第一幕 第一場『始まり』
西の大陸、スタン・ウエ。
海に面した小さな街、トーポ。
この街はかつて港として栄えていたが、海が荒れるようになってからは、少ない人口とこぢんまりとした市場や建物だけの簡素な街になった。
そして、誰も海に近づかなくなった。
そんな中、海沿いに一軒の家が建っている。
その家に向かって歩く目つきの悪い男。
男が家の前に着いた途端、扉が勢いよく開いた。
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「おかえりなさい!!!」
開いた扉から飛び出した少年、ティルダ。
帰宅した男、アルヤに勢いよく抱きつく。
「いい子にしてたか」
ティルダの赤紫色の髪を撫でるアルヤ。
「はい!!」
満月のような瞳を輝かせるティルダにアルヤは愛おしそうに漆黒の目を細めた。
「でも、ベガがつまみ食いしていました。」
「あの野郎」
ティルダを抱き上げたまま、アルヤは家に入っていく。
「おかえりなさぁい」
リビングで爪に色を塗っていたひらひらの服の女、メグが顔をあげる。
「ただいま。…ベガはどこだ?」
「んーまだキッチンじゃないかなぁ?」
メグの言葉にアルヤは台所へ向かう。
その表情はまさに鬼。
「あら、アルヤさん。おかえりなさい。」
「ティルダを頼んだ」
「え、あ、はい。」
扉からひょっこり顔を出した女、ライラにティルダを渡して、アルヤは廊下をずんずん進む。
「あらら。アルヤさんご立腹?何かあったのティルダたん?」
「ベガがつまみ食いしていました」
「ああ…」
ライラは短くため息をつき、軽くウェーブした茶髪を掻いた。
「本当、ベガも懲りないわね」
そして、仕方ないんだけどねと少し悲しげに呟いた。
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やあ皆。はじめまして。
俺の名前はベガ。少し自己紹介をしようか。
背丈は180cm。アルヤの方が5cm高いのは内緒だよ。 踵の高い靴でごまかしていることもね。
髪の色は茶色で長さは肩にかかるかかからないかってところ。前髪をオレンジ色のヘアバンドで留めてるよ。
あと、特徴といえば…左の瞼から頬にかけて傷があるってところかな。
でも別に乱暴者ってわけじゃないから安心してね。
じゃあ、次は俺の家族の話をしよう。
まず、アルヤ。
後ろで無造作に縛った黒髪に漆黒の瞳のイケメン。なんだけど、すこぶる目付きが悪い。
背も高いしかなり怖い見た目をしているんだけど、とても良い奴だ。
そして、アルヤは家事万能のイクメンなんだよね。
俺は密かに「お母さん」って呼んでる。
悪い事をしたらお尻ペンペンされるから気をつけてね。
それからティルダ。
こいつは、6年前、アルヤがある日突然拾ってきた。
その当時はまだ赤ん坊で、皆でがんばって育てたんだよなぁ…
それから、ティルダは見た目にすごい特徴がある。
まず髪の色。赤紫色って時点で珍しいんだけど、これがまた不思議なんだ。朝日の下では薄紫色で、夜の月明かりの下では青色に見えるんだよ。さらに光の当たる角度によっても微妙に変化する。不思議でしょ?
それから目だ。満月みたいにまん丸で黄金色をしている。けれど怒ったりすると三日月のように細くなる。
最後に体質。ティルダは寒さに弱いんだ。俺たちからしたら寒くなくてもティルダには寒いらしい。だからいつもモコモコの服を着ている。これがまた可愛いんだよねー。
おっと話が逸れた。
次はメグだね。
メグは、一言で言うと「ひらひら」
金髪を切り揃え、ピンクのひらひら服を着て「可愛い」をしている。
メグの中では世界は「可愛い」か「可愛くない」かの二つに分かれるらしい。
あいつの可愛いへの執着心は恐ろしい。
最後はライラ。
年齢二十二歳。誕生日七月七日。
スリーサイズは…
え?なんでライラだけ詳しいのかって?
実はライラは俺の双子の姉なんだ。
俺と同じ少し癖のある茶髪に茶色い瞳。
厚化粧で両耳に大きなピアスのある自称ナース。でも医師免許を持ってるから厳密に言えばドクターなんだよね。言ったら怒られるけど。
以上が俺の家族。よろしくね。
…で、なんでこんなに喋るのかというと…
「もう一度聞く。背中に隠しているのは何だ。」
目の前の恐怖を紛らわすためなんだ。
「べ…別に何も隠してないし」
説明すると、アルヤが出かけている間に台所にある作り置きの料理を少し頂いていた。そして、今、アルヤが帰ってきちゃったってかんじ。
てか、ティルダ!!
アルヤが帰ってきたら知らせろって言ったのに!!
「俺は、嘘をつく悪い子は嫌いだ」
「昨日のきんぴらごぼうを美味しく頂いておりました!!!」
ああ…お母さんはやっぱり強いな。
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「ベガ。何か言うことは」
「ごめんなさい」
尻をさすりながらアルヤに詫びる涙目のベガ。
その姿にライラは苦笑する。
「本当、懲りないわね」
「…だってお腹空くのいやだもん」
ライラの言葉にベガが口を尖らせたその時、リビングの電話がベルを鳴らした。
「キングだ!!」
ティルダが嬉しそうに電話に駆け寄る。
「もしもし!」
『もしもし。その声はティルダかな?』
スピーカーから機械的な声が響く。
「はい!」
“キング”とは、彼らのボス。彼らに“仕事”をもたらす存在だ。
『さあ、私の可愛い子供たち。おつかいを頼んでもいいかな?』
おつかい。
それはキングからの“仕事の依頼”だ。
『隣街で大規模な麻薬の取引が行われる。』
隣街はビルが立ち並ぶビジネス街、フィオス。
『そこに行って、麻薬密売組織を壊滅してほしい。詳しい資料は郵送する。』
「了解した」
そう答えてアルヤは電話を切った。
その晩、茶封筒が届けられた。
そこには具体的な取り引きの日時、場所、人数、敵の拠点などが記されていた。
それをもとに作戦を練っていく。
「ティルダはここだ。人数が多いが、できるな」
「はい。」
「ライラはここだ。ここが取り引きの要だから迅速に、静かに仕留めてくれ。」
「まかせてくださいな」
「メグはこの地点だ。ここも一人だが油断はするな。」
「はぁい」
「ベガはここを頼む。二人いるが…」
「余裕だね」
「まかせた。俺は拠点を攻める。お前らも片付き次第合流してくれ。」
「そんなこと言って、アルヤ一人で片付けるんじゃない?俺らの出る幕ない気がするけど?」
「念には念だ」
「はーい」
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西の大陸のとある街。
ビルに囲まれたビジネス街、フィオス。
しかし、闇に紛れて行われるのは普通のビジネスではない。
「例の物は持ってきたか」
「ああ。…金は」
「もちろん」
犯罪組織の間で行われる取引。
「早く渡せ」
「金が先だ」
「話が違う」
それを見つめる“目”
「こんばんは」
突然現れた人影に男たちは振り向く。
そこには一人の幼い少年。
月に照らされ、青い髪が揺れる。
ふわり、と少年の纏う空気が揺れ、ただならぬ気配に男たちは後ずさる。
「一つ…目立たないこと」
ゆっくりとこちらに歩いてくる少年。
「二つ…姿を見られないこと」
その顔に月明かりがあたり、
「三つ…姿を見たものは全員始末すること」
二つの三日月が笑った。
「…わかりました。キング」
少年の影が揺らぎ男の内の一人が倒れる。
「な…なんだお前はっ!!」
金の入ったアタッシュケースを持つ男がうろたえる。
「どうした!!?」
異変を察知した男の仲間たちが駆けつける。
「僕は…『猫の目』です」
返り血を浴びながら少年はふわりと笑った。
「猫の目…まさか…!?」
「王の目…?実在したのか!?」
男たちは少年を取り囲み銃を構える。
「あらら…見られちゃいました」
少年は地面を蹴り、人間離れした跳躍力で空高く跳び上がった。
まるで空を飛ぶように。
「始末します。キング。」
ワイヤーが舞い踊った。
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「おい、どうした応答しろ。猫がどうした」
また別の路地裏。
ボストンバッグを持つ別の男。
「…どうなってるんだ?取引に失敗したのか?」
不安げに辺りを見回す。
「早くしてくれよ…」
男の目に美しい女が留まる。
「こんばんは、おにいさん。お一人かしら?」
夜風に吹かれ、ウエーブした茶髪と雫型のピアスが揺れる。
その姿に、色香に酔った男は視線を反らせない。
「ねぇ、あたし一人で寂しいの。」
そっと男に寄り添う女。
「そうか…寂しいのか…」
男は女の腰に手を回し、女は男の首に手を回した。
「大事な取引中に女にうつつを抜かしちゃだめよ、おにいさん」
女はそう囁き、男の首筋に注射針を刺した。
もがき苦しみながら地面に倒れる男に冷ややかな笑みを向ける。
「女の子をナンパするなら、まず名前を聞かないと。」
地面に転がったボストンバッグをハイヒールで踏みつける。
「あたしは『鵜の目』よ。」
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「おかしいな…そろそろ連絡が来るはずだが…」
時計を何度も見ながら男がため息をつく。
「待ち合わせしてるのぉ?」
突然闇夜から少女の声がして、男が驚いて顔を上げた瞬間
微かな銃声と鋭い胸の痛み。
「ごめんねぇ…これが私の正義なのぉ」
薄れていく意識の中見たのは
「わたしは今、『篠の目』だからねぇ」
サイレンサー付きの2丁拳銃を構えた金髪の少女だった。
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「アニキ!王の目が出た!!」
「バカ言え!!王の目なんて実在するわけねぇだろ!!」
「さっきA地点の取り引きに行ったやつから連絡があって『猫の目が!』って言った後は全然電話にも出なくて!」
「…なにぃ!!?」
「B地点のやつも、C地点のやつも、電話に出ない!!」
「そんな馬鹿な!!」
慄く二人の男の背後から
「馬鹿じゃないよ」
声が聞こえた。
「「!!?」」
男たちが振り返ると、そこには一人の青年。
光を失った左目と大きな傷痕。青年は茶色いくせ毛を弄びながら男たちに笑いかける。
「名乗るのが遅くなってごめんね。俺は『鷹の目』…よろしくね」
そう言って地を蹴り
腰に差した剣を抜き
二人の心臓を貫いた
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闇夜を駆ける黒い影。
目指すは…
「ボス!!侵入者です!!!」
「なんだこんな時に…。取り引きに行ってる奴らはどうした」
麻薬密売組織の拠点。
「そ…それが、連絡が取れません!!」
「なんだと…?」
その時、ガラスの割れる音とともに影が部屋に入ってきた。
「なんだお前は!!?何者だ!!屋敷の周りの奴らはどうした!?誰の差し金だ!!?」
組織を束ねる男は影に向かって叫ぶ。
「…うるせぇな…質問は一つずつしろよ…」
影、黒髪を後ろで束ねて黒い服に身を包んだ男が眉間の皺を深くする。
「…まず、屋敷の周りの奴らは始末した」
「…っな!?」
「…次、俺はキングの命でお前らを消しにきた『王の目』リーダー、『蛇の目』だ。…冥土に行っても覚えとけ」
『蛇の目』が刀を抜いたその刹那
「…ミッション、コンプリート」
そう呟き刀に付いた血を払った。
そして、誰もいなくなった。
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「ほーらやっぱり、俺たちの出る幕なかったじゃん」
赤く染まった屋敷に佇むアルヤ。
割れた窓からベガが顔を覗かせる。
「相変わらず仕事が早いね」
「お前もな」
「確かに」
アルヤはふっと笑い、ベガはニッと笑った。
「こっちも終わったわよアルヤさん」
「わたしもぉ~」
ライラとメグも合流する。
「お待たせしました」
返り血を浴びたティルダがふわりと笑う。
「それじゃあ、帰るか」
月を背に、5つの影が家路についた
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安軍本部。
元帥の次に権力を持つ大将の席に、一人の女が座っている。
名はソフィ。
その隣には、彼女の右腕であるクロヴィス大尉
「王の目…ですか」
クロヴィスの言葉に頷くソフィ。
「あんた。王の目について、何を知ってる?」
「ええと…」
ソフィに見つめられ、目を泳がせながらクロヴィスは口を開く。
「安軍が追いかけている犯罪集団で…けれど、その容姿は誰もわからない。誰も見たことのない集団。…ってところですかね…」
クロヴィスの言葉を聞き終わり、ソフィは目を伏せた。
「じゃあ、何故、私たち安軍は見たことのない集団を追いかけているのかしら?」
「え…」
ソフィが小さく呟いた言葉は行き場も無く宙を彷徨う。
「ごめん。何でもない。」
自嘲気味に笑ったソフィは小さく息をつき、クロヴィスに向き直る。
「じゃあ王の目についてもう少し説明するわ。あんたも少佐に昇格したいのなら、覚えること。」
「はい。」
クロヴィスが頷くのを確認し、ソフィは息を吸った。
「王の目というのは、キングと名乗る人物が作り上げた組織よ。」
「キング…」
「メンバーは全部で五人。それぞれ蛇の目、猫の目、鵜の目、鷹の目、篠の目と名乗っているわ。もちろん年齢も性別も顔も分からない。ただ分かっているのは…」
そこで言葉を切るソフィ。
クロヴィスは静かに続きを待つ。
「ゼウス元帥が、『王の目を排除せよ』と言っていることだけ。」
「ーっ!?」
ソフィの言葉に絶句するクロヴィス。
「そんなの、おかしいです…!」
「そう。おかしいの。」
声を荒げるクロヴィスに、ソフィは弱々しい声で返す。
「お願い。クロヴィス。…その“おかしい”って感覚を忘れないで。」
真っ直ぐ向けられた思い。
「…はい。」
真っ直ぐ受け止める想い。
「“正義”を間違えないで」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
彼ら、『王の目』が麻薬密売組織を壊滅させた翌日。家の外で銃撃の音が響いた。
「!!?」
全員が臨戦態勢になり、外へ飛び出す。
だが家の外は相変わらず平和だった。
「……?」
しかし、銃撃の音は相変わらず響く。
アルヤは、音のなる方へ視線を寄越す。
「上だ」
そう。上空。
晴天の空に赤い飛行艇と空軍の飛行機。
「赤翼のディーヴァ!?」
赤い飛行艇を指差し、ライラが叫ぶ。
その言葉に、ベガは片目を丸くした。
「赤翼のディーヴァって、新聞に載ってた、あの?」
「そうよ!この街に来ていたなんて…」
ライラがそう言う間にどんどん空軍の飛行機が増えていく。
「ちょ、増え過ぎじゃね!?」
「いち、にい、さん、…35機もいるよぉ!」
あまりの多さにベガは驚き、メグは空軍の数を数えた。
しかし、飛行艇はそれらを全く相手にせず、ひらりひらりと銃撃をかわしていく。
「赤い鳥さん、つかまっちゃうんですか?」
ティルダの目が不安の色に染まったその刹那
エンジンが爆ぜる音が響いた。
「…エンジンに当てたか」
「卑怯なやつ」
「卑怯なやつね」
「やだぁ墜落しちゃう~」
「鳥さん大丈夫なんですか?」
黒煙を上げながら落下してくる飛行艇。
その時、操縦席から一人の少女が投げ出された。
飛行艇と共に海に向かって真っ逆さまに落ちていく若い娘。
それがやけにゆっくりに見えた。
白いツナギ、白い肌、銀色の髪。飛行艇の赤と対照的な、美しい姿。
まるで赤い翼を持った天使のような、そんな浮世離れした姿。
今まで35機もの戦闘機を相手に飛び回る飛行艇を操っていたのは、少し幼さの残る女の子だった。