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「王の目」   作者: 風上壱悟
4/4

第一幕 第三場 『王の目』




「よし。それじゃあ俺たちの身の上を少しだけ話すよ。」


そう言ってベガはベッドの側の床に座る。

ディーヴァはベッドに腰掛けた。


「俺たちは、王の目と呼ばれてるんだ。」

「王の…目…?」

「簡単に言えば、安軍が取り逃がしたやつを捕まえる集団?」


その言葉に、ディーヴァの声に棘が帯びる


「ならば安軍の仲間ではないのか?」

「違う違う。」


ベガは、にっと笑い言葉を繋げる。


「安軍がわざと逃がしたやつを、俺たちが勝手に捕まえちゃうわけ。」

「…?」

「ま、わかんなくていいよ。とりあえず、俺たちと安軍は敵同士。オーケー?」

「…ああ。」


素直にディーヴァは頷く。

やはり、根は素直なのだろう。

この手の者は、こちらの事を話せば口を割る。

ベガは、ライラを傷つける者は絶対に許さない。

友好的なフリをしているが、いつでも心臓を貫く準備はできている。


「じゃあ、少し君の事を聞かせてよ。…リビングで叫んだとき、ライラに何したの」


ベガの問いに、ディーヴァは俯いて、声を零した。


「…すまない。…危害を加えるつもりは無かったのだ」

「…え?」


予想外の答えに、ベガは素っ頓狂な声を上げた。


「私の声は…時として凶器になるのだ。」

「…」

「…」


長い沈黙が、訪れた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


手入れの終わった医療器具を棚に仕舞う。

1人の少女を救った道具たちは、銀色に輝きどこか誇らしげだ。


その時、とんとん、と部屋の扉が叩かれ、メグが顔を出す。


「ライラぁ。あの子、目が覚めたみたいよぉ」

「あら、ありがとメグたん。」


ライラはそう言って、ディーヴァを寝かせた部屋に向かう。

そして、部屋の扉を開けると


「…」

「…」


謎の沈黙が落ちていた。


ベッドにはだいぶ顔色が良くなったディーヴァが腰掛け、床にはベガが座っている。


「…何この沈黙!!」


ライラが叫ぶと、ディーヴァはこちらに気づき、頭を下げた。


「先ほどはすまなかった。危害を加えるつもりは無かったのだ。」

「…え?」


突然のことに、ライラはベガと同じ反応を示す。


「…私の声は…時として凶器になるのだ。」

「…」

「…」

「…」


再び訪れる長い沈黙。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「そうだぁ。あの子に着替えを持って行ってあげよぉ。元の服はボロボロだもんねぇ。」


クローゼットからパステルイエローのフリルワンピースを取り出して、メグはディーヴァのいる部屋に向かった。


そして扉を開けると、


「…」

「…」

「…」


そう。それはまるで時が止まったかのように…


「何この沈黙!!」


メグの叫びに、ディーヴァは再び頭を下げた。


「先ほどはすまなかった。危害を加えるつもりは無かったのだ。」


申し訳なさそうに言うディーヴァにメグは一瞬狼狽えるも、すぐに優しく笑う。


「いいよぉ。いきなり知らない所で目が覚めたら怖いも…」

「私の声は…時として凶器になるのだ。」


メグの言葉に重なるように声が載せられた。


「…」

「…」

「…」

「…」


そしてまた訪れる長い沈黙。


それを破ったのは、扉が開く音だった。


「わすれもの~」


部屋に入ってきたのは、ティルダ。


トテトテと部屋の中を進み、棚の上のぬいぐるみを抱き上げる。


その姿を見た途端、ライラとメグとベガが氷が解けたように動きだした。


「エンジェル!!」


そう叫んで、ライラは鼻を押さえて膝から崩れ落ち。


「可愛いは正義!!」


メグはティルダに抱きつく。


「はい、ライラ。鼻血拭こうか」


そしてベガはティッシュをライラに差し出した。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



アルヤは扉を閉めたい衝動に駆られていた。


「エーンジェール!!」

「可愛いは正義!!」

「苦しいです~」

「ちょっとライラ!鼻血!!うわ、ティッシュが足りない!」


ベッドに腰掛けるディーヴァを放置し、メグはティルダに抱きつき(締め付け)ライラは鼻血を流していて、ベガは空のティッシュ箱を持ってオロオロしている。


「何やってんだお前ら。飯の時間だぞ。」


呆れ返ったアルヤは深いため息をついた。


「お前も来い。」


アルヤはディーヴァの側に軽く屈んで手を差し伸べる。


「俺が支えてやるから。」


そう優しく言うアルヤ。


「お前はもう、家族だ。」


鋭い目に浮かぶ優しい光。

温かい言葉。


「…家族などいらぬ。」


それを拒む冷えた声。


「飯もいらぬ。腹など減っていない。」


ディーヴァがそう言った瞬間、彼女の腹が大きな音で鳴った。


「!!!」

「…飯、食わないと怪我は治らないぞ。」


アルヤは笑いながら再びディーヴァに手を差し伸べる。


「…仕方が無い。怪我が治らぬとここから出られぬからな。仕方なくだぞ」


ディーヴァは口を尖らせて、アルヤの手をとった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


治安維持軍本部。


扉に元帥室と書かれた部屋に、男が二人。


一人は空軍元帥、フォース。

もう一人は安軍元帥、ゼウス。


「どういうことだ、ゼウス。」


フォース空軍元帥は、手の中の書状をぐしゃりと握りつぶす。

そこには、安軍が空軍を吸収するという内容が書かれていた。

ルネ安軍少将から書状を受け取ったその足で乗り込んできたのだ。


「赤翼のディーヴァを撃破したのならばもう空軍は必要ありませんよね。」

「待て!!彼奴の遺体はまだ見つかっていない!!」


ゼウスの淡々とした口調を声を荒げて遮るフォース。しかし、ゼウスは冷たい視線を寄越すのみ。


「どうせ、あの荒れた海では探せません。…それに…。もし生きていたら、我々安軍が、その息の根を止めればいい。そうですよね?」


人形のように、笑った。

その冷酷な笑みに、フォースは背筋が凍る。


「お、俺は認めない!俺は認めないぞ!!!」


ゼウスに摑みかかろうとしたフォースを、ルネが押し止める。


「ルネくん。フォース空軍元帥……いいえ、フォース“安軍中将”にお引き取り願いなさい」

「中将だと!?ふざけるな!!空軍兵たちが納得しないぞ!!」


フォースが喚いても、ゼウスは聞く耳を持たない。

ルネに腕を掴まれる。


「くそ!!今に見ていろ!必ずお前を引き摺り下ろす!!その首搔き切る兵力を集めて空軍を取り戻すからな!!!」


フォース空軍元帥、いや安軍中将は元帥室から引きずり出された。

バタンと、扉が閉まる音が大きく響いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「そういえばぁ、自己紹介がまだだよねぇ。」


夕食後、メグが口を開いた。


「あ、そういえばそうね。」

「俺はもう済ませたよ。」

「ベガずるいです。」


皆がテーブルを囲み口々に話していると、洗い物を終えたアルヤが加わる。


「じゃあ、最年長のアルヤさんから。」

「…ああ。」


ライラに促され、アルヤは姿勢を正した。


「俺の名前はアルヤだ。」


そう言って、ライラの方に視線を向けるアルヤ。


「次、お前。」

「え、ちょっと待ってアルヤさん。それだけ?もうちょっと自己を紹介したらどうなの?」


驚くライラの言葉に、アルヤは眉間の皺を深くする。


「…特技は家事だ。」

「俺たちのお母さんなんだぜー痛っ!!」


ふざけた口調で付け足したベガは、アルヤに尻を叩かれ悲鳴を上げる。


尻を抑えて床を転がるベガを尻目にアルヤはライラに向き直る。


「次、ライラだろ。」

「あらやだ年齢ばれちゃう」


ライラは赤いルージュを引いた唇をいたずらっぽく開いた。


「やーい年増ぐふぇっ!!」


床に転がったまま余計な一言を付け加えたベガは、無惨にもライラのヒールで尻を踏みつけられた。


「同い年でしょうが!!」

「ぐぅぅ…でもライラの方が先に産まれたじゃん…」

「たった十分だけでしょー」


そのまま喧嘩を始めた二人。

その隙に、メグがディーヴァに擦り寄る。


「あぁ、気にしないでぇ。この二人、双子なのぉ。普段は仲良しだからぁ。」


そう言ってメグが笑ったその時、


「お前らいい加減にしろ!二十二にもなって恥ずかしくないのか!」


ライラとベガは二人揃ってアルヤに尻を叩かれた。


「痛いー」

「痛いー…しかも歳バラさないでよアルヤさん…」


そして二人は仲良く撃沈した。


しかしメグはお構いなしに言葉を続ける。


「さっにも言ったけどぉ、わたしはぁ、メグって言うのぉ。よろしくねぇ。」

「ぼくはティルダです!」


皆、口々に自己紹介をする。


それがあまりにも賑やかで

あまりにも眩しくて


「私の名はディーヴァだ。…世話になる。」


ディーヴァはそう言って、へにゃりと笑った。


一通り自己紹介が終わったその時、リビングに置いてある黒い電話がリンと鳴った。


「キングだ!!」


ティルダは嬉しそうに電話に駆け寄る。


「…キング?」

「俺たちのボス」


疑問の声を鳴らすディーヴァ。


そしてアルヤがそれを拾った。


「あたしたちも正体はわからない。けれど、あたしたちに仕事をくれるの。」

「…仕事?」


ライラの言葉にディーヴァは首を傾げる。


それと、ティルダが受話器に手を伸ばすのはほぼ同時だった。


「もしもし!」

『もしもし。その声はティルダかな?』


スピーカーから機械的な声が響く。


「はい!」


元気に答えるティルダの周りに皆が集まる。


『さて、私の可愛い子供たち。今日は何か面白いことはあったかな?』


電話の向こう、皆がキングと慕う人物が問いかける。


まるでディーヴァの存在を見透かしたように。


「…赤翼のディーヴァを保護した。」


まるで野良猫を拾ったように報告したアルヤ。


すると、電話の向こうで嬉しそうな声が鳴った。


『ほう、それはそれは。是非とも声を聞きたいね。』

「ーっ!?」


キングの言葉に、ディーヴァの体が硬直した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


目の前の電話。

キングと名乗る人物の声。

この場にいる全員がその正体を知らぬ。


『ほう、それはそれは。是非とも声を聞きたいね。』


その言葉を聞いた途端、息が止まった。


「ーっ!?」


私は、この人物を知っている気がする。


誰だ。

貴様は、誰だ。


記憶をひっくり返しても出てこぬ。

当たり前だ。相手は機械で声を変えている。

それでも、記憶の片隅を引っ掻く声。


誰だ。誰だ。


「…ディーヴァちゃん?」


ベガという男が心配そうに私の顔を覗き込む。


このままでは変な心配をさせてしまう上にキングとやらに怪しまれてしまう。


私は意を決して声を浮かべた。


「私が…ディーヴァだ。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


『ほうほう。とても良い声をしている。』


ディーヴァが名乗るとキングは更に嬉しそうにした。


『それじゃあ、そんな君に名前をあげよう。』

「名前…?」

『賽の目。君のもう一つの名だ。』

「さいのめ…?」

『それじゃあ、私の可愛い子供たち。仲良くするんだよ。』


それだけ言って、電話は沈黙した。

そして、そっとディーヴァが声を転がした。


「…もう一つの名とは何だ?」

「あたしたちが仕事をするときに使う名前よ。あたしは鵜の目。」


そっと声を拾い上げたライラ。


にこっと笑い、ライラは口を開く。


「あたしたちは王の目と呼ばれ、安軍に追われてるわ。」

「…先ほども聞いた。何故だ?何故、安軍と対立する。何故、安軍に追われているのだ?」


ディーヴァの声にライラは悲しげに笑う。


「…俺が説明する。」


ライラの肩にそっと手を置き、アルヤはディーヴァを真っ直ぐ見つめた。


「よく、聞いてくれ。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


治安維持軍。通称安軍は、正義を掲げ、市民を守っている。


だがしかし、そこには大人の汚い取り引きがあった。


「大きな犯罪組織がこの世界には数多く存在する。」


そこには市民の平和を脅かす物もある。


「その組織と安軍でとある約束をした」


その約束とは…


「下っ端を差し出す代わりに組織を見逃がす」

「ーっ!?」


犯罪組織がいるから安軍が必要になる。


「完全に平和な街では安軍なんて必要無い。だから…」


悪のあるところに安軍が必要となるならば

悪を作り出せば良い


「そんなこと、間違っている!」

「そうだ。間違っている。…だから俺たちがいるんだ」


汚れた取り引きで野放しにされている犯罪組織たちを


「俺たちが…始末するんだ」


それが、王の目の仕事。


「キングが教えてくれた。そして、名前をくれた。」

「アルヤが蛇の目でティルダが猫の目。ライラが鵜の目、俺が鷹の目でメグが篠の目。それから…」


ベガはそこで言葉を切り、ディーヴァを見つめる。


大きな傷を負い、光を失ってしまっているベガの左目。

けれども、残った右目には両目分の力があり、ディーヴァを吸い寄せる。


「ディーヴァちゃんが賽の目だよ。」


ベガの言葉が、ストンと胸の一番深いところに落ちた。


「キングがお前に名前をやった。…つまり、お前はもう俺たちの仲間だ。」


そこからアルヤの言葉が染み渡る。


「か…勝手に決めるな…」


ディーヴァの声が揺らぐ。


「私は…貴様らの仲間になど…ならぬ。…明日にはここを出る。」

「ここを出て、どこへ行く?お前の飛行艇は海の底だ。お前の翼はもう無い。」


アルヤが放った言葉にディーヴァは目を見開いた。

感情にまかせ、声をぶちまける。


「五月蝿い!!貴様に何がわかる!!」


ディーヴァの声が、アルヤを打った。


「なっ!?」


アルヤの頬に血が滲む。


「…あっ…」


その血を見たディーヴァが青ざめる。


「す…すまない…」


怯えた顔でディーヴァは走り去った。


「まだ走っちゃダメよ!」


ライラの言葉も届かなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


傷つけた。


また、傷つけてしまった。


「ーっ!!」


銀色の双眼から涙が零れる。


嫌だ


傷つけたくない


仲間なんて必要ない

傍にいれば傷つけてしまう


もう、傷つけたくない

もう、失いたくない


闇雲に家の中を走るディーヴァ。


心拍に合わせ疼く傷。


視界が、揺らいだ。


「ディーヴァたん!」


地面に叩きつけられる直前、温かくて柔らかいものがディーヴァを包み込む。

ふわりと漂う微かな消毒液の匂い。


顔を上げると、そこにはライラがいた。


「走ったら傷が開くわ」

「…」


優しいライラの言葉も、無言で突き放すディーヴァ。


「リビングに戻りましょう。それから、きちんとアルヤさんに謝りましょう。ね。」


そう言ってライラはディーヴァを連れてゆっくりと歩き出した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あ、おかえりぃ」

「おかえりなさいディーヴァ」

「大丈夫?ディーヴァちゃん」


リビングに戻ると、温かい言葉が待っていた。


そしてソファの上には頬に絆創膏を貼ったアルヤ。


「…さっきは…すまなかった…」


ディーヴァは頭を下げる。


「…俺の方こそ。悪かった。もっと言葉を選べば良かったな」


アルヤはその銀色の髪を優しく撫でた。


驚いて顔を上げたディーヴァ。

目の前には、優しい目をしたアルヤ。


「ねえ、ディーヴァちゃん。良かったら聞かせてくれるかな?君の、声のこと。」


ベガも、優しく声をかける。

ティルダも、メグも、ライラも。

その目は温かく、優しい。


「…わかった…少し長くなる…」


そう前置きした後、ディーヴァは息を吸い、声を鳴らした。



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