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「王の目」   作者: 風上壱悟
3/4

第一幕 第二場 『赤翼のディーヴァ』

目の前の海に大きな水柱が上がった瞬間、アルヤが動き、赤い飛行艇と少女を飲み込んで荒れ狂う海に飛び込んだ。


「アルヤっ!!!」


途端にベガは青ざめ、悲鳴のように叫ぶ。

膝から崩れ落ちたのを、ライラが支える。


「どうしようライラ!アルヤが!」

「大丈夫。落ち着いて、ベガ。」


ライラはベガをなだめ、アルヤが消えた海を見る。

波は荒れて、アルヤもあの少女も姿を見せない。


「大丈夫よ。アルヤさんなら。きっとあの女の子を無事に連れてくるわ。」


そして、メグとティルダに指示を出した。


「メグたん!お湯を沸かしてきて頂戴。ティルダたんはありったけのタオルを持ってきて!」

「わかったぁ」

「はい!」


急いで家にかけ戻るメグとティルダを見送り、ライラは着ていた白衣を脱ぐ。そして、ベガに頭から被せて、背中を優しく撫でる。


「ベガ、私の部屋から救急セットを持って来られる?」


小さく頷くベガにライラはニコッと笑った。


「安心して。絶対死なせない。医者と書いてナースと読むこのあたしを信じなさい。」


今度は大きく頷いたベガの背中をライラはそっと押した。


そして一人になり、ぽつりと呟く。


「あたしたちの家族を、また奪ったりなんかしたら、今度こそ許さないわよ。海。」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


どぼん、と音がする。

ごぼごぼと、水流が俺の耳を打つ。


俺は、何をしているのだろうか。

こんな荒れ狂う海に飛び込むだなんて、無謀にもほどがある。

あいつら、心配しているだろうな。ベガなんか、泣いているかもしれない。

家族を心配させるなんて、馬鹿だな、俺は。


だが、放っておけなかったんだ。

飛行艇から投げ出されたのは、子どもだった。ちょうどメグと同じくらいの歳だろう。

子どもが目の前で死にそうになっているのに、放っておくことなんてできなかった。

相手が義賊だろうとも、こいつを助けることで空軍に目を付けられる恐れがあろうとも。

放っておけなかったんだ。



激流の中、目を凝らす。

あいつは、どこだ。

激流のせいで、水は泡立ち、視界は不明瞭だ。

加えて、壊れた飛行艇の破片が飛び交い、あの白い子どもを探すことができない。


もうだめなのか、そう思った刹那。

音が聞こえた。オルゴールの音が。

柔らかく、温かい、音色。

それに交じって、かすかに声が聞こえる。

温かく、柔らかい、歌声。


その瞬間、激流が止んだ。

目の前には、あの白い子ども。

白い肌。薄汚れた白いツナギ。どちらもボロボロだ。赤い血で染まっている。

水中で揺蕩う銀色の髪。こちらを見つめる銀色の瞳。

子どもの首から下げられたペンダントが、波に揺られ、銀に輝く。



見つけた。



音が止むと同時に、再び荒れ狂いだす水流。

見失わないように、手を伸ばした。

白い腕を掴み、引き寄せる。

しっかりと抱きかかえ、水面を目指す。

絶対に助けてやる。



「ぷはぁ…!」


水面に顔を出し、空気を取り込む。

白い子どもの様子を見ると、ちゃんと息はしているようだ。

しかし、今にも目を閉じようとしている。


「おい、大丈夫か」

「……」


このままではまずいな。

白い子どもを抱えて、岸を目指す。

と言っても流れが速い。なかなか進まない。


「アルヤ!!」


呼ばれた声に目を向ければ、岸からメグが手を振っている。

もう一方の手には、救命ロープ。


「投げるわよぉ!」



水しぶきがフリルワンピースにかかるのも厭わず、スカートがめくれ上がるのも構わず、メグは思い切り振りかぶった。


ロープは大きく弧を描き、俺の手に。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「さて」


ライラは小さく息を吐く。


リビングのソファにバスタオルを敷き、簡易的なベッドにする。

メグの沸かしたお湯で、手当に必要な器具を熱湯消毒する。

白衣は、ダイニングテーブルの下で丸くなっているベガに貸してしまっている。これは仕方がない。

ブラウスの袖をまくり、指先から肘までアルコール消毒する。

これで準備は万端だ。


その時、扉が開いた。

そこには、ずぶ濡れのアルヤと少しだけ水を被ったメグ。それから、アルヤに抱えられた少女。

アルヤが抱えて戻ってきた少女はボロボロだった。

服は左腕の部分が破れ、袖は血で赤黒く染まっている。

しかし、気を失っているだけで、ちゃんと呼吸をしていた。


「良かった…生きてるわ」


ライラの言葉に、ティルダは、ほっと胸を撫で下ろす。


それからは嵐のようだった。


「出血がひどい。すぐに手当するわよ。アルヤさん、この子をリビングのソファに」


大急ぎでリビングのソファに移す。

途端にバスタオルが血で染まっていく。


「まずいわ、止血しないと。ティルダたん、止血帯。アルヤさんは着替えて身体を温めて」

「はい!」

「……だが、」


ティルダから止血帯を受け取り、少女の腕を圧迫する。

その間、アルヤは自分にもできることはないかと濡れた身体のままリビングに立ち尽くしていた。


「はいはい、アルヤ。専門家に任せましょぉー。わたしも服が濡れちゃったし、濡れ鼠は退散よぉ」


メグはライラに目配せし、“アルヤのことは任せて”とウインクを飛ばした。

おかげで、ライラは少女の手当に集中できる。


少女の身体は、ボロボロだった。無数の傷と汚れに包まれている。中でも左腕の傷が一番深く、今すぐ縫合が必要だった。


「ごめんね、ちょっと失礼するよ」


裁ちバサミで白いツナギを切り裂いていく。

これほど酷い怪我では、服を脱がせることもできないのだ。


「ティルダたん。お湯で濡らしたタオルで身体の汚れを拭ってあげて」

「はい」

「それから、傷にこの薬を塗って、包帯を巻いてあげて」

「はい」



軽い傷をティルダに任せ、縫合に集中する。

彼女の体温が奪われる前に、素早く縫合する。

ひと針ひと針、正確に縫合していく。


仕上げに、余った糸を切るのだが……

手が足りない。

ティルダは傷の手当をしている。

メグとアルヤは着替えて身体を温める必要がある。

ベガは頭から白衣を被りダイニングテーブルの下で震えている。


「……仕方ない」


腕を伸ばし、鋏を手に取る。

糸を切り、処置を終える。

あとは身体を温めて安静にさせるだけだ。

彼女自身の治癒力に任せる他ない。


「…さて、と」


ダイニングテーブルの前でかがみ、震えるベガの背中を撫でる。


「ライラ…アルヤ、帰ってきたね」


ぽつり、とベガが呟く。


「…言った通りでしょ?」

「…うん」

「あとは私とティルダたんに任せて、メグたんとアルヤさんに温かいココアを入れてあげて頂戴。できる?」

「…うん」

「さすが私の自慢の弟」

「…うん」


子どものように頷いて部屋を出た背中を見送り、ライラは少女の身体を温める準備を始めた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


リビングを追い出されたアルヤは、メグに背を押され、風呂場に向かっていた。


「さーて、ちゃっちゃとお風呂に入って、身体を温めなさぁい」

「メグ、お前も濡れてる。お前が先に…」

「服と髪がちょっと濡れただけだよぉ。着替えて髪を乾かしたら平気ぃ。…まあでもそうねぇ、海臭かったらベガが泣いちゃうからシャワーでも浴びようかしらぁ?でもアルヤが先!!」


バスタオルと着替えとともに、脱衣所に押し込められる。


「……すまない、メグ」

「何のことぉ?」


扉越しの会話。


「…あの子どもを拾ったんだ…きっと空軍が来る」

「なぁんだ、そんなことぉ?アルヤが子どもを拾ってくるのは今に始まったことじゃないでしょぉ?」

「………」

「…子どもを無下にできないところ、好きよぉ」

「……すまない」


ばたん、と浴室の扉が閉まる音が響いた。


「………謝らないでよ、ばか」



ぽつり、呟いた声は、シャワーの音にかき消された。



「……さーて」


無人になった脱衣所に入る。

ピンクのフリルワンピースを脱ぎ、脱衣籠に放り込む。

水気を含んだ金髪をタオルで拭き、ヘアドライヤーを手に取る。


「これから、どうなるのかなぁ…」


“空軍に追われる”とアルヤは言ったが…


「空軍、なのかなぁ」


空軍が存続している理由であった、赤翼のディーヴァ。彼女が“討ち取られた”とあれば話は変わる。


「…わたしたちは…どうなるのかなぁ…」


言葉は温風にとけて消えた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



安軍本部。

元帥であるゼウスのもとに、一本の電話が入った。

それは、今まで世間を騒がせていた赤翼のディーヴァを撃ち落としたという空軍本部からの報告だった。

そっと受話器を置き、口の端をあげるゼウス。


「海に落ちたのならば、助かりませんね。……つまり、これで、空軍の存在意義はなくなったということですね。」


執務机から封筒を取り出し、傍に控えていた男、ルネ少将に渡す。


「この書状を、空軍元帥フォース殿に」

「…承りました」


ルネは封筒を手に取り、風のように去っていった。


“正義”が動き出す。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


髪を乾かした後、自室のクローゼットから取り出した水色のフリルワンピースに着替えたメグは、アルヤの様子を見に風呂場に向かう。


丁度、脱衣所からアルヤが出てきたところだった。


「…温まった?」

「…ああ」


アルヤの頬を両手で包む。

大丈夫。ちゃんと温かい。


「あの子どもの様子は」

「…そうねぇ、見に行こうかぁ。ライラのお手伝いがティルダだけなのも可哀想だものぉ」



ね、と言ってアルヤを促し、リビングを目指す。

その途中の廊下で、魔法瓶とマグカップを持ったベガと出くわす。頭から被ったライラの白衣から、片目が覗く。


「あ、」

「あらぁ、ベガ」


ベガは魔法瓶を掲げて、「ココア」と告げる。


「ありがとぉ〜。一杯もらおうかしらぁ」

「ん」


ベガはマグカップを2人に渡し、魔法瓶を傾ける。

とろりと、甘いココアが注がれる。


ずず、とすすれば寒さで強張った身体が緩む。


「…メグ、海くさい」

「あらぁ、ごめんなさぁい」


む、と顔をしかめるベガに対し、メグはどこ吹く風だ。


その時



「うわああああああああああ!!」


リビングから、叫び声が響いた。

その瞬間、ベガは魔法瓶を放り出し、白衣が舞うのも厭わず、リビングへと駆けていく。


慌ててメグは白衣を、アルヤは魔法瓶を掴み取る。

ココアが溢れなかったのは日頃の鍛錬の賜物か。


「……行くぞ、ライラに何かあったようだ」

「はぁい」


視線を交わし、頷きあった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「でも、まさか赤翼のディーヴァが女の子だったなんてね」


ソファの上で眠る少女。

そのあどけない姿にライラは溜息をついた。


「しかも美少女。」


そう言いながら、ライラが少女の銀髪を撫でた瞬間、少女の目が開く。


その瞳も、美しい銀色をしていた。


少女は、ゆっくりと瞬きをする。

己の状況が把握できていないようだ。


ぱちり


ライラと少女の視線が交差する。


「…目が覚めた?」


そう言ってライラが少女に笑いかけると、


「うわああああああああああ!!」


少女は、叫んだ。



「えっっ!?」


その瞬間、ライラの身体が“何か”に弾かれる。

突然の事にライラはその場に尻餅をついた。



少女はソファに寝ていた。

ライラは少女の手が届かない距離に立っていた。

一体何が起きたというのか。


「どうした!」


叫び声を聞きつけ、皆が集まる。

特に、ベガは剣を片手に青ざめている。


それを見た少女は、ソファから飛び起きて皆を睨めつけた。

視線の先にはベガが持つ剣。


「…貴様ら、空軍か。」


絞り出した声は刺々しい。

ピリピリと肌を焦がす。


「安心しろ。俺たちは空軍じゃない。安軍でもない。」


アルヤの言葉に、少女は美しい銀色の瞳を細めた。


「私は貴様を覚えている。…海に飛び込んできた男だろう?」

「ああ。そうだ。」

「…世話になった。礼を言う。」


そう言って少女はフラフラになりながら扉の方へ歩き出す。


「駄目よ。まだ傷も治ってないし、出血も酷かったから今は貧血状態なのよ?」


ベガの手を借りて立ち上がったライラが声をかけても振り返らない少女。


すると、扉の前にティルダが立った。


「だめです!!」


ティルダは両手を大きく広げ、道を塞ぐ。


「ケガがなおるまで、ここにいてください!!」


二つの満月が少女を真っ直ぐ見つめた。

その純粋な瞳に、少女の足が止まる。


「わるいひとたちがきたら、ぼくたちがまもります!!」

「……」


小さな体を、精一杯大きく広げるティルダ。

だが、少女は再び足を踏み出す。


「貴様らの世話になる必要など…」


そして、ふらつき

その場に倒れた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


少女が目覚めると、水色のフリルワンピースが目に入った。


「あ、目が覚めたぁ?」

「…」


少女と同じ歳くらいの娘。肩で切り揃えられた金髪に、フリルワンピース。


「わたしぃ、メグっていうのぉ。アナタはぁ?」

「…」


フリルワンピースの娘はメグと名乗った。


「もうっ。冷たいなぁ」


話しかけてくるメグに、ただ銀色の瞳を向けるだけの少女。

無反応な彼女にメグは唇を尖らせた。


「ライラを呼んでくるねぇ。逃げ出しちゃ駄目だよぉ」


そう言ってメグは部屋を出て行った。


一人きりになった少女は部屋を見渡す。

今度はソファではなくベッドに寝かされている。


そしてリビングらしき場所から個人の部屋のような場所に移動させられている。


「…」


壁には小さな子供の落書きのような絵があり、棚の上にはクマのぬいぐるみがこちらを見つめながら座っている。

他にも床には玩具箱、机にはスケッチブックとクレヨン。

どうやら、あの少年の部屋のようだと思い、少女は体を起こす。


途端にクマのぬいぐるみと目が合う。

手作りらしいそのクマは、目の部分が黄金色のボタンになっている。


『わるいひとたちがきたら、ぼくたちがまもります!!』


舌足らずの言葉。

それよりも、あの真っ直ぐな瞳が心に突き刺さる。

闇夜を照らす、望月のような瞳。


「…っ」


少女はベッドから抜け出し、ふらつきながら部屋を出る。


「どこ行くのかな?お嬢ちゃん」

「!?」


部屋を出たところで、声をかけられ、少女は驚き振り返る。


「やっほー。あ、俺の名前はベガ。よろしくー。」


目の前には軽薄そうな男。

顔に大きな傷があり、左目には光が無い。


「トイレはあっちだけど…もしかして、逃げようとしてた?」

「…貴様には関係ないだろう」

「大アリだよ。君を逃がしちゃうとお姉ちゃんに怒られちゃうんでね」


飄々としているが、ベガは少女に逃げ場を与えない。


「ねぇ、君。俺たちが君を安軍だか空軍だかに売ると思ってるでしょ」

「…っ!」


ベガの言葉に明らかに反応する少女。


「やっぱり。でも安心してよ。安軍に会いたくないのは俺たちも同じ」

「同じ…?」


弾かれたように顔を上げた少女にベガは、にっと笑って


「主治医のセンセーが来るまで、身の上話でもしよっか」


少女を部屋に戻した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


少女に話しかけている間

そして彼女を部屋に戻し、ベッドに腰掛けさせている間

俺は笑顔の裏で考え事をしていた


この女の子。

ライラが新聞片手によく話していた義賊の正体。


一体この女の子は何者だろうか


そして


さっき、叫び声を聞いたとき、ライラが尻餅をついていた。

けれども少女はベッドの中。


ライラが叫び声に驚いて尻餅をつくとは思えない。

何らかの形で少女がライラに危害を加えたんだ。


「さて、さっきも言ったけど俺の名前はベガ」


ライラに危害を加える奴は絶対に許さない。


「君の名前を、教えてくれるかな?」


この子は義賊を名乗るくらいなのだから根っからの悪人では無いはずだ。

いたいけな少年、ティルダの言葉に反応を示していた。


さあ、かかれ。


「…ディーヴァ」


かかった。


「よろしくね。ディーヴァちゃん」


さあ、教えてもらおう。

ライラに、何をした?

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