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シュブ=ニグラスの再解釈 ~観測という概念より~ 下

 シュブ=ニグラスは「闇」=「アザトースの不観測であり、アザトースの未知」から生まれました。ただ「アザトースの不観測であり、アザトースの未知」というものは正直とっかかりがなくて掘り下げにくいです。


 いったんアザトースの話をしてもいいのですが、その前にさらにヨグ=ソトースの話をしてまた戻ってくる、という妙な流れになってしまうので、前回要約して使わなかったシュブ=ニグラスの性質を掘り下げることで、逆に「アザトースの不観測であり、アザトースの未知」についても解き明かしていきたいと思います。


 ひとまず前回の要約を再掲します。


1, アザトースより生み出された闇より誕生

2, 西洋における悪魔崇拝と、召喚の儀式が酷似している

3, サバトのイメージから作られた性質より、実在の自然崇拝や黒魔術と馴染みやすい

4. 「山羊」が象徴で、豊穣を司るとされる

5. 色んな相手との間に子供を設ける

6. 表立って扱われたことはない

7, 姿は山羊を彷彿とさせる要素があるらしいが、描写としてはまちまち


 この内、「アザトースより生み出された闇より誕生」という部分が前回の本論でした。それ以降を今回話そうと思うのですが、その前に闇と動物本能についての話をしたいと思います。


 闇の本質は不観測であり、つまり未知であるという話は前回しました。動物にとってももちろん未知であり、そこに付随する性質としてその中にどんな天敵が潜んでいるのか分からない、という「恐怖」が指摘できます。


 一方で、闇の中で同種の雌雄――実際には諸説あるでしょうが少なくとも人間――は「性的な興奮状態」に置かれます。これがなぜなのかという話ですが、こちらは天敵から見つからないための防御方法だったと考えられます。つまり天敵に闇という「恐怖」を示すことで、その中にいる自分たちを守ろうとしたのですね。交尾中は無防備ですから。


 そんな訳で、「闇」から抽出できる性質として、人間は「恐怖」「性的興奮」を見出すことができます。ではまず、「恐怖」の観点とシュブ=ニグラスの性質要約を照らし合わせていきたいと思います。


 シュブ=ニグラスの性質として「西洋における悪魔崇拝と、召喚の儀式が酷似している」「サバトのイメージから作られた性質より、実在の自然崇拝や黒魔術と馴染みやすい」というのがあります。悪魔信仰だったり黒魔術だったりというものは、分かりやすく恐怖に直結しているように思います。


 さてここで考えていきたいのは、何故悪魔崇拝とシュブ=ニグラスの儀式が似ているのか、という話です。悪魔崇拝はどちらかというと、教会側の集団ヒストリーによって「おぞましいと感じられるように作り上げられたストーリー」という感じですが、何故似ていることになったのでしょう。


 そもそもの話をしましょう。「シュブ=ニグラスの儀式は悪魔崇拝と似ているようだが、他の神格たちの儀式はどうなんだ?」という疑問です。まずクトゥルフ神話TRPGのP262より、アザトースの招来/退散より引用します。


「呪文をかけるのは夜間に戸外で行われなければならないが、そのほかの特別な準備は何も要らない」


 ……ずいぶん簡素ですね。一応呼んだら呼んだで地球が破壊される可能性があるらしいのが嫌な話ではありますが、儀式の手段だけはとってもシンプルです。


 第一回で話したニャルラトホテプはどうでしょう。同書のP261より、ニャルラトテップとの接触より引用します。


「「同時にどこにでも存在している」というこの神にふさわしく、この呪文はどこからでもかけることができる。しかしニャルラトテップが現れるのは崇拝者たちの集まりのときや、外なる神の新しい司祭が任命されるときだけである」


 こちらも簡素ですね。儀式がどうこう、というよりも社会的に重要な場面で呼ばれたら来る、という感じでしょうか。メッセンジャーだけあって、振舞い方が要人のそれです。では最後に、ヨグ=ソトースの儀式を引用しましょう。同書のP264、ヨグ=ソトースの招来/退散より引用します。


「特別に作られた石の塔にヨグ=ソトースを呼び寄せる。塔は野外になければならず、空は晴れ渡っていなければならない。(中略)塔の高さは少なくとも10mなければならない。呪文をかけるたびに、カルティストはヨグ=ソトースが受け取る生け贄を指定しなければならない。これは近くにある村を招くような身ぶりを示すというようなことでいいのである。ヨグ=ソトースはその村から自分で生け贄を1人選ぶ」


 今までとは打って変わって複雑ですね。ただ生け贄は必要とするものの、その手法の性質は悪魔崇拝というよりも、「曇りはダメ」とか「最小でも10mのタワーでアピール」とか、宇宙から見つけてもらう作業がメイン、という感じがします。前回のシュブ=ニグラスのWIKI引用文のように、「深い森の奥で、異星種族とそれに仕える人間によって行われる」というような迂遠な宗教性は排除されていると受け取れるでしょう。


 では何故シュブ=ニグラスだけが悪魔崇拝と似ているのでしょう。もっといえば、何故人間の重んずる宗教性が、シュブ=ニグラスの儀式だけにうかがえるのでしょう。






 次は闇から抽出できる「性的興奮」の要素とシュブ=ニグラスの性質を照らし合わせます。


 シュブ=ニグラスは「「山羊」が象徴で、豊穣を司るとされる」「色んな相手との間に子供を設ける」という点で、やはり闇の性質をよく受け継いでいます。ただここには少し解釈のずれがあって、シュブ=ニグラスの性質は「性的興奮」のものというより、直球のエロ、もっといえば多産、繁栄といった概念に繋がっているように思います。


 当然と言えば当然の話です。何せ元々アザトースの観測下にあった無より発生した有、それがシュブ=ニグラスの一側面なのですから。逆に言えば「アザトースの観測」はそれだけですべてを無に帰してしまうのかもしれません。宇宙はアザトースの夢、とはよく言ったものです。つまりアザトースが目覚めた瞬間に宇宙は崩壊してしまうのですから、観測も同様の効果を持つと考えるのがいいでしょう。となると、「アザトースの不観測、未知」は何かが生まれるために最も必要な土壌といえるかもしれません。


 話がそれました。ただ、何となくここまでの流れで皆さんも大枠がつかめてきているころかなと思います。しかし、明確に言語化が難しいという段階でもありましょう。私もまさか二回に分けるとは思っていませんでした。


 では、この流れで最後に残る二つの性質「表立って扱われたことはない」「姿は山羊を彷彿とさせる要素があるらしいが、描写としてはまちまち」を再解釈していきましょう。





 シュブ=ニグラスは「アザトースの不観測」によって無より生み出された有です。そう言った性質により、この闇の地母神は「未知」でありアザトースを源泉としない物体の始まり、という解釈ができます。(マニアの方はウボ=サスラの話を始めそうですが今回は触れません)


 その中でも異質な性質として、シュブ=ニグラスにかかわる物事のいくつかは、矮小なはずの人間の信仰形態に左右されているような印象を受けます。これは他のアザトース周辺の大神格たちには見受けられない性質です。


 ここで「表立って扱われたことはない」「姿は山羊を彷彿とさせる要素があるらしいが、描写としてはまちまち」という二性質を鑑みて考えていきたいと思います。


 と、その前にもう一度挙げておきたい性質があります。それは「「山羊」が象徴で、豊穣を司るとされる」の項です。「豊穣」は「無から生み出された有」と結べますが、山羊の発想はどこから来たのでしょう。


 「姿は山羊を彷彿とさせる要素があるらしいが、描写としてはまちまち」という性質より、実際の外見がそんな感じだったからでは? とも考えられますが、化身でもないのに描写が所によってまちまちなのは物議をかもすところです。そもそも「表立って扱われたことはない」ので、誰がどこでどう観測してシュブ=ニグラスを「山羊」だと判断したのかという疑問が出てきます。


 調べたところ、「山羊」のイメージは豊穣、多産などのイメージや、獣姦などの不道徳なイメージ=悪魔崇拝とも縁が深いそうです。となると、少し話が違ってきます。つまり、我々はシュブ=ニグラスの外見から山羊を見出そうとしましたが、逆のルートだとすんなり事が運ぶのです。


 もっと言うなら、人間のイメージから「山羊」の象徴が見出され、そこから山羊の特徴を継いだ外見の描写が語られ始めたのではないか、という推論です。


 ……何だかつかめてきた気がします。ここで一度、最初から整理しなおしてみましょう。




 まずアザトースが宇宙の中心で観測をやめ、「不観測」を始めたところからスタートします。この行動の影響で「無」は「闇」へと本質を変化させ、その中にシュブ=ニグラスが生まれました。「アザトースを由来としない」というアザトース由来の原初の神の誕生です。


 その本質は不観測である「未知」であり、「無より生まれた有」です。ただ未知のため、他の多くの生物は「無から生まれた有」という唯一分かっている性質からシュブ=ニグラスをイメージし始めます。


 「未知=闇」の神に対する多くの生物の解釈は、まず「恐怖」があります。ついで「性的興奮」を連想し、「無から生まれた有」の性質とつながりあって「豊穣」の性質を定義します。そんなシュブ=ニグラスを信仰するにあたり、恐怖と豊穣が結びあって「悪魔崇拝」「山羊」のイメージが浮かび上がります。


 そんなイメージが先にある状態で多くの生物たちが「観測」したシュブ=ニグラスは、まさしくその通りの存在でした。お分かりでしょうか。生物たちの「観測」が強大なる外なる神の千の子を孕む黒山羊に干渉し、変形させたのです。


 これはシュブ=ニグラスが大したことないなどという話ではありません。つまりシュブ=ニグラスは「アザトースの不観測」下にある現状で「生物たちの想像通りに観測される」という性質を有するのです。


 つまり我々は、我々の見たいものをシュブ=ニグラスの中に見出してその姿を恐ろしがっているだけだったのでしょう。我々にシュブ=ニグラスを観測できていないということすら悟らせずに豊穣をもたらす。それがシュブ=ニグラスの本質と言えそうです。


 とするなら、シュブ=ニグラスは「不観測から観測しうる全てを生み出す神」と言えるでしょう。召喚者たちがシュブ=ニグラスだと思い込んで呼び出した神らしき何かは、あくまでもシュブ=ニグラスの生み出した何かに過ぎなかった。


 その闇と未知のヴェールに覆われたすべてを生み出す"何か"がシュブ=ニグラスの本質だと理解してしまったあなたは、SANチェックです。0/1D3を振ってください。


引用元

クトゥルフ神話TRPG 2004/9/22 初版

          2011/7/26 初版6刷発行 サンディ・ピーターセン/リン・ウィリスほか

シュブ=ニグラス(Wikipedia)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%96%EF%BC%9D%E3%83%8B%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9

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[一言] ふらっと見かけてコチラだけザッと読ませていただきました。 今更な指摘ですが  宗教ってのは基本的に人をまとめる為に人間では制御困難な自然の何かをモチーフに形づくられたものではないかな?と私は…
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