に、彼女は疑問をぶつける。
「……悪いけど、離す気ないから」
「うわっ」
さすが王族の血を継いでるだけのことはある。
シベルはあっという間にクシナを横抱きにし、屋根の上を駆ける。
「……シベルさん、宰相と手組んで頑張ってたんとちゃうん?」
「クシナを見つけたからね。俺は君と頑張りたい」
「……あたしが何しとるか、知っとんの?」
「帰り道に色々調べた。クシナは結構なやり手なんだろ?」
いつの間にそんなことをしていたのだろうか?
やはり、彼はできる人材だ。
辞表を置いてきたといっていたが、それだけで大丈夫なのだろうか?
「まぁ、商売は上手い自信があるで。でなきゃ、今頃のたれ死んでる」
「そっか……危ない事とか、やっぱりあったろ?」
「まあな。あたしは歩く大金やから。正体バレたら、そら大変やで」
シベルは魔法を使っているので、もう王都を抜けた。
草原に出て、追っ手がかからないことを確認し、彼はクシナを降ろす。
「これからは俺が守るから。……嫌って言われてもね」
「嫌やないで? シベルさんに守ってもらえれば、怖いもんなしや。これからよろしく」
「……君はそうやって、俺を喜ばせる言葉を簡単に言うよね」
シベルは高鳴る胸に苦しさを覚えるも、どうしようもない。
いつからか、彼女が気になって仕方ないのだ。
「嫌なら、ちゃんと言わなきゃダメだよ……」
シベルは優しくクシナの頬を包むと、顔を近づける。
彼女が何も言わないので、なけなしの理性でなんとか、クシナの口の端に自分の唇を落とした
————のに。
チュッ
一瞬、触れるだけのキスが、はっきりシベルの唇を捉えた。
双眸を大きく開き、何をされたか気がついた彼は徐々に頬を染める。
「シベルさん。あたしの『嫌いやない』は『好き』と同義やで?」
少し照れた顔で、してやったり、と笑うクシナ。
思わず、シベルは彼女を抱きしめる。
「何、可愛いことしてくれてるの……本当に、もう離さないよ?」
「こんな綺麗な人にそないなこと言われるなんて、光栄や」
微妙に嬉しくないのは、まだ彼女が彼をそういう対象として見れていないからだろう。
「……これからクシナには、もっと俺のこと、知ってもらう必要がありそうだ」
「そう? なら、シベルさんもあたしのことこれからもっと知って、ビックリして離れて行くかもな?」
シベルはクシナの言葉に、抱きしめる力を強める。
「俺は離さない。……君が本当に俺を拒絶するまで」
耳の近くに降ってくる声は、確かな決意を感じさせる。
「じゃあ、離れるのは当分先になりそうやな?」
クシナも、シベルに回した腕に力を込めた。
「好きだ。クシナ」
暖かな日差しが、ふたりを優しく見守っていた————
▼▼▼▼▼
前略、お母さん、お父さん。
色々あって付き合うことになった人は、みんなで行ったことのある『朧夜の国』の王子です。黒い髪で、目は深い青。目元の黒子が色っぽいんよ。もちろん顔は整ってるで〜。
ホンマに何でもできて、頼りになります。
でも、女の人にモテ過ぎて、商売先で引く手数多で困ります。全部自分で断ってるけど……。
前にも書いたけどな、ふたりで旅を始めて、危ないときもあった。
でもな、その時、どんなときでも毎回、必ず、その人が助けてくれるんよ。
そんで、決まってギュッと抱きしめてくれる。
本人には言わんけど、実は結構、それが嬉しい。
彼も私も人に甘えるってことに疎いから、時にはすれ違いそうになるんやけど、なんだかんだで一緒になる。
そうそう。甘えると言えばな、五つ歳上の彼は意外に甘えたがりなところがあって可愛いねん。
でも、色気も兼ね備えとるから、こっちは内心ドギマギさせられる……。
この間なんて、宿でいきなり前から肩に頭乗せられたかと思えば、そのままあたしを挟むように座りこんで、膝立ちになったあたしを下から覗き込んでくるんよ。
どうしたらええかわからなくて、とりあえず、落ち込んでるみたいやったから、頭を撫でたら、それは嬉しそうに目を細めるから、ドキリとしたわ。
ホンマ、心臓に悪い。
そんな彼と一緒に旅するのは楽しい。
組合の仕事もうまくいってるし、彼も貧しい時に助けてもらったから、今度は自分が助けたいって、福祉活動に積極的なんよ。
おかんが夢見てた、家のない子供を無くすっていうのには、まだまだ時間がかかりそうやけど、それなりに頑張っとるで。
あたしは、正直、助けた子供に殺されたおかんを、アホやなと思ってた時があった。おとんも、火の中、人助けに行って死んで、そこまでして他人を助ける訳がわからんかった。
絶対あたしはそうならんって、思っとった。
でもな、案外自分で稼げるってわかって、暇を持て余した時、おかんの夢を継ぐのも悪くないと思った。
おとんとおかんが死んで、あたしは見知らぬおじさんに世話になった。その人になんで助けてくれたんか聞いたら、『死んでも死なないためだ』って言われたんよ。
確かに、おとんとおかんが死んでも、ふたりが助けた人たちは、あたしを見て悲しい顔をした。
それってつまりは、ふたりはその人たちの記憶に刻まれてるってことやろ?
あたしも、そのおじさんのことは忘れてないし。
なんだかそれは、かっこええな、と思う時があったんよ。
死んでも死なないんやで?
最強の魔法や。
こんな自己満足のために頑張っとる訳やけど、ゲームと違って、この仕事に終わりはない。やりがいがある。
それに今は、ひとりやない。
隣にいてくれるこの人と、あたしはこれからも頑張ってく。
お父さん、お母さん。
あたし、結婚したで。
信じられんやろ?
あたしも信じられん。
でも、精一杯生きるから。
ふたりも心配せんで、見守っててな。
クシナ
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