◇専門用語集
おさらい。読まなくても問題ありません。
お話が進んでいくと、新用語解説を追加していきます。
◇多重海層世界
近年の学者たちが定義した、世界構造を端的に表す専門用語。近年の我々がこの土壌を『太陽系惑星』の『地球』と定義したようなもんである。
その名の通り、海洋と大地と大気を備えた皿状の世界が二十枚、重なっているミルフィーユ構造になる。その皿の一枚一枚を、上から『第○海層』と数える。
◇雲海
皿状の世界の間は、『雲海』と呼ばれるもので接着されている。この世界の『雲海』とは、ただ高層から見下ろす一面の雲のことではなく、文字通り、空を覆う雲と、その先の真空世界、さらにそれより上空にある次の海層の最下部分にあたる深海という、隣り合った海層のつなぎ目のことを言う。
◇混沌の夜
人類文明に伝わる最後の神話。細部は地域により異なるが、おおむねは共通した筋書きである。
人類文明に救いを見いだせなくなった神々の王デウスは、人間をひとり残らず滅ぼすことにした。手始めとして、海洋国家アトランティスを沈めたが、その国を治める巨人の海の神アトラスは激怒し、戦乱の火種となった。
長い戦争のうち、太陽や灯りなどの光を司る神々は策略によって幽閉され、世界は闇に沈み、二十に砕かれてしまった。
この暗黒の時代を、『混沌の夜』と呼ぶ。
そんなとき生き残った少ない人類の中から、一人立ち上がった者がいた。その者は類まれな力を持った魔女であった。
魔女は、一人、世界創造の時代からこの世を見守る怪物『時空蛇』のもとを訪れる。時空蛇の協力を得た魔女は、次々に神々や怪物との交渉を行い、世界に明かりを取り戻し、やがて一軍の将として神々の王デウスのもとへと招かれる。
人の身にして数々の苦難を乗り越えた魔女はデウス神に認められ、魔女は人類の延命という条件を飲ませることに成功する。
神々は残らず天上にある神々の庭へと姿を消した。
魔女はその後、人々に知恵を授け、みずからの弟子たちの作った国に魔法をかけ、どこにも行き場の無かった罪人や流人たちを率いて最下層へと至り、そこで静かに暮らしたという。
魔女は預言を遺した。
『いずれ人々が神々を忘れた時、ふたたび人類すべてを試す審判が行われる』と。
◇最後の審判
魔女の預言した『人類を試すために神々が与える試練』。人類はその試練を乗り越え、最上層にある神々の庭へと至り、裁判を受ける。
代表者は魔女がすでに預言しており、資格があるのは二十二人と伝わっている。預言された資格者のことは『選ばれしもの』と呼ばれ、『愚者』『教皇』など、それぞれの功績を象徴する単語がついている。
◇選ばれしもの
『愚者』『魔術師』『女教皇』『女帝』『皇帝』『教皇』『恋人』『戦車』『力』『隠者』『運命の輪』『正義』『吊るされた男』『死神』『節制』『悪魔』『塔』『星』『月』『太陽』『審判』『宇宙』
の暗示を持つ二十二人の『世界を変える(あるいはその素質がある)もの』たち。
二十の大地で生きている人類すべてから選ばれる。
◇混沌
この世界を創った原初の泥。すべてを詰め込んだ可能性という何か。この世界の創造神話は、この混沌から『混沌』という一柱の神と、始祖の蛇と呼ばれる怪物が産まれたところから始まる。
始祖の蛇は兄弟である『混沌』を教育し、世界を創造させることに成功する。そうして(砕かれる以前の)この世界は出来上がったのである。
◇時空蛇
またの名を『始祖の蛇』。原初の泥(混沌)から生まれ、兄弟である混沌(神)を教育し、世界創造を成した怪物。混沌(泥)から、あらゆる可能性を引き出して混沌(神)へと手渡す役目を持っていた。
ある時、『時』を引き出した蛇は、それを天空へと張りつけ、世界に朝と夜、季節などを作った。しかしいくつかを大地に落してしまったので、仕方なく自分で食べた。
それから始祖の蛇は名を『時空蛇』と改め、世界の終わりまでを見通す預言者となった。
世界の終わりを見た時空蛇は、絶望し、長い長い眠りについた。
ふたたび目を覚ますのは、混沌の夜のとき。始祖の魔女に起こされる時になる。
時空蛇は、始祖の魔女の嘆願に共感し、協力することを約束する。
時空蛇は魔女の親友として人類救済に助力し、最後はとぐろを巻いて一つの島となり、その上には彼女の弟子たちの国ができたという。のちに『魔法使いの国』と呼ばれるその島国である。
◇魔法使いの国
第十八海層、エルバーン海にある島国。その地は時空蛇の体の上にあるとされ、国をあげて時空蛇を信仰する。
魔女の残り香が世界で最も濃い『神秘の国』で、固有の人類種として『魔法使い』人が暮らしている。人類で唯一、『魔法』が使え、移動手段に箒に跨ったりと、その技術が生活に根差している。
魔法使いは子供が生まれると、その産毛を芯にして杖を作る。それは『銀蛇』と呼ばれ、同名の専門店が、三千五百年代々製造している特殊なものである。
第十一海層から下(下層と呼ばれる)で最も繁栄した先進国でもある。
◇銀蛇
魔法使い人種が持つ道具。いわゆる『魔法の杖』。銀色をした装飾具の形をしている。持ち主の意志に反映した形になり、呪文や儀式を用いることで、様々な効果の魔法を行使する補助具となる。
同名の専門店においてのみ製造されており、現在の店主アイリーン・クロックフォードは、年間数百万の銀杖をほぼ一人で製造している。
◇影の王
魔法使いの国には二人の王がいるが、王室は一つである。『陽の王』はその王室から選ばれる『人民の王』。
そして、建国神である時空蛇の化身として、建国から三千五百年、存命して君臨し続けているのが『影の王』である。
魔法は時空蛇からの恩恵とされる。その時空蛇の化身であり、神事統括の長であるため、極めて重要な役職であるはずの『影の王』だが、その姿は誰も知らず、なかば御伽噺の存在となっているため、『陽の王』と比べると影が薄い。
その謎に隠された正体は、城下町で小さな工房を構える、とある杖職人である。
◇フェルヴィン皇国
最下層である、第二十海層にある小島国。鉱山を多く保有する反面、農業に向かない土壌と天候に苦しめられ、またその険しい海によって世界から長年孤立していた。
かつて魔女が罪人や流民を率いて辿り着いたとされた地で、『魔女の墓』という異名がある。
多くの人種を先祖に持ち、耳が長く尖り、非常に長身で、生命力が強いという特徴を持つ。
皇族一族は、始祖に『混沌の夜』の引き金となった巨神アトラスの血を引いており、フェルヴィン皇国もまた、デウス神に沈められたかつてのアトランティス王国であるという伝説が残っている。
◇語り部
フェルヴィン皇国の皇族、アトラス一族に代々仕える魔人たちのこと。鍛冶の神と時空蛇の手を借り、魔女によって製造された、24枚の銅板。そこに宿った『意志ある魔法』。それが語り部の一族である。
アトラスの一族の中で生まれる王の素質あるものに付き、その人生を伝記という形で『記録』する。
彼らは筆を偽らず、生まれてから死ぬまでを、一つの物語として編み上げる。王家はそれを、死後に出版し、読み返すことを死者を悼む儀式とした。
現在、語り部が代々書き連ねた王家の物語は、世界中で翻訳され、長く愛される名著となっている。
◇魔人
無機物を核にして、呪文を刻み、魔法をかけた、魔導による人工人間。『意志ある魔法』という別名がある。
発明したのは始祖の魔女。その詳しい製造方法は散逸しており、もはや古代のように人間と変わらない魔人は、フェルヴィン皇国の語り部だけとされる。
近年の魔人は、言われたことだけを動く、高価で珍妙な姿の自動人形、という印象である。




